5. 仔猫は、初めて見ます!
だから、迷子だってば、サラちゃん!
エドさんの指笛の後、数分もしないで向こうから何かが駆けてきました。
なんだか、おっきいんですけど・・・、これは私が小さいからそう感じるだけじゃないですよね?
軽快な足音、石畳に爪の音が響きます。
「わふっ!」
「みゅあぁぁぁーっ!」
抱っこされていた副隊長さんの手から、怖くなって肩まで駆け上がりました。
肩口でプルプル震えていたら、副隊長さんが笑いながら、よしよしって撫でてくれました。ちょっとだけ、怖かったんですよ。ちょっとだけですからねっ!
やってきたのは、すんごい大きい犬さんですっ!立ち上がったら、副隊長さんの身長位ありそう。
「おお、ベル、ありがとうな! ウルフ・ハウンドのベルだよ。サラちゃん」
エドさんが、走ってきた大型犬を、わしわしと両手でなでます。
初めてみました、こんな大きくて綺麗な犬さん。
ゆるく波打つサラサラの白い毛皮が美しく、しゅっとしたながーい足。綺麗なお顔。
うわぁ、犬の貴族さまって感じだあ!
でも、ウルフ・ハウンドって、狼でも捕まえちゃう位強いんですよね、ちょっと怖いかも・・・。
「サラちゃん、ベルは優しいからね、怖くないよ。ベル、サラちゃんだよ。よろしくね」
副隊長さんが、抱っこしてそっとベルの前に、私を置いてくれました。
ううう、こうしてみるとやっぱり、大きいですっ!
「・・・ふみゅぅ・・・」
サラです。はじめまして・・・って小さく言ってみました。お姉さまに、ご挨拶はきちんとねって、言われていたから。一生懸命言ってみたんですけど、ベルさん、仲良くしてくれるかなぁ。
ふっと空気が和らいで、ベルさんに、ペロリと舐められた。
『やぁ、チビちゃん、ベルだ。よろしくな』
撫でられる代わりに、舐めてくれたようです。ベルさんは、城下の西地区警備隊の隊長さんがご主人だそうで、たまに副隊長さんや、エドさんのお手伝いもしてあげるそうです。
な、なんか、すごぉい頼りになりそうです。
いえ、エドさんが頼りにならないとかじゃないですよ?本当に、本当ですっ!
めちゃくちゃカッコイイ、ウルフ・ハウンドのベルさんに、一生懸命、私の行きたい場所の説明をしました。
すると、ベルさんが、なんとも困った表情になりました。
『サラ、ここが何処だか、わかっているかい?』
『もちろん、知っていますよ! 城下でしょう。お城の近く!』
『間違ってはいないが、抜けているところがある。ここは城下の西地区だ。商店が並ぶ庶民の街。
サラの姉兄がいるのは、東地区の三の郭にある王立学院。』
『・・・どこか違うの、ベルさん?』
『サラの行こうとしている場所とは、真逆に来ている』
淡々と説明してくれたベルさん。もう、ガッカリです。折角頑張ったのに、お買い物に出るための馬車に乗り込んでしまったので、学院と逆方向に来ていただなんて、今、知りましたよ!
『どうしよう、ベルさぁん』
『大丈夫だ、みんな優秀だからな。城下の端っこからでも、ちゃんと学院まで連れて行ってやるさ』
頭を撫でる代わりに、お顔を舐めてくれました。ううう、ありがとう、ベルさん!
副隊長、エドさん、やっと行き先を教えられますよっ!
「ご苦労さん、ベル。やっぱり、道間違えていたかぁ。」
エドさんは、ベルさんと意思疎通の魔法がかかっているそうで、簡単なことなら伝えられるそうです。
サラが道を間違えたわけじゃないですからね! 馬車に乗っていたらここに着いてしまったんです!
「にぁ、にぁ、にぁ!」
一生懸命主張してみましたが、副隊長さんも、エドさんも笑うばかりで、認めてもらえませんでした。
ちゃんと、覚えていたんですよ、本当ですよっ!
「わかった、わかった。じゃあ、サラちゃんは、ベルの背中に乗せてもらいな。学院までは遠いからね」
「エド、後を頼んでもいいかな。私はとりあえず、詰所にもどるよ。隊長にも報告を出さないとね」
副隊長さん、お仕事なんですね。寂しいです。ここでお別れと思うと寂しくて、抱っこしてくれている副隊長さんにスリスリしてみました。
「サラちゃん、エドの言う事をちゃんと聞いて、いい子でね。 後で様子を見にいくよ。」
優しく撫でた後に、ベルさんの背中に乗せてくれました。うお、結構高いよ・・・。
ベルさんの背中に乗せてもらって、改めてお姉さまの学校へ行きます!
今度こそ、ちゃんと着きますからね! 待っていてくださいね!!
重厚なオーク材の扉にノックの音が響く。
「アレク」
「! どうした、婚約者殿、何かあったのか?」
榛色の髪をした婚約者が、いきなり執務室にやってきた。一体何かあったのか、不安がよぎる。
「アレクに会いに来たって言っても信じてもらえないようだね」
「当たり前だろう」
と苦笑しながら私の下へやってきた彼は、普段そんな事では私に会いに来ない。
まあ、唐突にキャンディーの花束や、抱えきれない花束などの奇行に走る時もあるが、季節限定なので今回は当てはまらないだろう。
更に珍しい事に、椅子に座る私を抱き込むように、近寄ってきた。
もう、嫌な予感しかいない。
「アレク、サラが居なくなった」
思わず立ち上がろうとする私を、やんわりと婚約者殿が押し留める。彼は首を振って暗に動くなと言っている。
そんな話を聞けるワケがないだろう! すぐに探しに行かないと!
「アレク、サラは君に会いに来たいんだ。ゴールの君がここに居なくてどうする」
サラが、私に会いに来ると? びっくりして一瞬、動きが止まってしまった。
あの甘えん坊で、いつも私の後ろで、スカートを握っていたサラが、一人でやってくる、だと。信じられない!
「でも、・・・」
「俺が探しにいくよ。ただし、姿は見せない。ここまで誘導するから、サラが来たら抱きしめてやってくれ」
彼はニヤリと笑って、悪戯の相談をするように、私の耳元で囁いた。待っているだけでいいのだろうか。
どこかで泣いているのではないかと、気が気ではない。
「サラが泣いていたら、アレクや、俺に解らないわけがないだろう?
サラは、お姉ちゃんが大好きだからね、絶対に、学院までやってくるよ。誘導には、城下の警備隊にも協力してもらうし、それに兄貴たちも居るしな。アル兄貴から、伝言『来年の人材に期待している』だってさ。
これって、なんの約束?」
流石は、婚約者殿の兄上だ。抜け目がないな。以前に約束した『使える人材にしてから、城に送り込んでやる』というのを履行しろと云う訳だろう。今回の修羅場で多少使える人材になったのがいるから、後でカールにリストを作らせておこう。
「ウォル、頼んでも、いいか?」
「もちろん! ちゃんと見つけてくるよ、アレク」
上目遣いに、婚約者殿を見つめた。深い緑の瞳が優しく微笑む。その微笑みで気を抜いたところで、唇に軽くキスをされた。・・・これだから、この男は油断がならない。生徒会の執務室で何てことを!
「・・・ウォル?」
低い声で抗議を伝えると、満面の笑顔で今度は、額にキスをした。 だから! なんで!!
「マーキングだよ、アレク。こんな野郎ばっかりのトコに置いていくんだもの。威嚇をかねて♪」
我が婚約者の言うことは、たまに意味がわからない。マーキング?、威嚇?? どこかに獣でもいるのか?
不思議そうに見ると、軽くため息をついて、ハグをした。
「なんていうか、ここの姉妹は、結構な魔性だからなぁ。心配だよ」
・・・やはり、よく解らない。いいから、早くサラを連れてこい! ウチの妹を連れてこなかったら、どうなっても知らんぞ!!
えーと、サラちゃんを探しに出たお義兄様は、なぜか婚約者の下へ直行。
欲望に正直で、よろしい。
ウルフ・ハウンドは、ボルゾイ犬です。あのシュッとした感じがたまらんっ!
ボルゾイとは、「俊敏な」という意味らしいです。ベルさん似合う!