私が捧げる未来へ
「……雫殿。もう、これ以上は見ていられませぬ」
隆景様の声は、低く、熱を帯びて震えていた。
彼は私の震える肩を、折れんばかりに強く抱き寄せ、耳元で囁く。
「私と共に、高山(城)へ来てください。父上には私が何とでも言いましょう。そこで私があなたを……。二度と、こんな涙を流させぬように、未来へ帰る日まで一生をかけて守ります。だから、一緒に逃げましょう。」
一瞬、私の心が揺らぐ。
隆景様の腕の温かさ、彼の真剣な眼差し。
ああ、この人は知っているんだ…。
私の知っている史実では小早川隆景は未来で言う小学生ぐらいの年齢で家を離れ、たった一人で「小早川」という重責を背負ってきた。本当の居場所を失った寂しさを、誰よりも知っている彼だからこそ、その言葉は甘い誘惑というより、魂を分け合うような切実な響きを持っていた。
隆景様について行けば、毎晩のあの「侵略」から逃れられるかもしれない。未来へ帰る方法を、彼なら一緒に探してくれるかもしれない。
けれど、手を掴もうとした私の脳裏をよぎったのは、隆元様の悲しげな笑顔と、元就公が言った「歴史の一部」という言葉だった。
もし私がここで逃げたら。歴史が歪み、私が救おうとしたこの家が、そして私のルーツである未来が消えてしまうとしたら――。
「……それは、できません。隆景様」
涙を拭い、震えが止まらない手で彼の胸をそっと押し返した。
「私は、ここに残ります。ここで、私がすべきことを……最期までやり遂げなければならないんです。……ごめんなさい」
隆景様は何かを言いたそうな顔をしたまま考え込んだ。
そして深く息を吸い、
「……分かりました。その覚悟、私が引き受けましょう。あなたがそこまでして、己を捨て、この世に、毛利に尽くしてくださるのなら。……私は、誓います」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、一文字ずつ、紡いでいくように続けた。
「では私はあなたがいつか未来へ戻る時に、『この世に来てよかった』『この人生で良かった』と、心から思えるような。……そんな世を、私が作ってみせます。あなたが命を削って守ろうとしたこの毛利を、どこまでも美しく、豊かな国にしてみせます。」




