それぞれの意志
「やれやれ…ひどい目にあった」
海水をぶるぶるとふるい落としながら、ようやくたどり着いた岸で一息つく。
「全く…これでは先が思いやられるな」
その男はグレイス。最初に訪れた世界での出来事だ。
「ん…?」
グレイスが見たのは戦場だった。
(関わるべくでない、が…)
痛める心はある。けれど、それは人の営みであり、部外者が口を出してはいけない。
女子供がいる民家を焼き払おうとする兵士を、目の前にある惨状を、それでもと。
「ん…?なんだお前は?」
すると、向こうからこっちに気づいたようだった。
「生憎と私は君たちの敵ではないよ。手を出さなければね。こちらとしても、命は惜しいから降りかかる火の子は払わねばならない」
「…はっ!言うじゃねえか。ちょうど余興が欲しかったところだ」
そうして、浅はかにも兵士の長らしきものはこちらに向かってきた。あぁ…そうかそれなら仕方がないな、と。口元には笑みが浮かんでいたことに、兵士たちは気付かなかった。
「おい!大丈夫か!」
そしてそこに、遅れて駆けつけたのは、先程まで相手をしていた兵士とは違う様子の兵士たちだった。
「お前は…」
そして、その中心にいた人物と、お互いに幾ばくか驚きをもって対峙した。
「あの方が助けてくださったんです」
「そっか…ありがとな」
「礼には及ばない。ただ身の安全を守っただけだ」
そしてお互いに握手を交わす。
「俺の名前はバトウ」
「私はグレイスだ」
こうして二人は出会う。そして案内され、グレイスはバトウの世界に足を踏み入れた
「悪いな。戦中でろくな歓迎もしてやれないんだが」
質素な小屋でバトウとグレイスは向き合う。無論、その周りを屈強な兵たちが見守っている。
「それで、お前さんは一体何をしに来たんだ?」
「こうして私と君が出会えたことが、一体どのような意味があるのか。それを知るためだ」
「よく分からんな…」
苦笑する。自分には正直わからないことも多いが、端々に感じられるその実直な人柄を好ましいと思った。
「…戦は嫌いか?」
「好きな人間などいるわけもないだろう。君たちは…何故こうなっているのかはわからない。けれど、こうなる前にするべきことがあったのではないのか?」
「何も…何も知らねえくせに!」
グレイスの言葉に、激昂した若い兵士がいた。それにグレイスは眉一つ動かさない。
「止めろ」
ドン、と。バトウが剣を床に打ち付ける。静寂が走る。
それにグレイスは感嘆した。力だけではなく、底にある何かに人を突き動かす力がある。
「悪いな」
「いや。私も、君たちのことについて、何も知らないからね」
そうしてバトウとグレイスは様々な事柄を話した。自らの故郷のことを。今までバトウの軌跡を。
「そう、か…」
グレイスの中に、何かが巡る。
「…謝ろう」
「お前が謝ることなんてないさ。俺が、今こうしていることも、本当に正しいことがどうかなんて、結局分かりゃしないんだ。もしかしたら、俺は世界に破滅をもたらす存在なんじゃないかって…そんなことも考えたりするんだ」
珍しく、バトウは滅多に漏らさぬ心の内を明かした。
「それでも俺は戦う。そうしなきゃならない」
しかしグレイスは、それに応えることをしなかった。
「ふむ。見上げた心意気だ」
そして、その声に応えたのはノアラバルトの血族だった。
「我は、剣闘士ガルマ」
箱庭に誘う、全身を金属のような光沢でおおう武者の姿。
「いざ尋常に死合おうか」
巨大な槍をどこからか取り出し、誘う。
「何者かは知らんが…やるしかないみたいだな」
「ふむ。やはり戦場に身を置く鋼の王。些末なことなどに拘らうこともないか」
「何を言ってるかわからんがお喋りは死ぬってのが相場だぜ」
「ははは!そうだな!楽しまなくてはな!」
ガン!ガン!と激しくぶつかり合う両者。しかし、この場に相応しくない、と言うように、バトウの剣は容易く折れてしまった。
「く…」
「どうした鋼の王!その程度で終われるわけはないだろう?」
その言葉が、呼び起こす。
「そうだ…俺はこんなところで死ねるわけがない…」
「バトウ…君は…」
バトウの手には、再び剣が握られていた。
「これは…」
「そうだ!鋼の王!それは紛れもないお前の力。さあ!愉しませてくれ」
「うぉおおおお!!!」
幾千もの刃を、たとえ折れようと幾らでも作り出し。バトウは戦う。
「く…ふふふ…」
そして、深々と自らを貫く刃を、ガルマは満足そうに見ていた。
「愉しかったぞ…鋼の王」
「そうかい正直しんどいんだがな」
「く、ふふふ…ならば、喜んでみたらどうだ?それは、世界を変えることができる力だ。お前が欲していた、何よりの…」
「鋼の王の力…」
それは確かに世界を変え、戦を終わらせることができるかも知れない。しかし、それは
「グレイスさん…」
グレイスが一人、思考に囚われていた時、そこに声をかける存在がいた。
「あなたたちは…」
「頼みがあるのです」
「頼み?」
「なあバトウ。私に力を貸してくれないか?あの世界で見た、ガルマのような存在…それに立ち向かうために一緒に旅をして欲しい」
「それは無理さ。俺は、俺の世界を守りたい。だから」
「は…!偉そうに…我らの王にでもなったつもりか!」
そこに、まるで示し合わせたかのように、声が響く。
「何を…」
「俺達はあんたの奴隷じゃない。もうあんたの言う事に従うのはうんざりなんだ」
「そうだ!」
「お前、たち…」
「出て行け!」
「そうだ!その男と一緒に、どこかへ行ってしまえ!」
「出て行け!」
「消えろぉ!!」
声は怒号となり、バトウへと降り注ぐ。
「っ…!そうか…分かった」
くるり、と。バトウはその背中を向ける。
「だが忘れるな!俺はきっと帰ってくる。そしてその時こそ、世界を俺のものにしてみせる!覚悟しておけ!」
バトウは向かった。この世界の外へと。
『バトウ様をこの世界の外に連れて行って欲しいのです』
『何を言って…』
『このままではきっと彼の命は私たちのために燃え尽きてしまうでしょう。ですが、彼を失ってはいけない』
『彼が生き残ることこそが、私たちの魂を残す唯一の道。私たちが、失いかけてしまったもの。それを守る事ができる』
『私たちはもう大丈夫…彼の意志を受け継いでいるのだと。その自負があるから』
『…』
グレイスは受け入れた。それは、きっと彼らとは違う、不純なもので。
「俺は絶対に帰ってくる。世界を救う方法をきっと見つけて」
「バトウ…君は…」
「だから…待っててくれ。お前たちの意志を、俺の意志を、貫くために」




