表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

【Side: 高嶺澪】再襲のヴェリナ

ヴェリナの両手から、紫色の魔力が放たれた。


 ——速い。


 反応すらできない。

 体が動くより先に、衝撃が来た。


 ドォンッ——!


 聖堂の床が爆発した。

 石畳が弾け、破片が飛び散る。

 私は吹き飛ばされ、背中を柱に打ちつけた。


「がっ——!」


 息が、詰まった。

 視界が歪む。耳鳴りがする。

 煙が立ち込め、何も見えない。


「澪!」


 由依の声が聞こえた。

 どこからか、私のところに駆け寄ってくる。


「大丈夫!? 立てる!?」


「う……ん……」


 由依に支えられて、なんとか体を起こす。

 背中が痛い。でも——骨は折れていない、と思う。


 煙が晴れていく。

 聖堂の床に、大きな穴が開いていた。

 祭壇の周囲が、瓦礫になっている。







「ふむ」


 ヴェリナが、つまらなそうに呟いた。


「避けもしなかったか。——つまらないな」


 その言葉に、神崎くんが歯を食いしばった。


「……くそっ!」


 立ち上がる。

 『銀月の剣』を構える。

 膝が震えているのが、わかった。


「神崎! 無茶するな!」


 風間くんが叫んだ。

 彼も『鉄砕の斧』を構えているが——動けていない。

 あの訓練ダンジョンの時と、同じだ。


 体が、覚えている。

 この魔族の前では、何をしても無駄だと。

 心が、恐怖で縛られている。


「——全員、下がりなさい!」


 シスター・エルナの声が響いた。


 彼女が、私たちの前に立った。

 白いローブが、埃で汚れている。

 でも——その背中は、真っ直ぐだった。


「あなたたちを守るのが、私の務めです」


 シスター・エルナが、両手を広げた。

 淡い光が、彼女を包む。

 結界——護りの術式。


「ほう」


 ヴェリナが、目を細めた。


「シスターか。——可愛らしい術だ」


 その手が、軽く振られた。


 ——結界が、砕けた。


「——っ!?」


 シスター・エルナが、よろめいた。

 吐血する。膝が折れる。


「エルナ!」


 護衛の騎士が駆け寄ろうとした——その瞬間。


 ヴェリナの魔力が、騎士たちを薙ぎ払った。

 三人の騎士が、壁に叩きつけられる。

 動かなくなった。







「さて」


 ヴェリナが、ゆっくりと歩いてきた。


 黒い翼が、ステンドグラスの光を遮る。

 深紅の瞳が、私たちを見下ろしている。

 その顔には——退屈そうな笑みが浮かんでいた。


「弱すぎるな、お前たちは」


 一歩、また一歩。

 近づいてくる。


「武器を手に入れて、少しは楽しませてくれるかと思ったが——」


 ヴェリナが、首を傾げた。


 私の胸が、締め付けられた。

 怒りと——悔しさと——それから、何か別の感情で。


「うるさい!」


 神崎くんが、叫んだ。


 その声には、怒りが滲んでいた。

 押し殺していた何かが、溢れ出すような——


 『銀月の剣』が、青白く輝いた。

 神崎くんが、地面を蹴った。


「神崎!」


 坂下くんが叫んだ。

 『賢者の瞳』を通して何か見えたのか、顔が青ざめている。


 でも——神崎くんは止まらなかった。


 剣が、ヴェリナに向かって振り下ろされる。

 渾身の一撃。

 訓練で磨いた技と、『銀月の剣』の力を込めた——


 ——紫の障壁が現れた。


 また、同じだった。

 訓練ダンジョンの時と、同じ——


 ——違う。


 障壁に、ヒビが入った。

 亀裂が走り、砕ける。


「——ほう」


 ヴェリナの目が、微かに見開かれた。


 驚きの色。

 ほんの一瞬だけ——でも、確かにあった。


 神崎くんの剣が、障壁を破壊した。

 『銀月の剣』の刃が、ヴェリナに向かって——


 ——届かなかった。


 ヴェリナが、神崎くんの胸を蹴った。


 軽い動作だった。

 でも——神崎くんの体が、十メートル以上吹き飛んだ。

 壁に激突し、そのまま床に崩れ落ちる。


「神崎くん!」


 私は叫んだ。







「武器だけは一流だな」


 ヴェリナが、自分の手を見ながら呟いた。


 その声には——わずかに、感心の響きがあった。


「戦乙女の遺産か。流石に、少しは効くらしい」


「——今だっ!」


 風間くんが、飛び出した。


 『鉄砕の斧』を振りかぶる。

 巨大な斧が、金色の光を纏っている。

 《剛力》で強化された、渾身の一撃——


 同時に、由依が動いた。


 『疾風の腕輪』が緑色に輝く。

 風を纏って、一瞬で背後に回り込む。

 剣を構え、死角から斬りかかる——


「連携か」


 ヴェリナが、口角を上げた。


 風間くんの斧が迫る。

 由依の剣が迫る。

 前後から、同時に——


 ヴェリナの体が、ぶれた。


 斧が空を切る。

 剣が空を切る。

 二人の攻撃が、交差した——その中心に、ヴェリナはいなかった。


「悪くはない」


 声が、上から降ってきた。


 見上げると——ヴェリナが、宙に浮いていた。

 黒い翼を広げ、私たちを見下ろしている。


「前より、ずっとマシだ。その武器のおかげだろうがな」


 ヴェリナが、指を振った。

 紫の魔力が、風間くんと由依を弾き飛ばす。

 二人が、床に叩きつけられた。


「風間くん! 由依!」


 私は駆け寄ろうとした。

 『癒しの環』が、緑色に輝く。

 《治癒》の力が、二人に向かって流れ出す——


「治癒術師か」


 ヴェリナの声が、冷たく響いた。


「厄介だな。先に潰すか」


 深紅の瞳が、私を捉えた。

 足が、竦んだ。

 呼吸が、止まりそうになる。







 その時——光が走った。


 坂下くんの『賢者の瞳』が、青白く輝いている。


「——左だ! 左脚の動きが遅い!」


 坂下くんが叫んだ。


 相沢さんの『千里の護符』も、同時に光っていた。


「本当だ……左足を庇ってる……!」


 二人の声が、重なった。


 ヴェリナの動きが——一瞬、止まった。


「……なるほど」


 その声には、感心とも苛立ちとも取れる響きがあった。


「前回の傷を、覚えていたか」


 訓練ダンジョンでの戦い。

 シュナイダー団長たちが、左側に集中攻撃をした。

 あの時のダメージが——まだ、残っている。


「それがわかったところで——」


 ヴェリナが、私に向かって手を伸ばした。

 紫の魔力が、その手に集まっていく。


「——何ができる」


 その時。


 神崎くんが、立ち上がった。


 血を吐いている。

 肋骨が折れているのかもしれない。

 それでも——剣を、手放していなかった。


「……まだだ……」


 神崎くんが、壁に手をついて体を支える。

 膝が震えている。血が、口元から垂れている。


「まだ……俺たちは……終わってない……!」


 『銀月の剣』が、再び青白く輝いた。







 ヴェリナが——少しだけ、表情を変えた。


 退屈そうな笑みが、消えていた。

 代わりに——何か別の感情が、深紅の瞳に浮かんでいる。


 興味。

 そして——わずかな、警戒。


 ヴェリナが、私たちを見渡した。


 倒れている風間くん。

 由依。

 立ち上がろうとしている神崎くん。

 弱点を見抜いた坂下くんと相沢さん。

 そして——《治癒》で仲間を支えようとしている、私。


「思っていたより——厄介だな、お前たちは」


 ヴェリナの声が、低くなった。


「武器だけではない。連携も、判断も——素人にしては、よくできている」


 神崎くんの顔が、屈辱で歪んだ。


「素人だと……!?」


「事実だろう」


 ヴェリナが、冷たく言った。


「お前たちは、まだ弱い。私には勝てない」


 その言葉が、聖堂に響いた。


「だが——」


 ヴェリナの目が、細まった。


「このまま育てば、厄介なことになる。それは——認めよう」







 ヴェリナが、ゆっくりと降りてきた。


 床に足をつけ、私たちに向き直る。

 その表情から、退屈の色が——消えていた。


「当初の予定通りだ」


 ヴェリナが、両手を掲げた。


「ここで、まとめて始末する」


 紫の魔力が、その手に集まっていく。

 さっきよりも——ずっと、濃い。


「あいつの言う事も、一理あったな……」


 ヴェリナが、小さく呟いた。


 ——あいつ?


 誰のことだろう。

 その言葉が、頭の片隅に引っかかった。


 でも——考えている余裕はなかった。


「育つ前に摘む。それが、正しい選択だ」


 ヴェリナの魔力が、膨れ上がっていく。

 空気が、紫色に染まっていく。

 これが——本気。


 私たちを、殺すための——本気。







 ——死ぬ。


 直感で、わかった。

 あの魔法が放たれたら、私たちは全員死ぬ。

 避けられない。防げない。


 でも——体が、動かない。


 恐怖で、足が凍りついている。

 声も出ない。

 ただ、ヴェリナの手に集まる魔力を見ているしかない。


 ——その時だった。


「——離れろッ!」


 怒号が、響いた。


 聖堂の入り口から、剣光が走った。

 ヴェリナの横を、かすめていく。


 ヴェリナが——初めて、魔法の詠唱を止めた。

 その瞳に、興味の色が浮かぶ。


 まさか——


 入り口に、男が立っていた。

 鎧に身を包んだ、大柄な男。

 傷だらけで、血を流しているけれど——その目は、鋭かった。


「——シュナイダー団長!」


 護衛の騎士が、叫んだ。


 エーヴァルト・シュナイダー。

 騎士団長。

 訓練ダンジョンで、私たちを守ってくれた人。


 彼の後ろから、騎士たちが次々と聖堂に入ってきた。

 十人——いや、もっといる。

 外で戦っていた騎士団が、ようやく追いついたのだ。







「異世界人に手を出すな、魔族」


 シュナイダー団長が、剣を構えた。


 その声は、低く、重い。

 怒りを押し殺したような——冷たい声だった。


「彼らは、俺の預かりだ」


「騎士団長か。今回は来ていないと思っていたが、まさか後を追ってきたのか?」


 ヴェリナが、魔法の詠唱を止めた。

 でも——魔力は、まだ手に集まっている。


「嫌な予感はやはり当たるな。極秘で後を付いてきたのさ」


 シュナイダー団長が、一歩踏み出した。


 その瞬間——空気が、変わった。


 シュナイダー団長の体から、金色の光が立ち昇る。

 鎧が輝く。剣が輝く。

 訓練の時には見せなかった——本気の、闘気。


「——ほう」


 ヴェリナの目が、細まった。


「面白い。少しは、楽しませてくれそうだな」


 二人の視線が、交錯する。

 空気が、張り詰める。

 息をするのも、苦しいくらいに——







「騎士団、展開! 異世界人を守れ!」


 シュナイダー団長の命令で、騎士たちが動いた。


 私たちを囲むように、陣形を組む。

 剣を構え、盾を掲げる。

 プロの動き。訓練された動き。


「神崎を下げろ! 治療班、ここへ!」


 騎士の一人が神崎くんを抱え上げ、後方に運んでいく。

 私のところにも、騎士が来た。


「高嶺様、こちらへ」


「……っ」


 促されるまま、私は後方に下がった。

 由依も、風間くんも、坂下くんも——みんな、騎士たちに守られている。


 シュナイダー団長だけが、前に残っていた。

 ヴェリナと——一対一で、向き合っている。


「行け」


 団長が、私たちを振り返らずに言った。


「ここは俺が抑える。お前たちは、逃げろ」


「で、でも——!」


 私は叫んだ。


 逃げる?

 団長を置いて?

 訓練ダンジョンの時も、助けてもらった。

 また——同じことを繰り返すの?


「いいから行け!」


 団長の声が、鋭く響いた。


「お前たちが死んだら、誰が戦う! 生き延びることが、今のお前たちの仕事だ!」


 その言葉に——私は、何も言い返せなかった。








 ヴェリナが、私たちを見た。


「逃がすと思うか?」


 その手が、再び掲げられた。

 紫の魔力が——私たちに向けて、放たれようとする。


「——させるかァッ!」


 シュナイダー団長が、突進した。


 剣が振るわれる。

 金色の斬撃が、ヴェリナに向かって飛ぶ。


 ヴェリナが、身を翻した。

 攻撃を避けながら——片手で、魔力を放つ。


 シュナイダー団長が、それを剣で弾いた。

 火花が散る。衝撃波が広がる。

 聖堂の柱が、ひび割れた。


「やるな、人間」


 ヴェリナの声に、初めて——感心の響きがあった。


「光栄だな」


 シュナイダー団長が、剣を構え直した。


「——だが、俺の役目は倒すことじゃない」


 彼の目が、一瞬だけ私たちを見た。


「時間を稼ぐことだ」


 ——その意味が、わかった。


 団長は、勝つつもりじゃない。

 私たちを逃がすために、戦っている。

 命を懸けて——時間を、作ってくれている。


「……っ」


 涙が、滲んだ。


 悔しい。

 情けない。

 何もできない自分が、嫌で嫌で仕方ない。


「澪、行くよ!」


 由依が、私の手を引いた。


「今は——逃げるしかないの!」


 わかってる。

 頭では、わかってる。

 でも——


 私は、走りながら振り返った。


 シュナイダー団長とヴェリナが、剣と魔法を交わしている。

 聖堂が壊れていく。

 柱が倒れ、壁が崩れ、ステンドグラスが砕ける。


 百年の歴史を持つ聖堂が——破壊されていく。







 聖堂の出口に、たどり着いた。


 振り返る。

 中では、まだ戦闘が続いている。

 シュナイダー団長の剣戟と、ヴェリナの魔法が、交錯している。


 ——団長が、押されていた。


 動きが、鈍くなっている。

 傷が増えている。

 さっきまでの鋭さが、少しずつ失われていく。


「くそっ……」


 風間くんが、拳を握りしめた。


「俺たちは……また何もできないのかよ……」


 誰も、答えなかった。

 答えられなかった。


 その時——


 聖堂の中で、ヴェリナの声が響いた。


「——もういい」


 その声には、退屈が滲んでいた。


「使いたくはなかったが、チョロチョロと面倒だ。これで——終わりにしよう」


 ヴェリナが、両手を広げた。


 紫の魔力が——空気を震わせるほど、集まっていく。

 さっきの比じゃない。

 聖堂全体を、包み込むような——巨大な魔力。


「大規模魔法——!」


 坂下くんが、叫んだ。


「あれが放たれたら、聖堂ごと——!」


 ——消し飛ぶ。


 私たちも。

 シュナイダー団長も。

 この場にいる、全員が。


 ヴェリナの口が、動いた。


 詠唱が、始まった。


 空気が、紫色に染まっていく。

 地面が、震えている。

 これが——魔族の、本気。


「——逃げろッ! 全員、離れろッ!」


 シュナイダー団長の声が、響いた。


 でも——どこに逃げればいい?

 あの魔法の範囲から、逃げ切れるの?


 私の体が——動かなかった。


 恐怖で。

 絶望で。


 ペンダントを、握りしめた。

 黒瀬くんから借りた、お守り。


 ——助けて。


 声にならない祈りが、胸の中で響いた。


 ——黒瀬くん。







 ヴェリナの詠唱が、続いている。


 紫の光が、膨らんでいく。

 まるで、太陽みたいに——眩しくて、恐ろしい。


 私たちは——逃げることもできず、そこに立っていた。


 死が、近づいてくる。


 足音のように。

 呼吸のように。

 確実に——


 その時。


 聖堂の外で——別の足音が、聞こえた。


 誰かが、走ってくる。


 こちらに——向かって。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ