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弱点の発見と代償

震える足で、一歩を踏み出した。


 何ができるかわからない。

 でも、伝えなければ。

 この情報を——誰かに。


 隣で、相沢さんが蹲っていた。

 恐怖で動けなくなっている——と思った。

 でも、違った。


 相沢さんの目が、開いている。

 眼鏡の奥で、瞳が——光っている。

 《観察眼》を、発動している。


「相沢さん」


 小声で呼んだ。


 相沢さんが、顔を上げた。

 顔は青ざめている。でも、目は——まだ、諦めていない。


「黒瀬くん……」


「見えてる? ヴェリナの動き」


「……見えてる。でも、坂下くんみたいに情報が多すぎて……私の《観察眼》じゃ、全部は処理できない」


「全部じゃなくていい」


 僕は、相沢さんの肩を掴んだ。


「一つだけ、確認してほしいことがある」







「左側」


 僕は、早口で言った。


「ヴェリナの左側。左から攻撃が来たとき、避け方が違う。右からの攻撃より、大きく動いてる」


 相沢さんの目が、見開かれた。


「それって……」


「わからない。でも、もし僕がヴェリナと同じ動きをしようとイメージすると——左側が、見えてない感じがする」


 《記録》の特性。

 動きを記録して、それを再現しようとする。

 そのとき、違和感があった。

 左側からの情報が——欠けているような。


「確認してほしい。《観察眼》で——ヴェリナの視界に、何か問題がないか」


 相沢さんが、頷いた。

 眼鏡の奥の瞳が、さらに光を増す。


 《観察眼》が、ヴェリナに向けられた。







 数秒が、永遠に感じられた。


 ヴェリナは、まだ大技の準備をしている。

 紫色の光球が、さらに増えていく。

 あと少しで、放たれる。


「……見えた」


 相沢さんが、息を呑んだ。


「黒瀬くん、当たりだよ」


「本当か」


「うん。ヴェリナ、自分の視界の左側を——すごく気にしてる。左目……左目が、見えてないのかもしれない」


 心臓が、跳ねた。


 ——やっぱりだ。


 ヴェリナには、弱点がある。

 左目が見えていない。

 だから、左側からの攻撃に対して、反応が大きくなる。

 見えない分を、動きで補っている。


「シュナイダーさんに伝える」


 僕は、立ち上がった。


「待って、黒瀬くん——!」


 相沢さんの声を背に、走り出した。







 シュナイダーは、地面に膝をついていた。


 限界だった。

 体力も、気力も、使い果たしている。

 それでも、剣を手放していない。


「シュナイダーさん!」


 僕は、シュナイダーの傍に駆け寄った。


「何だ、黒瀬……お前は逃げろ……」


「弱点がわかりました」


 シュナイダーの目が、見開かれた。


「左です。ヴェリナの左目——見えてないんです。左側からの攻撃に、反応が遅れる」


 シュナイダーは、一瞬だけ黙った。

 それから——笑った。


「……そうか。お前、よく見てたな」


「左側に集中攻撃できれば、隙が作れるかもしれません」


「ああ。わかった」


 シュナイダーが、立ち上がった。

 体は震えている。

 でも、目に——光が戻っている。


「全員に伝える。お前は——」


「僕も手伝います」


「馬鹿を言うな。お前は——」


「今、動けるのは僕と相沢さんだけです。神崎たちは無理だ。騎士さんたちも倒れてる」


 シュナイダーが、僕を見た。

 何かを言おうとして——やめた。


「……わかった。だが、前には出るな。伝令だけだ」


「はい」







 シュナイダーが、声を張り上げた。


「聞こえるか! まだ動ける者は——左だ! 左側から攻撃しろ!」


 倒れていた騎士たちが、顔を上げた。

 何人かが、よろめきながら立ち上がる。

 まだ——戦える者がいた。


「左側?」


 篠原さんが、剣を構え直した。


「左目が見えてないの! 左から攻撃して!」


 僕が叫んだ。


 篠原さんの目が、光った。

 恐怖が——怒りに変わる。


「——わかった!」


 《疾風》が発動する。

 篠原さんの体が、風のように加速した。


 ヴェリナの左側へ——回り込む。







「何のつもりだ」


 ヴェリナが、僕たちを見下ろした。


「まだ、抵抗するのか。無駄だと——」


 その言葉が、途切れた。


 篠原さんが、左側から斬りかかった。

 同時に、シュナイダーと騎士たちが、左側に集中する。


 ヴェリナの動きが——一瞬、乱れた。


「っ——!」


 障壁が、遅れて展開される。

 篠原さんの剣が——かすった。

 ヴェリナの頬に、赤い線が走る。


「……血」


 ヴェリナが、自分の頬に触れた。

 指先が、赤く染まっている。


「私の血を、見たな」


 ヴェリナの目が、細まった。

 余裕の笑みが——消えている。


「いつ気づいた。誰が気づいた」


 その視線が——僕を、捉えた。


「お前か」







 背筋が、凍った。


 ヴェリナの視線。

 深紅の瞳が、僕だけを見ている。

 殺意が——直接、突き刺さってくる。


「ゴミのような能力だと思っていたが……《記録》か。見ているだけで、弱点を暴く」


 こいつ何故僕の能力を?神崎の聖剣の能力も知っていたし一体どういうーー

 ヴェリナが、僕に向かって歩み出した。


「お前は、生かしておけないな」


「黒瀬! 逃げろ!」


 シュナイダーが叫んだ。


 でも、足が——動かない。

 ヴェリナの視線に、縛られている。


 大技の準備は、中断されていた。

 僕たちの攻撃で、集中が途切れたのだ。

 でも——代わりに、僕が標的になった。


「今すぐ撤退しろ! 全員、走れ!」


 シュナイダーの声が、響いた。


 クラスメイトたちが、動き始めた。

 風間を担いで、坂下を引きずって、高嶺さんの拘束が——解けている。

 大技の準備を中断したことで、魔力が弱まったのだ。


 みんなが、出口に向かって走っている。


 僕も——走らなければ。


 足が、動いた。

 体が、反応した。

 出口に向かって——駆け出す。


 背後で、風を切る音がした。







 痛み。


 右肩に——激痛が走った。


 何が起きたのか、一瞬わからなかった。

 振り返ると、ヴェリナが——爪を振り下ろしていた。

 僕の肩を、かすめて。


 血が、噴き出す。

 温かい液体が、腕を伝って流れ落ちる。


「っ——!」


 声にならない悲鳴が、喉から漏れた。


 痛い。

 痛い。

 こんな痛み、初めてだ。


「逃がさないと言った」


 ヴェリナが、もう一撃を振りかぶる。


 ——終わりだ。


 そう思った瞬間、シュナイダーが割り込んだ。


「黒瀬を連れて逃げろ!」


 シュナイダーの剣が、ヴェリナの爪を受け止める。

 火花が散る。金属が軋む音。


「お前も、しつこいな」


「騎士団長を、舐めるな……!」


 シュナイダーが、渾身の力で押し返す。

 ヴェリナが、わずかに後退した。


 その隙に、誰かが——僕の腕を掴んだ。


「黒瀬くん! 走って!」


 篠原さんだった。

 僕の腕を引いて、出口に向かって走る。







 走った。


 右肩が、燃えるように痛い。

 血が、止まらない。

 視界が、ぼやける。


 でも、足は——動いていた。

 篠原さんに引っ張られながら、走り続けた。


 背後で、戦闘の音が聞こえる。

 シュナイダーが、まだ戦っている。

 僕たちを逃がすために。


 出口が——見えた。


 光。

 外の光。


 もう少し。

 もう少しで——







 ダンジョンの外に、転がり出た。


 空が、見えた。

 青い空。白い雲。

 眩しい。


 地面に、倒れ込んだ。

 体が——もう、動かない。


 右肩の痛みが、全身に広がっている。

 血が、土に染み込んでいく。

 意識が——遠くなる。


「黒瀬くん! 黒瀬くん!」


 誰かが、叫んでいる。

 高嶺さんの声だ。


「《治癒》……《治癒》!」


 温かい光が、肩に触れた。

 痛みが、少しだけ——和らいだ。


「止血だけ……応急処置だけ……! ちゃんとした治療は、病院で……!」


 高嶺さんの声が、震えている。

 泣いているのだろうか。


 僕は——目を閉じた。


 みんな、生きてる。

 逃げられた。

 それだけで——十分だ。


「シュナイダーさんは……?」


 声が、かすれていた。


「来ました! シュナイダーさんも、出てきました!」


 相沢さんの声だった。


 ——よかった。


 全員、生きてる。

 死者は——いない。


 意識が、遠くなっていく。

 でも、胸の奥に——温かいものがあった。


 僕の情報が、みんなを救った。

 《記録》が——役に立った。


 それだけで——







 気がついたとき、僕は担架に乗せられていた。


 騎士たちが、僕を運んでいる。

 王都に向かっているのだろう。


 空が、流れていく。

 青い空。白い雲。


 右肩が、まだ痛い。

 でも、高嶺さんの《治癒》のおかげで、出血は止まっている。


「黒瀬」


 シュナイダーの声がした。


 顔を向けると、シュナイダーが——隣を歩いていた。

 体中に傷を負っている。

 でも、自分の足で歩いている。


「よくやった」


 シュナイダーの声は、低かった。

 でも、その言葉には——重みがあった。


「お前の冷静さと観察力がなければ、全滅していた」


「……たまたまです」


「たまたまでも、結果は変わらない。お前が——皆を救った」


 シュナイダーが、僕の手を握った。

 硬い、ごつごつした手。

 騎士の手だ。


「休め。病院で、ちゃんと治療を受けろ」


「……はい」


 目を閉じた。


 意識が、沈んでいく。

 痛みと、疲労と、安堵が——混ざり合っている。


 みんな、生きてる。

 僕も、生きてる。


 今は——それだけでいい。







 王国の病院。


 白い天井。消毒の匂い。硬いベッド。


 目を覚ましたとき、僕はそこにいた。


 右肩には、包帯が巻かれている。

 痛みは、まだある。でも、動けないほどではない。


 窓の外は、もう夕暮れだった。

 オレンジ色の空が、病室を照らしている。


「……生きてる」


 呟いた。


 自分の声が、やけに小さく聞こえた。


 あの戦い。

 ヴェリナという、化け物。

 あれが——本物の敵。


 僕たちは、まだ——弱い。

 あんな敵が、他にもいるのなら——


 でも、今は——考えるのをやめよう。


 生きてる。

 それだけで、十分だ。


 目を閉じて、僕は——再び、眠りに落ちた。

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