不安をかき消すように
「っうぁあああああ!!!!」
クラウドの激しく唸り声とともに木剣を振り上げる。目は血走り息は荒く、ともすれば隙だらけに見えるほど大きく、力強く剣を振るう。
「クラウド…お前…」
「ぁあ…ウインドウさん、バレリアさん」
「また随分と集中していますね」
「はは…ありがとうございます」
「褒めていません。子供たちの世話はどうしたのですか?」
あー…とクラウドは居心地悪そうに頬を搔く。ちらりと横を見れば、無法地帯に遊び回っている子供たちがいた。
「でも、俺だって負けられねえって…そう思うから…だから…」
「クラウド…」
「クラウド君…君は、レイ君とどう向き合うというのですか?」
それはあるいは自分たちも未だ考えている迷い。
「…難しいことはよくわかんねえです。てか…何ていうか…あいつ!すっげえめんどくさいじゃあないですか!」
その率直な言葉に、ウインドウとクラウドは顔を見合わせた。
「だけど俺は知らない。そんなの知ったこっちゃない。あいつもそれでいいんだってことを教えてやるために俺は俺としてあいつに向き合う。ただそれだけ考えてりゃいいんだって」
「それはレイを否定するってことか?」
「いやいやウインドウさんが何を仰るのやらですよ。俺にもわかってますよ。あいつお俺たちはきっと何か違う。相容れない部分を持ってるって。だけど俺たちはずっとそうしてきたじゃあないですか。ただ自由に。相手がどうとか関係なく、さ」
「…やれやれだ。たく、いっちょまえに成長してたんだなお前」
「あはははは!これもう一生分じゃね?ってくらい頭使いましたね。まあそのおかげで気づきました。俺、あいつのこと気に入ってる。だから、負けない」
「そっか…それじゃあ俺も…」
ウインドウはバレリアに目を配り、それを受けたバレリアは仕方ないですね、と肩をすくめて子供たちのもとに向かった。
「…ウインドウさん?」
「まあぶっちゃけ教えるのは不得手なんだが時間もねえしな。手加減してやらないぜ」
「おぉ…!っしゃあ!!望むところだ!」
(レイ君…君が来たことで、みんな変わっている。君はそれを怖がっているのかもしれませんが、私は…嬉しいと思いますよ)
二日後の夜、ウインドウはリーリアのもとへ帰ってこなかった。決戦の前、最後の調整に全力を尽くすつもりなのだろう。
「…おにいちゃん…」
ぽつりと漏れる。その声が濡れているのに驚いて、息をしようとしたら鳴咽がこみあげた。
「こんなんじゃ…だめ、なのに…」
布団を強く握り締めてもそこに温もりはない。ふと、誰もいない隣がやけにはっきりと見えることに気づいて、泣きそうになった。けれど
「きょうは…おつきさまがきれいだね…」
月の光が自分を照らしてくれていることに気づいた。
「だいじょうぶ、なのかな」
それが自分を勇気づけてくれているような気がして、リーリアは外に出た。
しかし、すぐに恐怖が襲った。誰もいない通り。月明かりがあろうと暗い道。肌寒い空気。世界に押しつぶされるように、不安が押し寄せた。
「正直驚いたよ。君がこうして行動を起こすとはね」
「!?」
誰かに声をかけられた。息を呑む。心臓がばくばくと鼓動を上げ、動けない体に必死にムチを打とうとする。
「あぁしまったね…怖がらせてしまったか。反則かもしれないけれど…少しだけ、僕と話をして欲しいんだ」
「…だ…だれ?」
何故かその声を聞いた途端、不安を溶かされたように落ち着いていった。
「さて、それは正直どうでもいいこと、なのだけれど…そうだねあながち嘘でもないし魔法使い、だとでも思ってくれればいい」
「まほう、つかいさん…?」
「うん。そうだね。だから、君が何を思って今こうしているのかを教えてくれれば、その願いを叶えてあげよう」
何を考えているのか、
「わた、しは…」
しかし少女は踏み出す。
「わたしは!おにいちゃんのところにいきたい!」
「さあここにレイ君はいるはずだ。飛び込んでしまうといい」
「…なんで、まほうつかいさんはわたしにちからをかしてくれたの?」
「さて、あいにくといい魔法使いではなくてね。一種の罪滅ぼしというか、そういった打算もあるのだけれど…そうだね。闇の中で射す光のような君の勇気に敬意を表して、というところかな」
それを最後に魔法使いの姿は闇へと消えた。
「…あれ?」
同時に、今まで会話していた人物の顔も、声も、背格好も、リーリアの記憶からすっかり抜け落ちていることに気付いた。
しかし、
「…お、にい、ちゃん…?」
中から聞こえた、何かが倒れた物音にすぐに頭がいっぱいになった。
『また倒れたのか…全くだらしのない』
誰かの優しい手が、ボクの頭を撫でた。
『だらしのないというのはな…体力がないとかそういうことじゃない。お前は自分のことすらも見えてない、ということについてだ。自らの限界すら見えぬ、で―――になれると思うのか?』
ごめんなさい。――――。
『…まあいい。お前には、お前のことを見ている人間が居る。そのことを忘れなければ、な』
ああ…だけど、ボクは…
「…ん…」
頭に乗っている冷たい感触に手をやる。力が足りなかったのか、ぽたぽたと手拭いがっぽたぽたと垂れてきて、汗を出しつくした皮膚に浸透するのが心地よかった。
「あ!おにいちゃん」
「リー、リア…?なんでこんなところに」
「ね、ねてなくちゃダメ!」
「んぐ!?」
頭の中に何かが突っ込まれた。噛んでみると、じんわりと優しくて甘い。
「フララのみだよ。かぜひいたときじゃないとたべちゃダメなとってもおいしいくだもの」
「いやボクは風邪をひいているわけじゃないんだけど…」
「だっておにいちゃんたおれてたんだもん…だから…だから…!」
不器用に、それでも懸命に看病しようとしてくれた。
(失敗しちゃったな…)
自分一人しか頼れるものはないから、しっかりしなければいけなかったのに、食事も睡眠も満足に取るのを忘れてしまっていた。
「ありがとう…リーリア」
レイは素直に感謝した。
「うん…よかった」
だから、涙が出てしまった。
「り、リーリア!?ボク、なにかわるいこと…」
「ううん…ちがうの…これは、うれし、かったから…だから」
「えっとえっと…」
どうすればいいのか、と取り乱しているレイを見て、リーリアは思わず微笑んだ。
「おにいちゃんはゆっくりやすまないとダメ!」
「いや…だけど…」
二人はぶつかる。けれど、レイも自分で分かっていた。限界以上に体を痛めつけ、回復を考えるとこれ以上は逆効果にしかならないだろう、と。
「えっと…リーリア?本当に、大丈夫?」
「だいじょうぶ!」
思い残しがあるとすれば、その分リーリアが張り切ったことだ。体が満足に動かないレイのために必死に世話を焼き、今も料理に勤しむリーリアを心配そうに見つめていた。
「はぁ…」
「おにいちゃんってしんぱいしょーだね」
「…ごめんね」
「ううん。うれしいからあやまらなくて、いい」
そして、当然のように一緒に寝よう、と言い出した。
「ダメだってば。いいから家に帰らないと」
「むぅ…だめ!おにいちゃん…きっとむちゃするもん。だから、こうしてつかまえててあげる」
腕を掴んで二人で布団の中に入る。夜も遅く、またリーリアの主張を否定しきれないこともあって、レイは仕方がないかと観念した。
「…ねえ、おにいちゃん」
「どうかした?リーリア」
不安そうな声が響いた。レイは真剣に聞かなければならない、とそう思った。
「…おにいちゃんは、わたしのこと、きらい?」
「それはないよ。ボクはリーリアのことが好きだ。それだけは不安にならないで欲しい」
「じゃあ、なんで…!」
それ以上の答えはなかった。ただ、既に意識を手放していても、レイは、自らの言葉を体現するようにリーリアを抱きしめていた。
「おにいちゃん…」
レイの言葉に嘘はない、と確信した。
少しだけ自分より力強い腕。眠っている中で、何も考える必要のない夢の中で、ひょっとしたら自分のことを求めてくれているのではないかとそんなことも考えた。
そして同時に、このままでは自分から離れていってしまうのだろう、とそんなことも分かってしまった。
「わたしは…」