安堵
「雫、顔色が優れぬようだが。……やはり、少し根を詰めすぎたか」
元就公が、縁側で休んでいた私の隣にそっと腰を下ろした。
その声は毎晩毛利家のためという大義を掲げて私を塗りつぶす1人の男ではなく、穏やかで慈愛に満ちている。
私の額に、大きな、節くれだった掌を当てた。
「……あ。いえ、少し、立ちくらみがしただけで……」
無理に微笑もうとしたが、その瞬間、ふわりと漂ってきた煮炊きの匂いに、喉の奥がせり上がる。
とっさに口元を押さえて顔を背ける。
本当に体調悪いのかも。最近ずっと微熱ぽいし、息も上がりやすいし…。
そんな私を、元就公は驚く風もなく、むしろ壊れ物を扱うような手つきで、そっとその肩を引き寄せた。
「……雫。もう、自分を偽らなくてよい」
彼は私の指を解き、自分の掌で包み込む。
今のその掌からは、雫の震えを鎮めるような、圧倒的なまでの「守護」の意志が伝わってくる。
「気づいておった。お前の肌がずっと春の陽だまりのように熱を持っていたことをな。……私を安心させようと、健気にも素振りのせいなどと言いおって。」
元就公の瞳に、柔らかな、けれどどこか寂しげな光が宿る。
何が言いたいのだろう。
「よく頑張ってくれた。……ありがとう、雫。これからはもう、戦う必要はない。お前と、お前の中に宿るこの小さな命は、儂が一生をかけて、何があっても守り抜こう」
彼は私のお腹に優しく手を当てる。
それは妊娠しているということだろうか。
熱っぽいのも目眩も吐き気も体力の低下も妊娠初期の症状だったのか。
積極的にそういう情報を得ないように生きてきた私は今の自分が妊娠初期症状でしんどさを感じているなんて予想もしなかった。
そして隣にいる元就公は一国の主君としてではなく、授かった命を慈しむ、一人の「父親」としての姿で、愛おしそうにお腹を撫でている。
この人は、私の絶望も、責任感も、全部わかった上で、頑張ってくれたと言ってくれたのかな。
「……元就、様……」
秋の柔らかな日差しの中で、元就公は優しく抱きしめた。
数日前に隆景様に抱きしめられた強い抱擁ではなく、感謝を伝えるような優しい抱擁だった。
「さて、どう息子らに伝えるかの。」
伝えないわけにいかない。貴方の弟か妹が産まれるかもしれないのだから。
まず浮かんだのは隆元様だ。2ヶ月ぐらい離れて生活をしていたし、会って話す機会もなかった。どう思うのかな…。
そして隆景様の顔も浮かびあの時の言葉が脳裏をよぎる。
一緒に逃げようと言ってくれた彼を傷つけるかもしれない。
元春様は…うん、なんか喜んでくれそうな気もする。
実感はないけど、子供できたんだ。良かった。
嬉しいより安心したというのが正解な気がする。本当に良かった。




