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【Side:騎士団長】 かつての友、今の少年

訓練場の隅で、エーヴァルト・シュナイダーは腕を組んでいた。


 異世界から召喚された者たち——「勇者候補」と呼ばれる少年少女が、木剣を振るっている。

 汗を流し、息を切らし、それでも立ち上がる。

 若い。脆い。だが、折れてはいない。


 シュナイダーの視線は、自然と一人の少年に向いていた。


 黒瀬ユウ。

 《記録》という、誰もが「ハズレ」と呼ぶスキルを持つ少年。

 聖印も薄く、期待されていない。

 王も、教会も、彼を「戦力」とは見ていない。


 ——だからこそ、気になる。


 シュナイダーは、長年の経験で知っている。

 派手なスキルを持つ者が、必ずしも生き残るわけではない。

 戦場で最後まで立っているのは、華やかな力を持つ者ではなく——状況を見て、考えて、動ける者だ。


 黒瀬ユウは、その素養がある。

 まだ荒削りだが、確かに——ある。





 昼の休憩。

 シュナイダーは訓練場の端に立ち、召喚者たちを眺めていた。


 神崎という少年が、仲間を集めて何かを話している。

 《聖剣》のスキルを持つ、クラスの中心人物。

 リーダーとしての器はある。だが、視野が狭い。自分の周囲しか見えていない。


 その輪から外れた場所で、黒瀬ユウが壁に背を預けていた。

 眼鏡をかけた少女——相沢しおり——と、何か話している。

 二人とも、クラスの中心にはいない。

 だが、孤立しているわけでもない。静かに、自分たちの場所を作っている。


 ——あいつに、似ている。


 シュナイダーは、胸の奥で何かが疼くのを感じた。


 二十年前。

 まだ自分が一介の騎士だった頃、同じ部隊に一人の男がいた。


 ライナス・ヴェルト。


 剣の才能は平凡だった。魔法も使えなかった。

 だが、戦場で誰よりも冷静だった。

 敵の動きを読み、仲間の位置を把握し、最善の判断を下す。

 「英雄」にはなれない男だったが、「生き残る」ことに関しては誰よりも優れていた。


 ——そして、俺は、あいつを救えなかった。





 記憶が、蘇る。


 あの日。

 魔族の奇襲。混乱する戦場。

 ライナスは、逃げ遅れた民間人を守るために殿を買って出た。


「お前は先に行け、エーヴァルト」


 ライナスは笑っていた。

 いつもと同じ、静かな笑顔だった。


「俺は大丈夫だ。……お前こそ、死ぬなよ」


 その言葉が、最後になった。


 援軍が到着したとき、ライナスの姿はどこにもなかった。

 遺体すら見つからなかった。

 ただ、彼が持っていた剣と——妻から贈られたという、小さなペンダントだけが残されていた。

信じられなかった。ライナスはいつも生にしがみつき、例え敵を倒せなくとも、味方を救えなかったとしても、それでも――


 シュナイダーは、そのペンダントを預かった。

 ライナスの妻に返すつもりだった。

 だが、妻は——ライナスの死を聞いた半年後、病で亡くなった。


 ペンダントは、行き場を失った。

 シュナイダーは、それを二十年間、肌身離さず持ち続けていた。





 午後の訓練。

 シュナイダーは、素振りの手本を見せた。


 足を開き、肩を落とし、剣を上げる。

 呼吸を整え、一気に振り下ろす。

 風が鳴る。木剣が空気を切る音が、訓練場に響いた。


「これが基本だ。まずはこの形を覚えろ」


 召喚者たちが、順番に素振りを始めた。

 神崎はさすがに形になっている。体の使い方を知っている。

 風間は力任せだが、勢いがある。

 篠原は運動神経が良く、すぐにコツを掴んでいる。


 そして——黒瀬ユウの番が来た。


 シュナイダーは、何気なく見ていた。

 期待はしていなかった。《記録》というスキルは、戦闘向きではない。

 せいぜい、形だけ真似できれば上出来だろう——


 ——その考えが、一振りで覆された。


 黒瀬ユウが、剣を振り下ろした。


 風が、鳴った。


 シュナイダーは、目を見開いた。


 ——今の、何だ。


 腕の角度。肩から腕への力の流れ。剣先が描く軌道。

 それが、一瞬だけ——完璧だった。

 素人の動きではない。長年の鍛錬を経た者の動き。

 いや、それ以上だ。俺の動きを、そのまま「再現」したような——


 二振り目。

 今度は、普通だった。

 形は似ているが、力の流れが乱れている。素人の振り方に戻っている。


 ——一振り目だけ、だと?


 シュナイダーは、黒瀬ユウを見つめた。

 少年は、自分の腕を見て、首を傾げている。

 何が起きたのか、本人もわかっていないようだ。


「黒瀬」


 声をかけた。

 少年が、ビクッと肩を震わせた。


「もう一度、振ってみろ」


 少年は頷いて、構えた。

 振り下ろす。

 ——さっきほどではない。

 だが、それでも——何かが違う。

 他の者とは、明らかに違う「何か」がある。


 シュナイダーは、考え込むように眉を寄せた。


「……悪くない。続けろ」


 それだけ言って、次の者の指導に移った。


 だが、頭の中では——別のことを考えていた。





 夜。

 シュナイダーは、自室で窓の外を見ていた。


 月が出ている。

 冷たい光が、石造りの城壁を照らしている。


 ——《記録》。

 ——対象の動作を記録する。


 そのスキルの説明を、思い出していた。

 記録するだけ。再現できるとは書いていない。

 だが、今日の訓練で見たものは——


 ——あいつは、俺の動きを「再現」した。


 一瞬だけ。定着しない、不安定な再現。

 だが、確かに——俺の素振りを、そのままなぞった。


 それが《記録》の真価なのか。

 それとも、まだ覚醒していない、別の力なのか。

 どちらにしても——あの少年には、隠された何かがある。


 シュナイダーは、胸元に手を当てた。

 そこには、二十年間肌身離さず持ち続けてきたペンダントがある。


 ライナス・ヴェルトの形見。

 そして、彼の妻の——遺品。


 ——あいつに、似ている。


 黒瀬ユウの姿が、脳裏に浮かんだ。

 目立たない。期待されていない。

 だが、冷静で、観察力があり、状況を見て動ける。

 そして——周囲から一歩引いた場所にいながら、孤立していない。


 ライナスも、そうだった。

 英雄にはなれない男だったが、生き残ることに関しては誰よりも優れていた。

 ——そして、俺は救えなかった。


 あの日、もっと早く戻っていれば。

 あの日、俺が殿を引き受けていれば。

 何度、そう思ったかわからない。


 二十年経っても、後悔は消えない。

 ライナスの笑顔が、まだ目に焼き付いている。


「お前は先に行け、エーヴァルト」


 あの声が、まだ耳に残っている。





 翌日。

 訓練が終わった後、シュナイダーは黒瀬ユウを呼び止めた。


「少しいいか」


 少年が、緊張した顔で近づいてくる。

 昨日、聖印のことで話したばかりだ。また何かあるのかと、警戒しているのだろう。


 シュナイダーは、訓練場の隅——人目につかない場所に少年を連れて行った。


「……何か、ありましたか」


 黒瀬ユウが、恐る恐る聞いた。


「いや、大したことではない」


 シュナイダーは、そう言って——胸元からペンダントを取り出した。


 小さな金属の塊。

 古びた鎖に繋がれた、シンプルな意匠。

 だが、そこには——二十年分の重みがある。


「これを、お前に預ける」


「……え?」


 黒瀬ユウが、目を丸くした。

 当然の反応だ。見ず知らずの騎士団長から、いきなりペンダントを渡されて、理解できるはずがない。


「お守りだ。……俺の、古い友の形見でもある」


「形見……?」


「二十年前に死んだ。……いや、俺が救えなかった」


 シュナイダーは、自分でも驚くほど——言葉が出てきた。

 普段は口数が少ない。感情を表に出すことも少ない。

 だが、この少年の前では——なぜか、話したくなった。


「そいつは、英雄じゃなかった。剣の才能も、魔法の才能もなかった。だが、誰よりも冷静で、誰よりも状況を見ていた。……お前に、少し似ている」


 黒瀬ユウが、何も言わずに聞いている。

 その目が——真剣だった。


「俺は、あいつを救えなかった。だから、せめて——」


 言葉が、途切れた。

 何を言おうとしていたのか、自分でもわからなくなった。


 ——せめて、今度は。


 そう、言いたかったのかもしれない。


「……このペンダントには、言い伝えがある」


 シュナイダーは、話題を変えた。


「装着者が『大事な人』と心から認めた相手が生きていると、淡く光る——らしい」


「本当ですか?」


「さあな。俺は信じていない。……だが、あいつの妻は信じていた」


 シュナイダーは、ペンダントを黒瀬ユウの手に押し込んだ。

 冷たい金属が、少年の掌に触れる。


「お前に預ける。……理由は、俺にもわからん。ただ、お前が持っていたほうがいい気がした」


「……でも、これは騎士団長の大切なものでは」


「だから、預けるんだ。貸すのではない。お前のものにしろとも言わない。ただ——持っていろ」


 黒瀬ユウが、ペンダントを見つめた。

 古びた金属。二十年分の傷と、二十年分の想いが詰まったもの。


「……わかりました。預かります」


 少年が、静かに頷いた。

 その目に、決意のようなものが灯っている。


「大切にします」


「ああ」


 シュナイダーは、それだけ言って——踵を返した。





 廊下を歩きながら、シュナイダーは自分の胸元に手を当てた。

 二十年間、そこにあったものが——もう、ない。

 奇妙な軽さ。奇妙な寂しさ。


 だが、後悔はなかった。


 ——ライナス。


 心の中で、古い友の名を呼んだ。


 ——俺は、お前を救えなかった。

 ——だが、あの少年は——


 黒瀬ユウの姿が、脳裏に浮かんだ。

 期待されていない。力もない。

 だが、冷静で、観察力があり、諦めていない。


 ——あいつは、生き残る。


 根拠はない。

 だが、そう思った。


 シュナイダーは、窓の外を見た。

 月が沈みかけている。

 もうすぐ、夜明けだ。


 訓練ダンジョンへの出発まで、あと数日。

 あの少年が、無事に戻ってくることを——


 ——祈っている。


 そんな自分に気づいて、シュナイダーは小さく笑った。

 柄にもないことだ。

 だが、悪くない気分だった。


こういうの初めて書きました。文字にすると短いですが、情景をイメージして書くと涙が出てきました。魂を込めて書くとこうなるんだ…。学生の頃に知りたかったな。

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