父親同士の会話
雫が倒れ、三兄弟が去った後の静まり返った部屋。
深く溜息をつくこともなく、ただ揺れる灯火をじっと見つめていた。
そこへ、足音を忍ばせて一人の男が現れる。宍戸隆家である。
「……若様方は、かなりお怒りのようで。」
隆家の声は、責めるでもなく、ただ事実を淡々と告げる響きがあった。
それに視線を動かさず、短く応じる。
「……隆家。お前は、子が産まれた時、何を願った。」
儂の唐突な問いに、隆家は少し驚いたように瞬きをした。子供がいる儂らだけが残ったのだ。親としての話をしても良いだろう。
「……そう、ですな。姫(五龍)との間に最初の子を授かった時は……ただ、生きていてくれればよいと。五体満足で、明日も笑うていてくれれば、他には何も望まぬと思うておりました。」
隆家はかつて自分が味わった一族の内紛を思い出しているのか噛み締めるように言った。
そういえば隆家は叔父を討ったのであったな。
「家を継ぐだの、敵を倒すだの……そんなことは、後からついてくる『欲』に過ぎませぬ。産声を聞いたあの瞬間に思うたのは、この命をどう守り抜くか、ただそれだけでした。」
その言葉を反芻するように目を閉じた。
「……左様か。わしも、かつてはそうであった。……子供たちが産まれた時、妙玖と二人で、この子の行く先が光に満ちているようにと祈ったものよ。」
自然と口調が少しだけ柔らかくなる。
初めての子であった長女は人質に出して直ぐに死んでしまった。その時の悲しさは今も覚えている。
「だがな、隆家。当主という椅子は、その『ただ生きていてほしい』というささやかな願いを、真っ先に殺さねばならぬ場所なのだ。……雫の腹におる子を、わしが『駒』と呼んだ時、3人がどんな目でわしを見たか、お前も見ておったろう。」
「……はい。」
「あれは、親を軽蔑する目だ。……それでよい。奴らがわしを冷酷な父だと恨み、その反動で雫や子を必死に守ろうとするならば、結果としてその命は強くなる。……わしは、奴らに嫌われることで、奴らの『守る力』を育てておるのだ。」
震える手で膝を叩いた。
「……だがな、隆家。本当は……わしも、あの女子をあのように追い詰めとうはなかった。あやつが、不慣れな文字を読み書き出来るようになろうと努力していた時も、重い剣を振ってマメだらけにした時も、遠くを見つめて何か考え事している時も……。わしが一番、その『必死さ』や『儚さ』を愛おしいと思うておったのかもしれぬ。」
「大殿。……若様方は、いつか気づかれます。その泥を被った背中の、本当の意味を。」
「それは死んだ後でよい。……今は、奴らがわしを乗り越えていくための、高い壁であればよい。」
「親というものは難儀なものですね。」
「そうじゃの…。その内お主の息子も娘も今日の息子らみたいになるぞ。毛利の血も流れているのだからな。」
「姫(五龍)の血が濃そうなので、それはそれは激しそうです。」
少し空気が緩んだ。
「ですが、少し此度はやりすぎかと。雫殿にお手つきなさる前に一言伝えておけばあそこまでこじれなかったかと。
ひとまず過去のことは言っても仕方ない故、置いておきますが、景殿のあんなにも感情的になった姿を初めて見ました。
あまりにも厳しくしすぎるのも毛利家内部からの崩壊を招きかねませぬ。
やり過ぎは毒になりますぞ。」
「ああ、分かっておる。此度は…確かに儂が良くなかったな。」
やっと深くため息が出る。
隆家はやれやれという顔をしていた。




