法王グレイス
ノアラバルトとの邂逅の後、それぞれの思いを確認するため、散り散りとなった。アリアは外に出て、静かに夜空を眺めていた。
「ダルク様が…世界を…」
夜空よりも深い闇。それを世界に強いたその王は、昔夢見た人物と、本当に同一人物なのか、とそう考えずにはいられない。
「アリア…」
そしてその背中に、声をかける存在がいた。
「レイさん…」
呼ぶ。きっと、その声を聞くまでもなく、どこかでその存在を求め、そして
「アリア…真実を見つけよう」
「真実…ですか?」
「ああ。きっとまだ俺たちが知らない…知らなくちゃならない世界の真実がある。そこに闇の王の、彼女が彼女であるからこその軌跡がきっとある。だから探しに行こう君が信じたいと、そう思ったものを」
「レイ…さん…」
じんわりと心に染みて、胸に飛び込んでしまう。
「ごめんなさいレイさん…私…わたし…!」
「はは…正直に言うと、さアリア。俺もそれほど甲斐性があるわけじゃないんだ。俺も…怖い。このまま帰りたいと、そう思うときがある。だから理由にさせて欲しいんだ。俺が、立っているための」
「そうですか…そう、なのですね」
アリアは、安心した。自分にもできることはあって、出会えて、嬉しいと感動した
「だけど…」
レイは知った。人の思いを受け入れて、だからこそ強くなれることを。いや、きっと、思い出したのだとそう思う。けれど、ならばなぜ自分はそれを捨ててしまったのか。
待っているのは、きっと優しい物語ではなくて、きっと…
「それでもお兄ちゃんはお兄ちゃんでいればいいんだよ」
「リーリア…」
「私は、お兄ちゃんを…アリアちゃんが大好きだから。だから応援する。それだけは何も変わらない。何が待ってても」
「…ありがとう」
囚われず、自由に。それは簡単ではないし、正しいのかもわからない。けれど、それでいいのだと。そう言ってくれる人間がいるだけで、きっと、救われた。
「さて…それじゃあ後は…」
「…お兄ちゃん?
「レイさん?」
レイは険しい顔をする。その脳裏には、二人の王の姿があった
「やっぱり来たか。グレイス。遅いぞ」
世界の狭間でバトウは笑う。
「やれやれだ。君の方こそ、こんなところで油を売っていていいのかい?」
「はははやっぱりわざとか。そうして俺がとっとといなくなればいいと見逃すつもりだったか」
アルゼルフ本が呼応する。グレイスの足元から剣が生え、胸元をかすり、頬から血が流れた。
「…バトウ…」
「分かってたさ。ノアラバルトの横槍がなかったとしても、お前がわざと俺の力を発現させないようにしていことはな」
バトウ本人への直接の干渉ではなく、祖先にかけられたただの残留思念のようなもの。鋼の王として覚醒し、既に解けかかっていたそれはどの道時間の問題でもあった。
グレイスが自分を見る目を思い返す。それはいつも複雑に、そして注意深く、バトウ…いや自分だけでなく王たちの姿を監視していた。
「ま、封印ってやつはお前の抱えてるもんが何かしら関わってるんだろうな」
「謝辞は述べたはずだな」
「別に謝れと言ってるんじゃない。むしろ逆だ。お前が何を抱えていたのかは知らん。だが、この期に及んで情に流されるのが、お前がしなきゃならないことなのか。いい機会だ。この際全部話しちまえ」
「…私は『法』の王。かつて、異世界からの住人が大挙してきたその時に、彼らと交渉し、彼らが生きていくために守らなければならない『法』を彼らとともに制定した者たちがいた。彼らは、そして私は世界に遍く魔法について厳格に取り締まる『境界』の人間だ」
世界に本来存在しない異分子。それがやがてこの世界を壊し、また過ちを繰り返さぬように、と。世界を守るために、知ってはならないことを知らせず知らなくてはならないことを知らしめる。
魔法というのは世界を変え、故に『境界』を超えるものを許してはいけない。だから法により、画一的に人を裁く。そこに何があろうとも。
「境界のルールは時代によって変わることもあるが、それに私は従い実行する」
「へえ…だが俺は王なんだろう?それを止める権利はあるのか?」
「君だけならばな。だがバトウ、君ならば連鎖的に君達を縛ってきた戒めを解き、戦のために魔法を投入するだろう」
「ま…そうだな」
「それで戦いは激化し犠牲者は増えるだろう。世界のバランスを崩すだろう…だから私は君を止めなければならない。たとえ…殺してでも」
その殺気は本物だった。世界を守る…脈々と受け継がれてきたその使命に一片の悔いもない。
「それがお前の本気か…呆れたな」
しかし、鋼の王の意志は嘲笑う。
「お前にもあるんじゃないか。戦う理由が、守らなきゃならないものが。ならば何で立ち止まる。なぜ俺に心を砕いてる」
「…それは…」
知っている。鋼の王の戦いを。バトウという男を。
「仕方ないじゃないか」
法王。それは人を超える法の遵守者。
「だって君は…君達は!」
感情はなく、意志もなく、正義もない。法は遍く全てに適用され、罪は罪でしかない。ただ断罪する執行者。それこそが法王としてあるべき姿。
しかし知ってしまった。法王は結局のところ、世界の一部でしかなく絶対ではない。けして相容れない想い。価値。そういったものが存在するのだと。
「仕方がねえな…」
ぼそりと呟きバトウは静かに剣を抜く。
「俺は逃げない。お前を殺してでも、俺は俺の世界を救う」
「何故だバトウ。お前は私に関わらずただ…」
「さてな。俺もレイに影響受けたのかね。お前を放っておいて世界を救うってのもおかしい話だなとそう思うのさ。だから、最期までお前には俺として向き合わなきゃならない。
ま、勝っても負けても悔いはない戦いだせいぜい楽しもうじゃねえか」
「バトウ…君は…」
具体的な言葉はない。けれど、バトウのような強い意志があれば…と。そう焦がれたことはあった。そして、それこそが、きっと迷いを飛ばせるものであるとバトウは信じた。
「どうせ死にぞこなった命だいつくたばろうと変わらんさ」
「バトウ…君は…!」
怒りもある。託された意志を。こんなところで燃やし尽くしていいわけはない、と。
だが、自分の命で、友を一生をかけて助けられるのであれば悔いはないと。その姿は、そう語っていた。
「分かった」
「いい顔になったじゃねえか!それじゃあ始めようぜ!」
そして二人は、この世界から姿を消す。
無数の刃が世界に生まれ、一直線に駆けていく。
刃を支配するは鋼の王――その真の力の一端。
王の力とはすなわち世界を変える力である。しかし不完全に、世界を捉えそこなっていた今まででは王とは程遠い力しか発揮できていなかった。
しかし違う。王の本質は世界の根底を覆す力。それは武器を製造するのではなく鋼を創造する力。
故に。捉える。世界は鋼で出来ている。王の号令を以て鋼は形を成し、その命に従って相手を屠る。
「やはりまだまだ甘い、か…」
しかし、刃の雨を潜り抜ける者がいる。
「あいっかわらずデタラメだなお前…」
「さて、あいにくとこの程度は修練でしかないね。人間やれば出来ないこともない」
胸を払う。そこには傷一つない外套がある。法王が魔法使いとの間に繰り広げてきた闘争の歴史。その末に編み出された装備。幾万もの刃に斬りつけられようとけして破れぬ軌跡。
しかし驚くべきはグレイス本人だろう。たとえ防げるとわかっていようと、通常の営みではあり得ぬ不条理に、自ら飛び込んでいくことなど正気の沙汰ではない。
「強い、な…」
いわば壁だ。強靭な肉体と精神によって育まれる強靭な戦闘スタイル。
そして世界の理を守るために戦う境界。絶対なる守護者として、立ちはだかる。
「だが負けてやるわけにもいかん」
しかし相手は世界を壊す権利を持つ王。今、絶対は揺らぎ、これは、互いを侵略し合う戦争である。
「さてそれでは私もそろそろ本気を出させてもらおうか」
「まあそうだよな…そういえばそもそもお前の世界の力ってやつを全く知らなかったんだが」
「出し惜しみをしていたわけじゃない。私の世界は少々特殊でね。出さないで済むのならばそれに越したことはないのさ」
世界が一変する。
―――告げる。武器は一つしか使えない。と言葉でなく概念として。バトウの頭の中に入ってくる。
「…ん…」
力を込める。しかしそこには何も新たに現れはしなかった。
「なるほどな」
世界を縛り付ける力。順守すべき法を世界に定める力こそが法王の力である。
「まあ君に使えるのはこの程度だがね」
もっとも、それは法王も例外ではない。彼もこの世界のルールに従わなければならない。
「なるほどな」
今まで使わなかったというのも頷ける。
「だがそれでも戦いようはある」
だがこの力が王の力である以上、王の力を禁止することは出来ない。
たとえ一振りの剣しか扱えなかろうとそれは鋼の王の武器だ。
重量、性質すらもその状況に応じて変化させることが出来る。
自在にその形を変え、迫る。時には小回りが利く短剣、振り上げた瞬間に振り下ろすことだけを考える強大な槌へと姿を、質量を変える。
「はぁ!」
しかし、それでも戦い続けたのがグレイスという男だ。
受け止め、投げ返す。そして追撃を叩きこもうと足を踏み込み、一気に近づく。
バトウはすぐさま手元の武器を消し、グレイスとの間に盾を形成する。
止まらず突っ込んだグレイスの拳によってゴォオオン!と金属音が響く。その迫力にバトウは思わず冷や汗をかいた。
「は…たく本当に強いな」
「君もな」
頬に掠った血を拭う。恐怖はない。けれど、迷いはある。しかし、相手と、友と向き合う為に。グレイスは、バトウは、戦う。
「いくぞバトウ!」
「は!律儀に告げなくたっていいんだぜ!」
向かって来るグレイスを迎え入れるために、剣を手にするバトウ。両者が再び交わろうとしたその時、そこに割り込むもう一人の王がいた。
「ようやく…ようやくだ!さあ始めるぞ世界を…今度こそ」
「…誰だ…」
「…バカな…彼は…一体…」
そこにあったのは、バトウもグレイスも知らない男の姿。
金髪碧眼の男だった。




