心王ハルバー
「ふむ。中々に旨いなこれ」
バトウとグレイスは酒場のカウンターに座っていた。これもレイに付き合ってのことで、この世界での料理を味わいたい、と。最後のよしみで店主のおごりだとはしごしている最中だった。
「そういえばお前に聞きたいことがあったんだグレイス」
「ん?何かな」
「ノアラバルトの血族ってのは一体何だ?」
緊張の糸が張り詰めた。覚悟していたつもりだったが、鋭く隙を狙っていたかのような問い掛けに、グレイスは最低限取り繕うだけで精一杯だろうな、とある種の覚悟を決める。
「呼び名がないのも不便だろう?だから、私の世界に伝わるおとぎ話の登場人物になぞらえて、勝手に心の中で呼んでいただけさ」
「ちなみにその伝説ってのは?」
「ふむ…昔々あるところにノアラバルトという名の怪物がいた。その怪物は十三の頭を持ち、時には龍、時には獣、時には人と姿を変え、人々に仇なす存在として恐れられた。立ち向かう勇者たちは首を切り落としたがその首からは手足が生え、独立した意思を持ち、最後にはノアラバルトと十二人の血族として暴れ回ったという」
「それで、そいつらはどうなったんだ?」
「彼らは不死身というわけではなく冥界の王と取引をして転生を繰り返していたらしいがどうやらその間に冥界の王と懇意になったらしくてね。すっかりと人々への執着はなくなり、平和が訪れめでたしめでたし。と話はこう結ばれた」
「…なるほど。で?本当にそんな程度のことなら、何で話さなかった」
「バトウ、君は本来、魔法とは関わりの無い人生を歩んできた人間だ。だから、余計なことに心を砕く必要は無い、とこれでも一人の友人として、配慮したつもりだよ」
それは事実だ。だが、全てではない。ノアラバルトの伝説にしてもバトウに対する態度にしても。
「ま、そのことについて責めるつもりはないさ。俺は血の気が多いしな」
「…それ、は…」
グレイスは知っている。立ち向かうことを恐れないバトウの姿を。だからこそ、危うく踏み入り過ぎてはいけないと自制する。けれど、知ってしまったからこそ彼を否定できない。
「ただ、あまり抱え込み過ぎるなよ。出来ればお前とは戦いたくないしな」
それは同感だ、と。二人はお互いを認識し、乾杯したグラスを飲み干した。
「それにしても、たくましい女性もいるものだね」
「はは。そりゃあお前が女ってやつを知らないだけだな」
ちらり、と二人は共に来ていたレイのいる場所へと目を向ける。
「はい、あ~ん」
「ほらほら遠慮しないで」
「いや、自分で食べれるから」
数えるのが少し億劫になるほどの少女たちがぎゅうぎゅうとレイの元に押しかけていた。
「ほらほらレイ、どう?今ならイタズラしてもいいわよ?」
その中で一際年上の女性はレイに甘えるようにくっつく。
「スィラ姉さん、顔、赤いよ。無理はしなくていいから」
「あ、あはは!ん、何を言ってるのかしら。お姉さんのことをあまり舐めないでほしいわ」
そうか、そうだねとレイは微笑んだ。
「…ずるいわ」
スィラはすねたように呟いた。いつも年上としてみんなに甘えられて、頼られていたスィラ。
けれど、そんな自分のことを見透かしているみたいで、レイのことを生意気だと思っていて、からかっていたりしたけれど。そんな存在が、愛おしかったのだと別れが見えた今になって気付いて。
「おにいちゃん。わたしをおとなにして?」
「ケイトはいつも大胆だね。けど、こんな時だけじゃなくて、いつだって思いを口にしたっていいんだよ」
内なる思いを秘めて、いつも物静かにしていた少女。そんな自分に気づいて、声を掛けてくれた。心を開いてくれた。
「ゴメンねレイ。私たち、バカ、だからさ。こんなことばっか言って。困ってるよね」
「ううん。そんなことはないよ。こんな時だからこそ、何も言わない方がいいだとか俺の為だとかそんなことを言ってほしくないんだ」
どれも他愛のないふれあいの積み重ねで。だから、その延長線上に今がある。
「あ…」
レイの瞳から涙が零れたことに気付いた。
「あはは。ごめんね」
そうか、と涙を拭いながらレイは安心した。今、こうして集まって、ここにいてほしいと求めてくれたことが嬉しい、とそう思う。
たとえその手を振り払うことになっても、その時、余計につらくなるだけだとしても、それはレイの心にきちんと残るものだったんだと。そう、安心した。
「レイ…」
「レイぃ…」
我慢できずに、泣き崩れた少女達をレイは優しく抱き留めた。
そして、やはり彼女を思い出す。自分にとって、大事な家族のことを。
「リーリアのこと、やっぱり気になる?」
こくりとレイは頷いた。姿が見えないことは気になっていたが、彼女たちは彼女たちだと割り切った。しかしそれでも、やはりリーリアは特別な存在だろう、と思う。
「私達も誘ったんだけどね。けど、リーリアもあれで聡い子だから…」
「あはは!お待たせ!お兄ちゃん」
突然、飛び込んできた影を本能的に抱き留める。しかし、自分を抱くその力強さに、何か、違和感を覚えた。
「…リー、リア?」
「うん。私だよお兄ちゃん」
その名を呼ぶ。まるでいつも通りに呼び、呼ばれる。本人である、ということは疑いようがない。
「あぁ…お兄ちゃん…お兄ちゃん…」
すりすりと必死に甘えてきた。すがりついてきた。
「お兄ちゃん!ずっと…ずっと一緒にいよう?私達、いい子にするよ。お兄ちゃんに不自由なんてさせない」
「リーリア…一体、どうしたっていうんだ」
「お兄ちゃん…私のことなんてどうでもいいの?私の言葉なんて、届かないの?私が何をしたって無駄なの?」
「違う!もし、本当にリーリアが望むなら俺は…」
「あぁ…嬉しい…お兄ちゃん…お兄ちゃん…!」
我慢できない、と言わんばかりに、頬を抱き寄せ、激しく…口づけを交わした。
「ぅ!ぁあ…ぁあああ!!!!」
しかし、その瞬間、リーリアは離れ、もがき苦しむ。
「違う…違う違う違う!私は…何が違うって…私は…私は…」
「レイ!」
「レイ君!」
尋常ならざる様子にバトウとグレイスも駆けつける。その時だった。
「ふむ、やはりここでは苦しいだけだね。もう少し頑張ってほしかったところだけれど仕方がないね」
声が響く。そこにいたのは、黒髪黒眼の男。
「お前は…」
「初めましてと言っておこうか。僕の名前はハルバー。君たちと同じ王の一人だ」
「リーリアに一体何を!?」
「さて、君にも分かっていることだとは思うが僕はリーリアくんのことを操っているわけじゃない。ただ引き出しただけさ。自分に都合のいいように、と付け加えなければならないがね」
ハルバーは、手を掲げる。そこにあったのは本だった。王達は目を見張る。何の変哲もなさそうな古ぼけたその本は、自分たちの力の根源である、ということを本能的に察した。
「アルゼルフの本…それを具現化するほどの王…だと」
グレイスは舌打ちした。
(抱え込み過ぎるな、か…痛み入るよ)
もはや避けられない真理。それに触れざるを得ないなら、その為の知識を出し惜しむべきでなかったのかもしれない。
「それでは始めようか」
物語の舞台は再び箱庭へと。




