ぼこぼこ
「おじーちゃん! 正也! どこ? すぐに出てきて!」
美奈穂の大声が高々とこだました。その声が怒りにあふれているのは第一声から分かるので、二人は固まったまま源三の研究室で縮みあがっている。
出てきてと言っても美奈穂は真っ直ぐに研究室に飛び込んでくる。バタンと開いた扉は無残にひしゃげていた。
「おじーちゃん! 私に何をしてくれたのよ! この馬鹿力って、何なの?」
「あ、いや、あの、護身用じゃよ。業界の人間には怪しそうな奴もいるじゃろうから、いざという時に身を守るための」
「こんな馬鹿力、度が過ぎるわよ! 扉は壊れるわ、人は倒れるわ、椅子はひしゃげるわ……。帰り道なんて切符の券売機壊しちゃうし。もうっ! オーディションなんて、パアだわ!」
そういいながら美奈穂が源三の胸倉をつかむと、見事にシャツが引き裂かれていく。源三は反動でしたたかに床にその身を打ちつけた。
「お、落ちつけ美奈穂! 今、お前は人に触れちゃいかん!」
「誰のせいでこうなってんのよ!」
詰め寄る美奈穂に正也が近づいて、
「とにかく、落ち着いてくれ」
と、美奈穂の方に手をかけようとすると、美奈穂はその手を振りほどこうと片手を軽く振った。すると、正也はその風圧だけで吹き飛ばされてしまう。
「もう! おじーちゃんのせいよ! どうしてくれるのよ!」
美奈穂に肩を押された源三にいたっては、あまりの激痛に肩を押さえてうめき声を上げていた。
「御守り、御守りはどこだ? 作動停止スイッチの御守りは」
源三が肩を押さえ、美奈穂から逃げ回りながら正也に聞く。
「バッグの中には無い。美奈穂が持ってるんじゃないか?」
「美奈穂! 御守りはどうした? どこに持ってる!」
源三は必死に聞くが、
「うるさい! 責任取りなさいよ!」
怒り狂う美奈穂の耳には届かない。しかしその美奈穂の胸にあるポケットから、御守りの袋がチラリとのぞいていた。
「正也! 美奈穂の胸ポケットだ!」
「よし、美奈穂、その御守りをこっちに……」
そう言って正也が美奈穂の胸元に手を伸ばすと、
「何すんのよっ! スケベ!」
平手一発。正也はノックアウト。
「うわーっ。美奈穂、おじーちゃんが悪かった! 頼むから御守りを握ってくれ! 別のオーディションも申し込んであるし、秘策も授けるからー!」
この言葉によって源三はかろうじて、孫娘による撲殺を免れたのである。