世界の敵
そこは光射さぬ不毛の地。誰が訪れるわけもないそこにひっそりと闇の王は隠れ住む。
しかし、そこに光が捻じ込まれる。畏れも無く堂々と。
「そうか…君は、王になったのだね。ゼロス」
そしてその前に立ちはだかる姿があった。侵略者の名を、当然のように呼んだ。
「ハルバー…か」
名乗るまでもなく侵略者然とした王ゼロスは確認する。
「そうか…やはりお前は俺を止めに来るか」
二人の間に芽生える感情。それはどうでもよいものだった。何があろうと二人の道は敵としてでしか交わることは無い、と。そんな改めるまでもないことが分かったに過ぎない。
「…これ、は…そうか…ゼロス…君は…」
ハルバーは理解した。彼はいかなる王で、これは、自分ではけして敵わないのだと。
彼の心を…動かすことは叶わないのだと。
「…」
血に濡れた剣。一振りして血をまき散らし、止めを刺そうとした瞬間、周囲を照らしていたはずの光が急激に閉じ込められ、闇に浸食されていく。そして、敵意が迫る。
「く…俺を殺したいか…闇の王」
ならば行ってやろう、と。その手招きに応えた。
「今度こそ届かせてみせる…世界を…救ってみせる」
レイ達は闇の王の元へ急いでいた。ここにいる、と確信に至る闇が広がる建物の中をただひたすらに走っていると、その途中、必死に這いつくばりながらも歩を進めようとしている存在があった。
「…やあ君たち。おや、その傷は…そうかどうやら彼と一悶着あったみたいだね」
「人のこと言えた義理か。その傷…」
ハルバーの受けた傷は相当に深い。今、意識を保っていることすら信じられないほどだった。
見渡す。薄暗くてよく分からなかったが、おびただしいほどの血を流しながらも、彼は、再び戦場に駆けつけようとしていたのだ。
「お前は…何でそこまで闇の王の味方をする」
「さてね…僕のことはどうだっていいさ。それより君たちは、何故ここに来たのかな?」
立ち上がる。そして、行く手を遮るように前に出た。
「闇の王を倒すためというなら、今が絶好の機会だろうね」
「…確かに彼は強力だ。だが、闇の王に匹敵するほどの力だと、君は見ているのか?」
「力だけなら比べるまでもないだろうが…少し彼の力は厄介でね。闇の王を倒す、という目的に限っていうのであれば天敵そのものだ」
だから、このまま闇の王は倒される。そういう結末もあり得るのだとそう告げる。
「何をするつもりかは知らないが手負いの君たちが無茶を押してまで戦う意味がどこにある?ただ、ある世界の出来事だと、そう委ねても」
「それはダメだ」
レイは前に出た。
「何も知らないまま、誰かに委ねたまま終わらせたりなんかできない。俺たち自身の手で決めなくちゃならないんだ。その為に、知らなくてはならないことを、やらなくちゃならないことから、逃げない」
「…そうか…そう、だね…ちょうどいい頃合なのかもしれない」
瞬間、アルゼルフの本が世界を開く。そこに広がったのは、人の精神に介入するための解析室。幾重にも映像が張り巡らされた世界。そこに映し出されていたのは、レイの今までの記憶。忘れるはずもないリーリアとの、バトウとの、グレイスとの、アリアとの記憶。
しかし、その中に、砂嵐のように耳障りな音が混じっている。そこに、すっとハルバーが手をかざした。
「何をする気だ」
「レイ君…君に、記憶を返す」
「!」
「…やはりあなたが俺の記憶を…」
「ああ…そうだ」
言い逃れはしない。確かに過去、レイから記憶を奪い、知らない世界へと放り出した自身の罪。
「この記憶には、君が幼い頃に修得した光の王の戦い方の記憶がある。それさえ取り戻せれば君は本来の力を発揮することができるはずだ」
「待てハルバー!君が何故それを隠してきたのかは知らない。だが、今まで封じてきたものを今更返す、だと?君は…利用としようとしているだけじゃないのか」
「…正直に言うとレイ君がこれを知ってどうなるかは僕にもわからない。けど、それならそれでいいのかもしれないと、そう決心がついただけさ」
「…!」
グレイスは黙った。ハルバー自身は確かに闇の王の味方でしかありはしないのかもしれない。
しかし、今の彼のしようとしていることは、それと離れた、ある種純粋なことであるのだと、そう分かってしまった。
「最後だ。真実というやつは優しいものばかりじゃない。どうにもならないってことこそが真実ってこともある。知らないほうが幸せなことも、知ってしまったからこそ不幸になることも。それでも…」
「それでも俺は知りたい。今、こうして俺が思う。それも真実だったと俺は目を逸らさずにいたい」
「…そうか」
それを最後に、世界は弾ける。今まで記憶を封じていたものが消え、レイは目にする。消えゆく世界の中、忘れていた自らの記憶の引き出しを取り戻し、それをきっかけに入ってくる記憶。
「ぁ…ぁあ…ぁあああああああ!!!!!!」
そうだ。思い出した。あの男は何者で。闇の王との因縁を。ハルバーとの出会いを。そして、自分の世界と、自分の正体を…
「…おにい…ちゃん…」
背中から呼びかける。けれど、その声に応えることは無い。
「俺は…俺は……!」
逃げるように飛び立った。光の速さで追いかけることも叶わず、しかし追いかける。
「リーリアさん…レイさん!」
そしてアリアも追いかける。バトウも追いかけようとしたところで、ドサッと人が倒れる音がした。
「やっと……かえす…こと、が…」
「…レイ君ならば大丈夫だろう。それより、彼に聞かなくてはならないこともある」
「そうだな…」
バトウとグレイスはハルバーの手当てをすることにした。
「しかし…あいつ…」
バトウが感じ取った去り際の気配。それは。
「く…」
漏れたのは動揺。幾重にも張り巡らせる闇を悉く晴らし、光線がローブを掠める。
「はははは!いいぞいいぞ!鉄面皮が剥がれてきたな。」
狂ったように、否、ゼロスという男は事実、既に狂っていた。
ただがむしゃらに。闇の王の攻撃に身を削ろうとひたすらにそれ以上に闇の王へと光を放つ。
「…そうかなるほどな。貴様は…」
己自身を捨てたのだな、と。
「それがどうかしたか?」
どうでもいいことを確認し、
「…哀れだな」
そして誰にともなく呟いた。
「貴様…貴様のようなやつに…世界など…!」
「ははは!そうだ怒れ!憎しみを曝け出せ!俺は、悉くそれを踏みにじってやる」
「く…」
そして、とうとうその首を掴み、剣を構える。
「断罪してやろう闇の王。世界を闇に閉ざしたその報い、その身に味わわせてやる。楽に死ねると思うな」
「…ふ…」
やはり哀れだと、そう嘲笑った。その時だった。
「む…」
闇の王を手放し、後ろに跳ぶ。そこに走ったのは、紛れもない光。
「レイ…」
その名を呼ぶ。なお呼ばれた王は、ただ、高らかに剣を向ける。
「…邪魔をするのか。まあ…」
記憶がないのであれば、と。
「…兄さん」
ただ、そう呼ぶ声に遮られる。
「レイ…お前は…!」
分かっているというのか。と叫ぼうとした。けれど、彼にはその権利はない。
「助かったぞ光の王。感謝を述べるとしようか」
レイは、ただ黙る。
「レイ…お前は…何故…」
乱入した光の王。それによって天秤は闇の王に傾き、ゼロス…光の王レイの兄は、闇の王の作り出す隔絶空間へと追いやられる。
「レイ…!」
「…」
怨嗟の声に何も答えず、ただレイはどこかを見つめていた。
「久しぶりだな光の王…」
「ああ…そうだったね」
ただ敵として、二人は会話をする。
「それでだ。何故貴様は、私を生かした?」
「…」
「分からない、と、いうのか」
ふん、と闇の王は路傍の石のように光の王を無視し、歩きはじめる。
「お兄ちゃん!」
「レイさ…あなたは…ダルク様!?」
駆けつける二人の王。しかし、
「来ないでくれ」
レイは拒絶する。その剣を、リーリアに向け、
「お、にいちゃ…」
「俺は…みんなの世界の敵だ」
そして、自分の正体を自覚した。




