幕間: エドの業務日誌(その2・舞踏会編)
やっと更新できますー! エドさんのお話です。
季節外れですが、お許しくださいませ~。
警備に立つ兵士の影で、俺とサラちゃんは、こそこそと打ち合わせをする。
「いいか、サラちゃん、アル兄さんを助けるんだからな」
「あいっ!」
広間に続く廊下の片隅で膝を抱えて、小さくなりながらサラちゃんに作戦指示を出す。
ここは王宮の広間。
今、この場では王妃様主催の舞踏会がおこなわれている。先日は王太子様主催のお茶会出席者の為の親睦を兼ねた舞踏会だったが、今回は年頃の若者全てを招待した、まさしく社交界への顔見世の舞踏会だ。
つまるところ、これは「貴族の子女による婚活パーティー」なのだ。
そして、やる気にあふれた年頃のお嬢様たちの多くが、文官として将来有望な上、伯爵家当主で我が主である「アル兄さん」にターゲットを絞りこんでいる。
行動力溢れるお嬢様方は、現在、アル兄さんを囲んで、二重三重の包囲網を形成している。
第一の囲みを破っても第二、第三のお嬢さん方の輪が彼を待っている。
・・・なんて、鉄壁の布陣だ。
あのお嬢様方を、軍部にスカウトしたらどうだろう。最強になりそうだなー。
とはいえ、このまま放っておくのは、よろしくない。
第一、この後で、アル兄さんから必ず文句が出ることであろう。
そこで、出来る部下として文句を言われる前に、できる限りの救出作成を試みることにした。
なお、無理だったら、ゴメンってレベルだけどね。
「よっし、サラちゃん、おっきい声でな」
「うん、がんばるっ!」
群がるお嬢様方は、大変に恐ろしいが、ひとまず作成開始である。
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舞踏会の会場は、いつにも増して華やかであった。
今日の夜会は、年若い男女ばかりで、こういった会に初めて参加するような者も多くいた。
親兄弟の心配りから、若さに合わせた華やかな装いをした者が多く、自然と会場も明るく華やかな雰囲気のものとなった。
その雰囲気に後押しされて、普段ではなかなか挨拶もできないような憧れの人にと、お近づきになりたい、せめて挨拶だけでも・・・という男女が、人気のある人たちに列をなしていた。
アーノルド・アーティファクトも、その一人である。
会場に入った時から、後ろをゾロゾロと後ろを見知らぬ連中につけられて、諸先輩方へ挨拶が終わった途端に、囲まれた。口々に「はじめまして!私は・・・」と言い始め、もう收集がつかない。
今日は頼りになる副官も、自分への挨拶客でもみくちゃ状態だ。
とてもではないが、自分の上官の下へも辿り着けないでいる…。頑張ってくれとしか言えないのが悲しいところだ。
ここ数年の年中行事とはいえ、さすがに辟易とさせられる。しかも段々程度が悪くなっているように思えるのは、気のせいではないはずだ。
しかし、自分の部下であるならまだしも、まだ社交界デビューを果たしたばかりで、大人へなりかけの雛のような連中をどうやって諭せばいいか、持て余してしまうのだ。
「…一回、怒鳴ってみるか?」
いや、曲がりなりにも王宮の舞踏会で、それは拙いだろう。
よい手立ても思い浮かばないまま、流されながら挨拶を繰り返す。それでも、人の列が切れる様子はない。
「このままだと、一晩中挨拶に忙殺されそうだ…」
あきらめかけた時に、耳なじみのいい声が響いた。
「アルにーちゃまっ! アルにーちゃまっ!!」
人垣の向こうで、小さな手が浮かんだり、消えたりするのが、かすかに見える。
「サラ!?」
失礼、と笑顔で威嚇しながら人ごみを掻き分け、慌てて小さな義妹のところへ駆け寄る。
サラは、ちゃんと余所行きのドレスをまとって、ニコニコと笑顔で私を見上げている。オフホワイトの踝まであるワンピースは、スカートの部分に小花の刺繍が施され、パフスリーブの部分には小さなリボンが付けられた可愛らしいもので、先日アレクが仕立ててやったばかりのものだ。
髪の毛は、ワンピースと共布のリボンカチューシャでまとめている。
うん、ウチの妹は可愛いっ!
「サラ、どうし・・・」
「アルにーちゃま、だっこっ!!」
一生懸命に両手を差出し、珍しく大きな声でサラが抱っこをねだってくる。不思議に思いながらも、抱き上げると、サラが小さな声で耳元でささやいてきた。
「あのね、アルにーちゃま、エドがね、馬車は裏にまわしてありますって」
なるほど、これはエドが仕組んでくれた救出作戦なわけだ。
もう必要な挨拶も終わったことだし、サラを口実にして逃げ出せということか。そういうことなら有り難く乗らせていただこう。
「ああ、そうか、もう眠くなったんだね。では、この辺で失礼させていただく事にしよう」
周りに聴かせるように大きな声で話かける。
大役を果たして、ほっとしたのか抱っこした途端に、眠くなってきたようでサラも目をこすり、本当に眠そうだ。
「うん、サラ、ねむいの・・」
「そのまま眠っていなさい。家に着いたら起こしてあげよう」
「はぁい」
いつもなら、ベットに入らせている時間だ。その上緊張もしたのだろう。抱き上げて少ししたらサラは寝息をたてていた。
「クレマン、執務室へ寄るが、どうする?」
「お供いたしますっ!!」
困っているであろう副官に声をかけると、即答が返って来た。そうか、そんなに困っていたのか。気がついてやれず、すまんな、クレマン。
クレマンを従えて、舞踏会会場を出ると、廊下にはエドが待機していた。
「首尾よく出られたようでよかったです、アーノルド様」
「助かった。・・・ここで待っていてくれたのか? 馬車に居るものだとばかり思っていたが」
「もし、サラちゃんのお迎えだけで抜け出せない場合には、俺も行こうと思っていたので。上手くいってよかったです」
エドがにっこりと笑いながら、サラにふんわりとしたストールを着せかけた。アレクから預かってきたらしい。エドはなかなかに用意周到な男だ。
「助かりました。私も一緒に抜け出させていただきましたし」
「クレマンさんも、お疲れ様でした。クレマンさんの荷物も馬車へ運んでありますから、このまま何処にも寄らないで帰れますよ」
「ああ、本当に嬉しいですよ!エドさん~っ!」
よっぽど疲れたらしく、エドの気遣いに抱きつかんばかりに喜んでいる。
まあ、普段とは勝手が違う年若い令嬢たちの相手をして疲れたのだろうが、この後も何度かこの手の集まりには、出ざる負えないということは、今は言わない方がいいだろうな。
「アル兄さんもお疲れ様でした。この時間まで何も食えなくて腹減ったでしょう。ウチの方で戻られたらすぐに食事できるよう用意してくれているそうですよ」
「ああ、ありがとう、エド。さすがに今日の会は人が多すぎたな」
馬車に戻ってようやく一息ついてエドに礼を言う。
「今回押し寄せてくるのは、貴族のお嬢さんばかりかと思ったら、どこぞの坊ちゃんも多かったなぁ。
知っている人もいましたか?」
「いや、成人したばかりだったり、家業を継ぐための準備を始めた連中の挨拶に集中したのだろう。私に挨拶されてもなぁ」
「いやいや、どう考えても、アル兄さんには挨拶に行くでしょう!」
そうか? 一介の文官に挨拶したところで、特に便宜を図れるわけでなし。利益にもならないと思うが。
まあ、それで向こうの気が済むのならいいとするか。
エドが何故かため息をついている。
そんな事よりも家に着いたら、すぐにサラをベットに寝かせてやらねば。
寒くなってきたので、風邪をひくのではないかと心配になる。
もう少しで家に着く。
日常が戻ってくる。その安心感で、少し頬が緩んだ。
エドだって年頃なんですけどね。
浮いた噂・・・ないのかっ!?(心配)




