表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

【Side: 高嶺澪】英雄聖堂への道

朝日が、王城の窓を染めていた。


 私——高嶺澪は、鏡の前で身支度を整えていた。


 今日は、英雄聖堂への遠征。

 戦乙女の遺産を授かる儀式。

 クラスメイトたちと一緒に、聖堂へ向かう日。


 ——なのに。


 胸の奥が、ざわついている。


 手が、無意識にペンダントに触れていた。

 黒瀬くんから借りた、お守り。

 冷たい金属の感触が、指先に伝わる。


「……黒瀬くん」


 小さく、呟いた。


 彼は、まだ病院だ。

 傷は深くないと聞いている。数日で退院できるとも。

 でも——今日の遠征には、間に合わない。


 それが、なんだか心細い。







 広間に降りると、もうほとんどのクラスメイトが集まっていた。


 騎士団の護衛が、整列している。

 シュナイダーさんの姿は——ない。

 きっと、別の任務があるのだろう。


「澪!」


 由依の声。

 振り返ると、親友がこちらに駆け寄ってきた。


「おはよ。準備できた?」


「うん。なんとか」


「緊張してる?」


「……ちょっとだけ」


 由依が、私の顔を覗き込んだ。

 何かを察したように、目を細める。


「黒瀬くんのこと?」


「——っ」


「図星だ」


 由依が、にやりと笑った。


「もう、わかりやすいんだから」


「別に、そういうんじゃ……」


「はいはい。そういうことにしとく」


 由依は、肩をすくめた。


「でも、大丈夫だって。黒瀬くん、軽傷なんでしょ? すぐ退院できるって」


「わかってる。わかってるけど……」


 言葉が、続かなかった。


 わかっている。

 大丈夫だって、わかっている。

 でも——あの戦闘を思い出すと、胸が締め付けられる。


 ヴェリナに斬られた瞬間。

 血が流れていた光景。

 倒れた黒瀬くんの姿。


 あれが、もっとひどい傷だったら。

 もし、あの一撃が致命傷だったら——


「澪」


 由依の声が、私を現実に引き戻した。


「考えすぎ。黒瀬くんは生きてる。それが一番大事でしょ」


「……うん」


 由依の言葉に、頷いた。


 そうだ。生きている。

 それが、一番大事なこと。


 ペンダントを、ぎゅっと握りしめた。

 早く元気になって。早く戻ってきて。

 そう、心の中で祈った。







「皆さん、おはようございます」


 広間に、柔らかな声が響いた。


 レオノーラ王女。

 金髪を結い上げ、白いドレスに身を包んでいる。

 その姿は、絵画の中の女神みたいに美しかった。


「本日は英雄聖堂への遠征ですね。皆さんにとって、大きな一歩になると思います」


 王女の声は、穏やかだった。

 召喚された時から変わらない、私たちを気遣う口調。


「戦乙女の遺産は、持ち主を選ぶと言われています。皆さん一人一人に相応しい武具が、きっと見つかるはずです」


 クラスメイトたちが、身を引き締める。


「シスター・エルナが聖堂で儀式を執り行います。道中は騎士団が護衛につきますので、安心してください」


 レオノーラ王女が、私たちを見渡した。

 その視線が——一瞬、私のところで止まった気がした。


「……黒瀬さんは、今日は参加できないのですね」


 王女が、小さく呟いた。


「お怪我の具合はいかがですか?」


「あ、えっと……軽傷だと聞いています。数日で退院できるって」


「そうですか。よかった」


 王女が、微かに笑った。


「訓練ダンジョンでの彼の活躍は、報告を受けています。《記録》というスキルは、思っていたより奥が深いのかもしれませんね」


 その言葉に、胸が温かくなった。


 黒瀬くんのこと、ちゃんと見ていてくれている。

 「ハズレスキル」なんて言われていたけど——王女は、彼の力を認めてくれている。


「皆さん、気をつけて行ってきてください。良い報告を、お待ちしています」


 レオノーラ王女が、優しく手を振った。


 その姿を背に、私たちは城を出発した。







 王城の門を出ると、朝の空気が頬を撫でた。


 王都の街並み。

 石畳の道。煉瓦造りの建物。行き交う人々。

 この光景にも、少しずつ慣れてきた。


 でも——まだ、帰りたいと思う。


 日本に。

 元の世界に。

 お母さんやお父さんに、会いたい。


 ペンダントが、胸元で揺れている。

 黒瀬くんが「お守りだ」と言って貸してくれたもの。


 ——早く、返さないと。


 そう思いながらも、手放すのが惜しい自分がいる。

 これを持っていると、黒瀬くんが近くにいるような気がして。


 ……なんで、こんなこと考えてるんだろう。


 首を振って、雑念を払った。







「高嶺」


 声をかけられて、振り返った。


 神崎くんだった。

 列の前方から、こちらに歩いてくる。


「一人で歩いてたけど、大丈夫か?」


「え? うん、大丈夫だよ」


「そうか」


 神崎くんが、隣に並んだ。

 少し、気まずい。


 神崎くんが私を気にかけてくれているのは、知っている。

 でも——私には、そういう気持ちがない。

 どう接していいのか、いつも迷ってしまう。


「今日の儀式——楽しみだな」


「……そうだね」


「戦乙女の遺産。俺にも、いい武器が見つかるといいんだが」


 神崎くんの声には、意気込みがあった。


「俺は——もっと強くならないといけない」


 神崎くんが、前を見据えて言った。


「あの魔族には、勝てなかった。《聖剣》を持っていても、全然ダメだった。だから——今日の儀式で、もっと力を手に入れる」


「神崎くん」


 私は、彼の言葉を遮った。


「あの時、誰も勝てなかったよ。神崎くんだけじゃない」


「……」


「シュナイダーさんたちだって、時間を稼ぐのが精一杯だった。あれは——相手が悪かっただけ」


 神崎くんは、黙っていた。


「だから、自分を責めないで。次は……次こそ、きっと」


「——ああ」


 神崎くんが、小さく頷いた。


「そうだな。次こそ、だ」


 その表情が、少しだけ和らいだ。


「……高嶺?」


「あ、ごめん。なんでもない」


 次なんてなければいいのにーー






 街の中を進む。


 市場を抜けると、道幅が広くなった。

 石畳が整備されて、建物も立派になっていく。


 教会区画。

 白い壁と、高い尖塔。

 ステンドグラスの輝きが、朝日を受けて虹色に煌めいている。


「綺麗……」


 思わず、呟いた。


 異世界。

 こんな状況でなければ、観光みたいに楽しめたかもしれない。

 でも——今は、そんな余裕がない。


「ねえ、高嶺さん」


 相沢さんが、隣に並んできた。

 眼鏡の奥の目が、街並みを見ている。


「黒瀬くん、来れなかったね」


 その言葉に、胸が痛んだ。


「……うん」


「残念だよね。こういうの、黒瀬くんも見たかったと思う」


 相沢さんは、静かに言った。


「黒瀬くんって、こういうの好きそう。歴史とか、遺跡とか」


「……そうかも」


「私、黒瀬くんと『外れスキル同盟』組んでるから。なんとなく、わかるの」


 相沢さんが、小さく笑った。


「早く元気になって、戻ってきてほしいな」


「……うん。私も、そう思う」


 ペンダントを、また握りしめた。


 黒瀬くんがいればなあ——。


 そう思ったのは、何度目だろう。







「前方に、英雄聖堂が見えます」


 護衛の騎士が、声を上げた。


 視線を上げる。


 道の先に——それはあった。


 巨大な石造りの建物。

 古い。とても古い。

 百年以上の時を経て、なお威厳を保っている。


 正面には、大きな扉。

 その上に——戦乙女の彫像。

 剣を掲げ、空を仰ぐ女騎士の姿。


「あれが、英雄聖堂……」


 風間くんが、感嘆の声を上げた。


「でけえな……」


「百年前の英雄の、遺産が眠る場所……」


 坂下くんが、眼鏡を押し上げながら呟いた。


 私も——言葉が出なかった。


 空気が違う。

 王城とも、教会とも違う。

 もっと古くて、もっと重くて——もっと、神聖な何か。


 壁には、戦いの場面を描いた浮き彫り。

 魔族と戦う騎士たち。その中心に、剣を振るう女性——戦乙女。


「……すごい」


 相沢さんが、隣で呟いた。


「これ、全部、百年前のこと?」


「みたいだね」


「なんか……実感湧かないよね。百年前に、こんな戦いがあったなんて」


 相沢さんの目が、浮き彫りを追っている。


 戦乙女。

 魔族の侵略を食い止めた英雄。

 異世界への門を閉ざした伝説の騎士。


 その遺産が——今から、私たちに授けられる。







 聖堂の前に到着した。


 扉の前に、白いローブの女性が立っていた。

 シスター・エルナ。

 召喚の時に、祝福の儀を執り行った人だ。


「皆様、よくいらっしゃいました」


 穏やかな声。

 でも、その穏やかさの奥に——何か硬いものがある気がする。

 前に会った時も、そう感じた。


「これより、英雄聖堂にて武具授与の儀式を執り行います。心静かに、敬意を持って臨んでください」


 クラスメイトたちが、頷く。


「戦乙女の遺産は、ただの武器ではありません。英雄の意志が宿った、聖なる力です。相応しき者にのみ、その力は応えます」


 シスター・エルナが、扉に手を当てた。


 何かの祈りを、唱えている。

 低く、静かに、言葉が紡がれていく。


 ——重い音がした。


 扉が、ゆっくりと開き始める。


 隙間から、光が漏れてくる。

 ステンドグラスの光。

 色とりどりの輝きが、私たちを照らす。


 息を、呑んだ。


 扉の向こうに——広大な空間が広がっている。

 高い天井。巨大な柱。壁一面のステンドグラス。

 そして、中央に——祭壇。


 祭壇の上には、武器が並んでいた。

 剣。槍。弓。盾。杖。

 それぞれが、淡い光を放っている。


 百年前の英雄の遺産。

 それが——目の前にある。


「さあ、皆様」


 シスター・エルナが、振り返った。


「中へ、お入りください」


 聖堂の扉が——開く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ