八篇目の魔女の塔 -4-
現状(2026年1月26日現在)での掲載最新話になります。
なおカクヨムのほうでは他の話の執筆もあったため、2か月近くおさぼりクソ野郎だった模様。
イーハイに訪れた三度目の最初の記憶は、混乱と安堵に満ちていたことを覚えている。
自らの喉元に突き刺さった鉄の一撃は確実に自分の命を掠め取るどころかもぎ取ると言ってもいいほど正確なもので、自分はあの時『また』死んだのだという認識を齎していた。
事故とも言える終わりの瞬間とはあまりにも呆気ないものだ、とイーハイは思う。
自分の命を奪うほどの痛みを感じない、というのは命の失われる危機感を通り越して身体が先に命を諦めている、という感覚すらあった。
それはともかくとしても、何故、自分は無事なのだろうか。いや、無事であることを喜ぶべきなのか。
イーハイは自分の中にある疑問が『やり直しが利く』という安堵に塗りつぶされかかっているのを押し殺しながら、思考を巡らせる。
彼の喉元───喉元というと、先ほど喉を貫いた一撃を思い出して思わず喉仏を擦りつつ───に、引っかかるものがあった。
それが何だったか、はっきりとは思い出せない。ただ、ここについて聞いたことがある気がする。
それを話していたのは、たしか『ロウ』だったか。
………どんな話だったか。
イーハイは思考を巡らせたが、混乱した頭では考えが纏まらず、また、このままこの世界から帰れないのではないか、そもそもこれは何なんだ、自分は何に巻き込まれたのか───あまりにも情報がなさすぎて、一つ一つ何かを繋げようとしては、噛み合うものが無く、一旦は手放すしかないものばかり。
ただわかっているのは、自分が死に戻るのが二回目であり、この老人がいる小屋の天井を仰ぐのが三回目だということだ。
逆に言うとそれ以外に何もない。
ただ、少なくとも前回と違うことは、前回よりは塔の中について、ほんの一歩程の情報であるが進んだことだ。
………果たしてあの城、老人が言う塔を攻略することが正解なのか否か、という情報は変わらずないのだが。
しかして、突破が困難であるからこそ意味があるものとして存在している、という経験も捨てられず、また、彼は『冒険者』であるが故に、そしてそれを裏付ける一つの好奇心をも捨てられず、自然と頭はあの『塔』を攻略することにどうしても傾いてしまう。
どのみち、あれが自分のこの世界からの脱出という最終目的に関係がないのならば別の手を打つしかないのだから。
何度やり直せるのかは知らないが。
イーハイが寝台から身体を起こせば、彼の視界には、二度の記憶と変わらず、老人がロッキングチェアを遊ばせて───いや、遊ばれて、かもしれないが───そこにいた。
木の軋む小さな音がイーハイの耳に届く。
イーハイがその音を聞きながら寝台から足を下ろした時、聞き慣れないものがどこからか響いた。
「何故、眠らない?」
はっ、となってイーハイは顔を上げた。
嗄れた声。二度の記憶に僅かにこびり付いたそれは、確かにイーハイの耳を突いた。
文言が違う。イーハイはその声の主だろう、老人に再び目を向ける。
老人は顔を上げることはない。イーハイの視界に、その表情を向けることすらない。しかし。
「回る。回る。運命に従って。戻りはしないが、運命は決まっている。帰らない。そのようなもの。でも、眠っていない。何故だ?」
老人はそのように続ける。
「魔女は魔女になる。決まっている。運命に従って。決まっている…………。」
饒舌に喋ったかと思えば、老人はそのまま音を発さなくなった。
きぃきぃ、とロッキングチェアの揺れる音だけが静寂の中に存在がある。
イーハイは老人がまた話し出さないかと、ベッドに腰を落ち着けて、しばらく待ってみたが、ついぞ老人が話し出す気配は全くなかった。
仕方なしにイーハイはベッドから立ち上がる。
しかしながら、二回も死の体験をしておきながら自分が地面に足をつけて立っている感覚に不思議さを覚えて、どこか浮遊感のようなものを感じて彼は顔を一瞬だけ顰めた。
あの体験が現実でない夢だと断定するとして、気分のいいものではない。ましてや、未だに喉の途中から液体が迫り上がり、ドロドロとしたものが口の中を満たして流れ出る感覚がありありと思い出されるのだ。
イーハイ自体、それ程夢を見るような眠りの浅い人間ではない……とは職業柄言い難いのだが、それでも自分の五感がありありと残るような夢自体は殆ど見ない。
夢見の悪くて飛び起きることはあっても、その日の夕方には嫌な体験の感覚こそ残れど、内容などはほとんど頭から消えてしまう程に───というか、現実でないのだから気にしてもしょうがないという考えもあるからか───覚えてすらいない。
が、少なくともイーハイがここで三度目の目覚めを迎えたとき、イーハイの脳内にあったのは一度目の死の感覚と、二度目の死の感覚であった。
思い出していたのだ、一度目の死をも。
彼は頭を振る。
埃の匂いも殆ど感じない、この部屋から抜け出すために彼はわざとらしく足音を立てて、入口の扉を目指した。
彼がゆっくりと扉を開ければ、自分の身長よりも少し高い木枠の向こうに相変わらず色の乏しい森が一つの鉛筆画の絵画のように彼の目の前に現れた。
◇◇◇◇◇
イーハイにとって、三度目の記憶は一度目や二度目よりも呆気ないものだった、と思い出される。
一度目も二度目も、少なくとも場数を踏んできた冒険者としては少々気を抜きすぎた、警戒のしなさすぎの結果ではあった、と感じる部分はあるものの、この世界が夢なのか、それとも実際にある世界という意味での現実なのか、というところではっきりしていないので、もしも夢なのであれば、もしかしたらそれはイーハイの考える最悪の想像の再現であるかもしれないのだから、考えるだけどうか、という気も彼は捨てきっていないわけである。
……それでも流石に、七度はその最悪の想定とやらを考えすぎではないか? という気持ちもいい加減湧かないでもなかったが、職業病だと開き直る。
開き直れるのも、探索の失敗で命を落としてもやり直しのきいているこの状況に流されつつあることの危うさとして彼は感じ取っていたが、それをここからの脱出の焦りというかたちに無理やり変換しては、彼は止まりそうになる足を糸で釣るように動かすことに決めた。
何度も言うが、彼には恐怖がないわけではないのだ。
老衰や病気ならば覚悟ができても、認識できる突然の死の気配に何も思わない人間など極わずかの特殊か、特別な境遇の人間だろう。言い方は悪いが。
誰にでも当たり前に訪れる終わりだからこそ、誰にでもある時間が失われることに疑問が生まれてしまうのは、ある程度は当たり前だ。
そうでない者には何度もあったし、事実、イーハイ自身の手でそのようなものにあるはずのない終わりを齎したことすらあったので、彼自身にそのようなものが考えるものに対する知識というものはあったが、それは彼自身の気持ちとしては当然定着するものではない。
想像は所詮、想像でしかないのだから。
なので、彼はある時、『永遠の命』とやらを求めて研究をした歴史のある錬金術師たちの考えを知りたくなった。
そこで、身近にいた彼自身の従者に聞いてみた。永遠を求めるものとは一体何を考えてそうしたのか。もしも実現したとしたらどうなっていたのか。
彼は好奇心のままに、親友である従者に聞いたのだ。
親友であり主人たるイーハイに対して、その従者はイーハイの好奇心の向き方に一つため息をついたものだったが、素直に答えた。
「たまたまそういう時代だった、ってだけだ。魔法があって、錬金術ができて。ありとあらゆる交易や開拓で、横の繋がりができて、知識や見解が広がった。でもあるとき、何でもできるのになぜ命だけが否応無く終わるのか。それを考える誰かが現れた。幽霊にも、動く死体にもなれる。ヒトと異なるモノに生まれれば、ヒトよりもずっと長く生きられる。そうでないものにもなれる。生きようと思えば生きられた。終わりを投げ出しさえすれば。別世界で謳われた、『不老不死の秘薬』でさえ、この世界では作ることができた。でも、そんなやつらでも、『いつか自分の立つ大地ですら、そして大地を生んだ理ですら、空の向こうの辿り着くことのない場所ですら、永遠に続かない』、『いつか全てが別の終わりに巻き込まれて消えていく』……ということに気がついて、嘆き悲しんだ。だから『真の永遠』を手に入れるための手段を考えるようになったんだよ。バカげてるよな」
従者は本当に知識だけを語るかのように、淡々とそう答えていたのを、イーハイは覚えている。
彼はそんな言わないから目線を外すと、虚空を睨むようにしながら、呆れたように続けた。
「答えが出ちまったんだ、自分が積み上げたものがいつか意味を成さなくなる事に。皆、失いたくないから、永遠を求めるんだ。それこそ時を止めたりして、生でも死でもない、留まった形の何かを。変わらない何か、結果の締結の固定……? ……だとか何とか、俺に錬金術を教えてくれた先生は言ってたな。鳥籠のなかに、一番愛しているものを留めたくなるようなもの、だってさ。それが永遠の死の形なのか、永遠の生の形なのかの違いでしかない、………例えば個人の趣味で描かれる『物語』なんかがそういうものだって言っていた。『あれは、永遠を求めるものと同じで、もしも気に入ったものがいれば、彼らはその人物を鳥籠に閉じ込めるだろう、己の思う形の永遠の結果の鳥籠に。』だってさ。随分、詩的な先生だったよ。」
従者は尊敬ともそうでないとも言えるような声色で締め括ると、苦笑いした。
恐らくは彼のことだ、その先生とやらへ尊敬こそすれども、その詩的な部分だけはどうにもよく分からなかったのだろう。
完全な私情による会話なら自由だろうし、理解できなくとも納得、もしくは納得ができても理解はできない、などの判断を下せるだろうというのと、完全なる哲学の分野であれば、そのような表現になることも、自分たちでもままあることに思うが、彼の場合はれっきとしたこの世界における『科学』や『化学』といった学問を学びに行ったのだから、そこで歴史背景に基づいたそれそのものに対する思想や哲学を学ばない………ということはないだろうが、そのような授業でないなら困るときは困るだろう。
それでも、言われた内容を事細かに覚えているのだから、律儀なことだ。それか、彼の記憶力の賜物かもしれないが。
ただ───、とイーハイは考える。
ただ、イーハイはそのように語ったという件の先生とやらの気持ちは、その言葉そのものではなくとも、何となく理解はできる気がしていた。
永遠に終わらない日というのを、想像するのは案外容易いものなのかもしれない、とその時のイーハイは思って、従者の方を向いて、口を動かしたのを覚えている。
「………君は、……ニックスは、『永遠』についてどう思う?」
「俺? 俺は、………そうだな……。無くていい、と思う。誰かから、例えば神とかから愛されて変えられた運命なんて、根本的に根を腐らせるほどの水みたいなもんだろ?」
「…………なるほど」
「………言っちまえば、さ。花は誰かから水を得る為に咲くんじゃない。そこに咲いちまったから、そこで生きるしかない……ってのと同じだって、誰かが言ってたんだ。そして、枯れない花ってのは誰も愛してもくれない。勝手に咲いて、そこにいるだけだから」
その時の従者───ニックスは、少し寂しそうに、ぽつりと続けた。
「……摘み取られることもない花ってのは、幸せなのかね」
イーハイはその横顔が、もう一人のニックス───ロウのことを想起しているのだと推察した。
別の世界の、『枯れることのない花』の道を自ら選んだ、全知存在。
イーハイが聞いたところによると、実り、新しいものを生むことすらできない『徒花』でもあるらしい。
枯れないということは、次のない、という意味でもある、だから『徒花』なのだと。
その選択は、たった一人の自分の幼馴染みの少女の運命を変えるためにされた闘いの決意。
ニックスは、もし自分に近しい存在が、運命に疲弊したらどうするかと聞かれたときには、もう一人の自分と同じことを考えるだろう、と自嘲気味に笑っていた。
たとえ自分が世界の全てから忘れ去られて、存在そのものが認知をされなくなっても、彼は、誰かが笑って過ごせるならば、たった一人での戦いを選べる。
ニックス=ローウェルとはどこの世界の人間であったとしてもそんな人間なのだと、イーハイはその時思い知った。
彼はそのような方法でしか、自己の価値を見いだせない節がある。
自分のやったことに感謝をされたくもなければ、感謝をされたくはないけど誰かが手を伸ばせば取ってしまう。
あわよくば、そうした後で忘れられたいのだと。
自分がその感謝と己の能力の評価の差異に耐えることが出来ないから、ただの自己満足で終わらせたいという、利己的な願いを抱くような、どうしようもない人間なのだと、彼は一度、吐き出したことがあった。
だからこそ、彼は最後には『己のいて、己のいない永遠』を望んでしまう。
彼の言葉は、その自嘲のように感じた。
イーハイ自身、彼の自認と、イーハイの感じている彼の姿には相違はそこまでないような気がしていた。
言葉やニュアンス、感じ方の違いは大いにあるだろうし、先に言葉に出されたこともあって自分でそれを言語化するのにははっきりとした物が出てこないので、あくまで彼の言葉をそのまま個人として解釈や判断をするならばという、曖昧な範疇であり、本来の理解に到達し得ないものではあるが。
が、特段イーハイ自身はニックスが実際にその言葉通りのような人物であったとして気にすることなど一切なかったので、それ以上は特に考えていなかった。
彼の中にあったのは、自分にとってニックスが何であるか、どうして欲しい人なのか、というだけである。それがはっきりしていれば、他に何も望むことも考えることもない、という以上の事が無かったのである。
だからこそかもしれない、彼の『永遠』に対する答えが知りたかった。
それは己の満足とも怪訝とも無理解とも繋がらなかったが、それでも『心得た』とイーハイは感じた。
自分にはそれでよかったし、問題がないと感じたのがあるからだ。
だからこそイーハイはニックスの呟きにこう答えた。
「花はどんな咲き方をしたっていい。君が選んだなら、そういうものじゃないかな。」
「なら、俺がお前からも忘れられた時は?」
「君が覚えているなら、……君が望むなら、オレを探しにくればいい」
「…………………お前は、それを望んでるのか?」
「どうだろう。でも、そうなったら望むとかも無くなるから、今、望んでおこうかな」
「…………そっか」
会話はそれ以上続くことはなかったと、イーハイは記憶している。
はてさて、そうであるならば。
イーハイは八度目の塔の扉の前に立ち、思う。
ならば『己』の思う『永遠』とは何ぞやと。
終わりなき生か? 終わりなき死か。
それとも、同じ一日の繰り返しか。
或いは、変わりゆく日々そのものか。
そんなことは、考えたことがない。
人生に必要のないことは、考えないのが人間の大体の普通である。発想に至る回路という物自体はあるのかもしれないが、どうやら自分はそのような趣味ではないらしい。
考えることも、考えないことも、特別なことでは無い。考えたいものが考えるだろう。
だから哲学者というのは後を絶たないのじゃないか? ………と彼は思考する。
ただ、イーハイは思う。
考えるのも考えないのも、それは、己に理想とする、もしくはそれに準じた願い、……望みがあるからではないかと。
簡単に、至極有り体に言えば、「したいこと」があるだけなのだと思う。
そう思えば、『不老不死』への渇望や欲望も遠い話ではないように思う。
所謂、何かを望んだ結果なのだ。
自分は永久に生きたいと思ったことがないので、それが何であるかはわからないが、少なくとも、それを行おうとした錬金術師たちに言わせてみれば、この世界で己の未知を解消しようとするならば、ヒトの一生では足りないのだという。
不老を経験するイーハイの一部の仲間たちですら、自らが望まなければ世界の半分も知ることができない、と語る。
果たしてそれがその者たちが生きた時間分、何かしらの追求に使われたとて、世界の何れ程を知ることができるのかというのは、想像をするとして無理がある、………らしい。
どの道、世界の起源、そのきっかけというのはどのようにして起こり、何故たまたま心というものが生まれ、今感じているものが一体何であるかを科学的に誰も証明することができないからだ。
強いて、イーハイがそのような者たちにイニシアチブを取れるとすれば、この世界を創り賜う者が『ロウ』であると言い切れることだろうか。
だが、その『ロウ』でさえ、なぜ宇宙が起こったのか、宇宙を広げた原子なるものがどこから来たのか、何故あるのか、というのは『在ったから在る』以外の説明をすることができないらしいのだ。
全てが偶然の上に、奇跡的でそれこそ天文学的な、人間には計算のできない僅かなものが、今この大地を生きる者たちに、途方もない時間をかけて繋がったのだと。
心が体を伴い、それが互いの種を守る言語として発達し、戦争という名の間引きを行い、和解という名の生存を図るものたち。
それがヒト。
もしもそうでないものになりたいのなら、錬金術師たちが考えたように、己を硝子のようにどろどろに溶かす『炉』となる『窯』の中に放り込めば良い。
そのように言うものも、『真理の探究』をする者にはあるらしい。
──────魔女もまた、そうなのだろうか?
イーハイは誰にともなく、頭の中で問うた。
いつだって、『魔』なる者の隣には、まるで象徴のように『火』が付き物だ。
別の世界では、『火』は叡智に例えられる。
ようは『知恵』。
或いは『光』。
別の世界の神話の言うところには、神から身を落としたものが授けたものが『火』であったと。
度々、『知恵』は善きモノとは例えられず、必ずしも善悪の境界にいるもので、その象徴たる一番始めのものが『火』である、という考え方がある。
その理由として上げられるのが、分かりやすく言えば『火』そのものにおける、利便性とリスクの天秤性である。
そして、大体において『火』の利便性に勝る代替品が存在しないということが、この世界の魔法使いたちの解釈でもあった。
なぜかと言えば、火によって灯りを得て、火によって食の改善を促され、また、火によって新たな薬品を得て………そのような背景があるからだ。
これらの事は、幾ら代替を探そうともすぐに思い浮かぶものではない。
例えば『熱』で代替ができたとして、どうだろうか。熱する程の高温までいけば、ある種明かりは取れるのだろうが、まずその手段に至るまでに火を使わないとすれば何れは電気などの発想になるだろうが、では電気はどうするのか? 延々とその問答になるくらいならば、ヒトは多少のリスクを抱えてでも『火』を選ぶだろう。
『火』の発見はまさしく『叡智』と『知恵の発見』であり、ヒトという生物が齎した『破壊』の始まりである、とはイーハイの所属する事になった教会の教えである。
イーハイの所属する教会のする葬儀は火葬ではなく水葬であり、『火』は破壊の象徴であり、教会の教えに背くことになるからだ。
魂の還る肉体、もしくは天に還すはずの魂を火で破壊する、そのような文脈になってしまうから、基本的には禁止だ。
………まぁ、イーハイがそこに所属しているというだけで、自分が五体満足か、あるいは体が残った状態で死んだ時の場所によってはそうもいかないので、あくまでも『その教会の息のかかる場所での規則』ではあるのだが。
また『土葬』をすることも殆どない教会であるらしい。遺族の希望や死体の状態などによってはそうなることもあるし、火葬についても『必要であれば』行う。疫病等への対策のための措置だ。
そういう面も含めて科学的に考えれば、肉体の腐乱等が問題視されるならば、正直なところ火葬以上の処理方法を思いつかないのがあるが、あくまでも気持ちの問題であるのだろう、とイーハイは考えていた。
彼自身、聖職者であろうと敬虔な信条はあまり持ち合わせていないほうである。
事実、イーハイの身を置く神を信ずる者たちの集うところが、『水』を敬い『火』を疑っている、というだけであり、その逆を謳う宗教も当然にあるわけで、たまたまイーハイは、『水』を敬う方へと足を向けたに過ぎない。
そう、そう思えば、『火』を敬うものたちにとっては『火』こそ魂の浄化であり天に還す手段であり、また導きの一つの標であると容易に仮定できると考えられる。
なるほど……と、イーハイはそこで息をついた。
ニックスがある時、教えてくれたことがある。
それは、意外にも錬金術師というものは神々を信じ、実際に師事するものも多い……というか、当たり前であると考えている地域もある程に、信者が多い職業なのだと。
彼らは『永遠』を手にする為に『神聖なる火』を求めた。
地球という世界に住んでいた住人が、たまたまそれを横で聞いて、一つこんな事を言っていた、と思い出す。
『でも、地球にも錬金術師を名乗るものはいたが、大概は【邪教】であった。魔女狩り宜しく、大半が黒魔術の扱いと同じ扱いをされ、処刑された時代もあったのだ』と。
そんなふうに言っていた。
イーハイは、冒険者として名を馳せる事となった世界『ステイゴールド』の住人でもなければ、地球という世界の住人でもない為、異常さを感じることは大なり小なりあれど、その感覚についての細かいところまでは想像をつけられず、よく分かっていなかったところがあった。
しかし、今、何となく繋がってきたかもしれなかった。
己には錬金術の技術や考え方までを知ることは出来ないとしても、宗教だと言われれば、別のものに置き換えて考えることが可能であるからだ。
人々は恐れてしまったのだ。
『火《知恵》』を。
イーハイには興味がなかったので、話半分に聞いていた、あの言葉。
『黒化』。
ニックスのかみ砕いた説明によると、『黒化』の段階とは、作業としての言い方をすれば、燃やして、溶かすのだと。ドロドロに、何物でもなくなるように溶かし、情報を混ぜる。不純物を燃やす、らしいのだ。
竈の中で。釜の中で。
個性を作る行為、という意味はよく分からなかった。元ある個性あるものを燃やして、違うものにするのに、『個性化』と呼ぶのであると。
不思議極まりなく、また、人の空想の思惑じみた言葉だとイーハイは聞いている間、ぼんやりと考えていたものだ。
そして、次の段階は『白化』。
イーハイにとっては単なる燃やす、溶かすであると断言できる行為である『黒化』よりも名状しがたいものである。
精神的浄化と、啓発を表すのだと言われたときは、イーハイはニックスの頭をまず心配した。
何を言い出すのか、と聞き返したほどに。
しかし、ニックスは錬金術師として、静かにその者たちの持つ知識を披露した。
まず、『啓発』という言葉について、説明をされた。
啓発とは、『新たな知識や気づきを与えて、教え導く』という意味がある。
新たな知識や気づきを得るということは、『新たな気持ち』でいなければならない。
だから精神は浄化される。
『火』によって。
浄化されたから、『白化』に至った。
釜のなかで燃やされ、混ぜられ、新たな個性を生み出された物質たちは、『精神的に、新たな自分の姿に気が付いたのだ』と、錬金術師は謳うのだとニックスはイーハイに説明していた。
イーハイはそこで疑問に思った。
『そもそも、何かを燃やしたら灰にしかならないのじゃないか?』と。
勿論、科学的にそうならない物質もある、実際に私生活でも『処理として燃やすことのできないもの』はたくさんあるわけで、全てが燃えて灰になるわけではないという考えはある。
だから、あくまでも詩的に表現をしているだけで、黒化の時に燃やしているものは『燃えるか、加熱すれば変異したり、あるいは別の物質と混ざりやすくなる性質を持った何か』ではないかと考えるのが普通だ。
実際に、錬金術は『ステイゴールド』における、科学であり化学である、とはニックスが言っていたか、どうだったか。
少なくとも一般的にはそう考えられているのだから、どちらでも問題はないが。
ニックスはそのように疑問を表出したイーハイに対して、暫し面食らったような顔をした。
長い沈黙の後に、その時のニックスは意を決したような面持ちで、イーハイを見ていた。
「…………本来の『黒化』には『カルキナティオ』、『ディッソルーティオ』って段階があるんだよ」
覚えられそうにない単語の羅列に、イーハイは首を傾げた。
「『カルキナティオ』。っつっても、『ディッソルーティオ』も含めて、どっちも元は地球の言葉らしいけどな。『カルキナティオ』ってのは『煆焼』を意味する。あー………説明し難いから、石灰石を作るような話、だと思ってくれ」
実際、イーハイには何を言われているのか理解があまり出来なかったが、ニックスのことだから、噛み砕いて説明してくれるだろうと、彼の次の言葉を頷きながら待った。
「石灰を作る過程だからか、一部では、『カルキナティオ』は『灰化』って言葉になってる。変だよな、『黒化』の技術なのに、中身は『灰化』なんだよ。やってることはな」
ニックスは眉を少しだけ寄せながら、そう言った。
「そして、『黒化』の中のもう一つ、『ディッソルーティオ』は、簡単だ。『溶解』、………あー、うん、ちゃんと単語として言えば、溶けたり溶かしたり、っていう意味なんだが、実際には『物質が水に溶けて、均一な液体になる』みたいな、そういう意味がある。」
「………灰化してるものを溶かす……?」
「うーん、正直、俺も何言ってるか分かんねぇんだけど。………一つ言うとすれば、『ディッソルーティオ』は『境界の溶解』なんだとよ。自分と世界、内側と外側、そういったものの境界線が無くなる。そういう段階、っていう分け方、って言やぁ良いのかね」
「境界が溶けて、白に?」
「うぅん……なんて言えば良いかね。………そもそも、もしも詩的な方の錬金術師の言う事には、そうだな、黒化という過程をもしも灰化の段階を踏ませるというのなら、それは言葉にすれば『私は【黒】である、と自認をした人間を、火の轟々と燃える竈の中に自ら入れさせて、自我を喪失させる儀式を行い、曖昧な境界の中へ放り出すようなものである』だとよ。拷問かっての」
「………何者でもなくなる、ってこと? ………それが『灰化』?」
「いいや、どうだろうな。何者でもあって、何者でもないもの、………ではあるかもな」
「そうすると、『白化』する時に、自分が何であるかを錬金術師が教えないといけない……から、『啓発』? ………なのかな……?」
「………実際に、『白化』には『分離』………正確には、真実の抽出、という段階がある。自分の持つもの、外にあるもの、それを分けて考える行為だな。だからこそ、『それが何者か』という問いの段階を経ないといけない。だから『黒』は自我を失うために、自らを火に焚べて『灰』になる」
「じゃあ、もし、『灰』が自分の姿を見つけられなかったら? 誰かの存在を感じられなかったら? ………誰もいなかったら?」
「…………その時は、灰のまま、だろうな」
ニックスは遠い目をしていた。
彼はその時小さく呟いていた。
『だから錬金術は邪教扱いなんだ』と。
錬金術師たちにとって、物質が『灰』のままでいてしまうことは、単なる失敗以上の意味を持たない。
錬金術師たちは白化のその先の、『赤化』にて作られる『賢者の石』が欲しいのだ。
『失敗』を見向きもしなくなり、それがどこにあったかすら、忘れていくだろう。
それを横で聞いていた、地球人の物好きも、余計な一言を足してくれた。
地球人の物好きが言うには、『地球における心理学で有名になった、カール・グスタフ・ユングは、心理学と錬金術は似てる、と言い出してその論文すら書いて見せて、出版までして現代にもその翻訳本が売られている。もし、その言葉を借りるなら、【灰】のままでいるということは、自分が何者であるかを一生定義しないか、或いは【灰】であることを受け入れた何者かであるかもしれない、というのがヒトにもあり得るということだ。自我を火にくべて、灰を自らだと思うこと。それは、自分は何者でもない、と思うことかもしれない。それは、また、外部の人間からしたら興味のないことで、いつか自分というものがわからなくなったヒトのことなど、自然と忘れていくだろう』と。
自らの存在を『灰』と定義したものは、ヒトだったとしても、物質だったとしても、忘れられていくのだ。
永久に、自我が曖昧になったまま。
それも、『永遠』の正体の一つだと。
イーハイは感じ取ってしまった。
そう、考えてみればそうなのだ。
いつだって、神が救うのは『光』を信じた誰かだ。
だから、分かってしまう。
『灰』を選び続ける、ロウとニックスの心情が。
イーハイの記憶の中で、ニックスの纏う『灰色』のコートが風に揺らめいた。
その光景が、ふっと消えたかと思うと、イーハイは目の前が色の乏しい木の板が無骨な鉄に装飾されたものに覆われているのに気がついた。
ああ、そうだ。
自分は塔を登ろうと、扉の前に来たのだった。
………魔女のいる、灰色の塔を。
イーハイは扉に手をかけた。
(続く)
本当にどうしろっていうんだこの話




