幕間: 風邪の日
ブックマークが250を越えて喜びの余り、長くなってしまった御礼の閑話です。
丁度、風邪が流行りだしたんで、このネタです。どぞ!
「サラちゃーん」
「いやっ!」
即答である。
なるべく優しく言い聞かせようとするエドを、真っ向からサラは拒否した。
もうかれこれ、二人は30分位睨み合っている。
サラは口をへの字にして、徹底抗戦の構えだ。
エドの手には、風邪薬。
それもシロップタイプのもので、恐ろしく苦い事を今までの経験で知っている。
エドの方も、自分でもコレが激マズであることを知っているので、無理に飲ませるのは気が引ける。
なんといっても、これを飲んだ後は、風邪とは別の意味で、味が解らなくなる代物だ。
「うーん、不味いのは知っているけど、薬だからね。飲まないとー」
「やー!」
…この繰り返しだ。
真っ赤な顔をして、熱で涙目になっているサラに、無理強いはしたくないんだがなぁ。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
「どお? 感じる??」
「…うん、いい」
「私も、平気みたい…」
「こっちは、入れてみた?」
「それは、・・・ちょっと怖いのよ」
その頃、アレクとウォルフは、朝からずっと二人で部屋に篭っていた。
コンコン、とノックの音が響く。
「アレク様、ウォルフ様、少しよろしいでしょうか?」
シェンブルク家の執事、キスリングが、声を低くして室内を伺っているのだ。
「キスリング、どうかしたの?」
「ああ、丁度いい。キスリングにも試してもらおう」
アレクとウォルフは、あまりにも不味い風邪薬を、なんとかして飲ませられるようにしようと、せっせと実験していたのだ。
まずは、そのまま凍らせてみたが、舌の上に乗った途端に、不味さに悶絶。
砂糖を混ぜてみたが、飲んだ後、苦みだけが残って、更に苦しくなったりと、二人は体を張って研究を繰り返す。
そこで、たどり着いたのが、リンゴのジュースで小さなカプセルを作り、その中に薬を入れていくものだ。幾つかに分けて飲めば負担も少ない。
室内の様子を確かめて、ほうっと一息を付きながらも、生真面目な執事は、良識ある大人としての見解を若い二人に伝えずにはいられなかった。
「・・・アレク様、ウォルフ様、お二方が婚約者同士であっても、異性と二人きりになる場合には、必ずドアを開けておくのが、正しい姿かと存じます」
「は、異性って、誰が?」
「・・・アレク、俺のダメージが大きいから。キスリング、済まなかった。俺の配慮が足りなかった。
次からは気を付けよう」
「でも、何かまずいことでもあったのか?」
年頃の若者への苦言であったが、別方向へのダメージを受けたウォルフを、アレクは未だに解っていない様子だ。
執事は思わず、目頭を押さえながら、ウォルフに謝罪する。
「申し訳ございません、ウォルフ様。余計な事を申し上げたばかりに・・・」
「それ以上言うな、キスリング。傷口が広がる」
キスリングの謝罪を軽く受け流しながら、手をヒラヒラとさせ「気にするな」と「退出しろ」の合図を送る。
執事は、その命令を正しく受け取り、丁寧にお辞儀をして退出していったのだった。
「あー、当分、風邪薬はいらないなー」
「ありがとう、ウォルフ。付き合せて ごめんね?」
アレクの研究と、試飲に付き合ったウォルフが、しびれた口の中をお茶で流しながら つぶやく。
その時、ふと芽生えた悪戯心。
「そうだな、じゃ、口直し」
「・・・え?」
アレクは、急に目の前に迫ってきた婚約者に、茫然をしている間に口づけされた。
「ん、リンゴ味だ。いいな」
ペロリと、唇を舐めてにやりの笑うウォルフの余裕が憎らしい。
そして、その仕草をカッコイイと思ってしまった自分を悔しく思う。
「うぅ、同じモノを試したんだから、同じ味しかしないわよっ!」
悔し紛れにクッションを投げつけたが、ウォルフに軽々と受け止められてしまった。
なんか、無性に腹立たしいっ!
「なんでさ、アレクの味がするに決まっているだろ?」
当然のように返されて、顔が真っ赤になるのがわかる。この婚約者は、本当に油断がならない。
今度から扉は全開にしてやろう、と心に決めた。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
「ナサニエル様、今日は、アーノルド殿は出仕を控えさせて頂くとのことです」
聞きたい事があって、文官のアーノルドを呼びにやった侍従が疲れたように戻ってきた。
はて、アーノルドが休むとは、珍しい。
一体何があったのか? と聞くと、
「妹さまが、お風邪だそうです・・・」
この答えに、伝令に走った侍従は不満なようだが、私の側仕え達は深く納得している。
「それは・・・仕方がないな」
アーノルドが、病気のサラちゃんを家に残して出仕するなど考える方がどうかしている。
うーん、母上と、ノルベルトにも話して見舞いを送る準備をしなくては。
とりあえず、ノルベルトに言って、マディをシェンブルク家へ遣いに出させよう。
「風邪見舞いには、何がいいかな?」
今日も多忙な第一王子は、公務を自動的にこなしながらも、頭の中では小さい女の子が喜びそうなものをせっせと頭に思い浮かべるのだった。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
「お前たちは、一体何をやっているんだ?」
憮然としたアーノルドの声に、呆れが混じっている。
サラの部屋はいつになく人口が多い。
看病兼、逃亡阻止要員のエドに、実験を終わらせ、いざ本番とやってきたアレクとウォルフ。
ワゴンに飲み物と軽食を乗せてきた執事に、タオルやらお湯を運んで来たメイドたちでごった返し、更に様子を見に来たカールが加わり広いはずの部屋が手狭に思えてくる。
「いや、それが、その・・・」
「もぉ、ウォルにいちゃま、きらーい!」
メソメソと泣きながら抗議するサラに、困った様子のウォルフと、アレクというのは、珍しい。
エドが、サラを毛布ごとだっこして、慰めているようだ。
「それで?」
ため息を付きながら、説明を求めると、エドが苦笑しながら教えてくれた。
アレクとウォルフが苦心した風邪薬のカプセルは、一見、大変にいいアイデアに思えたが、小さい子供にとっては一飲みにするには大きすぎたらしく、勧められて飲んだサラも大きすぎて思わずカプセルを噛んでしまった。
その結果、口の中には苦いシロップがどっと溢れ、苦しくて咳き込んだサラは泣き出してしまったそうだ。
ウォルフに、「大丈夫、苦くないから」と勧められたにも拘わらず、普通に飲むよりも苦しむ羽目になったので、サラは不信感の塊だった。
折角、自分たちで試してまで作ったカプセルが失敗に終わり、ウォルフ達も困り顔だ。
「サラは、薬は飲んだのか?」
「いえ、それが・・・」
どうやら、朝からずっと抵抗を続け、殆ど薬を飲んでいない状態らしい。
大人ならまだしも、子供の体力では、熱を下げるまでに至らず体力ばかりを消耗してしまう。
速やかに薬で解熱し、回復に体力を回すべきなんだが…、子供に理屈をこねても始まらない。
これまで、4人以上の弟妹の面倒を見てきたアーノルドは、さっさと方法を変えた。
「エド、冷たい水を。あと、長めのスプーンの用意をしてくれ」
「はい、アル兄さん。 こちらをどうぞ」
差し出されたスプーンと水を手元に置いて、更に指示を出す。
「ウォルフ、温めたミルクにはちみつを入れて、あとクッキーを2枚くらい持ってきてくれるか?」
「了解。持ってくるよ」
慌ただしくなった周囲に、落ち着かない様子のサラをアーノルドが膝上に抱っこする。
「アルにいちゃまぁ」
「ん、どうした?」
苦い薬は飲みたくないし、でも、我が儘を叱られたらやだなぁ、とサラも一応悩んでいたりする。
への字に結ばれたサラの口元をみて、アルは思わず頬が緩む。
やはり、うちの妹は、可愛い!
「にがいの、やなの…。お薬、やだぁ〜」
「兄さんが飲ませれば苦くないから、心配しなくていい」
「…ほんと?」
「ああ、試してごらん」
素直に口をあけたサラに、スプーンで冷たい水を飲ませた後、素早く薬もスプーンで飲ませた。
「どうだ、平気だろう?」
「…アルにいちゃま、すごいっ!」
水の感覚が残っている内に、喉の奥へ薬を流し飲まされたので、感覚が追い付いていないのだ。
舌の苦みを強く感じるところを避けて飲ませたので、苦みを強く感じることもない。
アルが長年、弟妹の面倒をみてきて培った技である。
「さ、薬はもういいから、ミルクとクッキーを貰ったら、温かくして寝なさい」
「アル兄さん、流石です…」
薬の件では、朝から振り回されっぱなしだったのに、アルはものの数分で片づけてしまったのだ。
エドはへこむより、驚きの方が強かった。
「こんなのは慣れだ。次は頼むぞ、エド」
「了解ですっ!」
苦笑しながら、エドに食器を戻しながらアルが声をかける。
確か護衛として来ているのに、すっかりお世話係になっているエドだった。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
はちみつ入りのミルクを飲みながら、アルに抱っこしてもらっているサラは上機嫌だった。風邪は苦しくていやだけど、いつもは仕事や学校でいない兄姉が一緒に居てくれるのはすごく嬉しい。
眠くなってきているけれど、もったいなくて眠れないっ!
「う〜…寝ない〜」
ぐりぐりとアル兄ちゃまに額をこすり付けていると、やさしく頭を撫でられた。
「ちゃん眠りなさい。傍にいるから」
エドがクスクス笑いながら、毛布をなおしてくれる。
「サラはいつもより甘えん坊だな、ほら、毛布ちゃんと掛けて」
うん、風邪の日は、うーんと甘えてもいい日なの!。
甘やかしてもらって、元気になったら、ちゃんと笑顔で「いってらっしゃい!」っていうから。
今は、一緒に居てね!
ブックマーク登録下さった方々、こんな亀更新にも関わらず、読んで下さる皆様に感謝を。 この後もお付き合いいただけると、嬉しいですっ!




