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不香の国と春告げの君 -2-

そういえば今更なんだけど春告編から急に一人称じゃなくなってますね。

何で描き方変えてんだろうね



 長い船旅であった。

 航海の途中からイーハイは、あと何日で目的地である『東極国』着くかなどは、甲板の上で船員が話していたのをぼんやり聞いて、それで判断していた。

 流石は東の極と書く国だ、その距離は計りしれず。

 何度も途中の大陸や島に停泊しては、イーハイの提案で定期船となったこの船に乗り込んだ乗客を降ろしたり、次の航海の為の食料や水の確保が行われ、その間に港町や島の中に存在する宿に滞在したり観光をしたりで、既に充実した休暇を過ごせていたので、実際に何日経ったのか、イーハイは数えることをしていなかった。

(これで、まだ目的地には着いてないんだよなぁ………)

 甲板から揺れる波を見てこれまでの観光の思い出を振り返りながら、イーハイはそんなことを思っていた。

「なんじゃ、若人。思い出に浸っておるのかね」

 そこに、アマノが通り掛かって彼に声をかけてきた。

 イーハイは手すりから腕を離すと、アマノの方へ向く。

「ん。よくわかったね」

「お主は顔に出やすいからの。大方、今の状態が退屈なんじゃろうて」

「海釣りでも出来たらなぁとは」

「ほほ。残念ながらただの客船じゃ、諦めることじゃな」

「そりゃ、そうだね」

「………のぅ、イーハイよ」

「ん? 何?」

「気づいておるかね?」

「……………東に行くにつれて、寒さが増してるって話?」

「うむ。」

「リューンからこんなに離れてるんだし、単純に季節が違う………って、顔じゃなさそうだね」

「うむ。………この時期に、この海域がこのような肌寒さであることはあまり無い。………異常気象とやらは、これのことを言っているのかもしれんな。」

「時差は?」

「七時間ほどじゃ。」

「………………じゃあ、季節は普通に春だね。別の世界の『地球』って場所だと、地域によっては夏と冬が逆だったりするらしいけど」

「少なくともこの世界にそのサイクルはないのぅ」

「そこらへんはおーなーのほうが詳しいか」

「そうじゃな。気になるなら、聞いてみたらどうじゃ?」

「そうするよ。」

「─────さて、見えてきたぞ。」

 アマノが、船首の方を見て口角を上げる。

 イーハイも倣って、選手の方を見てみれば。

 そこには大きな島の影が薄い霧の向こうに現れていた。

「あの島の影こそ、『東極国』。………リューンでは、神秘の島国と呼ばれておる、その名の通り、地図の最東端の国じゃ。」

 アマノの言葉の後ろで、船員たちが騒がしくなる。

 船はあと数時間もしないうちに、あの島の港へ辿り着くだろう。

 イーハイはそう思った。

「儂らも下船の準備をしなくてはな」

「そうだね。……でも、先に部屋に戻っててくれる? ………もう少し、風に当たりたいんだ」

「うむ。承知した。慌てて降りるなんてことがないようにの、時は有限じゃからな」

 アマノはそう言うと、片手を上げてその場から去っていく。

 イーハイも片手を上げてそれを見送ると、船首の方へと足を向けて、そこから海の向こうを見る。

 ………海から来る冷たい風がイーハイの頬を撫でたり、軽く叩いていく。

 島の影は、旅人たちを迎え入れようとするのか、はたまた霧に身を隠そうとして歓迎をしていないと考えるべきか。

 イーハイは、何とも言えない気持ちを少しだけ胸に、徐々に近づいていく島を見ていた。






 ◇◇◇◇◇






「………雪だ……。」

 『東極国』の桟橋の上で、イーハイはそう呟いた。

 彼を出迎えたのは、うだつの町並みと─────それを覆う雪であった。

 イーハイの立つ桟橋も例外ではなく、端のほうにではあるが、木の所々に白い結晶が残っていた。

「異常気象とはこれのことでしたか」

「ルッツ。………そう、みたいだね」

「とりあえず、宿に急ぎましょうか。この状態を見ると、いつ雪が降るか分からなそうですから」

「ん。分かった。他の皆にも早めに荷物を下ろすように伝えてくるよ」

「分かりました。私は少し、町の方へ行ってみます」

「よろしく」

「ええ」

 ルッツがローブの裾を風に遊ばせて町の方へ歩いていくのを見送ったイーハイは、一度船内へ戻る。

 他の乗客や慌ただしく動く船員とすれ違いながら船の中の廊下を歩いていき、自分たちが借りていた部屋の扉を開ければ、荷をまとめている仲間たちの姿がある。

「ん……? どうした? イーハイ。……先に降りたんじゃなかったか?」

 イーハイの姿を見たニックスが声をかけてくる。

 イーハイはそれに頷きながら口を開いた。

「そうなんだけど、ルッツが「またいつ雪が降るか分からない状況だから、早めに宿に行こう」って。それを伝えに来たんだ」

「えーっ!! 雪ぃ!? 勘弁してよね………。だから寒かったのか、もー!」

 寒さが苦手なおーなーが真っ先にそのように反応したのを見て、イーハイは苦笑いする。

「それでずっと部屋から出なかったの?」

「寒くて動けないんだもーん……。」

 実際に、今おーなーがいる場所は備え付けられたベッドの上に丸められた毛布の中で、唯一荷がないからかずっとそこにいたようだった。

 イーハイからすると、柔らかい羽根に覆われたひよこの姿をしていることと、そもそも悪魔の能力で寒さくらいどうにかならないのかと多少思ってはいるのだが。

 どうやら当事者のおーなー曰く、『後天性』でそのような種族になったものは元々の体質が反映されることがあるらしく、どうにもできないという話だったので、仕方ないよなとイーハイは結論づけていた。

「えっと、皆……荷物の方は?」

「儂は纏め終わったぞ。」

「俺も問題ねぇよ」

 アマノとニックスが自分の荷物を手に立ち上がり、その後イーハイがマキシマの方を見れば、マキシマもリュックサックを背負って立ち上がったところだった。

「ん。皆、大丈夫そうかな」

「ぴー…動かなきゃだめ……?」

「温泉に行くんじゃなかったの?」

「ぴ……。行く……」

 おーなーがもそもそと毛布から這い出ようとするが、やっぱり寒いらしい。動きが鈍かった。

 仕方ないな、とイーハイが近づこうとすると、ベッドの近くにいたマキシマが毛布ごとおーなーを抱き上げた。

「ぴ?」

「もしかして、君が連れて行ってくれるのか?」

 イーハイが聞くと、マキシマはこくこく、と首を縦に振った。

「分かった。おーなーのことはマキシマに任せるよ」

「………………マキシマ、………ありがと」

 マキシマはこくり、と頷いた。

「それじゃ、皆。行こうか。ルッツと合流しよう。先に町の方で聞き込みしてくれてるから」

 彼らは全員で頷きあうと、それぞれ船室の扉に歩いていき、後にした。

 船を降りるのだろう他の乗客の後を歩いて、船の外に出て桟橋へ降りる。

 相変わらず、視界の中で白い結晶の纏わりつく桟橋と、桟橋向こうの町を覆う白………そして、ゆっくりと撫でるように吹く冷たい風が彼らを迎える。

「おお、これは……」

 そう呟くアマノの息を風が白く染めて攫っていく。

「…………………ぴー……?」

 同じく、おーなーもマキシマの抱える毛布の中で声を上げた。

「………二人とも、どうかした?」

「……いや、………気になることはあるんじゃが、………うーむ」

「まぁ、気にしないほうがいいんじゃない。」

「……アマノとおーなーが言うとちょっと気になるんだけど……」

「おお、すまんすまん。………まぁ、深い意味にならないことを祈るくらいじゃな」

「どうだろうねー、だってイーハイだし」

「どういう意味!?」

「………まぁ、珍しくこいつらの言い分が分からねぇでもねぇな」

「ニックスまで!? ………マキシマぁ………って、目を合わせてくれない!!」

 泣きそうになるイーハイを見ながら、アマノとおーなーは盛大に笑いだし、ニックスは頭を掻いた。マキシマはというと、イーハイのそんな様子に罪悪感があるのか、何処となくわたわたしていたが。

「おや、楽しそうですね」

 彼らが声がした方を向けば、ちょうどルッツが町の方から桟橋に歩いてきたところだった。

 おーなーが毛布の中から彼の姿を見て、声を掛ける。

「あ、ルッツじゃん。先に町に行ってたんだっけ?」

「ええ。面白い話が色々と。あと、チケットに書かれていた宿の位置も確認してきました。少し歩くことにはなりますが……」

「宿の名前……って、確か……何じゃったかのぅ?」

「『福楽亭』です。大きな狸の置物のある宿でしたね」

「なるほど、目印としてはありがたいな」

「ええ。大通りの宿の一つですから、なおさら。」

「じゃあ、ルッツ。案内を頼んでもいいかな。君が聞いてきたことも確認したいし」

「分かりました。皆さん、付いてきて頂けますか?」

 ルッツの問いかけに、仲間たちは頷く。

 再び町の方に向き直り歩き始めたルッツの背中を追うようにして、彼らは桟橋から町の中へと足を運び始めた。






 ◇◇◇◇◇






「雪が降り続けているのは、今から二ヶ月ほど前からだそうです。……時期的に、冬明けくらいからとの話でした」

 どこか、懐かしさを覚えるような町並みの中を歩きながら、ルッツがそのように切り出した。

 町の様子は、人通りは多く喧騒もそれなりにあるものの、何処となく静かな印象をイーハイは覚えていた。

 言ってしまえば、『活気がない』。

 そう言葉にするのがどちらかといえばしっくりくる程度には、何か、うっすらとした寂しさすらあった。

「二ヶ月……か。春の季節のほうが先に終わっちゃいそうだね」

「もう一月経てば、梅雨の時期に入ってしまうので、かなりの異常事態でしょうね」

「地球なら、三月くらいに雪が降ることは稀にあったけどねー。」

「おーなーのいた頃の地球ってそうだったの?」

「地球というか、住んでた場所がそんな感じだったんだよね。夏とかになると、毎年記録上の最高気温が上書きされてくみたいな」

「………地球のほうが異常気象酷くねぇか?」

「確かに」

「確かにって……興味なさそうだな、おーなー……」

「だって関係ないしー」

「………まぁ、そうか………」

「しかしのぅ、春といえば農業も盛んになる時期じゃろうて。このような状態ではのぅ」

「ええ。………町に活気がないのは、それも影響しているようです。辛うじて、他の大陸との貿易で賄えてはいるようですが……」

「………ここから売るもんがねぇから、それもこれが続くなら……ってことか」

「そういうことですね。元から雪国であるなら、また違ったのでしょうが……ここは四季の移り変わりで作物などの育てられる時期をコントロールしているようなので」

「………………………。」

 イーハイは、無言でもう一度町の中を見る。

 商魂逞しいと言うべきか、酒屋らしい店や野菜類、魚などを売り出している店の店主や店員達は声を張り、通行人達には宣伝をしている。

 足を止めて買い物に勤しむ町人たちも居たが、………何人かの顔には、疲労や不安が少しだけ見て取れた。

 あくまでも、それは今の話を聞いたイーハイが自分でそういうふうに見てしまっているだけかもしれない、という思いも無くはなかったが、彼の胸中を支配する強烈な違和感が、現実のように思わせていた。

「あ、見えてきましたよ。皆さん、あれが目的の宿です」

 ルッツの言葉に、はっ…となって、イーハイが前を向けば、ルッツ越しの道の向こうに、彼が言っていた大きな狸の置物が置かれた建物が見えた。

「あれが、『福楽亭』?」

「ええ。宿の亭主には話を通してあります。直ぐに部屋に案内して頂けるかと」

「ぐへー、長かったー。ずっとマキシマに持っててもらうわけにもいかないし、早く行こー」

「体も温めたいですしね。温泉は二十四時間、いつでも入れるようですよ」

「なにそれサイコー! イーハイ、とっとと行こう! 今すぐ!」

「はいはい、抱えてもらってる身で急かさない。……って、マキシマも楽しそうだな。」

 そんな空気のまま、彼らは宿の前に辿り着くと、『宿』と描かれた分厚めの暖簾をくぐり抜ける。

 その足音に気がついたのか、緑の和装に身を包んだ若い男性がイーハイたちの方へ振り向いた。

「ああ、お客さん。いらっしゃいまし。……ええと、ルッツさん……でしたっけ。そしてそちらはお話にありましたお仲間の方でらっしゃいますなぁ?」

「ええ。今日から少しの間、宜しくお願い致します。………イーハイ、こちらはこの宿の亭主の設楽さんです。」

「あ、どうも。……王都リューンの宿屋『こもれび』の冒険者のイーハイ=トーヴです。お世話になります」

「これは、どうもご丁寧に。ありがとうございます。私は設楽言います。若輩者ではありますがねぇ、この宿仕切らせていただいてますわ。来ていただいたからには、お持て成しは十分にさせていただきますんで、どうぞごゆっくりなさっていってくださいなぁ。」

 設楽、と名乗ったその宿の亭主は、よくよく見れば不思議な出で立ちをしていた。

 さっと見れば普通の人間と変わらないが、よく見れば、耳が人の耳ではなく、動物のもののような耳をしていた。

 それから特徴的なのは、開いているかどうか分からないほどの細い目。

 ゆったりとして緩い口調も相まって、独特の雰囲気を持ってそこに立つ、……おそらく半獣人の男性。

 そんなことを思って見つめるイーハイの視線に、設楽は「あぁ」と声を上げる。

「これ、気になりますよなぁ。私、これでも『狸獣人族』なんですわ。人の血のほうが濃いもんで、その特徴はこれくらいなもんですがねぇ」

「ああ、すみません。つい、見てしまって。そうなんですね」

「いえいえ。よぅある話ですわ。でも、『りあくしょん』薄いですなぁ。流石は冒険者さんといったところですわ。………さて、」

 設楽はそこで、パン、と手を鳴らす。

「ちょいと、春那ちゃーん! 来ておくれへんかなぁー?」

「…………はーい!」

 設楽の呼びかけに、数拍遅れて、元気な女性の声が遠くから聞こえてきた。

 そして、ぱたぱたという足音が近づいてくると、廊下の向こうから一人の女性が慌てて姿を現した。

「春那ちゃん……そんな急がんでも良かよ? この人ら、別に厄介なお客さんやないからなぁ」

「あ、ごめんなさい。お客様をお待たせしたら悪いと思って」

「まぁ、その心意気は立派や。ありがとうね。………手は空いてはる?」

「はい、今は大丈夫です!」

「それなら、この方々の案内頼みますわ。……えーと、三階の『初日の間』にご案内して差し上げてなぁ」

「『初日の間』ですか! 分かりました。鍵も皆さんに人数分お渡し致しますね」

「頼みますねぇ。それじゃ皆様、改めてごゆるりとお過ごしくださいまし。食事については、仲居の誰でも良いのでお声掛けくださればご用意致しますので、お気軽にぃ。……それではぁ。」

 設楽はそこで、丁寧にお辞儀をすると、奥の方へ別の仕事をしにいったようだった。

 それを見届けた春那という女性がイーハイたちに向き直る。

「えっと……ようこそ、『福楽亭』へ! 私はこの宿で仲居をさせて頂いています、望月春那と申します! どうぞ、お気軽に春那とお呼びください!」

「望月春那さん、ね。イーハイ=トーヴです。仲間共々、お世話になります」

「はい! それでは、さっそくお部屋の方に案内させて頂きます。こちらへどうぞ! あ、良ければ履物はそちらの靴置き場の方に……鍵もありますので、ご活用ください」

 イーハイたちはとりあえず、それぞれブーツなどを木製の靴箱にいれたり、あるいは自分で袋などに入れて、履物をどうにかすると、ようやく宿の床に足をつける。

 足裏から多少木のひんやりとした感触を感じたが、同時にイーハイは、少しだけ安堵の気持ちを覚えて小さく息を吐いた。

 彼らはそのまま、春那に案内され、宿の中を進んでいく。

「あの、春那さん」

「はい! どうされましたか?」

「この宿には、よく冒険者は泊まりに来るんですか?」

「いえ、滅多に無いですね。なので、とても久しぶりなんです! リューンほどの遠くからのお客様自体、殆どいらっしゃらないので……」

「そうなんですね。」

 春那と話しながら、イーハイは彼女に好印象を覚えていた。

 少し緊張はしていそうなものの、受け答えははきはきとしていてとても丁寧に感じていた。

 勿論、あくまでイーハイの印象であって、もっと物静かな店員を望む客もいるだろうが、イーハイにとっては心地良い距離感の相手であった。

 何より、彼女の明るさと笑顔は今のこの雪国と化しているらしい、少し物悲しさすら感じる『東極国』の中では温かいものに感じる。

 彼女の髪に付けられた揺れる桜のかんざしを見ながら、イーハイはそう思った。

 そのような話をしながら、やがて一行は、廊下の突き当たりへ辿り着く。

 そこにあったものを見て、おーなーが「え?」と声を上げた。

「何これ、エレベーター?」

「はい、これは精霊の元素の力で動く『えれべーたー』という絡繰です! これで、三階までご案内しますね。」

「うむ。『北倭国』と『東極国』の独自の動力文化じゃの。と言っても、この技術が本格的になったのは千年前じゃが。ほんに、発展したのぅ。この国は……」

 彼らがエレベーターの絡繰に乗り込むと、春那が壁にあるボタンを操作し、それはゆっくりと上昇を始めた。

 上昇と共に、エレベーターの一角の窓から見える街並みが少しずつ下へと下がっていくのを、イーハイは何となしに見ていた。

 …………やはりといえばいいか、高い場所から見る、立ち並ぶ家々のその屋根には、雪が疎らに残っている。

 本来ならば情緒的であろうその風景も、『季節外れである』というだけで引っかかるのだから、人の気持ちはままならないものだな、とイーハイはぼんやり考えていた。

 程なくして、エレベーターはポン、という軽い音声と共に上昇を停止した。

 扉がカラカラと音を立てて開き、三階の廊下の姿を彼らの前に現した。

「こちらが、今回お客様にお泊まりいただく『初日の間』になります!」

 そう言いながら、エレベーターから廊下に出たばかりの彼らに、春那は一つのドアを指し示した。

「え? エレベーターの目の前? ……っていうか、なんか部屋数少なくない?」

 おーなーが廊下と部屋を隔てる扉の数を見ながら、そう言うと、春那が頷きながら口を開く。

「えっ、あ、はい。それは、うちの宿で一番いいお部屋ですから……。広くお使いいただけるように、三階には三つしかお部屋を設けていないんです。なので、一つは狭めの仲居さん用の待機部屋になります。御用のあるときは、そちらの呼び鈴で部屋の中の者をお呼びいただければ………」

 春那の言葉に、イーハイはぽかん、とした表情になった後、バツの悪そうな顔になって頭を掻く。

「………………アルデファードさん、オレたちに恩着せるつもりでやってる……? お礼じゃない気がしてきた……」

「………私もそう思います」

 イーハイとルッツは春那に聞こえないようにやりとりをする。

「えと、何か不手際が……?」

「あー! いや、何でもない! あっ、違う、何でもないです! 思ったより豪華な部屋みたいだから、ちょっと尻込みしちゃって……」

「冒険者は言うほど儲かりませんから、中々このような場所に縁が無いのもありまして。」

「あ……そうなんですね! それなら、なおさらうちの宿で、ゆっくりと旅の疲れを癒してください! 宿のみんなで、最高のおもてなしをさせて頂きますね!」

「あ、ありがとうございます……?」

「イーハイ、そこ疑問形は変ですよ」

「ねー、ねー。早く部屋に入ろうよー。ワイ、ずっとマキシマに持ってもらったままなんだけど」

「あー、うん……そうだね。それじゃあ、お邪魔します」

「はい! 私の方は、下で仕事がありますので……一度、失礼させて頂きますね! それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ。」

 春那はそこまでいうと、丁寧にお辞儀をしてからエレベーターに乗り込み、エレベーターの操作後にまたイーハイたちの方に向き直ると、エレベーターの扉が閉まりきるまでお辞儀の姿勢を崩さず、そのまま下へと降りていった。

「とりあえず、部屋に入ろうか」

 イーハイは貰った鍵を手に取ると、先ほど示された扉に近づき、その鍵穴にそれを挿して回す。

 かちり、という軽い音の後、イーハイは鍵を抜いて、ドアノブを回した。

 その向こうに広がり、まず出迎えたのは木製の玄関口のような作りの入り口と、恐らく部屋に備え付けられた手洗い場や浴室などに続くのだろう扉と、恐らくメインとなる部屋に続く大きめの襖。何かまでは分からないが、もう一つ小さめの襖があり、こちらは布団置き場か何かだろう……と、イーハイは思った。

 イーハイが先に扉の中へ体を滑り込ませると、仲間たちもそれに続く。

 後ろがつかえないように、イーハイはさらに奥へ進んで、大きめの襖に手をかけて、横へスライドさせる。

「う、わ………」

 そこには、広々とした畳の部屋があった。中央には長方形の大きなちゃぶ台が設置されていて、その周りには柔らかそうな座布団が置かれている。

 部屋の奥には、街を一望できる窓と、その周囲には寛げるだろう低めの椅子が二個と、テーブルが一つ。

「へー、地球の旅館みたーい」

 マキシマと一緒にイーハイの後ろから部屋を覗き込んだおーなーがそう言ったのを、イーハイは半分呆けながら聞いた。

「イーハイ? 大丈夫か?」

 ニックスに顔を覗き込まれて、ようやくイーハイは戻ってくる。

「や、うん。………雑魚寝はしなくて済みそうだなって」

「どういう感想だよ……」

 ニックスが苦笑しながら、近くの壁際に荷物を降ろして、手早く中身を広げていく。

 イーハイもそれを見て、近くに荷物を置いてから部屋の中を自分の足で歩いて、改めて見て回る。

 足の裏に伝わる畳の感触も相まって、安心が体を伝っていくような気分を感じた。

「イーハイー! 温泉行こ、温泉! マキシマに包んでもらってたけど、やっぱ体温めたいー! 温泉温泉ー!」

 ぱたぱたと翼をはためかせて興奮気味におーなーがイーハイの前に来る。

「イーハイ、私も温泉が気になります。入りたいです」

「え、ルッツも?」

「はい。好きですから、温泉。」

「…………み、皆は?」

「儂も入りに行きたいのぅ。何せ、船旅続きでろくに湯船につかってないしの。」

「そうだな。俺も流石に、清拭だけってのはキツい」

 アマノとニックスの言葉を聞いた後、イーハイがマキシマの方へ顔を向けると、既に彼は行く気満々なのか、頭に手ぬぐいを乗せてイーハイのことを見つめていた。

 行きたいらしい。

「皆が乗り気なら、このまま準備して温泉に行こうか。」

「わーい! 温泉ー! イーハイサイコー!」

「こ、こういう時だけ調子いいな、君……」

「どうせなら、着替えも持っていきましょうか。こちらで過ごすのに丁度良いものを向こうで例の方がご用意してくださいましたから」

「あ、和服用意してくれたんだっけ。そうだね、それ持ってこうか」

「例の方ってまさかあの……」

「シッ! ニックス、思い出したら祟られるぞー!」

「おーなー、あのオカマの事なんだと思ってんだ……」

 彼らは口々にそんな事を言い合いながら、温泉に行くための準備を各々始めたのである。




(続く)



いやまじめな話すると構想段階でこの話一人称きついなって思ったんですよ

スレイ〇ーズにはなれんかった('ω')

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