芽生え
レイはウインドウと訓練場を任されている男、バレリアに連れられて訓練場に入る。
屋根と壁に覆われてはいるが埃が舞い、汗の臭いが漂い、血を拭ったような後もそこかしこについている。
拳に包帯を巻いて戦う子どももいれば、木製の武器を両手に持ったり、大きめのものを精一杯両手で持ったり、得物は様々。戦い方も冷静に相手の出方を伺う者もいればただがむしゃらに振るう者もいる。
少し年上の子供が小さい子供の相手をし、小さい子供は全力でぶつかってくる。そして年上の子供は小さい子供の猛攻を巧みに捌き、問題点や改善点を指摘する。
自由に、そして伸び伸びとした練習風景。体に余計な負担をかけるような危険な姿勢は正すが、基本的にここではいわゆる型などを教えることは無い。子供にそれを詰め込んだらそっちの方に考えが行ってしまうし自分の中で掴んだ感覚を大事にして欲しい、というのがここの考え方だ。
バレリアの姿を確認した子供たちは一旦動きを止め、見遣る。そして、ウインドウとレイの姿を見て、一部の者は喜び、そして不思議そうな顔を浮かべる。
「知っているとは思うが彼はウインドウさん。この地の長で三年前まではここで指導していた方だ。」
バレリアの紹介でレイは驚く。
ウインドウはこの地の長で、同時に並ぶものの無い程の武芸に秀でた者でもある。当然のようにここで次世代の育成に勤しんでいた時期もあった。しかし、リーリアの母、つまり、彼の妻が先立ち、それまで妻に任せきりだったリーリアの世話をするためにここに通わなくなったのだ。
「そして彼はレイ君。ふむ、さて・・・どう説明したものか。実は行方不明になっていたウインドウさんの息子さんだ」
「「「ええーーー!!??」」」
当然のように疑問の声しか上がらない。レイは、この地の人間がウインドウに限らずこういう人間なのだろうなとなんとなく判ってきたような気がした。
「ははは・・・ああ・・・故があるのかないのか分からないけど、うん。お母さんとお父さんのことを忘れてしまってウインドウさんの家の子供になっているんだよ。」
バレリアは視線でレイに挨拶を促し、レイはそれに頷く。
「レイ、です。皆さん、初めまして」
と、レイは腰を曲げて挨拶をする。子供にしては出来すぎな挨拶にウインドウとバレイアは苦笑する。
「よろしくな、レイ。」
そして、子供たちの中で最年長の十四、五歳くらいの少年がレイの手を握る。彼はクラウド。最年長で、そしてこの中でも抜きん出た武芸の才能で、まともに相手が出来るのはウインドウかバレリアしかいない。人格も少し活発が過ぎる面もあるが面倒見もよく、バレリアが留守でも訓練場を任せられる、子供たちの中心的存在となっている。
「ところでバレリアさん、レイをここに連れてきたってこたぁ・・・」
「うん。仮にもウインドウさんの息子さんだから、と言うわけではないが本人の希望もあってここで一緒に修行することになったんだ。」
「やはりそうっすか・・・ということは、まずやらなきゃなんないのは・・・」
「ですね。彼の強さを計りたい。頼めますか?」
「うす。レイ、これを持って」
レイは適当な木刀を渡されて、クラウドに手を引かれ、ちょうど訓練場の中央あたりで向かい合う。
クラウドも木刀を持ち、そして一回軽く振って感触を確かめる。
「強いやつがまだ弱いやつの面倒を見る。ここではそんな形式を取ってる。まあ、俺もバレリアさんに教えてもらったりして、日々精進してるんだが・・・まあいいや。とりあえず、そんな組み手の相手を決めるために強さを計んなくちゃなんないんだ。さ、どこからでもいいぜ。ドンと来い」
周りが見守る中、クラウドは構える。レイも、その様子を見て、木刀を構えた。
「ん?」
レイの構えを見て、熟練者三人、ウインドウ、バレリア、クラウドは疑問を覚える。
基本的に相手の攻撃を捌くことに重点を置くクラウドは片手で木刀を持ち、フットワークが利く様に足に余計な力を入れないようにしている。
しかしレイは剣を両手で持ち、足に力を込めている。さらに、剣を真横に近いほどに先端を相手の方に向ける。
クラウドの構えと同じ体勢を取らない。そして、視線が剣だけではなく、クラウドの体全体に向けられている。隙を窺う様に、動きを読む様に。
構えは申し分ない、と三人は思う。記憶を失う前のことについて疑問が湧いたが、それはとりあえず置いておく。
「レイ、俺はこれからお前に軽くだが仕掛ける。お前はそれを捌け。ただし避けるのは無しだ。木刀で受け止めるか、受け流せ。」
クラウドは気を引き締めてレイと向かい合う。レイと同世代くらいだとまずここで妙に強気で受け止めた剣に力を入れすぎて体勢を崩したり、ただ受け止めることだけに集中してしまう、つまり実際は使い物にならない様な守りしか出来ない。
しかし、半ば予想通りというべきか、ゆっくりとした動きに合わせるようではあるがレイはクラウドの攻撃を受け止める。
クラウドはゆっくりと力を込めていってみるが、足に力を入れているため、踏ん張りが利いている。しかし、全力で力を込めれば何とかなるだろうな、と思う。
逆に今度は力を抜く。さて、どう出るか、と考えていると
(・・!!)
一瞬で危機を感じて後ろに下がる。レイは、クラウドが力を抜いた時、一瞬だけ力を抜き、体が倒れないようにした。そして、次の瞬間に今度は一層力を入れて押し戻そうとした。いや、おそらく剣を弾くつもりだった。
しかし、とクラウドは思う。ただの勘でしかないのだが、なぜレイは追撃をしてこなかったのだろうか、と考える。あの隙を突かれた、と戦慄した一瞬、油断していた自分には後ろへ下がる時も隙があったのだろうと思う。
なのに、あの全てを見通し、そして垣間見える一瞬の隙を閃光のように突くあの剣技がなぜか途中で止まった、そんな印象だ。
そしてそれは第三者として戦いを見守るウインドウ、バレリアのほうがよく分かったのかもしれない。クラウドが後ろに下がったとき、レイは片足を踏み出しかけた。単純な動きしか出来ないが、瞬発力で言えば足に力を入れていたレイの方がある。剣を引いたのを見計らって、素早く剣を上段にも上げた。
しかし、レイはそれ以上を踏み出さなかったのだ。確かに間に合ったはず。ほんのわずか、すぐにクラウドは立ち直って構えを見せたが、それでもレイは振り下ろせば立ち直りかけの構えを崩す位のことは出来た。
だが、そうしなかったわけは、ウインドウには大体見当がついている。要するに、だ。
「レイ!お前、強くなりたいんじゃなかったのか?」
躊躇したのだ。ぶつかっていく気概に欠けているのだ。レイはおそらく元来優しい性格だ。しかし、ここで立ち止まっていたら、限界を出し切らずに負けるのなら、強くなどなれない。
ウインドウの叱責で、レイは自分を取り戻した。手にしていた剣が自分にとってどんな意味を持つのか分からない。何故、自分の中に強くなりたいという衝動があるのか分からない。だが、それでも、自分の中にある闘志と向き合わねばならない。
真っ直ぐ、それでいて全てを見据えるようなレイの視線。その瞳と相対し、クラウドは何か畏怖を感じた。
「・・・・」
クラウドは力を入れない構え。相手が力任せに向かってくるのなら、そのまま相手の力の流れに乗り、そしてその攻撃を受け流す。その為の構え。もう攻撃はしない。これから来るであろうレイの猛攻に対する構えだ。
「俺はもう攻撃はしない。切り返しもしないし、隙を突いて攻撃したりもしない。だから全力で向かって来い。隙だらけでもいいから全てを出し切った攻撃を見せろ。」
そんなことは百も承知だろうが、とクラウドは心の中で苦笑する。
レイは、木刀の先をクラウドに向ける。地面とほぼ水平に剣を構え、体を沈ませる。
どういうことだ、とクラウドが考えていると、レイは、あろうことかそのまま突進してくる。
(!!!)
避けられた。しかし、紙一重だな、とクラウドは思う。
力を溜め、さらにその力を一点に溜めた突きはまともに受け止めるのは厳しい。とするとかわしたほうが無難、なのだが足に力を込め瞬発力を溜めた突き、今かわせたのは単にレイとクラウドの基本的な体力の差に過ぎない。目まぐるしく攻守が入れ替わる実戦では使えないレベルだろうが、だからこそ、レイが全力でぶつかってきたのだな、と分かる。
本来、突きはかわされた時点で終わる。剣を完全に前方に向けているし、かわされた直後は隙が出来やすい。しかし、今はレイの力を計るためのもの。クラウドは意図して自分の剣を抑えた。
だが、それは違う。レイの攻撃はまだ終わっていなかった。
本能的に攻撃を感じ取ったのか、はたまたただ構えていた木刀に当たっただけなのか、クラウドはレイの追撃をなんとか受け止める。
レイは、突きを繰り出し、そしてクラウドがそれを避けまでを目を離さず見ていたのだ。そして、突きが交わされた直後、速やかに姿勢を整え、クラウドが避けた方向に向かって木刀を振り回したのだ。
そして、そこから猛攻が続く。ただ力任せではなく、時には大胆に、そして時折針の様に鋭い攻撃が飛んでくる。
しかし、まだまだ未熟だな、とも思う。クラウドがわざと隙を見せているのに気付いていない。本当に隙があって、冷や冷やすることもあるのだが、クラウドがわざと隙を見せて、そこにレイの攻撃が来るのを予測して容易に対処しているのに気付いていない。
それは半ばどうしようもない。体が覚えている、などという反射的なことではなく、相手の行動をパターンから読み取り、違和感を探る。頭の回転だけではなく、経験や知識がものを言う。記憶喪失、というのならそれを求めるのは無理な話だ。だから、ここで経験や知恵をつけられる。それが、レイを強くするだろう。
さて、とクラウドは逡巡する。レイの強さは大体、計れた。基礎体力、反応は申し分ないが経験不足で動きが単純すぎる。実力は、多分、いや、同世代の子供の中では抜きん出ている。
(いや、そりゃもちろん、俺は勝てるぞ。)
心の中でつぶやく。十回やれば一回は足元をすくわれることもあるだろうがあくまで自分のほうが強いさ、と自尊心で考えている。
「そろそろ終わりでいいよ。二人とも」
そしてそのバレリアの言葉に反応するように、クラウドは素早く仕掛ける。レイがクラウドの言葉に従って剣を下ろすときでは遅い。今のレイでは不可能なほど素早く、そして力強く、レイの刃を弾き飛ばし、木刀の切っ先を首もとにつける。
「大人げねえなぁ・・・」
ウインドウは少し面白そうに言う。クラウドは、体勢を崩し、地べたに座り込んでいるレイが自分のことを尊敬の眼差しで見ているのに気付いて、それに赤面した。
確かに、自分はレイより強い。だが、自分はそのことをまるで誇示するようなことをしてしまったのだ。大人気ないことこの上ない。
「と、とにかく!レイは強いっすよ。同い年くらいの誰よりも。」
「そ、そうですか?でも、やっぱりクラウドさんはすごいですよね。ボクが全力で向かっていっても、全然かなわないんですもん。」
と、レイは自分のことを少し誉められたからか赤面し、そして、クラウドのことを尊敬の眼差しで見ている。
気付いていない。自分の渾身の攻撃がことごとく捌かれていたからだろうか、レイは自分とクラウドの差を過大評価している。
確かに、レイの攻撃は全て防いだものの、それは反射だったり、体格の問題だったり、経験によるものだったりする。それはあくまで経験、歳の差の問題であり、実際、レイは同年齢のときのクラウドよりも強い。
だからこそ、クラウドはつける必要もない勝負の決着をつけた。自分のほうがレイよりも強いことを確認したくなった。
「しかし、困ったねぇ。せめてもう一人くらい、教えられる人がいればいいのだけど」
そして、そのことをこの道場の責任者バレリアも悟る。クラウドがレイに教えられることは少ない。レイの面倒を見るとしたら自分が相手をすることになるだろうが、クラウドもまだ発展途上だ。
つまり、レイとクラウド、この二人の才能を引き伸ばせる人材があと一人は欲しい。自分ひとりではどちらかの才能を伸ばせないか、あるいは二人とも共倒れになるかもしれない。
どうしたものか、とウインドウを見遣る。方法はあるのだ。ただ、それが可能性があることなのか分からない。
ウインドウもバレリアの言いたいことは分かる。そして、少し考えた後、言う。
「分かった。俺も顔を出すことにするさ」
「よろしいのですか?」
「うぇ!?いいんすか?ウインドウさん」
バレリアとクラウドは意外そうな声で聞く。元々、ウインドウはこの訓練場で指揮を取っていたが、母が死んだリーリアの世話に追われ、ここを離れていた。
「うん・・・リーリアも一人で留守番できるようにはなってたしな。いつかはまたここに顔を出そうと思ってたし、いい機会さ」
実際、リーリアは落ち着きがない自分とは違って手のかからない、いい子に育ったと思う。日中、用がある者には自分の家に来てもらうようにしてもらってはいたが、その心配も杞憂ではないか、と思い始めていたのだ。ただ、何か踏ん切りがつかなかっただけだ。これもいい機会だな、と、ウインドウは話す。
「そうっすか!いや~ウインドウさんがまた来てもらえると俺も嬉しいっすよ!」
クラウドは嬉しそうに言う。クラウドは、ウインドウがここに出向かなくなる前からここにいて、ウインドウのことを慕っている。クラウドと同じように、ウインドウを慕う者も少なくはない。
「それじゃ、まだ日も明るいし、久々に稽古つけてやるかね」
少し笑いながらウインドウは木刀を手に取り、それに訓練場にいる全員が歓声を上げた。
木刀を打ち合う音が響き、若い叫び声が木霊する。時には木刀が折れ、苦痛に歪む声も聞こえる。しかし、それ以上に喚起する。高揚する。
「はっ!なかなかよくなってきたな。だが、やっぱり甘いぜ?」
「ぐっ!?」
何度目になるだろうか。レイとウインドウが対峙し、レイはウインドウに向かってくるが全ての攻撃において弾き飛ばされる。
一発勝負。自分にただ向かってくるだけ、自分はそれを避けずに受け止めよう。その条件の下、レイはウインドウに向かっていく。
遠慮からなのか、最初はどこか途中で力を抜いて腑抜けた突撃しかしなかったが次第に強く、そして集中した攻撃になってきた。
「・・・・」
何故だろうな、とウインドウは思う。集中力が持続しすぎている。汗だくで、息を切らし、足もふらふらな状態で、それでも自分に向かっている。ただひたすら強くなろうとしている。呆れる位に思慮深い性格のくせに、いつしか自分に本気でぶつかって行くようになっている。
強くなる理由。それがあるから、だろうか。そして、何故強くなろうとするのだろうか、とウインドウは心の中で思いながら、その思いに応えようと、またレイを突き飛ばす。
「おかえりなさい。お父さん・・・・おにい、ちゃん。」
ウインドウとレイは家に帰り、リーリアに迎えられる。
「おう!ただいま。悪いな、結構、遅くなっちまって」
訓練場に自分まで戻るというのは、予定にはなかった。リーリアの頭に手を乗せて、そのことに対して、というより、そのことを話せなかったことについて謝る。
「ううん、大丈夫だよ。それより、何があったの?」
「う~ん・・・そうだな、これからも少し遅くなるかもしれない。訓練場にレイが行くのは知ってるだろう?だからってわけじゃないが、俺も訓練場にまた通うことになった。」
そう、ウインドウはこのことを大したことだと思っていない。
「大丈夫だよな?リーリア。」
「う・・・うん・・・そう・・・だね。」
だから、リーリアが、少し元気がなさそうことは、少し不審に思いながらも、それが何に起因するものなのかは分からない。
「私のことは気にしないで。ちゃんと、お留守番は出来るから」
「おう!ま、出来るだけ早く帰ってくるさ。いい子で待ってろよ。」
リーリアは、また顔を俯かせる。暗い表情を見せないようにしている。
「リー、リア?」
そして、またもやレイはその理由は分からないが、リーリアの暗い表情に気付いていた。
食事も済ませ、そして昨日と同じように川の字となって眠りに就いた。しかし、レイは寝付けなかった。体は疲れている。現に、ウインドウは寝付いて数秒、という早さで寝入った。
レイは、自分のいるここについて、考えている。まず、ウインドウがこの地で一番の権限を持ち、そして、慕われているのは今日で分かった。強い、そして、自分にとって大切な物を預かってくれている。
まだ「どうして」という感情があるのだが、それでもウインドウのことを信じられる自分がいて、自分にとって大切な剣を預かってもらっている。そして、自分が強くなる為に協力してくれている。
ただ、リーリアの表情が気になったのだ。暗い表情、思いつめたような、悔しいような、悲しいような、寂しいようなそんな色々な感情が織り交ざって、だから、それが何でなのかは分からない。
リーリアは、自分の妹だと聞かされた。だが、それとは違う感情がある。大人と違う自分、そのことが特異なこと、変なことではないのだと、リーリアは教えてくれた。
ここの人たちは、自分のことを変な目で見ずに受け入れてくれている。でも、どこかでそれを受け入れがたいと思っている自分が、どこか変な存在なのではないか、と思っていた。しかし、それはそうではないのだと、自分と同じことを感じ、考える者はいるのだと気付かせてくれたのはリーリアだ。ここにいることを受け入れられたのは、リーリアのお陰だ。
だから、リーリアが大切なんだ、と今更ながら気づいた。なら、リーリアが何かに傷ついているのなら、どうにかしたいと思うのだ。
その原因は、と考えを巡らす。最初は、ウインドウと一緒に出かけると言ったとき、次は一人で帰るように言ったとき、そして最後はこれからウインドウがこれから訓練場に通うと言った時。
(ウインドウさん・・・かな?)
ウインドウが、自分から離れてしまうのではないか、とリーリアは不安がっているのだろうか。そうだとしたら、自分が原因だ。だとしたら、自分に何が出来るのだろう。
ダメだな、と初めに思った。自分がもっと強ければよかった。ウインドウに認めてもらえるくらいの実力が最初からあればよかった。だとすれば、今から何が出来るのか、それを考え始める。そして、安心して来た。自分が何を考えるべきなのか、分かったような気がしたから。だから、レイの瞼は、次第に重くなってきた。
(ボクが、もっと強ければよかったのにね・・・)
リーリアの寝顔を見ながら、レイは漠然と守りたいな、と思っていた。
しかし、レイは気付いていなかった。リーリアの本当の気持ちに。自分がどこか歪んだことを考え始めていたことに。