繋がり
翌朝、三人で朝食を食べながらウインドウはレイに話しかける。というのも
「ここの連中にお前のことを紹介しとこうと思ってな。昨日はお前も色々と混乱してたと思うし。」
「紹介・・・ですか」
レイは自分の頭に触れながら考える。
「ま、それも理由の一つか。髪と目の色が違う、なんて言われてもピンと来ないやつもいるだろうし、嘘に思われるかも知れねえしな。」
「・・・・」
「まあ、それ以上にお前を俺の息子にするってのも言わなきゃならないしな。」
ウインドウは笑いながらも言う。レイはその言葉に、ただ戸惑いを浮かべていた。
「・・・・」
そして、ウインドウは気付いているのだろうか。
自分の娘、リーリアが、その様子を寂しげに見ていたことを。
「さて・・・そいじゃあさっさと食って準備を・・・」
「ま、待って!私も行く!」
ウインドウとレイは驚く。おとなしいリーリアが声を荒げてそんなことを言い放ったからだ。
「・・・まあいいけどな。疲れたら言えよ?」
ウインドウは特に気にすることなく、リーリアも連れて行くことにした。
道中、様々な人たちに話しかけられた。しかし、それは長のウインドウに対するものだったり、あまり外に出かけないリーリアに対するものだった。
「お人形さんみたいな子だねえ!この子が例の?」
その中で話しかけてくる大人たちは違和感なくレイの頭を撫でて来る。
「・・・・」
「どうした?レイ?」
「なんで、皆、僕のことを戸惑わないのか分からなくて・・・」
「・・・別に気にしねえからだな。人間なんて顔かたちが違うのが当たり前だし、髪の色なんて歳とりゃ変わるしな。お前の色とはまた違うけど」
「・・・・」
どうしてなのだろうとレイは思う。幼い彼には、目の前の人たちの考えが、不思議で、到底理解できるものではなかったから。自分が受け入れられる喜びを感じるには早すぎる。
「・・・・」
リーリアが、そんなレイの手を握った。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん。大人になったら分かることって、あるんだって。」
そのリーリアの言葉にウインドウは首を傾げ、レイはリーリアを見つめる。
レイは戸惑っていたのだ。自分と髪と瞳の色が違う周りの面々に。そして、その差異を全く気にしない大人たちを。
それがレイには奇妙に思えた。戸惑っている自分の感情をどう処理すればいいのか。自分は何かがおかしい存在なのか、と。もしかしたら、だから髪と瞳の色が他人とは違うのではないかな、と。
だが、リーリアは、レイと同じ子供である彼女は、そのことに気付いた。いや、リーリアも同じなのだ。レイと同じように戸惑って、悩む。
「そ、それとね!えっとね。綺麗だと思う。」
レイと同じように、リーリアもレイを初めて見たとき、戸惑いが先に出た。今、レイと自分が同じようなことを考えていることが何となく分かった。だから、自分が思ったことを言った。
「あ・・・うん、ありがとう。リーリアも、綺麗だよ。」
レイは、笑った。自分と同じことを感じていること、誉められていること、言葉にすればそんなところだろう。幼いレイの心の中は、ただ嬉しいと思った。リーリアも、レイの笑顔を見て、喜んだ。自分が、人の笑顔を引き出したのは、これが最初だったから。
そして、そんな様子を、ウインドウは静かに見守っていた。
集会所には既にこの世界における重鎮たちが集まっていた。年齢や性別もばらばら。長が到着しても並んで座ると言うことは無く、そこら中に胡坐をかいて座っている。
「やあやあ君が例の子か。本当に髪が輝いてんだなぁ・・・なかなか利発そうな子じゃないか。」
ウインドウがリーリアとレイを連れ、奥の上座に座ろうとすると、若い男の一人が頭をぐりぐりと撫で、笑顔を見せる。見ると、一目その姿を見ようとレイの元にぞろぞろと人々が近づいていた。
「あらあら可愛いわねぇ。どう?お菓子食べる?」
「ふむふむ澄んだいい目をしておるわ。こりゃ将来有望じゃな」
「はぁ~本当に輝いてるわー。半信半疑だったけど、納得だな」
「こらこらおめえら!ちったあ落ち着け!」
様々な人々が、レイに声をかけてくる。レイはまだ戸惑うが、同時に、少しずつ嬉しくなっているような気がした。しかし
「・・・リーリア?」
リーリアがなんだか寂しそうな、悲しそうな顔をしているのに、レイは気付いた。
「ど、どうしたの?お兄ちゃん?」
そして聞かれたのに気付いたリーリアは、動揺しながらも平静を装う。そして、何を思ったのかを聞こうとしたところで
「はいはいこれからは静かにしよーぜ。声の小さいやつがまともにしゃべれなくなっちまわぁ。」
ウインドウは手を叩いて呼びかける。さすが長というべきか、それまでの喧騒は静まり返り、各々座り始める。
「さて、それじゃあ始めようか。まず話さなきゃなんねえことは・・・そうだな。昨日、俺が色々とこいつに聞いてみたんだが、こいつの正体はわかんねえんだ。レイっていう名前以外はな」
「どういうことです?」
「何も覚えてないらしくてなぁ。信じていいだろう。嘘つくような性格じゃないだろうし」
今朝も確認してみたが、昨日とまったく変わらず、何も覚えていない様子だった。どうやら一過性のものではないようで、ウインドウは溜め息を吐き、レイは顔を俯かせる。
「とりあえず様子見るしかねえだろ。つうわけで、俺の息子として育てたいんだが、どうよ?」
「そうですね。早い者勝ち・・・と言うわけではないですが昨日、一晩住んでいる訳ですし。」
「え~?レイ君はどうしたいのかな~?自分が住むうちは自分で決めたいと思うんじゃな~い?」
「ふむ、もっともな意見じゃがワシらと初対面の子供にそれを言うのはいささか酷じゃろう。もしレイ君が長の家を出たいというのならそれを尊重する形で、という位じゃな?」
「ま、そんなもんだな。」
レイの処遇に対する結論は出た、ということでウインドウは次の議題を考える。
「そうだな・・・」
ウインドウはレイの方に振り向きながら、腰に携えたもののことを思い出した。
「レイ、ちょっとお前の剣を貸してくれねえか?」
そう言われて、レイは考える。自分が何者なのか分からない。だが、この剣はとても大切なものなのだ、と心のどこかで感じている。
「お前にとって、それは大切なものなんだろう。だが、だからこそけじめをつけなきゃならねえことがあるんだ」
レイにウインドウの言わんとすることがはっきりと分かったわけではない。しかし、それは大切なものだと分かっている。そしてこのままただ抱きしめるだけではいけないのだと言うのも分かった。
だから、レイは剣を腰からはずし、ウインドウに預ける。
ウインドウはそれを受け取り、一つ息を吐く。そしてレイの方を一瞬ちらりと見る。
そして、ゆっくりとその鞘から剣を抜いていく。
抜き始めた段階で驚いた。垣間見えた刃の輝きに、思わず目が眩んだくらいだ。そして、ゆっくりとその剣を鞘から抜いていく。
「・・・・」
ウインドウが初めて出会う感情だ。自分自身も剣を持つ身。稽古で使うような木刀を持ったときと、狩りなどで使う剣を持つ時とでは自然と抱く心が違ってくる。剣を持つとき、背筋が凍るような、もしくは胸が熱くなるようなそんな緊張感や高揚感が湧く。
今、自分が目にしている剣は、腰にしている剣すら軽く手折れてしまうのではないか、とそんなことを考えてしまう。異様、いや、神々しいという表現が正しいだろうか、研ぎたての刃あるいはそれ以上の輝きを放ちながらも幾戦もの修羅場を潜り抜けてきたかのような、言葉で表現しきれない威厳を感じる。
そして、何故かこの剣と巡り会えたことに血が高揚し、歓喜している。それは、懐かしさにも似た感情だ。何故なのだろう、と考えをめぐらせてしまい
「・・・ウインドウさん」
レイの言葉で現実に戻らされる始末だ。いや、ウインドウだけではない。周りの者たちも皆、息を呑む。それだけレイの持っていた剣は価値あるものなのだ。たとえ武の道に進む者でなくとも、その美しさに目を見張る。しかし、宝剣ではないだろうことが剣を携えるものであれば、その剣の持つ輝きから垣間見える。
ウインドウは溜息を吐く。そして、真剣に悩む。半ば予想通りな展開だ。
「レイ、お前この剣を俺に預けろ」
だから、ある程度考えていたことを言わねばならない。酷ではあるとも思うが、長として言わなければならないこともある。
「な、何で!?何で」
言葉が出ない。裏切られたのか?レイはウインドウを信じた自分の心を叱責しようとした。しかし、ウインドウの苦渋の顔を見ると、それが、何か重要な意味を持つんだな、と自分が抱いた怒りや悲しみなどと言うのが押し流されていくように感じる。
いいやつだな、とウインドウは思う。子供にしては出来すぎているのではないかというほどの、周りを見る力。自分がレイのことを思って言っていること、そしてどうしようもないことを含めて言ったことなのだと本能的に感じているのだろう。
理由を言っても複雑すぎて分からないことだろうな、と思いながらもレイには物事を覆い隠さず言った方がいいのだろうと判断する。
「ガキが刃物を持つのを容認しておくわけにはいかん。使い方も知らねえのに本物の剣なんざ振り回したら怪我じゃ済まねえ。やらないとは思うが、喧嘩に持ち出さないとも限らない。ま、早い話、使いどころも使い方も知らないやつに刃は早い。
ましてやこれほどの名剣、悪用されないようにするためにも、これを奪おうとする輩からこれを守り、これを悪用されたときには自分が責任を持つ、それくらいの覚悟と器量が必要になる。
唯の宝剣程度、何も出来ねえような剣ならよかったんだがな。」
最後の確認のため、ウインドウは刃に軽く指を押し当てる。そして、当然のように赤い滴が垂れ、ウインドウはそれを布でぬぐい、剣を納める。
「俺がこの中で一番それに相応しいと自負している。そしてお前じゃ力不足だ。」
ウインドウは真剣な眼差しでレイと向き合う。レイは周りの人々を見遣ると、彼らが深く頷き、賛同しているのに気付く。事実、ウインドウはこの地では一番の実力者だ。若いうちから才覚を表し、調子に乗って生死を彷徨う大怪我をしたこともあれば、事故であっても自分の刃で人を傷つけてしまったこともある。
だから、剣を持つことによって、背負わなければならないことがあるのだと、身を以って知っている。だから、息子として育てようとしているレイに、いや、それとは関係なしに、それを教えていかなければならないのだと思っている。
そして、だから指を咥えていろと言うつもりも無いのだ。
「だから強くなればいい。お前にその気があるなら、俺は協力する」
再びレイの目を見る。その澄んだ青い瞳は、自分の唯一の手がかりである剣を見つめ、その内には闘志が浮かぶ。
「僕も、強くなりたい。その剣を返して欲しいのと、それとは無関係に強くならなくちゃ、となんでか思うから」
レイは、漠然と感じている。自分の心の底で渦巻く強さへの渇望を。それが、何故なのかまでは分からない。しかし、自分の失われた過去に関係があるのかもしれない、と思った。だから、強くなりたい、という意思を固める。
「決まりだな。それじゃあ他に話し合うこともないようだし、もうお開きだ。訓練場にレイを連れて行くから、俺も久々に顔を出すさ」
「ほぉ・・・久々ですな。年長の子どもたちは喜ぶでしょうね」
訓練場を仕切り、子どもの志願者たちに戦い方を教えている男が言った。
そして、その傍らで、リーリアが肩を震わせていた。
「リーリア、お前は先に家に帰っていろ。出来るか?」
ウインドウはリーリアを気遣って、言った。体の弱いリーリアに、やんちゃ盛りな少年たちが何かしないとも限らない。訓練場の環境もあまりよくないし、リーリアにとってあまり見ていていいものでもない。
「う、うん。大丈夫だよ。ちゃんと、お留守番してるね」
あくまで親心で、彼なりにリーリアを愛して言ったことだ。ウインドウは、リーリアが虚勢を張って言った言葉に頷いて、立ち上がる。しかし、
「・・・・」
それは、リーリアにとって、一番聴きたくない言葉だったのだ。そして、
「リー、リア・・・?」
レイは、そんなリーリアの様子に、唯一気付いていた。しかし、気付いていただけで、レイには何故彼女が何を思っているのかは、分からなかった。