生きていい
静寂に包まれた廊下に、重厚な足音が響く。
静かで、誰よりも重い足音。元就公だ。
私は襖の前に跪き、背筋を伸ばしてその時を待った。一週間、私が命を懸けて守り抜いた聖域の門を、今、この家の家長に明け渡す。
「――お入りください」
襖が開くと、朝の冷気とともに元就公が静かに入室された。
枕元に二人の赤子を抱き、無理に身体を起こして深々と頭を下げる雫様の姿を、元就公はただ黙って見つめておられる。
「雫。……よくぞ、戻った」
その一言は、地の底から響くような慈愛に満ちていた。
雫様は、震える声で、ずっと心の奥に澱のように溜まっていた恐れを口にされた。
「……元就様……。申し訳ございませぬ……。双子は……この時代では不吉だと聞きました……。私は、毛利に災いをもたらす種を……」
雫様の瞳から涙が溢れ、畳に落ちる。最後まで言葉にならない雫に対して、
元就公は、その細くなった肩を見つめ、一つ頷くと、傍らに控える私と乃美の方へ視線を走らせた。私たちが目配せで返すと、公は再び雫様に向き直り、力強く言い放たれた。
「不吉などと、誰が言った。……ここにいるのは、毛利を継ぐべき若君と、毛利を繋ぐべき姫君よ」
雫様が驚き、顔を上げる。元就公は言葉を続けられた。
「雫、案ずるな。……これより、この若君は儂の子として、乃美が母となり育て上げよう。そしてこの姫は、尾崎が隆元と自らの子として引き取り、わしが責任を持って『毛利の姫』として処遇する。……誰にも、この子らを不吉などとは言わせぬ」
雫様の瞳が、大きく見開かれた。
雫様の呼吸が劇的に落ち着き、絶望に満ちていた瞳に、初めて「安心」という光が宿ったのを私は見逃さなかった。
「……私の、子供たちが……。生きて、いても……良いのですね……。」
「もちろん」と元就公の言葉で嬉しそうにふわりと笑う彼女の笑顔を見た。
時折彼女は年齢より幼い仕草をする。
そっと雫様の背中を支えた。
「さあ、雫様。元就公がこう仰ってくださったのです。あなたはただ、母として、この子たちの成長を信じていればよいのですよ」
元就公は、初めてふっと口角を上げ、私の仕事ぶりを労うように一度だけ頷くと、産室を後にされた。
廊下で待ちかねている息子達に伝えるために。




