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鼓星  作者: 吉川元景
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貴方のために被るもの

「……なぜ、兄上なのです。なぜ、兄上の元なのです……!」

普段の冷静な声音とは程遠い、地を這うような低い声で隆景は震えていた。

こんなに感情を表に出したのを初めて見たかもしれない。

それは景がどれほど雫に対して執着をしているかを表しているようだった。

「私が今、吉田におれば。小早川の名を継ぐ前であれば……父上から力ずくで奪ってでも、私の元へお連れしたものを! ……兄上のところでは、また父上の魔の手が伸びるのではないですか。甘い兄上では、結局あの方を守りきれぬのではないですか!」

隆景の目の光が激しく揺れている。

瀬戸内の海のように穏やかで深い色をしている景の目は台風の時の海のように荒れていた。

「景、落ち着け。」と元春が肩を叩く。景はハッとして、数秒間、目を閉じて深く呼吸をする。

苦しそうな顔をし、全てを飲み込むように息を吸った景の目はいつもの目をしていた。

「……失礼しました。取り乱しました。……今の私は小早川の人間。雫殿をこの手で抱く資格も、場所もありませぬ。……ですが、兄上。

兄上が本気であの方を囲うというのであれば、父上を説得するための『策』は、すべて私が練りましょう。父上は情に訴えても動きませぬ。……雫殿の存在が、将来的に毛利と小早川、吉川の結束を乱す恐れがあること。そして、今の雫殿を追い詰めれば、彼女が持つ『未来の知恵』が永遠に失われるという実利の損失。……これらを突きつけ、父上の『欲』を『損得』で上書きするのです。」

景は、最後に少しだけ寂しそうな顔をした。

「兄上。私は、兄上の敵にはなりませぬ。……ですが、あの方をこれ以上傷つけるなら、父上の敵にはなりましょう。……それで、よろしいですね?」

「ああ、約束しよう。辛い決断をさせたな。」

つい昔のように頭に触れようとすると景はそれを避けながら

「もう私はよい大人ですよ。いつまでも子供扱いしないでください。」

「さっきは好きな女子を取られると思って怒っていたくせに!」

元春が茶化すと少し恥ずかしそうに目を伏せ

「良いのです。あの方が幸せになるのであれば私の心などどうでも。」

そんなことを言う末弟の目はまた少し寂しい色が強くなった気がした。

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