出会い
剣と魔法のファンタジーちゃうんかいという…
その世界には果てが存在した。広がる空、そこに浮かぶ雲、飛翔する鳥を見れば世界に果てがあるなど誰も信じないだろう。しかし、地平線を仰げば誰にでも見える世界の果てが存在する。
青空と混じりあわない闇夜のような暗闇。いや、闇夜においてもその存在が浮き彫りとなるほどの、闇夜よりもさらに暗く、深い闇。闇が四方どこの地平線上にも存在し、その闇の向こうに行く事は出来ない。手を伸ばしても拒絶するように手は弾かれ、闇の向こうに目を凝らしても、何も見ることは出来ない。松明の炎を灯そうともその闇を晴らすことなど出来ない。
いつしか人々は、それが世界の果てだと信じるようになったのだ。その意味を、誰も知ることも無いまま。
十歳程度の少年が世界の果ての前に立っていた。その後ろには当然のごとく全てを拒絶するような、あるいは全てを飲み込むような闇が広がっている。
少年の瞳は、眼前に広がる木々や、少年の前に集まる数人の男を見ているはずだった。
しかし、少年の目には何も映っていないかのように、沈黙を続けた。少年の頭の中には今、全く情報が無い。記憶が無い。だから、自分が何を見ているのか、聞いているのかはどうでもいいし、何もする気は起きない。
一方、目の前には数人の男たちが集まってきていた。男たちは、つい先刻、この先にある闇の付近で強い光が確認され、その調査のために出向いていた。そして、そこにいたのは少年が一人。当然、男たちは少年を見遣る。その目には疑惑が浮かぶ。先ほどの光とこの少年に、何か関係があるのか、そもそも何故この少年はここにいるのか。
気になることを挙げるのならば、少年そのものの風体にもそれはある。見慣れない服装をしているのもあるが、少年は無意識のうちなのか、一振りの剣を握り締めている。子どもには不釣合いな大きさの、持てるかどうかも分からない。一体、少年は何を抱えているのか。
そして、ひと目見て分かる最大の疑問。何故この少年の髪と瞳の色は自分たちと違うのか。その髪は金色に輝き、その瞳は青く澄んでいる。
しかし、集まった男の中でも中核を担う男は、一つため息を吐いて言葉を紡ぐ。
「おう、ガキのくせに剣なんぞ持ち出してどうした?」
少年は初めて身をすくませる。自分が何故それを手にしていたのかは分からない。言われるまでその存在に気づかないくらいに、自然な動作としてその剣を握り締めていた。
そして、それを奪われるのではないかという恐怖と危機感は確かにある。
「ま、お前の自由だから、取り上げたりはしねえよ」
それが分かったのか、男は少年の頭を軽く叩いて、目線を合わせる。
少年は初めて、目の前の男を見遣る。その表情は笑顔、しかし、少年は初めて会った男に警戒心を当然のように抱く。睨む様な、怖がるような表情を浮かべる。
男もそれを分かっている。そして、それを可愛げのないこととは思わない。泣きたければ泣けばいいし、怖いなら怖がればいい。それが許されない場もあるかもしれないが、少なくとも今は泣き叫ぼうが何しようが許されるときだ。男はそう考えている。
「俺はウインドウ。お前、名前は?」
男は初めに自分の名前を名乗る。少年は自分の名前を尋ねられている、そう気づいて改めて頭の中に浮かぶ自分の名前に気づく。
「レイ」
少年の名はレイ。それは自分の記憶の中に残された唯一のものだった。
「どこから来た?」
「・・・・」
そして、当然のようにその問いには答えられない。男もといウインドウは歳、理由、親のことなど、レイに聞いてみたが、これも当然答えは無い。
答えたくないのか、ともウインドウは考えてみたが、
「こいつ、記憶喪失みてえだな」
様子から見て、そう断定して、自分と共に来ていた男たちに向かって言う。そして、となるとどうするべきかと考える。
少し考えた後、自分がするべきだと思う行動を決める。そして、黙って手を引っ張った。
「俺たちと一緒に来い。なーに、悪いようにはせんさ。色々と不躾な目で見られるかもしれんが、それは見逃してやってくれると助かる。」
ウインドウのそんな勝手は分かっているのか、男たちはやれやれと言いながらも後ろへと向き返り、歩き始める。ウインドウは、レイと手を繋いで最後尾を歩く。
レイはただ表情を変えるだけ。自分に芽生えている感情も分からない。自分がどうするべきなのかも分からない。
だからこそ、ウインドウは強引に連れ去った。どうするべきなのかも判断できない、雛のような存在だと思ったから。
彼らの住まう集落につき、帰ってきた彼らを労う住人たちも他所に、ウインドウは自分の住む家に向かう。ウインドウはとりあえず自分の家にレイを引き取ることにした。レイの気持ちを尊重したいところだが、自分がどこから来たのかも分からない。おまけに何も知らないで生きていくには幼すぎる年齢。
一応、ウインドウは集落の長としてこの地を治めている。だが、彼は支配も従属も嫌い、権力という言葉すら不要に、それぞれが力を合わせて生活している。その中で、半ば名誉として長という立場にあるに過ぎない。一人、得体が知れない子どもを引き取ろうとそれに対して口を挟もうとする人間はいない。
髪と瞳の色が違うことも、最初は懸念したが次第にどうでもいいことに思えた。ここはそんな世界だ。どんな人間だろうと、誰とでも同じように接する。
問題は、自分の娘とうまくやっていけるかどうか、と、妻に先立たれていることがレイを育てていく上での環境の問題だと思っている。
そんなことに悩みつつもまずは、レイとどう接していくべきかを悩んだ。
とりあえずイスに座らせ、テーブルに料理を置いておいた。しかし、口をつけようとはしない。
とりあえずおいておいたのは保存食に近いものだ。男なのだから料理に不慣れということもあるがそれ以上に考えていたのは、半ばこんな光景を予想していたからだ。
「冷めても美味い・・・てか、元々そんなに火は通してねえんだがな」
何時でも、我慢が出来なくなったときにでも食べればいいと思った。
(遠慮・・・なんだろうな)
自分が見ていては食べ辛いか、と苦笑してウインドウは部屋を出る。まあ、実は陰からこっそり見ていたりするわけだが。
レイは、じぃっと並べられた料理を見ていたが、ぐぅっと鳴ったお腹の音を聞いて、かぁと、誰もいないながらも赤面して、食べ始めた。
レイが食べ終わったのを見計らって、ウインドウは何食わぬ顔でレイの正面のイスに座る。レイは視線を逸らして何かを喋ろうとはしない。しかし、
「あの・・・」
レイは口を開く。そのことにウインドウは少なからず喜ぶ。自分に対して、何かを起こそうと決めてくれたのはいいことだ。何もしないまま、という選択肢を選ばないでいてくれたのはいいことだ、と。
ウインドウが笑みを浮かべて自分の言葉を待つ様子に、レイは顔を俯かせる。どうしたことだろうか、とウインドウは思った。レイは言葉を続ける。
「覚えてなくて、ごめんなさい。ここまで連れて来てくれたのに。ご飯食べさせてくれたのに。覚えてなくちゃ嫌なはずなのに。ごめんなさい。」
ウインドウは、一瞬、呆気に取られて溜息を吐いた。そして、なんとなくレイの性格というものが垣間見えたような気がした。自分自身が混乱しているだろうに、その混乱の中でも相手への気配りを忘れないようにしている。幼いながらも誠実さと芯の強さを感じた。
とは言え、さてどう説明したものかと思う。本当は何のつながりも無いのだが、これから親子になろうとしているわけでそう切り出すと、実は何かあるんじゃないかと勘繰るんじゃないか、と考える。いっそ、実は本当の親子なんだと言ってみるのも一興か?と考えていると、レイが自分の後ろの方を見遣っているのに気づいた。
何を見ているのか、と後ろを振り向くと、どたっという足音がした。
「・・・女の子が、こっちを見ていて、それで・・・ええっと・・・ウインドウさん?があの子を見たら、急に隠れて・・・」
「なるほど、あいつも詰めが甘いな。お前に見られることにも気づかない上に、隠れる時に足音立てるなんて・・・ま、そんなこと教えてねえからだがな。」
ウインドウは立ち上がり、物陰からこっちを除いていた少女を抱き上げて、こっちに連れてくる。少し抵抗はしたが、体が弱いし、なにより本気で抵抗はしていない。なぜなら自分の娘だからだ。
少女は今まで見ていたレイと目が合って、少し気恥ずかしくなった。抱きかかえられているということもあるが、あまり触れ合いの無かった同世代の異性との接触によるものだ。
彼女の名前はリーリア。ウインドウの一人娘だ。歳は、レイより二つか三つほど下。性格はすでに他界した母に似たのか、内向的で、そして病弱なことも手伝って、あまり外には出ていない。
外の世界をあまり知らない二人は、ただ戸惑いながらもお互いを見遣る。お互いに初対面の人間に対して投げかける言葉はあまり持ち合わせていない。
「リーリア。一つ言って置かなきゃならんことがある。」
そう言って、リーリアを降ろし、言葉を切る。そして
「実はこいつは生き別れの兄なんだ」
と、レイを指差し
「「えー!!!!????」」
明らかに疑問と戸惑いしか生まれないんだろうなとウインドウ自身も思っていることを言い放った。
「そ、そんな!お父さん、だったの?いや、でも・・・」
レイはウインドウの頭を盗み見て、必死に目をあわさないようにして目を見るという器用なことをしている。
(いや、はげてはないよな。色が変わったのは気になるが)
ウインドウは分かってはいるものの最近気になりだした頭髪の悩みをなんか気にしてしまう。
「あう・・・そんな、お兄ちゃん?でも、その・・・お父さんと全然似てないし」
と、リーリアも頭を混乱させてウインドウとレイを見比べたりと色々と急がしそうだ。
(ふむ・・・やっぱり冗談でも止めておいたほうがよかったな)
やはり本当の兄妹だといっても戸惑いしか残さないだろう。ここははっきりとさせなければいけないところだ。ここから、全てを始めなければならない。自分たちの関係が、険悪なものになるか、それとも硬く結びつくものになるのかは分からない。だが、その最初の一歩を踏み出す足がかりとして、今ここで言わなければならない。
「レイ、こいつはリーリア。俺の娘だ。」
ウインドウはリーリアに目配せし、リーリアはそれに気づいて頭を少し下げる。
「そしてリーリア、こいつのことに関しては何も分からん」
「えーーー!!!!!??」
またもやリーリアは驚きの声を出すが、今度は咳き込んだ。それに対してレイはおろおろし、それにウインドウはやさしく目で静し、背中をさする。
「こいつはコウノトリが気まぐれに連れてきたというか。まあ、訳あって今日からお前のお兄ちゃんに・・・・」
「訳?やっぱり僕はウインドウさんと・・」
「だぁー!めんどくせー!」
自分とウインドウには何かあったのではないかと心配していたレイは口を挟んでくる。
しかし、ウインドウはレイに対して怒りはしない。怒るとするならレイの性格に対しての認知の甘い自分に対してだ。
だがまあ、このままでは話が通じないと察したウインドウは立ち上がり、二人の肩をがっしりと掴み、三人の顔を近づける。
「レイ、お前と俺たちは本当に何の関係もないのさ。お前のことは本当に何も知らん。だがな、これからは俺たちの家族だ。俺はお前の親父でリーリアはお前の妹。そしてリーリア。こいつは今日からお前の兄だ。」
二人が戸惑っているのは当然気づいている。だが、今はそれでいいと思う。これからゆっくり埋めていく。その為に
「よーし!今日は三人で寝るぞー。はーはっはっはっはーーー!!」
余計なことは考えるのは止めよう、と言うようにウインドウはわざとらしく笑った。
その後、三人はウインドウの部屋で寝ることにした。ウインドウを中心に右にレイ、左にリーリア。三人で川の字で寝ている。ただ惜しむらくは、三人とも厳密にくっついて寝ているわけではないというところか。ベッドの上のわずかな空間ながらも、レイとリーリアはお互いにウインドウから少しでも距離をとるように離れていた。リーリアは気恥ずかしさからだし、そしてレイは、落ち着かないからだ。
レイは、眠りに入っていいものかと悩んでいる。寝相がいいかも悪いかも分からない。見ず知らずなのに、寝相が悪くて二人に迷惑をかけたらどうしよう、と考えている。
ぼんやりと、眠気に負けそうになった眼で、レイはようやく手放した刀剣を見る。抱いたまま寝るわけにも行かず、今は壁に立てかけている、自分の唯一の手がかり。
休もうとしている頭だが、それでも、何故か大切なものだと思っている。ただ、何故なのだろう。頭で眠ってはいけないと思いながらも体は眠いと思っているように、大切で手放してはいけないはずのあの剣を、いや、言うなれば自分の過去を、どこかで投げ出したいと思っている心がある。
「あ・・・」
ウインドウが寝ぼけたのか、もしくは故意か、レイを抱き寄せた。それに吸い寄せられるかのように、レイは、静かに瞼を閉じた。
しばらくこんなんが続きます。