再会
朝の光が、昨日よりも鮮やかに産室を照らしていた。
雫様の瞳からは霧が晴れ、その視線は部屋の隅々を、そして何かを必死に探すように彷徨っている。
「……ぁ……、……か……ちゃん……は……?」
三日振りに聞いたその声は、枯れ木の擦れるような、微かな掠れ声だった。
けれど、そこには迷いのない、母としての意志が宿っている。
「雫様、喋ってはなりません。まずはこれを」
私は、薬湯を含ませた布を彼女の唇に当てた。
しかし、雫様はそれを拒むように顔を背け、あろうことか、鉛のように重いはずの腕を畳につき、上身を起こそうとされた。
「……会……わせ……て……、……あの子……たち、に……」
その瞬間、雫様の顔から、戻りかけていた微かな赤みが一気に引いた。彼女の視界は真っ暗に染まったのであろう、体は激しく小刻みに震え始めた。
「――おやめなさい!」
私は、倒れかかる雫様の肩を強く、けれど壊さぬように抱きとめ、無理やり布団に押し戻した。
「……忘れたのですか。あなたは死の淵から、あの子たちの重みを感じて戻ってきたのでしょう。……今のあなたが無理をすれば、あの子たちが守るべき『母』を失うことになる。それが分からぬあなたではありませんね?」
私の厳しい声に、雫様は目を見開き、やがて悔しそうに、溢れ出す涙を堪えるようにして目を閉じた。
「双子は…不吉…だ…って…。」
私はその、細くなった肩をゆっくりと撫で下ろし、声を和らげた。
「……安心なさい。姫も、若君も、乃美の方が片時も離れず見守っております。……あの子たちは、あなたの乳を飲めるようになるまで、私が責任を持って、この命に代えても繋ぎ止めます。……だから、あなたは今は、自分の命を繋ぐことだけを考えなさい」
雫様の呼吸が、ようやく落ち着きを取り戻す。
私の裾を握りしめた彼女の手の震えが止まるまで、私は彼女の胸元を優しく叩き、子守唄のように「大丈夫です」と繰り返し続けた。
六日目の朝、雫様の唇には淡い桜色が戻っていた。
「……う、……く……」
雫様が胸を押さえ、顔をしかめる。乳房が張り、熱を帯びるようだ。
私は、冷やした手ぬぐいで彼女の胸を優しく包み、余分な熱を逃がした。
「……痛みますね。けれど、それはあなたが『母』になったという、身体からの何よりの知らせですよ」
私は彼女の背に枕を重ね、数分だけ上体を起こさせた。ずっと横臥していては、肺に水が溜まり、血が固まる。わずかな「座位」を保つだけでも、今の彼女には重労働。案の定、額には大粒の汗が浮かぶが、雫様の瞳は、昨日よりもずっと強く私を見つめていた。
「尾崎様……ありがとうございます。いつもそばで。」
「いえ、お礼を言われるようなことは。明日殿方がお見えになりますよ。」
「明日、皆さんに……会えるのですか」
「ええ。ですから、今日はこの五分粥をすべて召し上がりなさい。……明日、あの方たちが目にするのは、弱り果てた病人ではなく、二人の命を守り抜いた、誇り高き母の姿であらねばなりません」
私の厳しい言葉に、雫様は小さく頷き、震える手で匙を握りしめた。
五分粥を半分ほど平らげ、雫様の顔にようやく生気が宿った昼下がり。
私は隣室で乃美の方が抱いていた二人の赤子を、静かに産室へと運び入れた。
「……あ、……ぁ……」
雫様の瞳が、大きく見開かれる。
その視線は、吸い寄せられるように、私の腕の中にある小さな二つの包みへと注がれた。
「雫様。……さあ、まずはこの子(若君)を」
私は、雫様の腕を支えながら、ゆっくりと若君をその胸に預けた。
三日前の、あの死の淵で感じた「幻の重み」ではない。
温かく、柔らかく、そして「ふぎゃっ」と微かな声を上げる、確かな生命の重み。
雫様の腕が、震えながらも、壊れ物を扱うようにぎゅっと赤子を引き寄せた。
「……よかった、……生きて、……生きていてくれた……」
雫様の目から、大粒の涙が赤子の頬にこぼれ落ちる。
「やっと会えたね…遅くなってごめんね…。」
続いて、私はもう一人の包み、姫を若君と交換するように彼女の反対の腕に添えた。
「小さく産んじゃったね…。ごめんね…。でも生まれてくれてありがとう…。」
赤子を両脇に抱えた雫様は、まさに、この世の何よりも尊く、強い母の顔をしていた。
私はその光景を、あえて少し離れた場所から見守った。
雫様の表情からは先ほどまでの悲壮な険しさが消え、穏やかな、慈愛に満ちた熱がその全身を包み込んでいった。
「雫様。……その子たちのために、明日、あの方たちの前に立つのですよ。……いいですね?」
私の問いかけに、雫様は赤子たちの小さな額に自分の額を寄せ、何度も、何度も頷いた。
「双子は不吉」という迷信など、この温もりの前では何の力も持たない。




