別れのために
夜遅くに帰還したレイたちを
「おー遅かったな」
などとかなり気楽に、ウインドウは迎え、
「うお~…うお~…」
などとクラウドは泣き出して
「さ、疲れただろ?一杯休んで一杯食えばいいさ」
他の住人は総出で、食事を用意して待っていた。
「ほら、あんたたちも」
と、手を引かれて、とりあえず空き家を適当にあてがわれて二人は一夜を過ごす。そして翌朝、バトウとグレイスはこの地の集会場に招かれた。
中央に二人は立ち、それを遠巻きに囲む代表者、及び野次馬。そして二人に相対するようにリーリア、レイ、ウインドウ、バレリアが並ぶ。
「聞く必要も無い、んだけど」
ウインドウがまず沈黙を破る。
「あんたたちは、いったい何者だ?」
「異世界人…闇の向こうの世界から来た存在です」
グレイスは応えた。
「さらに言ってしまえば私とバトウも同じ世界の住人ではありません」
「…で、一番重要なところなんだが…どうやって、ここに来た?」
レイを含め、全員が息を呑む。
「…正直、それを探っているんです」
しかし、返ってきた答えは、要領を得ない。
「ウインドウさんとバレリアさんも目撃しましたね、世界に引きずりこむあの妙な生命を」
「ノアラバルトの血族、てやつだっけか?」
「…ええ」
初耳だ、とバトウはグレイスを見るが、今は口を挟むべきでないだろうと思い言葉には出さなかった。
ウインドウとバレリアだけでなく、レイ、リーリア、それにクラウドもその姿を思い出す。あらゆる進化の過程にも存在しない理外の存在。
「あれとはまた違う個体ですが、私を元いた世界から引きずり出して、闇の向こうに世界があるということ、そして、その世界には私と同じようにあの空間だけが広がった世界…そうですね、あれが何なのかはよくわかりませんが、あれに出入りでき、その構成要素を司り、闇に閉ざされた向こうの世界に行き来できる『王』がいるのだと」
「王…」
レイは、呟いた。頭の中に響いてきたのは『光の王』。それが、自分を現すものであると心の中で表明する部分がある。
「…魔法、をご存知でしょうか」
グレイスは、問いかける。が、答えは返ってこない。意味が分からないことを問われている、と思っているのだろうとグレイスは推察する。
「…魔法とは何を現すのかは諸説ありますが、特定の才覚があることを前提条件として、世界の法則に干渉して思い通りにする秘術、そう解釈してください。そして、今回の出来事はその魔法によって恐らく引き起こされている」
グレイスは、言葉を探しながら続ける。
「…あくまで今は私達個人程度にしか影響もありませんが、起こっている奇跡の規模を考えると、私のいた世界やこの世界に影響を与えないとも限りませんし、世界を旅して、この現象を調査することを決意しました」
グレイスは少し考え込み、やがて意を決したように言う。
「…正直、自分達だけでは手詰まりです。バトウと出会って感じたのですが、この出来事に関しては様々な世界の様々な価値観で多角的に見た方がいい。それに、全てのカギを握っているであろうあの世界に蠢く存在に立ち向かうには戦力も欲しい」
すっと、グレイスはレイの目を見る。
「記憶喪失、だったね」
レイの心臓は鷲掴みにされたように締め付けられた。
「今回も…レイ君、の、力がなければ…」
少し、躊躇した。あの世界にはリーリアもいたが、覚醒していない彼女を巻き込んでいいのか、という思いもある。今ならまだ完全に引き返せる位置にもいる。
嘘は言わないように、と注意を払い、グレイスは続ける。
「正直危なかった、というのもあります。とはいえ、次はどうなるのかは正直分かりません。レイ君にその意思があるのなら…」
「…あー…うん、それはレイに向けた言葉だな」
ウインドウは、グレイスの言葉を少し止めた。ウインドウは基本的に放任主義であり、本人の意思を尊重する。
「ふむ…」
意図を察知し、軽く咳払いして気分を整える。そして、レイに向けて言葉を紡ぐ。
「レイ君、一緒に来る気はないかな?」
その場にいた、全員が息を呑んだ。遂に、言ってしまった、と。
「何があったのかはわからないが、君は確かに違う世界からここに来た」
この世界では誰も気にしなかった。いつか、この世界から離れる時が来るかもしれない、という漠然とした不安以外は。
「そして、それを探るのには危険を伴うが、今、私達と一緒にというのなら、幾分か安全だ。闇の向こうの世界に、行ってみる気はないか?」
この機を逃せば、二度とその機は訪れない。それは理屈でも理解できる。
「…急ぎますか?」
レイは、今すぐに答えを出せない自分に恥らいながら、苦しみながら、それだけ呟いた。
「…答えが出るまで待ってくれないか?時間切れってのは無しで、こいつが何かを決めるまで、待っていてもらえないか?」
グレイスとバトウの思考を、ウインドウの言葉が遮った。
「さ、レイ、散歩にでも行って来い…というか、行け」
ウインドウにしては珍しく、命令した。
「…」
珍しく意図は掴めないものの、レイはその言葉に従い、立ち上がる。何をしようか、と思い立ち、とりあえず歩こう、と、野次馬を掻き分けて、その場を後にした。
「ま、そんなに遅くはならんと思うよ、そこらへんは心配せんでくれ」
レイならば必ず答えを出すと、信じている。そんな思いが、ウインドウの言葉から伝わってきた。
「…引き止めない、のか?」
バトウは、静かに尋ねた。一番レイの身近にいて、愛情を持っていた者の一人だ。執着はないのか、と疑問に思う。故郷のことを、少し思い出したというのもある。
「さてね」
「ならせめて送り出してやらないのか」
「さてね」
「…あんた」
ただ短く、おざなりに答えた。どうでもいい、と言わんばかりに。
それに対し、バトウは苛立った。
「バトウ、あんたはどうやら物事をはっきりとさせなきゃあ気が済まない性質みたいだな」
「ああ。別にあんたが賛成しようが反対しようがどっちでもいい。だが、最後になるんだろう。あいつに、真剣にぶつかってやるべきなんじゃないのか」
鋼の王。堅固な意志を以て様々なものと戦ってきたバトウにとって、ウインドウの態度は看過できないものだった。
「そうか…そうだねぇ。あんたのそういうところは少しばかり羨ましくなったりもするよ」
「なら今からでも遅くは」
「だがそれだけだ。俺はあんたとは違う」
「…分かった。もういい」
バトウは大きく溜息を吐く。これ以上は部外者が口を出すことではないのだろう、と。そのため、どうなってしまうかわからない感情に整理をつけるためにも立ち上がり、この場を後にすることにした。
「おとう、さん…」
リーリアは考える。自分に一番近い考えを持っていると思っていた。だけど、違う。何を考えているのかすら分からない…そして、自分はどうすればいいのだろうか、それすらも。
「レイ兄ちゃん!」
日課を思い出して訓練場へと顔を出すと、教え子の一人が突っ込んできた。少し屈んで、胸の内に抱えて、頭を撫でる。
「…泣かないで」
そして今度は背中を軽く叩く。見れば、そこにいた全員が、レイの周りに集まっていた。
抱きかかえていた男の子が顔を上げる。そして、レイの目を見る。
「…レイ兄ちゃんにまだ教わってないこと、たくさんだ」
教わる立場から、教える立場になったのは、ほんの少しだけ前だけど、バレリアやウインドウの手が離せない時だけじゃなくて、個人的に自分に教えを請う子供たちもいた。
レイの剣筋は、体が覚えているのか、誰に教わるでもなく誰とも違っていた。バレリアのように異才を秘める者もたまに現れるが、それでもこの世界に根付いたものであり、レイの剣はこの世界とは一線を画す。
「俺だってさ、またお前を見返したいって思っているんだぜ?」
そして、後ろで見守っていたクラウドも声をかけてきた。幼いころ、ウインドウの背中を追っていたレイの前にまず、クラウドが立ちはだかった。自分の少しだけ前へ進んでいて、でもそれを追い越さなければならなくて、焦ったりした自分の勇み足を「何やってんだ」と止めてくれたこともある。
決意とともに乗り越え、それが終わった後に「次は負けねーぞ」なんて笑いかけて、誰かを踏み越えるということがどういうことなのかをちょっとずつ教えてくれた。
「よう!」
いくつもの思い出を、懐かしく思い出して、誰もが口を噤んでいた時、わざとらしく明るく誰かが入口に立っていた。
「…バトウさんにグレイスさん」
レイがその正面に立つ。そこにいたのは異世界の旅人、バトウとグレイスだった。
「何をしに?」
「…まあ、俺たちが原因みたいなもんだしな、思い悩んでるんなら人生の先達として一つアドバイスでも…っと!」
それに答えるバトウに、木の棒を持って襲い掛かっていく子供がいて、しかしバトウはそれを軽く掴む。そして、むしろ勢い余って転びそうになる子供を支えてあげた。
「すいません」
「なーに、いいってことよ。俺は、こういうガキの方が好きだからな」
バトウはただ笑っていた。
「忘れるなよ。こうして立ち向かってきたときの気持ちを」
その言葉に何を感じたのか、襲い掛かった子供を含め、バトウとグレイスに敵意すら持っていた周囲の子供たちやクラウドも少し気を緩めた。
「それで、だ。レイ、お前は一体何をしにここへ来たんだ?別れのあいさつ、とは違うような気もする」
「…さすがですね」
周囲は少なからず驚いた。レイは、とっくに決断して、だから最後の別れを告げに来たのだと思っていた。
わずかな期待、と同時にレイの内心を見抜いていたバトウに嫉妬も芽生えた。
「とはいえ、それでも答えは決まったようなもの、なんだろう?なら、覚悟を決めて、その答えの通りに行動すればいい」
「それは…きっと色々なものが、見えなくなってしまいそうな気がするんです」
迷い、戸惑い。後押しをすれば傾くかと思っていたそんなレイの中にある葛藤は、バトウの言葉を容易く退けた。
さすがに予想外だった、と。認めざるを得ず、バトウはその先を促す。
「昔の話ですが、何も知らないまま勝手に答えを出して、それが正しいと思い込んで。そうした答えは、結局、間違ってた。自分の心にすらも、嘘を吐いていた。
もし、答えを急がずに、全てをありのままに見ることが出来たなら、耳を傾けていたなら、間違わなかったかもしれない。だから、今、余計な枷を外して、こうして皆を見てま回りたい、そうして、答えを出したいってそう思ったんです」
「それが間違いだったと、本気で言えるのか。それは、自分の覚悟が足りなかったから、それが間違いだという声に負けてしまっただけだと、そう思わないのか?」
クラウドは激昂しかけた。何も知らないくせに、と。
「思いません。そうして出すことができた答えなら、きっと、どんな結果だろうと後悔はしないから」
レイは静かに述べた。
「…そうか」
バトウは微笑む。自分とは違う。けれど、ここにあるのは紛れも無く、確固たる意志だと、そう認めた。
自宅に戻ったリーリアを待っていたのは少女達だった。
「ねえリーリアちゃん、このままでいいの?」
尋ねたのはまだ一際小柄な少女だった。大人しく控えめで思いを内に秘めてしまう。昔の自分を思い出して、リーリアは苦笑する。
集まったのは他でもなく、レイに関してのことだ。
「いつものあんたらしくないじゃないの。どうしたのよ」
今度は快活な少女が尋ねた。
「ん…」
リーリアはまだ迷っていた。自分は、何をするべきなのだろうかと。
「リーリアちゃんは…いいよね。いつも、一緒にいられて。ひょっとしたらこれからだって」
「…私は!」
何かを叫びそうになった。けれど、何も言えなかった。
「はぁ…まあいいわ。それじゃあ私達は告白してくるから」
リーダー格となっていた、成年となっている女性は告げ、少女たちは去る。
「みんな…」
押しかけて来た少女たちは皆、常日頃から姦しく、レイのことについて話をしたりしていた。
どんなものが好きか、とか。どんなところが好きになったのかだとか。無邪気に、自由にそんなことを話していたのが遠いことのように思えた。
「私…強くなったような気がしていただけ、だったのかな…」
仮に、この世界から旅に出るとしても、自分はついて行きたいとそんな夢を見ていた。
けれど、レイの戦う姿を、必死に自分を守ろうとした姿を見てしまった。嬉しいと、想ったのと同時に、きっとレイは、自分の命を擲ってしまうんだろうと分かってしまった。
そんなことを言い出せるはずがない。
「なら…」
なら、何だろうか。ぶるり、と。寒気がするような考えが浮かんできてしまったような気がして、慌てて首を振る。
そんな時、コンコンと、誰かが家を訪ねてきたのが分かった。
「…はい」
「やあ。初めまして、と、言うべきかな」
そこにいたのは、黒い髪に黒い瞳。一目で、異質と分かる風貌をした青年だった。
「あなたは…」
「君は、昔、もう少し前に進むことが出来ていたように思うよ」
「!?」
息を呑む。それは、忘れたと思っていた記憶
「あなたは…」
「…悪いけれど。いい魔法使いではないのでね。今回はただ、君を、君の心を、利用させてもらう」
「ぁ…ぁ…っぁああ!!!」
再び現れた魔法使い。しかし、彼の手は救いを与えず、リーリアを闇の彼方へと誘った。




