後日談 お茶会にて (王宮編)
登場人数が多いせいか、長めです。
ノルベルトさん、ちょっと不幸な巻、です。
天気のよい、初夏のある日。
王宮の右翼、正妃の紫水宮に近い中庭で、親しい人だけを集めた 小さなお茶会が開かれていた。
中庭に設えられた会場には、初夏とはいえ日中の強い日差しを考慮して天幕が張られ、柔らかな光が差し込むようにされている。
また、ゆったりと張られた天幕のおかげで、周りからの視線を遮断することにもなっていた。
現在は、今回のお茶会の主催者である正妃が、にこやかに水色の美しい紅茶を出席者に勧めているところだった。
真っ白なテーブルクロスが掛けられた卓上にはパステルカラーのテーブルフラワー。
テーブルの上に並べられているお菓子は、色とりどりの可愛らしいデザインの物が多く、今日の招待客である歳若い少女たちを意識しての選択のようだ。
「ああ、可愛いお嬢さんをお呼びしてのお茶会って、楽しいわぁ!」
正妃マリアンネが、ウキウキと声を弾ませる。
彼女にとって、生まれた息子4人に文句はないが、時折こうして一緒にお茶をしてくれる娘が欲しかったのも事実だ。
だって、男の子は、ちっともわたくしと遊んでくれないのですもの!
というのが、正妃の主張だ。
さて、そんな正妃の夢と希望を担う招待客は、アレクサンドラとサラディナのシェーンブルク伯爵家 姉妹に、シェライラ・アクリーガル男爵令嬢だった。
男性の出席者としては、アレク嬢の婚約者 ウォルフ・アーティファクトに、長兄で文官のアーノルド・アーティファクト。彼女の愛息子である、ナサニエル第一王子、ノルベルト第四王子も同席している。
警護と称して、最近王宮警備隊に配属になったばかりのエドと、ノルベルトのお付きで、マディも控えている。
・・・なんの事はない、お茶会に名を借りた、先日の事件の報告会である。
あからさまに、この面子が集まるのは、衆目を集めすぎるので王宮でのお茶会にしようとしたら、女子とお茶会がしたい正妃が乗り込んできた、という訳である。
まあ、お茶会の手配という面倒をしないで済んだ王子たちとしては、助かったというべきか。
「サラちゃん、お菓子は何が好きかしら?」
「はい、おうひさま、ウォル兄ちゃまのイチゴのタルトと、マディさんのクッキーが好きです!」
「あらまあ、マディが器用なのは知っていたけれど、ウォルフは、お菓子まで作るの!?」
「ええまあ、サラは好き嫌いが多かったので、色々と試す内にお菓子も作るようになりました」
サラの正直な答えに、王妃は驚いたようだった。凝り性な上にサラを溺愛していたアレクとウォルフは、自分たちで料理をしてサラの偏食を無くそうとしていたのだ。
おやつをねだられて作るうちに、ウォルフのお菓子作りは玄人はだしとなっていた。
こんな平和な会話をしている横で、大人の黒い会話が行われていた。
「ナサニエル殿下、あのサラに手を上げたクソ野郎については、処理は私にさせていただいてもいいですね?」
「アーノルド、気持ちはわかるが、少し控えめに頼む。あれでも一応貴族の子弟だ。」
ナサニエル王子が苦笑するにように宥めるが、その怒りは鎮まることはなかった。
義妹と同じ学院内にいること自体が、既に不快なのだ。大体、あんな使えない貴族の子弟を、国家予算で運営してる王立学院においておく理由もない。さっさと所領に帰して、一生そこから出ないようにしてやりたい。
その場でアレクに、氷柱の中へ閉じ込めれられなかっただけマシだと思って欲しい。
「もしあの時、エドが蹴り倒していなければ、私がその場で八つ裂きにしていましたわ」
「アレクサンドラ、も少しその殺気を隠してくれ。マディ以外の給仕のものがおびえて近づけない」
こうなると第一王子でも、宥める一方だ。
この件に関してシェーンブルク家も、アーティファクト家も引く気はないらしい。
優雅にお茶を飲みながらも、している会話は処分の有無を超え、とことんまで追い込むのは止めてくれという王子の懇願になっている。
「ではペルベラント君には、私を愚弄し従者のマディを拘束したことで、罪状を王族への侮辱罪とし、学院は退学処分。1年間の所領での謹慎処分ということで、どうでしょう?」
「…ノルベルト殿下、それでは貴方の名誉が傷つくのでは?」
アーノルドが眉の寄せる。
たかが地方貴族の師弟、第4王子とはいえ、直系の王家男子に暴言を吐くなど許されることではない。
それでも、それを許してしまうのは、王子の側の資質に問題があるのではないかと、噂されることもあるだろう。これは、著しく王子の評価を下げることにもなる。
「私は構わない。これで学院内にうかうかと流言に乗るものがいれば、対処するまでだ」
「平気ですよー、ノルベルト様は慣れていますものー。」
「マディ、そういう問題ではないが」
流れるような所作で、お代わりのお茶を用意しながらマディが微笑む。
相変わらずの掛け合いにその場が和む。
ノルベルト王子としては、今回の処分で、アレクの名前もサラの名前も出したくないのだ。
二人の名前を前面に出すくらいなら、自分を悪し様に言われても構わないと言う意味だった。
「結局、ノルベルト殿下はお優しいのです。
王族を侮辱して1年の謹慎で済ますなんてありえませんわ。
本来であれば、投獄されてもおかしくございませんのよ?」
「所詮、第四王子に対してだからな。その辺でいいであろう」
さして気にした風もなく応えるノルベルトに、シエラは不満そうに唇を噛んだ。
そうやって、いつも皆を庇うのだから。
「殿下の判断であれば、受け入れましょう。アレク、いいかい?」
「ええ、アル義兄さま。今回はこれで。次があった場合には容赦いたしませんが」
アーノルドが合意を示し、アレクもこれに従った。故に決着だ。
「へんたいさん、怒られたの?」
アル兄ちゃま、お膝のっていい?とやって来たサラが、大人たちの視線がノルベルトに向かっている事を気にしながら、聞いてきた。
多少の動揺はありながらも、その場の誰もがお茶を噴出すような無作法にならなかったのは流石である。
「…サラ、へんたいさん、とは、誰が言っていたのかな?」
「お姉ちゃまがね、言っていました”このへんたいー!”って」
内心に動揺を抑えながら質問するアーノルドの膝に抱っこされて、嬉しそうにサラが応える。
エドは、小さく「やべぇ」と呟き、マディは、笑いの発作と戦っていた。
「…アレク、小さい子の前では、控えるべきではないか?」
「はい、アル義兄さま」
まあ、無駄だろうなー、と思いながら一応は釘を刺してみる。
変態呼ばわりをされている当の本人は気にすることもなく、アーノルドの膝の上で嬉しそうにしているサラをまじまじと見ていた。
「サラちゃん、私のお膝にもおいで?」
「や!」
…瞬殺だった。
「サーラちゃん~」
「ヤだものっ!」
ノルベルトが殊更やさしい声で誘ってみたが、結果は一緒だった。
「サラ?」
サラの珍しい拒絶にアーノルドが、顔を覗き込んでみる。
サラは拗ねた顔をして、小さい声で言い募った。
「…だ、だって、だって、
へんたいさん、首輪するって言うし、鎖でつなぐか、お部屋に閉じ込めるって言うんだものっ!!」
二度目の爆弾発言は強力で、お茶を噴出す音と、無作法に茶器を鳴らしてしまうもの続出だった。
「エド、うちの妹は一体、どんな目にあっていたんだ?」
「ちっ、やはり変態か! 早めに始末しておけば…」
「アレク、舌打ちは止めような、それと一応相手は王子だから」
地獄から響くような声でアーノルドが問えば、エドは直立不動で固まった。
マディの笑いの発作はおさまりそうにもない。
「ち、ちがっ! 仔猫だと思っていたので!、迷子の仔猫を保護しようと思っていたので!!」
ノルベルトの必死の叫びもむなしく、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
「うーん、真性の変態であったのか、ノルベルト」
「まあ、育て方を間違えたのかしら…」
「兄上、母上、この場では洒落になりません!」
第一王子と、正妃は、完全にノルベルト殿下で、遊んでいるのだった。
「私は、犬や猫たちを心から愛しているだけですっ!」
「ノルベルト様、さすがに、それも如何かと」
ノルベルトの意思表明は、シエラのため息で消され、生暖かい目で見られるばかりであった。
「うむ、なかなかいい余興であった。
サラちゃん、また遊びにおいで。そして、私の膝にはのってくれるかい?」
「はーい」
「えっ、兄上は良いわけ!? 兄上の方が油断ならないのに!?」
ナサニエル王子が笑顔で、サラにおいでおいでをしている。
サラは、てててっと近くまで走りより、小首をかしげて聞いてみた。
「ナールさま、サラに首輪つける?」
「いいや、サラには、姉上の作られたリボンの方が似合うであろう?」
「ナールさま、サラを鎖でつなぐ?」
「鎖などとは、無粋な。 それより、手をつないでいた方がよかろう?」
「ナールさま、サラを閉じ込める?」
「そうさな、腕の中には閉じ込めておきたいかもしれぬな。」
笑顔で答える第一王子にサラを抱き上げて膝の上に座らせた。
「ナールさま、大好きっ!」
「私もサラが大好きだよ、あと10年たったら、愛妾になっておくれ」
…途中まではよかったのに、最後で台無しにする王子だった。
確かに既に婚約者もいる身ではあるが。
「寝言は寝て言え! この色ボケ王子っ! サラは愛妾になどさせませんっ!!」
アレクは切れて立ち上がり、速やかにエドにサラを取り返してくるように命じた。
すでに敬語とかそういった次元を超えたやりとりとなってしまっている。
「色ボケに変態…、王室の未来が心配ではあるわねぇ…」
正妃は、優雅にお茶を飲んでいた。
ドタバタはしているが、気取りのないこんなやりとりは久しぶりで、クスクスと笑いたくなる。
「どうせなら、アレクに真っ白なユキヒョウに変化してもらい、サラちゃんがミルクティ色の仔猫。
王宮に、そんな二人が居てくれたら…いいっ!」
「ノルベルトさまー、それだとただの動物園ですー。後宮じゃありませんー」
「てか、俺の嫁まで巻き込まないでください、殿下」
どんどん話は脱線していく。
既に世の少女たちがあこがれる、高貴な雰囲気漂う王宮のお茶会からは程遠いところへときていた。
「はいはい、サラちゃんは、こっちねー」
「エドー、お耳ふさいだら聞こえない~」
途中から、さっさとサラを抱えて非難したエドは、混乱の輪から抜けてサラの耳をふさぐ。
「エドー、サラ、おなかすいたよおー。」
「あー、そうだなー。結局大して食べてないもんなぁ。
ウチ帰って、執事さんにご飯早めにしてもらおうか。」
「わーい、ごはーん!」
最近、諸事情により、シェーンブルク家に下宿中のエドは、さっさとサラをつれて帰る気になっている。
「王宮楽しかったか? サラちゃん」
「うん、みんな いて、楽しい~! また、遊びに来てもいい?」
「そーだなぁ、アルさんに聞いてみようか。」
これが、サラの初めてのお茶会の記憶。
その後、あれは例外中の例外であることを知ったのは、随分後になってのことだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
あ、ノルベルトさんの愛称出すの忘れた…。
サラちゃん、また、へんたいさんって呼んでしまうわっ!
お茶会という名の慰労会でした。
何が悔しいって、登場人物が多くて、お菓子の描写も、お茶の描写もなしにしたこと。
今度こそは、ジリジリとお菓子、ご飯描写をっ!