敗北
「さあとっとと逃げてよ!君たち何てどうだっていいんだからさぁ!」
「く!何だこいつ!?いきなり」
「だからさぁ…とっとと消えろって言ってるだろぉ!?」
パシィイィンっと苛立ち紛れに
突如として現れた巨大な生き物。この世のどんな生き物でもない、と本能的に察する異形。人語を操り、その大きさは人と大して変わらない。全身を鱗が覆い、ぎょろりとした魚のような顔。そして下半身は触手がグネグネと動き、水中を実に速やかに泳いでいた。
「あははっは!やったぁ!僕の海だぁ!いいよね!?征服しちゃっていいよね!?」
「厚かましいやつだな」
「誰!?ウギャアアア!!!」
伸びた触手がまた戻るのを防ぐように、慈悲も無く剣を突き刺す。そこにいたのは鋼の王バトウ。
「さて、このまま綱引きと行こうか」
「あぁ~あ…仕方ないなぁ…はいさよなら」
しかしあっさりと触手は切り離される。しばらくうねうねと動いていたが、やがて力を失い、音も立てずに世界から消え去った。
そして当然のように新しく生え変わり、心地を確かめるようにぐねぐねと動かした。
「どうした?さっさと私達を箱庭に案内したらどうだ?ノアラバルトの血族よ」
そして、住民の避難を優先させたグレイスも駆けつける。
「あーそのことなんだけどさぁ?ほら、僕って水中派じゃん?アルゼルフの本だってあるんだし今回は趣向を変えてこっちでやろうよ」
「…迷惑な話だな。ま、地の利ってのはバカに出来るもんじゃないってのは分かるがな」
「ははは!分かってくれて嬉しいよ。僕の名前はナリム。さあ!始め…」
「わ!私が来たからには好き勝手させません」
「あら…」
響くその声に、歓声が沸き起こる。
「その子がエトワール、ってやつか」
「はい、そうです」
バトウとレイは短く意思を交わし向き合う。自らの敵に。
「ふむふむ…さてどうしたもんかな」
「私は…私として、出来ることを…そう、目の前にいるこの世界の敵を…!」
アリアは自らを高めていた。そして、それに呼応するように世界が共鳴する。
「これが…エトワールの力…!」
グレイスは目を見張る。一度目にすれば常人が刃向うことなど愚かに思えるほどの魔力の迸り。
「おぉっとぉ…」
魔力を受け、海はナリムを中心として強大な渦を作り、激しく巻き込み始める。
「ん…?…っ!?待って、アリア!」
レイは見た。そして、ダメだ、と。止められないことを悟り、決意する。
「くっ!?」
そしてレイは駆ける。逃げ遅れ、海に投げ出された住民に向かって。
「お兄ちゃん!?」
「…ぇ……」
リーリアの悲壮な叫びにアリアはやっと事の次第に気付き、しかし、それによって気が動転し、水流を止めることも忘れてしまっていた。
「くっ…」
泳ぎが得意でないレイだったが、そのぐったりとした体を抱えながら自分を奮起させる。
「ぅ…ぷ…はぁ…はぁ…」
それは暴力だった。何とか泳ごうとしても寄る辺も無く、波に流される。体力が削られ、息継ぎも出来ず、意識が朦朧としてくる。
「ぁ~あ~…仕方がないなぁ…」
「!?」
そこに現れた影。紛れもない敵だった。
「くっ!?」
「ねえ君、こんなところで君は死んでもいいのかい?自分と関わり合いもない人間を助けようとなんてしちゃってさ。見ない振りしたっていいんだよ?どうせ君のせいなんかじゃないしさ」
嘲笑う。しかし、そんなことは分かっているのだ。だからって、そんなことができるわけはないと。今、自らを形作っているもののために否定する。
「ふーん…それじゃあ。そのために君の大切なものが守れなくても、いいの?そう、たとえば…」
腰に触手を伸ばした。止めろ、と。手を伸ばそうとしたところで、抱えていた人体を落としてしまいそうになって、慌てて引っ込めてしまった。
「助けてあげよう。その代り…」
それは、ダメだ。けれど…とレイは、昏くなっていく意識の中で…
「あぁ…分かっていると思うけれど…これは君の敗北だよ光の王。そのことを君は知るべきだ」
かつてのようにね。と…そこで、レイの意識は途絶えた。




