愛する貴方へ捧げる未来へ
「……雫殿。もう、これ以上は見ていられませぬ」
本音が漏れ出た。
雫殿の震える肩を、折れんばかりに強く抱き寄せ、耳元で囁く。
「私と共に、高山(城)へ来てください。父上には私が何とでも言いましょう。そこで私があなたを……。二度と、こんな涙を流させぬように、未来へ帰る日まで一生をかけて守ります。だから、一緒に逃げましょう」
これで毛利と袂を分かつことになってもそれでいい。
小早川の当主としてやれる全てを持って守りたい。
貴方が帰りたい未来へ帰してあげられるように、自分が小早川家の総力を持って帰り方を探します。
一瞬雫殿の目にある光が揺れた。
この目になった人間は必ずこう言うのだ。"御意"と。
「……それは、できません。隆景様」
雫殿は、涙を拭い、自分の胸をそっと押し返した。
なんで…?なんで手を取ってくれない?
その瞳には、絶望の底で磨き上げられた、鋭い「責任感」の光が宿っている。
「私は、ここに残ります。ここで、私がすべきことを……最期までやり遂げなければならないんです。……ごめんなさい」
差し伸べた手が宙を泳ぐのを、ただ見つめていた。
彼女は「女」として壊されかけているのに、その心は自分よりも「毛利の未来」を見据えている。
かつて自分が、寂しさを殺して小早川へ向かったあの日。自分もまた、こうして己の人生を「家」という大義に捧げたのではなかったか。
目の前の雫殿は、あまりにも自分と似ている。だからこそ、その強さが、愛しくて、同時に酷く恨めしかった。
……救えぬのか。私は、この人さえ……。
全てを捨ててもいいと思えるぐらい愛している女子1人さえ。
小早川に行った時よりも成長し強くなったはずだ。出来ることも増えた。
それなのにかつての私と同じように、孤独に身を投じる人を、救えぬのか?
それでも彼女の強い責任感を見ると自分のすべきことが明確になった気がした。
拳を固く握りしめ、自分に言い聞かせるように、震える声で雫殿に誓う。
「……分かりました。その覚悟、私が引き受けましょう。あなたがそこまでして、己を捨て、この世に、毛利に尽くしてくださるのなら。……私は、誓います」
雫殿の目を真っ直ぐに見つめ、一文字ずつ、己の孤独に蓋をするように言った。
「では私はあなたがいつか未来へ戻る時に、『この世に来てよかった』『この人生で良かった』と、心から思えるような。……そんな世を、私が作ってみせます。あなたが命を削って守ろうとしたこの毛利を、どこまでも美しく、豊かな国にしてみせます。」
願わくば貴方がこれ以上傷つきませんように。そして傷ついた時には必ず自分が今日のように側に居られますように。




