あいどる
「アイドルになりたい、じゃと?」
自称発明家、源三は眉をピクリと上げて、不快そうに口をゆがめた。
「そう言ってます。この夏休み中にいくつかオーディションを受けるって言ってましたから」
話相手の少年、正也は公園のベンチに座って、さっきコンビニで買ったかき氷風のアイスを溶けないうちに食べてしまおうと口の中にかきこんでいる。
「では……、美奈穂が先日わしに友達との旅行代をねだったのは」
「交通費じゃないですか? 会場までの」
源三は檻の中の熊のように、正也の周囲をうろうろと落ち着きなく歩きはじめる。
「うぬぬ。あの可愛かった美奈穂がわしに嘘をついて利用するようになるとは」
「源じい、とっくに利用されてますよ? ゴールデンウィーク前にねだった教材費。あれ、アイドルのコンサートチケット買うための金です。ホントに勉強に使うんなら親に頼めばいいんだから。塾の迎えを源じいに頼んでるのも塾の後にカラオケ行ってるからです。こづかい全部それにつぎ込んでるし。親じゃすぐバレるけど、源じいなら終わる時間が遅くなったって言えば単純に納得しちゃうからって言ってましたよ」
正也は幼馴染で片思いの相手、美奈穂の本性を洗いざらい祖父の源三に告げる。
「そ、それでは、この間買ってやったあの丈の短いスカートの服も、そのオーディションに着るために? おじーちゃんが買ってくれたから嬉しいと言ってわしの前で何度もポーズを取ってくれたのに」
そう涙目で語る源じいに正也は無情にも、
「ああ、そのスカート。源じいに選ばせたから、ちょっと短すぎると文句言ってました。源じい、鼻の下伸ばしてたんだろ? でも大人の男のそういう視線を上手くつかむのもアイドルだから、ポーズとる研究材料にちょうどいいんだとか」
「わしをそこまで利用していたのか!」
「その辺は源じいも文句言えないと思うけど。何度俺達を実験台に使ってる。この間の筋力強化ジャージなんて、一分間着ただけで全身筋肉痛になったし」
源三の発明は確かに飛びぬけている。普通では成し得ない物を作り出す。だが利用者の事をまったく考慮しないので必ず多くの問題も引き起こす。天才と何とかは紙一重の例え通りで、源三は明らかに何とかの方に入るだろう。
「何言っとる。どこぞのやつが作った介護用ロボットスーツなんぞより、わしのジャージの方が性能抜群じゃ! 四トントラックも軽々持ち上がるぞ!」
「……バテて使えなきゃ、意味ねーじゃん」
「とにかく美奈穂がアイドルなどとんでもない! あの可憐な脚線美を他の男に晒せば、きっと変態達が手出ししてくるに違いない! 美奈穂の脚線美は、わしだけの物じゃあああ」
自分の変態発言は棚に上げて源三は青筋を立てる。
「正也! おまえ、阻止しろ! 何としてでも美奈穂にオーディションなど受けさせるな」
「嫌ですよ。そんなことしたら美奈穂に恨まれる。源じいだって美奈穂に嫌われたくないから、俺に押し付けてるんでしょ?」
「うぬぬ。お前も美奈穂には惚れとるからな。説得は難しいか。しかしこのままでは心配じゃ……。そうか! 美奈穂にあのジャージを!」
「どこの女の子がジャージ着てアイドルやるんだよ。大体あれじゃ身がもたねーし」
「なんの! それなら改良するまでじゃ!」
そう言って源三は自称研究室に籠った。