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不香の国と春告げの君 -1-

カクヨム掲載済の、シリーズ中作品2作目です。

春告編1話。ちょこっとだけ放火魔からの繋がりがありますが、単体で読めるようにしました。

あとちょっと今後同性同士のイチャイチャがあります。お許しください。






 少女は祈りを捧げていた。

 彼女の目の前には雪を少し被った、大きな桜の木が、一つ。

 枝の先の蕾をそのままに、開花することもなく。

 ただただ、そこにあった。

 目を瞑り、手を合わせる少女は、口を開く。

「どうか──────」

 静かで、力強く。

 儚く小さな声が、紡がれる。

「この国に、温かな春を告げてください……」

 ………その時、桜が不思議な光を放った。

 一人の、鬼の目の前で。

 少女の姿が、後ろに傾いだ。







〘 不香の国と春告げの君 〙







「………慰安旅行〜??」

 ここは、王都リューン。

 ルビー大陸の北東に存在する王国にしてこの大都市は、多くの冒険者が集い、その旅立ちを後押しする場所である。

 その街に存在する冒険者ギルドの一つにして、宿屋でもある『こもれび』。

 『こもれび』は今日もこの宿を拠点にする冒険者たちが、一階に供えられた酒場で酒盛りに勤しんでいたり、次の冒険先を己の仲間たちと相談していたり、或いは路銀を稼ぐために何かしらの依頼を請けようと掲示板とにらめっこを繰り広げていたりした。

 もとい、それがこの王都の冒険者ギルドの概ねの日常風景である。

 そしてそれは、今、目の前に出された一枚の紙切れに怪訝な目を向けた男も例外ではなく……。

 男の名は、イーハイ=トーヴ。

 この『こもれび』の筆頭冒険者───この宿で一番有名な冒険者といえば良いだろうか───であり、宿に所属するチーム『仮初探偵事務所』のリーダーである。

 彼は昼時直前までゆっくりと熟睡した後、起き抜けにエールを一杯やっていたところだった。

 詰まる所は、高名な冒険者と言えど、他のぐうたらした冒険者とあまり変わらない生活を送っている最中である。

 ………そんなところに、彼の仲間であり─────同性でありながら彼自身の伴侶でもあり、彼のチームの参謀でもある褐色肌の艷麗な容姿の男─────ルッツ=トゥループが静かで、それでいて何とも形容しがたい笑顔を浮かべて、やってきたのだった。

 そして、イーハイの前に突き出した一枚の紙切れ……ではよく見るとなく、それはチケットであった。

 ルッツはそれをイーハイの視線の先に入るようにテーブルの上に置き、一つ息をついてから口を開いた。

「先ほども少し説明しましたが」

 ルッツは改めて、イーハイの向かいの席に座りながら、自分の差し出したチケットに指の先を置く。

「『北倭国』の『精霊協会』のアルデファード氏から、貴方の休暇の邪魔をしてしまったことのお詫びとしてこちらを、と。」

「………それで、慰安旅行に使えるチケット?」

「だ、そうです。」

「………どーだかねぇ。あの爺さんのことだから、また何かオレにその地域の変な問題でもふっかけてるんじゃないか?」

「それはどうでしょう。確かにアルデファード氏といえば、一部では喰えないお方だという噂もありますが……まぁ、噂でしかありませんから」

「少なくともオレは彼の思惑には一回お世話になってるっていうか……、……当事者だよあの爺さんは……」

 イーハイは何とも言えない顔で、今しがたルッツが指を離して内容が露わになったチケットを見る。

 これ一枚で人数制限無し、期間無期限のもので、船すらもこれ一枚を出せば目的地まで大小構わず丸ごと一隻が貸切に出来るようなもので、お金はそれなりに掛けられている事がわかる。

 この冒険者たちの門出になるリューンとて、他への大陸の進出のための最大の手段となる船の確保にはそれ相応の金がいる。

 それを丸ごと一隻。その金額については、イーハイは勘定したくなかった。

「第一、報酬はもう受け取ってるんだ。こんなもの貰ったら、それこそ一生返せないぞ。」

「よくて『精霊協会』の依頼は今後はタダ働きになりそうですねぇ」

「笑顔で言うことじゃなーい!?」

「言いたくもなりますよ。イーハイ、貴方……あれだけ私達がお話しましたのに、結局は依頼を請けてしまいますし、それどころかまた大事に……」

「うぐ………それは、その………なんというか……そのぉ………」

「イーハイ?」

「……………ゴメンナサイ。」

「………もう。………あれほど、貴方には………休んでください、休んでほしい……と、再三申しましたのに……」

「うっ!! ………本当にその、ごめん。………君にそんな顔をさせる気はなかった………働き詰めになってたのは、ホントだし……皆に心配かけてたよな……」

「そうですよ。………でも、依頼を断っていたらいたで、私達は貴方の精神を疑うかもしれませんし。……どっちもどっちですがね。」

「ルッツ………」

「ですが。それはそれ、これはこれです」

「…………ハイ。」

「………あれ、イーハイさん。まーた怒られてるっすか?」

 そんな夫婦のやり取りの途中、たまたま彼らのテーブルの近くを通りかかった、チームメイトの一人が声をかけてきた。

 彼女は、リョウ=ツクシ。

 先日、イーハイらの仲間となったばかりの、長い黒髪が特徴のエルフ族の精霊術師である。

「………またって……君、そんなにオレが怒られてるイメージしかないの……?」

「実際、ボクと出会った時に少なくとも二、三回は無茶苦茶するなと怒られてたじゃないっすか?」

「数字が具体的すぎるんだけど!?」

「やっぱ印象とかインパクトとかって一番物を言うっすよねー。」

「……………それはその。……そのぉ………」

「イーハイ」

「ハイ!! ごめんなさい!! ってこれ天丼!!」

「お約束っすね〜」

 ルッツには苦笑いされ、リョウにはけらけらと笑われ、イーハイは申し訳なさと情けなさに苛まれて机に突っ伏す。

 オレってイジられ役……、なんてイーハイは思いながら、彼が顔だけを上げた先には、先ほどのチケットが視界に入る。

 何となしにイーハイはそのチケットを手に取ると、じっと見つめた。

 船の行き先は『東極国』と記載されており、泊まれる宿についても書いてある。

「…………どうしたもんかなぁ。コレ。」

「それ、なんすか?」

「アルデファード氏からの謝礼だそうで。イーハイの休暇を潰してしまったお詫びとも。」

「か、会長からっすか!?」

「…………………だからかわかんないけど、なーんか、………嫌な予感がするんだよねぇ……」

「…………。あー………それは、ちょっと否めないっす。会長の考えそーなことと言えば、『物のついで』が多いっすから………」

「なるほど。ちょっと想像として飛躍はしますが……アルデファード氏が関わるお話は一歩間違えれば惨事が起こり、何も無ければ何もなく終わるもの、と考えられもしますね。イーハイの巻き込まれた事件も、あくまでもいつか犯人が捕まれば終わる話ではありましたから」

「…………よく分かるっすね、ルッツさん」

「『精霊協会』はその研究の内容の一つとして『事象観測』が入っていると聞きます。それが『元素』が引き起こすものであれば、精霊の力として研究対象になる、という意味で。」

「そうっすね。何らかの属性がついた元素になってる以上は、精霊の力が加わってることになるっす。例外もなくはないっすが」

「………要は、何か企んでるとしたら、またそういう『観測』したいことがある……ってことでさ……」

「そのダシに使われるかもしれないのはありますね。」

「何か引っかかるなら行かなきゃいいじゃないっすか。」

「………でもさぁ……あの、数パーセントでも良心的な、普通に休んできてほしいってのが相手にあったらちょっと申し訳ないだろ……?」

「うわ、性格が難儀っす!」

「難儀ですねぇ。」

 心底呆れた表情で言うリョウと、笑顔で言ってのけるルッツを見ながら、イーハイは「自分でも難儀な性格だと思う……」という言葉を飲み込んだ。

 そこへまた誰か二人、彼らのテーブルの横を横切ろうとして、足を止めた。

「…………何やってんだ? お前ら」

「ずいぶん楽しそうじゃのう?」

 イーハイが顔を上げれば、それはイーハイの仲間の二人であった。

 異常なほどの細さの体躯を持ち、サングラスをかけている赤髪長髪の男────アマノと、白いコートが特徴的な、こちらは赤髪短髪の男────ニックス=ローウェルがそこに立っていた。

 同じ赤髪、同じ赤い瞳。

 彼らは複雑ではあるものの、血を同じくする家系の人間であるらしく、その顔に浮かべている表情はどことなく似ている。

 実際には複雑すぎる事情で、『かなり遠い血』ではあるらしいのだが────なんてことを、イーハイはぼんやりと思い出しながら、

「ニックス、アマノ……いや、ちょっとね。……これ。」

 と、イーハイはチケットを2人の方へ向ける。

「ほう、『東極国』! 懐かしい響きじゃな」

「行ったことあるの?」

「あるも何も、儂の過ごしたことのある国じゃよ。」

「………それ、いつの話?」

「ざっと四千と九百年程じゃ」

「文化丸ごと変わってそう……」

 これが先程の、ニックスとアマノの『血が遠い』理由だ。

 通常の人間の寿命が百年ほどだと言えば、その遠さが分かるだろうか。

 イーハイは頭の片隅でどうでもいいことを考えた。

「しかし、『東極国』とはね。あんまりオススメはしねぇぞ。今はな」

「ん? どういうこと?」

 ニックスの言葉に、イーハイは首を傾げる。

「異常気象だとよ。」

 イーハイは、思わずルッツの方を見た。

 ルッツは目を伏せて、首を横に振る。

「………初耳ですね。盗賊ギルドの情報ですか?」

「ああ。ただ、前からその話はあったらしいが、あくまでも『本当か分からなかった』からこの間まで情報として扱われてなかったみてぇだな。それがあって、俺が聞いたのも、あくまで噂程度の雑談みてぇな話だったぜ。」

「そうですか。………確かに、『東極国』はリューンからあまりにも遠すぎますし、進んで行く人も殆どいません。異常気象程度の話を売り出す機会なんてそうそうないでしょうね。」

「地理的に遠い分、情報が入ってくるのも遅いし、その整合性や状態を調べるのも骨だから、確かめようもない………と」

「そういうことでしょう」

「でも、それってめちゃくちゃ罠っすよね……??」

「罠っていうか、何ていうか……。」

「…………何の話だ?」

「ああ、えっと………」

 イーハイはニックスたちに先ほどのチケットの出どころについて説明する。

 簡易的なものではあるが、魔法に関する話についてはイーハイよりもずっと詳しいからか、アルデファードや『精霊協会』絡みの話について、それが抱えていそうな思惑についてすぐに合点がいったようだった。

「…………ん、まぁ、十中八九偶然とは言えねぇ話だな」

「いかにも、連中が考えそうなことじゃ。」

「さて。………どうしますか、イーハイ。判断は貴方にお任せ致します。元より、貴方のものではありますから」

 ルッツの言葉かけに、イーハイは自然とチケットに目線を戻す。

「んー………」

 なんとなしに、イーハイはエールを一口呷った。

 目を細めて、目線は別の所に追いやって、思考を巡らせているようだった。

「………、変な話なんだけどさ」

 しばしの考えこみの後に唐突に、イーハイは口を開く。

 そこで言葉を区切ったイーハイの方へ、仲間たちは真っ直ぐと目を向けて、言葉を待った。

 冷静に見つめる者、構えながら見つめる者、何を言うのか楽しそうに待つもの、逆に何を言い出すのかを固唾を飲んで見守ろうとする者───それぞれではあったのだが。

 そんな彼らのそれぞれの視線をイーハイは少し肌で感じながら、遠慮がちに口を開いた。

「………行ってみようかなって。あえて、ね」

「え……マジっすか………?」

「何もなければいいんだろ? 異常気象があったから……とか、何か怪しいからって言ったところで、それがオレにどうこうってわけじゃないし………そもそも、何かあっても、その時はその時で何とかすればいいさ」

「あー………。…………まぁ、そういうところがイーハイさんか……」

「イーハイならそう言うと思いました」

「ほほ、我らがリーダーはそうでなくてはの。」

「………ジジイは面白がってるだけだろ……」

「それで、出発は何時にするんじゃ?」

「三日後かな。船を一隻借りられる……って言っても、そこまでする必要はないし………。船旅に必要なことの確認含めて、その辺は交渉してくるよ。」

「分かりました。それならこちらは念の為、食料の準備と旅支度をしておきます。」

「こっちは他に『東極国』の情報がないか、盗賊ギルドで探ってみる。………噂になるくらいだから、少しは入ってきてんだろ」

「それなら儂は、行きたい者でも募るかのぅ。と言っても、殆ど出払っておって、行ける者自体限られそうじゃがな」

 それぞれそう宣言すると、ルッツ、ニックス、アマノは席から離れて各々が早速行動を始めたようだった。

 そこに、一人だけ席を立たず、ぽつんとリョウだけが困った表情でまだ座っていた。

「………ボク、何すればいいっすかね……。残るつもりなんで、手伝えることが浮かばないっす」

「……え、行かないの?」

「暫くは、入ったばかりなんで………ちゃんと自分で稼げるような地盤を作りたいんすよ。なんで、リューンの依頼をこなすところから始めたくて………あー、でも……」

 リョウはそこで頭を掻いた。

「会長が考えてる事があるなら、なんか放っておくのもちょっとなぁ……という気もしてるんすよ……うーん……」

「アルデファードさんも、流石にオレにもう命を掛けさせるほどのことは吹っ掛けてこないだろ」

「さぁ、どうだか……って感じっす。ってか、それ以上に不安な事があるっすけど」

「………なんでそこでオレを睨むの……??」

「もう一回天丼したいっすか、いい加減飽きられるっすよ」

「えっ………その……ごめん……?」

「実に伴ってない謝罪すぎるっすよ!? ……とにかく、少なくとも前回同様……まではいかないっすが、少なくともボクのせいで出来た縁でイーハイさんに百の迷惑がかかるのは避けたいっす。だから、少しでもその……」

「心配しすぎだって、リョウ。そこまで──────わ!? マキシマ!?」

 イーハイが返答している最中に、空中に突然開いた黒い穴のようなものの中から、無機質な頭と顔を持つもの───リョウに従いている精霊〈マキシマ〉がひょっこりとそのデッサン人形のような継ぎ接ぎを持った身体を覗かせた。

「ど、どしたの……? マキシマ……」

「……………『それなら僕が行く、行きたい』、………って言ってるっす。身振り的に」

 指のない平たい手のひらではあるが、手のひらの楕円形の頂点になっている部分を自分の顔に向けて、しきりに頷くような動作をしている。

 それがどうやら、「行きたい」という彼なりの意思表示であるらしい。

「オレは構わないけど……そもそも彼、君の『人工精霊』……だよな? 宿主から離れて活動できるのか?」

「できるっすよ。人工ではあるっすけど、精神体としてはしっかり『個』として普通の精霊として独立してるっす。更に言えば、実体化自体は『元素』と『術者の魔力』に依存が大きい通常の精霊と違って簡単なんすよ。」

「え、そうなんだ……知らなかった……」

「実質、特定の『元素』を考えながら作ったなら『元素の属性』に基づくので、『元素』は必要になるんすけど………マキシマは依存する属性がないので、単独で動けるんす。」

「もしかして、『元素』であれば何でも食べられる?」

「そういうことっす。だからエネルギー無限で動けるっす!」

「そりゃ凄い」

 イーハイがマキシマの方を見ると、リョウの言葉に胸を張っていた彼だったが、イーハイの視線に照れてしまったようで、俯いて頭を掻き出した。

「ってわけで、マキシマが行ってくれるならマキシマを通してボクも連絡できるんで、安心材料増し増しっす。どうっすかね」

「二人がそれでいいなら、オレからもよろしく頼むよ」

 イーハイがそう言うと、マキシマは頷きながらガッツポーズを見せた。

 それをリョウは笑顔で見てから、「じゃあ……」と言って懐を探って取り出したものをイーハイに差し出した。

 それはどうやら、アミュレット───宝石のついたブローチのような形の魔法の護符のようなものに似ていた。

「これは?」

「一応、マキシマも精霊っすから。イーハイさんと仮契約しておいたほうがいいっす。何かあった時に、魔力を送り合えるような状態にしておいたほうがいいかと。その為の『通信魔導器』っす」

「………マキシマ、どうかな」

 イーハイがマキシマに聞いてみると、彼は何度も頷いてから、とんとん、とテーブルを手の先で叩く。

「イーハイさん、『魔導器』を手に持ったまま、マキシマの方に近づけてくださいっす」

「分かった」

 イーハイが言われたとおりに『通信魔導器』をマキシマの方に差し出すと、彼は躊躇いなくそれに手をかざした。

 『通信魔導器』に取り付けられた赤い宝石が一瞬だけ光り、そのまま沈黙する。

「これでいいの?」

「はい。『魔導器』の宝石部分に、紋章が浮かんでるはずっす」

「…………、ホントだ。これが仮契約の証だね。………人工精霊だとこうやるのか……」

「そうっす。これでマキシマとも、……えーと、なんならボクともやりとりできるっす。マキシマを通して、何かあったら聞いてくださいっす。」

「分かった。ありがとう、リョウ。それから……よろしくね、マキシマ」

 イーハイの言葉に、マキシマはお辞儀をした。

 イーハイはそれを見て口角を上げながら、「さて」と口にする。

「オレもそろそろ港の方に行くかな。………んー、知り合いの船乗りが居ればいいけど」

「お仲間さんに船乗りの方、居ませんでしたっけ?」

「少し前に長期の依頼に行くって言ってから、まだそんなに経ってないから帰ってきてないっぽいんだよね……。だから、港で現地の知り合いを直接探すしかないかなって」

「そういうことっすか。……そのへんは手伝えそうにないっすから、ルッツさんの荷造りでも手伝ってくるっす」

「ん。宜しくね。……マキシマは?」

 マキシマは声をかけられると、すっとイーハイの方に寄った。

 そして頷く動作を見せて、イーハイのことをじっと待っているようだった。

「オレに付いてくる?」

 イーハイが聞くと、マキシマが頷いた。

 行くところが決まった三人は二言三言話してから、それぞれ目的の場所に行くために移動を開始したのだった。



 


 ◇◇◇◇◇





 あれから、三日後。

 イーハイは王都リューンの港で、船に積まれていく荷物を横目に、自分の手荷物の中身の確認をしていた。

 そこに、空から羽ばたきながら現れた小さな影が一つ。

「ぱるぱるぱる〜。やっほー、イーハイ」

 イーハイに声をかけてきた人語を介し飛行するそれは、見た目としてはひよこだった。

 彼は『おーなー』。れっきとしたイーハイの仲間の一人であり、また、イーハイの滞在している宿屋『こもれび』のオーナーでもあった。

 オーナーだから『おーなー』と呼べ、という彼の言と、そもそも彼の名前について、本名を誰も知らなかったために、呼ぶには少々奇妙な名前ではあるのだが、当然、イーハイの気にするところではないので、そのまま彼の名前として定着しているのである。

「おーなー。準備は?」

「準備もくそも、ワイはいつでも欲しいものは『取り出せる』からねー。強いて言うなら身辺のことを任せるくらい」

 『取り出せる』という言葉に対してイーハイは少しだけ思考を巡らす。

 おーなーは見た目はひよことはいえ、優秀な魔導師……では表向きとしての姿としてはあるが、それ以前に彼の種族しての肩書は『悪魔』である。

 あまりイーハイ自体はその種族かどうか自体は気にしていないので、思い出すこと自体『その人がそうである』くらいの認識でしかない。

 「恐らくは、悪魔の能力の一環なんだろう」と結論づけた。

 相手がどんな能力を持っていようと、困ること自体があまりないイーハイにとっては、便利な能力だな、以上の印象はなかった。

「そっか。………っていうか、君がついてくるって言ったのちょっと意外だったんだけど」

「えー、なんで?」

「いや、君のことだから『夫婦でいちゃいちゃしてんの見ながら旅行とか勘弁してよね』とか言いそうだから」

「それはある」

「あるのかよ」

「だって、『東極国』でしょ。『東極国』と言えば温泉じゃん。行かない手はないでしょ。仮にイーハイが面倒事持ってきても、ワイ関係ないしね」

「普通に酷くないか、君!?」

「ぷーっぴっぴっぴ! まぁ死にかけたら助けてはあげるよ、そういう『契約』だしね」

「なんで慰安旅行で死にかける話が出てくるのさ!?」

「この間の休暇思い出して同じこと言えんの?」

「…………………………………。………言えない……かも………」

「おバカ?」

「バカとな!?」

「バカって言われたくなかったら大人しく慰安するんだね〜」

「………………………。実は心配してくれてる………?」

「一縷の希望に縋って墓穴を掘るな」

「あのー…………もうちょっとお手柔らかに出来ない?」

「やだ。」

「即答!?」

「何やってんだ、お前ら……」

「あ、ニックス。」

 イーハイたちを見つけて声をかけてきたのはニックスだった。

 彼も今回同行する仲間の一人である。

 既に大きめの荷物は船に運び出したのか、それとも特に持っていくものがないのか。彼の手で持っていく荷物はナップサック型の荷物袋一つのようだ。

 それはともかく、主におーなーの方に怪訝そうな顔を向けたニックスだったが、おーなーのほうは身体を傾げて、小さな眼鏡の向こうのつぶらな瞳でニックスを見ただけで、あまり気にした様子はなく。

「何って、イーハイいじめ」

「………また変なタイミングで来ちまったみたいだな、俺……」

「えっと………。ニックス、他の皆は?」

「ルッツならもう船の方で船員と話してたぜ。アマノとマキシマももう船にいる。甲板でなんかしてるのを見たぜ。今回はこれで全員だな」

「うーん、他の人も誘ったんだけどな?」

「『夫婦水入らず』と『主従水入らず』を楽しんできてねー、ってみんな言ってたもんねー。まぁ、みんな馬には蹴られたくないんでしょ」

「別に馬が蹴るような話じゃないんだけど……」

「…………イーハイとルッツはともかく………俺の事は良いっての。」

「ん? なんで? せっかくだし、オレは君ともゆっくり過ごしたいと思ってるけど……。君の主人とか言っておきながら、君に休んでもらえてないし、労ることくらいしないとね」

「…………………あのなぁ、イーハイ……」

「え?」

「……………なんでもねぇよ」

「ぐえー。青春劇とか他所でやってくんない」

「したくてしてんじゃねぇって!」

「?? オレなんか変なこと言った?」

「イーハイ、今日日そういうの流行らないぞ」

「何が!?」

「………あー………とりあえずお前ら、もうすぐ出航の話が出るだろうから、船に移動しねぇか……? 貸し切りじゃなくしたから、時間厳守だぞ」

「あ………え、そうだね。そろそろ乗り込もうか。」

「さーて、どんなことが待ってるかなー。」

 彼らは、これから自分たちの乗り込む船の方に視線を向ける。

 威勢のいい船乗りたちの声と、他の乗船客たちの笑い声や話し声を聞きながら、イーハイは新たな場所への期待と、小さな不安に胸を躍らせた。




(続く)



先に言っておきますが、俺は腐ってる方ではないです。

精神的な性根は腐ってますが、恋愛萌え的な意味のお腐れではないです。

そういうこともある。

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