2-21. 影たちは、ご多忙だったという件
エドさん視点です。
警備隊、寒い中頑張っていたんですよ〜、というお話です。
ドカッ! ドンっ!!
大きな音をたてて馬車の中に、本日の侵入者、つまり賊が放り込まれていく。
服についた埃をはらいながら、思わずエドはつい文句が出る。
「まったく、何度阻止されてもまるで懲りない姿勢は、いっそ尊敬するよ」
溜息をつきながらつぶやく。でも、何より不幸なのは、その懲りない連中に指示されてノコノコとこの屋敷に乗り込んで来た連中だな。
今では王都の裏社会でも「アーティファクト家」と「シェンブルク家」へ危害を加えたり、暗殺の依頼があっても、それを引き受ける人間はそうはいないだろう。
王家から貸し出された警護に、長男アル兄さんの持つ私兵、次男イアンの仕掛けた防御魔法陣に、三男のウォルが内側からも防御をし、更に氷の女王アレク様が屋敷内に控えている。下手すると王宮よりも強固な守りがある家に侵入しようだなんて、馬鹿のすることだ。
こんな話を受けるのは、よっぽど金に困った素人か、事情を知らない他国の人間だけだろうな。
なにせ、ここ数年、アーティファクト家やシェンブルク家に忍び込んで、無事に戻っていったものは居ない。大抵は行方知れずになっているハズだ。
そんな危ないところへはした金で忍び込もうなんて、裏社会で長くやっている連中は命が惜しいだろうし、その依頼を受けるわけがない。
俺なら、いくら金を積まれてもアル兄さんたちの逆鱗にふれるのは、御免だなぁ。
ちなみに、捕まえた賊は、王宮の諜報部隊に引き渡している。
普通であれば、警備隊に引き渡して、取り調べなどをしてもらうのだけれど、国外からの刺客もいるので、簡単に王都の警備隊に渡してしまうわけにはいかないのだ。
受け渡した後の彼らの処遇については、知らない。
…まあ、殺しはしないとは思うんだけどねー。
「おう、お疲れ、エド!」
「おー、外周はどうだった? まだ賊が居そうか?」
屋敷周りに潜んでいた賊を、捕まえた「影」や、諜報部隊の連中が戻ってきた。
今日の晩さん会に合わせて、わざと豪華な食材を買い付け、凝った料理をすると吹聴したり、高い酒を買い付け高貴な身分の方が集まると言いふらしただけではない。派手に招待状を持って走り回り、王子たちが外出することをわざと知らせて罠を張っていたのだ。
先日の夜会で、直接王子たちを害しようとしていた連中は捕まえたが、後ろでコソコソしている連中がまだ残っている。その連中に縄をかけないまでも、国外の連中も含め、こちらに手出しをすればどうなるか、思い知らせるのが、今回の目的だ。
目の玉が飛び出るような高価な食材に、料理、高級酒たちに、王子様の存在は、不届きものをおびき寄せる立派な餌になってくれたようだ。
ちなみに、取り寄せた高級酒については、この後、屋敷の警備についていた連中と、美味しくいただく事になっている。これが俺たち警備担当にとっての『特別手当』ということらしい。
ありがたいことですっ! 気前のいい上司って最高ですっ!!。
アル兄さんが、今回の豪華料理も分けてくれるというので、この後は、全員で宴会予定である。たぶん一生の内何度も飲めないどころか、拝めないような酒が並ぶから。みんな死ぬ気で飲まないとな!!
決して、今日の警備担当が異様に士気が高く、人数も多いのは、そのせいではない、ハズだ。
うん、多分・・・ね。
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡
「では、みんな、お疲れーっ!!」
「「「「「「うぃーっすっ!!」」」」」」
各所で、ゴツゴツとゴブレットや、グラスをぶつけ合う音がする。
広間の晩餐会も終わり、もう、すべての片付けも済み、参加者達が部屋へ引き上げた深夜に、俺たち警備は詰所で宴会に突入した。
シェンブルク家の警備詰所は、結構広い。昔は当代の主がやっていた遺跡の発掘調査の収容や研究員の寝泊りにも使われていたので、大人数を収容できるようになっているらしい。
一部の警備担当は、残念ながら宴会には参加できず、引き続き警備の任務をになっている。
すまんね、全員で休む訳にはいかないんだよ。次は、一番最初にいい酒を飲ませるからさ。
「うわっ、なになに、コレ、シングルバレットじゃんっ! 」
「その酒、俺にも、俺にもっ!」
「うわぁ、葡萄酒、コレ、マジでいいヤツだよ~。無駄に酸っぱくないよ~」
「酔う前に、いい酒飲んでおこう! 記憶があるうちに美味いの飲まないと!」
・・・なんだろう、このみんなのテンションの高さは。今回は煩い上司もいない状態での宴会なので、無礼講どころか、無法地帯へと突入しそうな勢いではあるが、それより、いい酒と高級料理をなんとか腹に詰め込もうと必死になっている姿がそこかしこで見られる。
みんな、本気になり過ぎだ・・・。
でも、見たこともないご馳走と、高級酒がこれだけあれば、仕方がないか。
まあ、落ち着けというのは、みんなが酔いつぶれてからでいいよなー。
俺は酔わない程度に酒を口にしながら、料理をもらう。何かあったときは、すぐに駆けつけないとならないしな。おー、今日は、流石にいい肉使っている!こんな塊なのに、柔らかくてジューシーだよ、肉。
「よぉ、飲んでるか?」
「お疲れっす、隊長。まあ、適当にやってます。飲みます?」
「おう、貰おうか」
今回の王宮警備の第3部隊の隊長がやってきたので、葡萄酒をゴブレットにそそ注ぐ。
さっき一本くすねてきた芳醇な香りのするいい葡萄酒だ。
「あらかた片付いたからな。これで冬の行事の警備は結構楽になるはずだ」
「ああ、もうすぐ樹木祭も、新年行事もありますからね」
そう、冬になると、今年一年の森の恵に感謝をする『樹木祭』や、新年の行事が次々にやってくるのだ。
このところの取締り強化に恐れをなして、賊がおとなしくなってくれるといいんだが。
「めぼしい賊は、潰したからな。あとは行事狙いの連中を警戒しないと」
「おとなしくしていて欲しいですよねー、どっちも…」
「…ああ、ウチの頭は素直に守られているタイプじゃないからなぁ」
樹木祭には、王立学院からアレク様や、ウォルフも参加するし、新年行事には、アル兄さんも文官として参加しなくてはならない。どれだけ警備を強化しても、これだけの大きな行事では何かあった時に防ぎ切る事は難しいだろう。
というか、おとなしく守られている人たちじゃないからな。
何かあったら、さっさと自分たちで対処してしまう、困った主たちなのだ。
つい先日のこと、文官であるアル兄さんを甘くみて襲撃してきた賊がいた。
多分、今年一番の命知らずと言っていいだろう。賊はアル兄さんに指ひとつ触れることができず見事に返り討ちされて、更に怒ったアル兄さんの私兵たちにボコボコにされていたらしい。
ほら、アル兄さんの私兵って、殆ど『アル兄さんファンクラブ』みたいなもんだから。
ちなみに、俺はその話を翌日の昼飯時に、まるで昨日の天気の話をするようにあっさりと語られ、飲んでいたお茶をむせた。
アル兄さん、警備のこととかも少しは考えてくださいっ!
「すまなかったな、次からは対処する前に連絡をしよう。」
ランチのテーブル越しに恨めしそうに見ていたら、苦笑混じりにアル兄さんに宥められた。はいはい、期待しないで待っています!
アル兄さんは、侵入者や、賊についてあまり教えてくれない。
サラちゃんを誘拐しようとした連中や、アレク様につきまとっていた貴族の次男坊とか、屋敷に勝手に乗り込んで来て我が物顔で占拠していた親戚とか、いつの間にかアル兄さんが片付けてしまっている。
手伝わせてもくれないのだから、ちょっとばっかし、寂しい気もする。
まあ、これからだ。少しづつ頼ってもらえるようにならなくては。
「おや、向こうで何かあったか?」
「変ですね、みんなが集まっている」
酒に酔った連中が何か揉めているのかと思ったらそうではないらしい。
数人集まって、みんな下を見ている・・・?
「エドぉ~っ」
「え、サラちゃん! どうした?」
その集団の真ん中にいたのは、泣きそうになっている寝巻き姿のサラちゃんだった。
どうしたんだ、もう寝ている頃だろう。
驚いて一瞬固まってしまったが、そんな場合じゃない、この格好のままじゃ風邪をひいてしまう。
慌ててサラちゃんを手近にあった毛布で包んで、抱っこする。うーん、体も冷えてしまっているかも。
「寒くないか、サラちゃん。何かあったのか?」
「あのねぇ、エドにねぇ、渡したかったの」
毛布の中で、眠くて半分閉じてくる目をコシコシとこすりながら、サラちゃんが紙包みを渡してくる。
開けてみると、先ほどの晩餐会で出た料理をサンドイッチなどにした弁当だった。
どうやら、俺があまり食べていなかったのを心配していたサラちゃんに、メイドさんが作って持たせたらしい。サラちゃん、いい子だ・・・。
「ありがとう、サラちゃん」
「エド、食べてね」
ふわふわの髪の毛を混ぜるように頭を撫でると、サラちゃんが嬉しそうに笑う。
ああ、ウチの子、本当に可愛いですよっ!
どうやら、俺への配達が済んで安心したのか、サラちゃんは毛布の中で眠ってしまった。
代わる代わるに、影や近衛の連中が覗きにくる。寝顔を見るだけにしろよ。
だから、ほっぺたをフニフニするんじゃないっ!
毛布ごとサラちゃんを抱っこして、部屋へ向かう。
夜の廊下は静かで、俺の足音と、サラちゃんの寝息が聞こえる。
安心して眠っている姿を見ると、今日の自分たちの仕事は無駄ではなかったと思える。
明日も、この静かな時間が続くように頑張っていこう。
もうすぐ冬がやってくる。
酔っ払いは、構いたいっ!(From 警備隊)
どうも、影一号のダンです。
サラお嬢ちゃんが、毛布にくるまれて眠っているのを、鑑賞中です。
ちっちゃい子の寝顔は可愛いものですが、ウチのお嬢ちゃんの寝顔は特別可愛いと思うのは、身びいきというべきものだろうか。
ピンク色のほっぺをつついてみたら、思ったより柔らかかったっ!
すげえ、人間、こんなにぷにぷにしてていいのかっ!!
「だから、触るなってっ! サラちゃん、起きるだろ!!」
世話係りのエドに阻止されたが、この感触は捨てがたい。いいよなー、俺もお蝶ちゃんを抱っこしたり、ほっぺをすりすりしたいっ!
俺たちの仕事は、影からの警備なので、面と向かって挨拶をしたり、話をすることはないのだが、サラお嬢は、どういうわけか、俺たち陰に気が付きにっこり笑ったり、こっそり手を振ってきたりする。
…俺たち、目立たないようにしているハズなのに。なぜ、ばれる?
アーノルドさまに言われているのか、表立って話しかけては来ないが、目が嬉しそうに俺たちを見ているのに気付く。
サラお嬢、笑顔がわかりやすいです。
で、なんでこんなに楽しそうに俺たちを探してくるのか副官殿に聞いてみた。
「サラちゃんは、どうやら、みんなが『かくれんぼ』をしていると思っているようです」
はい? かくれんぼ・・・ですか。
大のおとなが変装して、せっせと『かくれんぼ』…いやいや、ないから!
「まあ、まだ小さいお子さんですから、隠密行動と言ってもわかりませんしね。アーノルド様がお仕事中の人に話しかけてはいけないよ、と言ってくださってあるので、大丈夫だとは思いますが、気をつけてください」
「はぁ、頑張ります」
あっけにとられて、間の抜けた返答をしてしまった。
まあ、そうだよね、子供からみたらかくれんぼみたいなものだ。
そうか、かくれんぼだと思うから、サラお嬢は、見つけると嬉しそうに手を振ってきたのだ『頑張って!』と。
「ふふふ、面白いなぁ」
今度目があったら、こっそり手を振り返してあげよう。
さて、それを見たサラちゃんのリアクションが楽しみだ。
END