雫の出産─雫目線
熱い。体が内側から引き裂かれるような痛みに、視界が白く霞む。
遠くで誰かが叫んでいる。けれど、それが自分の声なのか、産婆様のものなのかも分からない。
ただ、お腹の中にいる「この子」を外に出してあげなきゃいけない。その一念だけで、私は暗闇の中を泳いでいた。
……助けて……お母さん
心の中で、届くはずのない名前を呼ぶ。
その瞬間、焼けるような痛みが弾け、高い産声が鼓膜に届いた。
「男子です!」
乃美の方様の弾んだ声が聞こえる。
ああ、よかった。元就様の、毛利の血を継ぐ子が産まれたんだ。
一瞬だけ、張り詰めていた糸が緩み、心地よい眠気が襲ってきた。けれど。
……まだ……まだ、お腹が痛い……っ!
「まだだ! まだ中に、もう一人おるぞ!」
産婆様の叫び声が、遠のく意識を無理やり引き戻す。
もう、指一本動かす力も残っていない。心臓が壊れた鐘のように激しく脈打ち、息を吸うことさえ苦しい。
けれど、もう一つの命が「出して」と私を叩いている。
頑張らなきゃ。もう1回踏ん張らなきゃ。
死に物狂いで、残った命の最後の一滴を絞り出すように踏ん張った。
……二つ目の、少し小さくて、でも透き通った産声。
「……姫君……」
誰かがそう呟くのが聞こえた。
部屋の空気が一瞬で凍りついたのが分かった。「不吉」「畜生腹」……そんな忌まわしい言葉が、霧のように私を包もうとする。
そうなんだこの時代は双子は不吉なんだ…そうするとこの子達はどうなっちゃうの…
でもこの子は……この子は、不吉なんかじゃ……
言い返そうとした口から言葉が出る前に、私から出たのは言葉ではなく溢れ出す血の感覚だった。
温かいものが、シーツを、床を濡らしていく。
急激に体温が奪われ、歯がガタガタと鳴る。視界が急速に狭まり、光が消えていく。
ああ、私はここで死ぬんだ。
あの子たちを抱くことも、あの人たちにもう一度あって話すことも出来ずに…。
元就公、隆元様、元春様、隆景様、五龍局、隆家様…
戦国時代で出会った人たちの顔が浮かんでは消えていく…。
暗闇の底へ沈んでいこうとした、その時。
「――どきなさい。不浄などと、言わせてはおきません。」
凛とした、鈴の音のような声が響いた。
重い瞼を必死に持ち上げると、そこには、私によく似た、けれど気高く美しい瞳があった。
……尾崎……様……?
なんでここに…?
尾崎様は、ガタガタと震える私の手を、温かい両手でぎゅっと包み込んでくれた。
そして、忌み嫌われていたはずの私の娘を、まるで宝物を扱うように優しく抱き上げて。
「この姫は、私の子として産まれました。……雫様。あなたが命を懸けて産んだこの子は、私が、命を懸けて『毛利の姫』として守り抜きます。」
その言葉が、私の心に深く、深く染み込んできた。
この優しい御方が、私の代わりに、あの子を光の当たる場所で育ててくれる。
……よかった……。




