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鼓星  作者: 吉川元景
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熱を帯びる体

日差しが眩しい午後。父上と話を終えた後、最近父上の屋敷にいるという雫殿に会いにいく。

今日は何の話をしようか。

未来から来た女子(おなご)に聞かせていい話も喜ばせる話も分からない。

それでも少しでも会いたいと思うのは、自分でも絆されたと苦笑いしてしまう。

廊下を曲がると

「体力落ちたなぁ…。」

と汗を手ぬぐいで拭っている雫殿が目にはいる。

誰も求めていないのに雫殿は自ら素振りをし、読み書きを学んでいる。その一生懸命さを見るとなんだか放っておけないのだ。

「雫殿。……ずいぶんと、熱心ですね。」

けれど、振り返った雫殿を見た瞬間、何か違和感を感じた。

出会った時はそんな笑い方をする人では無かった。

風に吹かれてくすぐったいように目を閉じた彼女は、まるで消えてしまいそうな程淡くて透明で…。

「雫殿。……何か、変わりましたね。」

雫殿に一歩近づき、横に座った。

雫殿は思い当たる節でもあるのか、一瞬肩を震わせた。

そしてその顔を覗き込む。

目が腫れている。昨晩悲しいことでもあったのか?

「父上に呼び出される日々が続いていると聞きました。何を、させられているのですか。……その目は、初めて会った時のあなたのものではない。」

誰に何を言われたのですか。

父上の近くにいるせいで誰かに酷いことでも言われたのですか。

貴方はそんな顔をするような人ではなかったのに…。

聞きたいことは心の中で溢れるのに、何も言葉として出てこない。

「これは…私の使命ですから。」と無理矢理作られた笑顔を見て胸が傷んだ。

でもその後間髪空けずにどんどん涙が浮かんでいく。

「……っ、戻りたい……。」

不意に、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

「戻りたい……戻して……。未来に、お父さんとお母さんのところに……もう嫌だ……。」

周りに人がいないか確認をする。

きっと雫殿はこんな顔誰にも見られたくないだろう。特に兄上(隆元)には。

誰もいない事を確認し、他の誰にも見せないように抱き寄せた。

震えていた。

想像以上に華奢だった。力加減を間違えれば折れてしまいそうな程細く、近くで見るとより一層白く、弱く感じた。

夜の嵐に怯える子供のように震えている身体はさっきまで素振りをしていたせいか温かく、その温かさが寧ろ生を感じてしまい、酷く残酷に感じた。

平和な世から来た女子が平気なはずがなかった。

平気だとか腹を括ったなんて不安な自分を押し殺して出していた言葉だって想像すれば簡単に気がつくというのに。

なんて自分は浅はかなんだ。こうなる前に気がつく機会なんていくらでもあったというのに。

そして彼女から香る香の香りが父上の匂いだった。

それは父上と何があったのか嫌なほど想像出来てしまった。

何があったか問い詰めるのは簡単だ。だけどそれをすれば雫殿を変えてしまう気がする。

どう言葉をかけていいか分からなかった。


自分の手は、汚したくなかった。

彼女の清らかさを守り、いつか現れるかもしれない「帰る道」を、自分はただ静かに探してやろうと決めていた。

なのに、現実はどうだ。

目の前の雫殿は、父上の手によって、自分でも知らない「女」の熱を帯びさせられ、絶望の淵で震えている。

こんなことになるのなら。……いっそ、初めて会ったあの日。無理にでも新高山(城)へ連れ去り、この腕の中で抱き潰してしまえばよかった。

父上の指先が触れる前に、自分のものにして、彼女の瞳が絶望に染まるのも構わず、ただ自分だけを視るように調教してしまえばよかった。

雫を抱きしめる腕に、思わず力がこもる。

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