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テーマ短編 '14

カードバトラー勝Z‼︎ ~the last battle~

作者: 木下秋

 Ⅰ,prologue




 やぁ! みんなの英雄闘者ヒーローバトラー! 京守キョウモ 勝Zカツゼッ‼︎ だゼッ!


 みんな! バトッてるかい?


 …………オーケー、オーケー……。


 バトッてるみたいだな!


 先月せんげつ行われた『第三回だいさんかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップ』の優勝者決定戦ラストバトル! みんなは見てくれたかい?


 全世界にインターネットで生中継されてたから、きっと見てくれたよな!


 みんなも知っての通り……とても残念ではあるけれども、俺はあの最後の闘いに負けて、世界バトラーランキング二位に落ちてしまった……。


 俺の永遠のライバル、絶対ゼッタイ 負knightマケナイトにはしてやられたよ……。去年の雪辱せつじょくを、まんまと果たされちゃった訳だ。去年奴から奪った王座を、たった一年で奪い返されてしまった。本当に……悔しいぜ……。あんなふざけた名前の奴に……。


 でも……俺もアイツも、一生懸命闘った結果だからな! 仕方ないか。勝負は時の運、とも言うし!


 …………にしてもアイツの引きの良さは異常だったからな……山札デッキに細工してたろ……


 いやっ! 俺は誇り高きバトラー! 終わった勝負に、ケチつけたりはしないぜ!


 み ん な は ルールを守って、楽しくバトろうな!


 ……さて。本題に入ろうか。


 俺は先月、確かに負けた。過程かていはどうあれ、結果は結果だ。


 でも、俺には負け続けることは許されないんだ。俺は、勝たなきゃいけない。勝ち続けなければならないんだ。


 でないと……俺がバトルの前に言ってる「今日もッ! 勝つゼッ‼︎」ってセリフ。あれ、嘘になっちゃうだろ?


 だから俺は今日、来年の『第四回だいよんかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップ』で再び一位に返り咲くために、重要なバトルをしに来たんだ。



 今日の戦場バトルフィールドはここ――



 オークション会場だ。






 Ⅱ,the last battle




 会場は粛然しゅくぜんとした雰囲気ふんいきに包まれていた。敷き詰められた厚い起毛きもう絨毯じゅうたんのせいか、足音すらしない。


 受付で名前を告げて番号札ナンバーカードを受け取ると、一緒に貰ったパンフレットにしたがって広間へと向かった。


 金色に縁取ふちどられた大きな観音開かんのんびらきの扉を目の前にして、急に緊張に襲われる。


 こんな緊張は――俺が初めて優勝した『第二回だいにかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップ』の優勝者決定戦ラストバトル以来か――


 無意識のうちに、ネクタイを締め直していた。窓からした日光が黒いスラックスをじりじりと焦がしてやけに暑い。


 情報屋のしらせが正しければ、今日ここに“アレ”が……。


 じんわりにじんだ手汗を拭い、深く息を吸い込んで、吐く。意を決して、両手で扉を引き開けた。


 空調の効いた、冷たく乾いた空気が足元から流れ出る。美術品、特に絵画は温度や湿度の管理が必須なのだろう。窓一つない会場は照明が抑えられていて薄暗いが、前方のステージにのみスポットライトが当たっていてそこだけ明るかった。静まり返る室内に、ひそひそ声や咳払せきばらいのみが響く。


 用意された座椅子は八割方埋まっていた。みんな揃いも揃って高そうなスーツやコートを着ていて、それなりに地位のある人なのだろうと思われる。半分以上は白髪しらが混じり、もしくは白髪はくはつだ。俺は後ろから二列目、一番右端の席に着く。


 五分も待たずに、オークションは始まった。


 俺は心の中で呟く。


(今日もッ……勝つゼッ‼︎)


 番号札ナンバーカードを握る手に力がこもった。



     *



 オークションは、司会者の静かな挨拶で始まった。次いで会の流れを説明する。……くそっ……じれったいな……。


 商品が次々とステージに現れる。絵画、壺、骨董品こっとうひんエトセトラ……。司会者は商品の説明をするが、それでも俺にはこれらにどれだけの価値があるのか、さっぱり分からなかった。……まぁアレがステージに現れたら、周りの人たちも同じことを思うのだろう。


 そして――その時はやってきた。


「――それでは、次の商品に移りたいと思います。ロットナンバー8番、トレーディングカードゲーム『マジック&ブレイヴ』のカード、『破滅はめつをもたらすブラックドラゴン』です! 『マジック&ブレイヴ』とは“トレーディングカードゲームの始祖しそ”と言われるカードゲームでして――」


 キタッ……! ついにキタッ……‼︎ 世界に数枚しかないと言われている伝説のカード、『破滅をもたらすブラックドラゴン』‼︎


 マジブレ創成期そうせいきにテスト販売された限定版パックに入っていたという、ゲームバランスぶっ壊れ最強カード……! その超低コスト、超パワー……。戦場バトルフィールド召喚しょうかんされると同時に敵戦場上てきバトルフィールドじょうのカードを全て墓地ぼちに送るという鬼畜効果きちくこうか……! かっ、体が震えてくるぜ……。世界中で現在確認されているのは四枚のみと言われていたが、その内の一枚がここに……。


 しかしまさか……その内の一枚を絶対ゼッタイ 負knightマケナイトが持っているとは思わなかったぜ。アイツがあのカードさえ持っていなければ、俺がこの前の優勝者決定戦ラストバトルで負けることもなかった。だから俺も、アイツに勝つためにはなんとしてでもこのカードを手に入れなければならない。


 ――たとえこのカードが、文字通り持ち主に“破滅をもたらす”、いわく付きのカードだとしても……。


「――こちらのカード、あまりの希少さに偽物が流通するほどですが、今回の商品にはプロの鑑定士による保証書付です。それでは……よろしいでしょうか……。参りましょう! スタート価格は五万円からです!」


 まずはッ……!


 俺のターンッ‼︎


 番号札ナンバーカードを、天高く掲げた。


「十万円ッ‼︎」


 ……決まった。これが俺の戦闘流儀バトルスタイル


 どんな相手にも気を抜かず、最初から全力で挑み、切り札を惜しまない。


 しょぱなからスタート価格の倍の金額だ。一気に突き放す――


「十五万円」


 気取ったような、低く落ち着いた声だった。


 聞き覚えのある、声だった。


 その声は前方から聞こえてきた。見ると、最前列一番左、番号札を掲げる手が上がっている。


 番号札ナンバーカードを、右手の人差し指と中指で挟んでいた。あのカードの持ち方は……! アイツが切り札を出す時の……!


「絶対……負knightッ……‼︎」


 奴は右手を挙げたまま、首だけでこちらを向いた。人を小馬鹿にするように、鼻で笑う。


 まさか……奴も情報を掴んでいたのか……ッ!


 そして二枚目の『ブラックドラゴン』を手に入れようとしているとは……なんて欲深いッ……! いやしい奴なんだッ……!


 そもそもレアカードばかりデッキに入れて、それで勝って嬉しいのかッ⁉︎ そうじゃないだろう……! 真のバトラーはカードとのきずなによって……


「十五万円。よろしいですか?」


 司会者が木槌きづちを振り上げる。ダメだッ‼︎ まだ……勝負は終わってないッ!


 俺の……ターンッ‼︎


「二十万円ッ!」


 負knightがこちらを睨む。


「二十五万円!」


 負けじと奴が叫んだ。


 いいぜ……この感じ……! あの時を……第三回だいさんかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップ優勝者決定戦ラストバトルを思い出すぜ……!


 心臓ハートが激しく鼓動ビートする。煮えたぎった血液が全身を流れ、身体からだを熱くする。……戦っている……俺は今、生きている……ッ‼︎


 俺のッ‼︎ …………ッターンッ‼︎


「百万円‼︎」


 負knightが、驚愕きょうがくと言った表情でこちらを見た。


 手を抜かない。俺は同じ奴に、二度も負けていられない‼︎


 ……ヤッたか…………?


「二百万円」


 涼しい声が、室内に響いた。


 負knightの声ではない。


 その声は、真後ろから聞こえた。


 振り向くと、そこには立派なひげ脂肪しぼうたくわえた中年男ちゅうねんおとこが座っていた。今まで、どのカード大会でも見たことがない男だった。


「あのカード、そんなに価値のあるカードなのか? じゃあ、一応買っとくかな。んで、もっと価値があがったら売りに出そう。株みてぇなもんだな」


 ッ……! 


 コイツッ! ろくにカードの知識も無いクセにッ……!


 こんな奴に、『ブラックドラゴン』を渡すわけにはいかない! どんな芸術品であっても……カードであっても! そのモノの、本当の価値が分かる人間が持つべきなんだ!


 前を向き直すと、負knightがこちらを見ていた。悔しそうな、何かを訴えかけるような目で、俺を見ている。


 ……わかってるぜ。俺は負けない。お前だって、こんな奴に『ブラックドラゴン』をとられるのは嫌だよな。最高の好敵手ライバルであるお前の為にもッ……!


 俺は負knightに向かってうなずいて見せた。


 今日もッ! 勝つゼッ‼︎


「二百五十万ッ!」


「三百万」


「三百五十万ッ!」


「四百万」


「四百……五十万ッ!」


「五百万」


「五百……二十万ッ!」


「六百万」


「ろ……六百……十万……」


「七百万」


 …………え……?


 あ……あれっ…………?


 心臓が、さっきとは違う意味で、鼓動こどうする。


 背中を、冷たい汗が流れた。


 際限なく、上がり続ける金額。


 …………勝てない……。


 勝てないのか……? 俺が……?


 勝つんじゃなかったのか……? 俺は……負けるのか……。


 ……………………。


 いやっ……嫌だっ……イヤだッ……‼︎


 負けたくない…………俺は……勝ちたいんだ!


 勝たなくちゃいけないんだッ‼︎


 でなきゃ……嘘になってしまう! 俺の、決めゼリフがッ!


 だから俺は負けないッ‼︎


 今日もッ‼︎ 俺はッ‼︎ 勝つゼッ‼︎


 これが、俺のッ! ラストターンだッ‼︎


「一千万円ッ‼︎」


 俺は立ち上がり、番号札を前に差し出し、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


 それと同時に、頭の中で考えていた。


(強力なモンスターを召喚するには、生贄いけにえささげる必要がある)


 ――生贄――


 あらゆるモノを売り払い、あらゆるモノを手放し……あきらめれば、なんとか……。


 いや、この『ブラックドラゴン』さえ手に入れてしまえば。他のレアカードを売ったって、このカードさえあれば勝てる。そして、一度失ったモノも、また勝ち続ければ取り戻すことができる。第四回だいよんかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップで優勝すれば、賞金だって出る……!


 会場全体がざわめいていた。


 負knightも目を見開いてこちらを見ている。


 司会者は木槌を掲げたまま、口をポカンと開けていた。


 後ろで、中年男は深い溜息ためいきをつく。


「負けたよ……」


 勝った……?


 勝った……‼︎


 勝った! 勝った! 勝ったんだッ‼︎ 俺がッ‼︎


「い、一千万円で! 四十四番の方! 落札!」


 司会者が俺の勝利を告げる木槌を、興奮したように何度も叩いた。


 その低い音が、次第に高いはじけるような音に変わる。


 気付くと、周りの人達が立ち上がって拍手を送ってくれていた。隣の人が「おめでとう!」と言いながら握手を求めてくる。


 みんなが俺を祝福してくれている――俺の勝利を――。


 勝利の快感。これがあるから、バトルはやめられない。


 久しぶりに呼吸をしたような気がする。体が軽くて、重圧から解き放たれたような……。


 しあわせな気分だった。






 Ⅲ,two weeks later




 京守キョウモ 勝Zカツゼッこと田中タナカ 勝三カツゾウは公園のベンチに一人座っていた。


 彼は全てを、失ってしまったのだ。



     *



 二週間前、オークションにて一千万円で『破滅をもたらすブラックドラゴン』を落札した勝三は、その購入資金作りの為に、車、家、土地、もちろんカードも、あらゆるモノを売りさばいた。


 貯金も全て使い果たし、なんとか『ブラックドラゴン』を手に入れるも、気付けば妻も子供も家を出て行ってしまっていた。


 まぁ、当の勝三も家を出て行かなきゃならなくなったのだが。


 だが彼は、この時点ではまだ全くあせってなどいなかった。


 この『ブラックドラゴン』を使って勝ち続ければ、一度失ってしまったモノも、全て取り返すことができると、信じていたからだ。


 しかし。その思惑おもわくは、外れる事となる。


 『破滅をもたらすブラックドラゴン』は――勝三がカードを手にしたその日に――使用禁止カードとなることが、マジブレ運営側から発表されたのだった。


 世界中で四枚しか確認されていなかったはずの『ブラックドラゴン』。実は日本のとある収集家コレクターで、ひそかに十五枚所有していた者がいたのだ。


 世界大会である『第三回だいさんかい魔法マジ勇気ブレ世界ワールド選手権チャンピオンシップ』の盛り上がりに「今が売り時だろう」と判断した収集家コレクターは、所有していた十五枚を同時に、世界中のオークションに出品したのだった。


 一夜にして、二千五百万円の金が動いた。――もちろんその内の一千万円は勝三のモノである。


 結果、どういうことになったか。


 負knightを含めて、十六人の『ブラックドラゴン』所有者が生まれてしまった。それと同時に、そのカードを持っているか持っていないかで、極端きょくたんな力の差も生まれてしまったのだ。


 これでは次の世界大会の上位入賞者が所有者ばかりになってしまう恐れがある。


 事態を重く見たマジブレ運営は、『破滅をもたらすブラックドラゴン』をマジブレ初の使用禁止カードにする事を決定したのだ。


 その日の深夜、情報屋からその報せを受けた勝三は、静かに肩を落とした。


 手元に残した数少ないカードは、『ブラックドラゴン』の為に残したカードであった。それを召喚することさえできれば、所有者同士のバトルでない限り、勝利は決まったようなものだったからだ。


 『ブラックドラゴン』無しでは勝ち続けることのできない山札デッキであるということは、勝三自身、誰よりも分かっていた。


 (もう、俺は勝てない――)


 勝三はその日、バトラーを引退することを決めた。



     *



 公園は、子ども達の声でにぎわっていた。


 滑り台の階段を駆け上がる子、ブランコに座って父親に背中を押してもらっている子、シーソーで遊ぶ子。


 母親達は井戸端会議いどばたかいぎ


 みんな、笑顔だった。


 みんな、しあわせそうだった。


 勝三はポケットを探り、唯一手元に残った所有物しょゆうぶつを取り出した。


 それは、『破滅をもたらすブラックドラゴン』。


 勝三はそれをしばらく見つめ、力なくつぶやく。


「なんだぁ……この紙っきれ…………』


 何重なんじゅうにもしていたスリーブからカードを抜き取ると、真ん中からやぶいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 多少勢いでもっていった感じはありましたが、起承転結がはっきりしており、一つの物語として読み応えがありました。 欲をいうと、負knightがラストに絡んでくるともっと全体の繋…
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