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不香の国と春告げの君 -エピローグ-

春告編終了。

長ったらしい御託にお付き合いいただきありがとうございました。



 イーハイは何となく、あたりを見回した。

 仲間たちが安堵の息をついて、自分のほうに歩いてくる姿があり、イーハイは息をふっ、と吐く。

 その視線の先で、木々を覆う白雪が徐々に解け始めているのを見た。

 イーハイは、思わず春那の方へ視線を向ける。

 彼の視界に春那が映るくらいのところで、春那がその場に崩れ落ちた。

「!? オイッ!!」

 その隣に立っていた赤都が力なく膝を崩す彼女の体を慌てて抱え上げる。

 その体から、淡い桃色の光が漏れて虚空へと消えて行く。

「春那!!」

「春那ちゃん!!」

 こちらに歩いてきていた雪華と設楽が血相を変えて春那と赤都の下に駆け寄る。

 仲間たちもその後ろについて駆け寄ってきた。

 彼らが見守る中で、春那は目を開く。

「……あはは、………時間、来ちゃったみたいだね……」

「馬鹿野郎!! 少しくらい勝利の余韻に浸ることすら許してくれねぇってか、あのクソ桜は!! 俺は、……俺ぁ……!!」

「赤都、泣かないで。こうなるの、分かって戦ったんだから」

 春那の透けた手が、赤都の頬に触れる。

 春那は、自分を囲む戦友たちを見回し、雪華を見て、設楽を見て、……最後に、イーハイを見た。

「イーハイさん、……ありがとうございました。……この国から、あんな危険な存在を、退けてくださって。……もう、大丈夫なんですよね……?」

 春那の言葉に、イーハイは頷く。

「春那……アタシは………」

「雪華さん……封印を、解いた時点でもう、私は分かってたから。自分を責めないでください。……【春】にならない様に止めていた【冬】の力を解いたら、私も……ただ、それに従うだけだから。その時が来ただけだから」

 その言葉を横で聞いていた設楽が、涙を流しながら膝を折った。

 唇を震わせながらも、何かを言おうとしたが言葉が出なかったようだ。

「設楽さん……これまで、お世話になりました。あなたの下で働けて、楽しくて、本当に為になりました。これからも、あの宿を守っていってくださいね。」

 春那はそう言い終えると、『仮初探偵事務所』の面々に視線を向ける。

「皆さん……最後に、本当に……ありがとうございました……! 私の愛したこの国を、守ってくださって、私の我儘を、聞いてくださって。……本当に……!」

 春那は、笑顔を見せた。

 何かから解放された、穏やかで、楽しそうで、安心したような、そんな笑顔を。

 

「………春那?」

 

 赤都の呟くような声が、静かな風の中に聞こえる。

 彼の腕の中には、もう誰もいなかった。

 温かな笑みを浮かべたはずのその人は、脈絡も、感慨もなく、彼の前から居なくなっていた。


 その時、『春告桜』が桃色の光を放った。

 全員がその光の出処に目を向ければ、『春告桜』から放たれた薄い桃色の光の膜が、ばっ、と広がりを見せた。

 膜が木々を通り抜けると、木々を覆っていた解けかけの雪が消えうせて、緑の葉を覆い茂らせ、土を覆っていた雪が払われて草花が覆い茂る。

 彼らは膜の広がりを追って、境内から階段の下を覗き見た。

 うだつの町並みの屋根たちを覆う雪が、膜に攫われて消えていき、桜の花弁が雪のかわりに舞い散った。

 

 人々の声が聞こえる。

 彼らは外に出て、遠くの山へ広がりつつある桃色の膜が作り出す緑の存在に歓喜の声を上げていた。

 子供たちが声を上げて町の路を駆け、大人たちが手を取り合って笑い合う。

 

 イーハイは思う。

 これが、彼女が愛した国。

 春を告げられた、人々の姿。

 そのもので、その一つなのだと。


「なぁ、イーハイ……」

 赤都は、消えそうな声で、呼びかける。

 己の両手を見ながら。

「本当に、……本当にこれでいいのかよ………。」

 赤都は、絞り出すように声を出す。

「何か、違ぇだろ、……なんか違うんだよ、こんなのは、何か、違ぇんだ……!! なぁ、お前には分かんねぇか!? なぁ!!」

 その声を聞いて、今度は堰を切ったように設楽がイーハイの隣に来る。

「………イーハイさん、……アホなこと言うのは承知で言います!! 何とかならんのですか、こんなん、こんなんやっぱ私かて違う、そう思ってしまいます!! ……イーハイさんにぶつけんの、正直意味は、……分かんないんですけど……!! 私も、……どうしたら、……いいか……」

 イーハイは、振り向く。

 その視線の先で、雪華が涙を流していた。

 彼女だけが、濡れた頬をそのままに、『春告桜』を見ていた。


 イーハイは一瞬、目を瞑ると。

 開いた時に、その瞳に確かな光を宿していた。

「………イーハイ?」

 ルッツが、一歩を踏み出したイーハイに声を掛ける。


 イーハイは無言で、『春告桜』に向かって歩いて行こうとする。

 その姿を、仲間たちは呆けた顔で見送った。

 イーハイは、マキシマの横を通り抜けようとした時に、初めて歩みを止めて、彼の方に向く。

「……試したいことがあるんだ、……手伝ってくれる? ……オレと仮契約した、精霊として」

 マキシマは、イーハイを見つめると、こくり、と頷いた。

 それを見たイーハイは、笑みを浮かべた後にまた、『春告桜』に向かって歩き出す。

 巨躯の精霊を伴って。


 イーハイは、春告桜から数メートルほど離れたところで立ち止まり、大きく息を吐いた。

 そして再び、剣を手にすると、それを高く掲げてみせる。

「………マキシマ!! オレの魔法力、全部搾り取っても構わないッ!! だから………この地脈に流れる、【春】に携わる元素を、最大化してくれッ!!」

 マキシマは言われたことに驚いたようで、少し身を引いていたが、やがてイーハイが一歩も引かないのを見て、決意を固めたのだろう。

 イーハイとの繋がりを通じて、彼の魔力を頼りに、マキシマは力を展開し始めた。

 マキシマの力に呼応して、周辺の地中から色とりどりの元素が溢れ出していく。

 後方に立つ魔法に長けた仲間たちですらその光景が殆ど異常と変わりないと判断するほどの濃度を持つ元素の嵐の中、イーハイは『春告桜』に意識を集中させる。

 その『春告桜』の中に、僅かな光が存在した。

 儚く消えそうな、意志の光。

 それが桜のものなのか、それとも………。

 確信は、ほぼない。

 しかし、やらないという選択肢は、彼の中には存在しない。

 

 彼は、高らかに声を張り上げる。


「────『我、精霊術師イーハイ=トーヴの名において、彼の者に願い奉る』!!」


 『力ある言葉』が紡がれる。

 元素の奔流の中で、力強く、


「『我が身、我が名、そしてこの身に刻んだ徴を以て、汝の存在を示すことをどうか許し給え』!!」


 イーハイの手の甲に、『徴』が浮かび上がる。

 彼が、精霊術師であることの証左である、それが輝き出す。


「………『この声、聞き届けるならば、我の前に現れ、その名を告げ給え』────!!」


 イーハイの手の甲で輝く『精霊術師の徴』が、『春告桜』と呼応した。

 『春告桜』が桃色の光を放ち始める。

 そして、それは徐々に目を覆う程の光となって辺りを真っ白に照らし上げた。









 風が止み、元素が霧散し、やがて、光が収まる。








 赤都たちは、目を焼きそうなほどの光を遮る為に掲げていた腕をゆっくりと、下ろして辺りを確認し始めた。

 何が起こったのか。

 それが全く分からなかった。

 きょろきょろと見渡したあと、彼らは一様に、目を見開いた。

 春告桜の前の上空に、桃色の光を纏う、何者かが浮かんでいた。

 かろうじてマキシマの頭越しに見えるそれを確かめようと、彼らはイーハイのいるだろう場所に向かって走り出す。

 イーハイはマキシマと『春告桜』の中間に立ち、桜を見上げていた。

 彼らもそれにならって見上げれば、桃色の光の玉がゆっくりと降下をしているのが見えた。

 その光の玉は、桜の花弁が舞う中で徐々に人の形を取っていく。

 彼らの前で、人の姿を取ったそれが、完全なる輪郭を現した。

 ヒトのようではあるが、ヒトではない存在。

 しかし、魔法の心得があるものは、それが何なのかに合点がいっていた。

「………精霊?」

 ニックスが呟く。

 その呟きが聞こえたのか、否か。

 安らかに眠っているような表情で目を閉じていた、新たなる精霊が目覚めた。

 彼らは、その顔をよく知っていた。

 ここ数日間か、十数年か。

 その違いはあれど、ここに立つ者たちは、その名前を知っていた。

 新たに生まれた精霊は、寝惚け眼をパチパチと動かすと、驚いて辺りを見渡す。

 最後に自分の手をまじまじと見て、ようやく。

「………あれ、……あれ? ……、私……?」

 と、唇を動かした。

「は…………春那ああああああ!!」

「春那ちゃん!!」

「春那!!」

 精霊────否、春那の姿と形をした少女の下に、設楽、雪華、そして赤都が声を上げながら駆け寄った。

 少女は、彼らを見ると、目を見開いて驚き、しかしその後、花が咲いたかのようなとびきりの笑顔を見せて。

「設楽さん!! 雪華さん!! ……赤都!!」

 彼らの下に、また彼女も身を寄せたのだった。


 身を寄せ合い笑い合う四人の姿を見て、イーハイは安心して笑みを浮かべていた。

 が、……ぐらり、とイーハイの身体が横に傾いた。

 どさ、という音ともに、彼は地面に倒れ込む。

「え? は?? って、オイ!! 今度はてめえかよ!! オイ!! スカし野郎!! しっかりしやがれ!!」

 暗くなっていくイーハイの視界の向こうで、複数の足音が近づいて自分を呼びかける声と、赤都の大声が耳に届く。

 程なく彼らの呼びかけも殆ど聞こえなくなり、イーハイはそのまま意識を失った。






 ◇◇◇◇◇







 数日後。

 イーハイは、『福楽亭』のロビーの座布団の上で縮こまっていた。

 数日前、【星壊】との大立ち回りの後に大規模な精霊契約を行ったイーハイは意識を失い、その後二十四時間程昏倒したままであった。

 目覚めた彼を出迎えたのは怒っているのか不安そうにしているのか分からない表情を浮かべた妻・ルッツと、明らかに不機嫌な顔をした従者・ニックスであった。

 ………当然のことながら、術者の一人でもあるルッツと、錬金術を嗜んでいた身として魔法の心得があるニックスに、イーハイは労いの言葉もそこそこに、あまりにも無茶な魔法を行使したこと、失敗していれば周りもイーハイ自身もただでは済まなかったということについて散々普通に怒られていた。

 無茶をすることに関していい加減にしろと言われなかった分、もっと仲間を頼れとアマノには窘められ、おーなーには「これが反省しないってやつ」と追撃をされ、マキシマに至っては自分自身が術を手伝った当事者だったからか落ち込まれ、イーハイは目覚めてからそれほど経たずに全力で土下座をする羽目になったのだった。

 ………その土下座も、「土下座すればいいと思ってるイーハイらしい浅はかな考えの下に行われた行為」とおーなーから言われて撃沈に変わったのであるが。

 結局土下座よりも深く床に突っ伏す事になったイーハイであったが、彼は仲間たちによってその場から立たされると、妻の支えの下に一階まで連れて行かれた。

 ………何も、彼の無茶を責め立てる人ばかりでは無い。

 彼が一階に姿を現したのを見た、他の客が彼を見て歓声をあげたのだ。

 それを皮切りに、その日ロビーにいた人々が一斉に彼を取り囲むようにして集まりだした。

 彼らはイーハイに口々に礼と、溢れんばかりの賞賛を与えてくれた。

 イーハイは困惑しながらも、手前にいた名も知らぬ人の手を取っていた。

 確かな温もりを感じたあとに、強く己の手が握られ、その手の持ち主は笑顔を彼に見せていた。

 そこに、ロビーが騒がしくなったからか、様子を見に来たのだろう設楽が通りかかった。

 エレベーターの前の人々の群れを見て、その向こうにイーハイの姿を見た彼は、慌てて人の群れを割ってイーハイの前まで来た。

 設楽はイーハイの全身を見回してから、何ともないことに安堵のため息を吐くと、「ほんまに、心配したんですよ……」と一つ溢していた。

 イーハイは謝る以外の選択肢が取れず、男泣きする設楽に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 それが、二日ほどの話。

 その後は、『東極国』が春が来た時に行い、今後の豊穣を願う『春桜祭』が盛大に町を挙げて行われた。

 冬が長引いたことにより、立ち並ぶ店の商品自体は焼き物やお守り、部屋に飾れる装飾品や置物等の記念品、着物等のほうが多かったが、それでも人々は酒を酌み交わし、祭りの雰囲気に酔いしれて、子供たちははしゃいで駆け回る、賑やかな祭りになっていた。

 設楽曰く、例年よりも盛り上がりが凄かったらしい。

 イーハイは、祭りの後にそう聞いた。

 ………そして、その祭りには、勿論────。




「イーハイさん!」




 そこで、イーハイの思考は途切れた。

 声の主を見るために、顔を上げてみれば。

 そこには、女中の制服に身を包んだ少女が一人。

「春那さん」

「どうしました? もしかして、体調が悪いとか…」

「いや、大丈夫。少しいろいろ思い出して……。春那さんは、身体は?」

「私も大丈夫です! ……まだ少し不思議な感じはありますけど」

「………だよね、やっぱり」

「えへへ……まだあまり信じられないです、生きているのもそうですけど、私が精霊さんになっちゃったなんて」

「えっと、それについては、……なんていうか、同意もなく、そうさせてしまって申し訳ないというか、なんというか……」

「……本当は、その、恨み言の一つでも言ったら? って、おーなーさんには言われちゃったんですけど……」

「恨み言って……」

「あああああ! 言いませんよ!? というか、ありませんから!! 『人の決意台無しにしといて平然とした顔の奴よく放っておけるねー』って言われたくらいで!!」

「春那さーん……地味にオレに刺さってるー……」

「あっ違うんですごめんなさいそんなつもりでは!!」

「大丈夫、オレが恨むとしたらおーなーだけだから」

「………恨むんですか?」

「負けると思うからしない……」

「色々と反応に困りますイーハイさん!?」

 そこで、二人は笑いを溢した。

「ぷー? イーハイと春那じゃーん。春那ー、恨み言言えたー?」

「あ、おーなーさん」

 そこに、どうやら温泉上がりらしいおーなーがぱたぱたと翼をはためかせて飛んできた。

 おーなーは二人の顔を見ると、イーハイの頭に陣取って、その上で何故か跳ね始める。

「やーい、イーハイばーかばーか」

「雑か! 罵倒が雑すぎる! 色々と!!」

「だってイーハイだし」

「理由になってないからなそれ!?」

「えー」

「えー、じゃない!!」

「まぁバカのイーハイはともかく」

「バカとな!?」

「春那はあれからなんともないのー? イーハイが精霊にしちゃったせいでなんかこう変な影響とか出てない?」

「な、何ともないですよ! 変な影響とかも特に……え、何かあるんですか……!?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない」

「おーなー、テキトーなこと言わない!! 無いから!! 影響とかないから!!」

「なんだつまんない」

「人の心何処に置いてきたの君は」

「悪魔だもーん」

「………駄目だこりゃ」

「何騒いでるんだい、アンタたちは……」

「あ! 雪華さん」

「こんにちは、春那。……って、何だいイーハイ、その面は。」

「イーハイのは何時ものバカ面だから気にしなくていーよ雪華」

「今日はどこまでもオレを罵倒するね君!?」

「…………ここ数日でアンタの仲間からの扱いがよーく分かったよ………」

「雪華さん?? あのその、そんな悟り開いたみたいな表情で言われるとあのー……」

「そう言われてもねぇ……。あんな無茶すりゃそりゃ言われてもしょうがないって思うしかないからねぇ……」

「うっ」

「まー、罪状だけでも『あと一歩で国ごと爆破』してたくらいのリスクが高いことやりましただもんねー」

「しかもアンタに至ってはあと一歩で死にかけるし」

「うまく行かなくてどっちも消滅なんなら国から元素枯渇で大問題もありえたしねー」

「スイマセンデシタ………」

 イーハイは両手で顔を覆ってもう一度縮こまるしかなかった。

「いっつもこれなんだよなー」

「なんていうか、想像つくよ……」

「あのー、おーなーさん、雪華さん……そろそろイーハイさん折れちゃうんじゃないかなぁ……」

「これで折れてたらワイら苦労してない」

「あっ……。……あー……。」

 春那はあまりのイーハイへのフォローの出来なさにもはや変な笑みを浮かべるしかなく、縮こまったまま動かないイーハイを生暖かい目で見るしか選択を取れなかった。

「………ったく。イーハイ、アタシのリーダーになる男なんだから、もう少しシャキッとしとくれよ。せめて、上手く行ったんだからって堂々としたらどうだい」

 雪華は溜め息を吐きながらイーハイに声を掛ける。

「ホント、せめて開き直ってくれてたら全力でぶん殴るんだけどねー」

「おーなーさん、それどっちにしろって言わないかな……?」

「だってどっちにしろムカつくしー」

「どうしよう取り付く島がない……」

「おや、また縮こまっているのですか、イーハイは」

「ルッツー、イーハイがアホなのー」

「はいはい。イーハイはアホですねー」

「ルッツぅぅぅぅ!? せめて君くらいはオレの味方してくれないか!?」

「はい?」

 にこり、とルッツは綺麗な微笑みを浮かべてみせたが、……その目は全く笑っていなかった。

 その場にいた全員が大なり小なり背筋を凍らせるほどの、不気味とも言える笑み。

 それを直接受けたイーハイは完全に固まっていた。

「何か、仰りましたか? イーハイ?」

「スミマセンデシタ、スミマセンデシタ、スミマセンデシタ」

「スミマセンデシタボットになっちゃった」

 「あーあ」等と言いながら、おーなーが嘴で土下座のまま動かなくなったイーハイの頭を突いて遊び始めた。

「そういえば、おーなーとルッツはアイツとも風呂に入ったんじゃなかったかい? アイツ、まだ入ってるの?」

 雪華が何かを思い出したようにルッツとおーなーを見ながらそう聞くと、ルッツは「ああ」と声を上げる。

「赤都のことですか? 先ほど、着替えをしているのを見たのでそろそろいらっしゃるかと……おや、噂をすれば、ですね」

「あん? 何だてめぇら、何でこんなところに集まってやがる?」

「あー……なりゆき?」

「何だぁ? そりゃ……。ってか何してんだクソヒヨコ」

「イーハイいぢめ」

「楽しそうなことしてんな?」

「………あの、赤都、コメントおかしくない……?」

 イーハイは頭におーなーが乗っているせいで動けず、土下座の姿勢のまま抗議してみたが、特に返事は返ってこず放置された。

 それどころか赤都が近くに寄ってきたかと思うと頭を指で小突かれる。

「おい、ルッツ。本当にこいつが俺たちのリーダーになるのか?」

「そうですよ。貴方も雪華さんも、正式な加入は先日お話させていただいた通り『こもれび』での冒険者登録を済ませてからになりますが」

 ルッツの言葉を聞きながら、春那が赤都と雪華を交互に見た。

「赤都、雪華さん……向こうで本当に冒険者になるんだね」

「………おう。まぁな」

「ごめんね、ホントはアンタの傍にいてやりたいんだけどね……」

「ううん、二人がやりたいと思うことがあるなら、私は応援したい。………二人が遠くに行っちゃうのは、ちょっと淋しいけど……会えなくなる訳じゃないから。」

「春那……」

「………………って、お話の所ちょーっとすみませんねぇ、私も話に混ぜてもらってもよろしおす?」

「え、設楽さん!? いつの間に!?」

 いつの間にか、設楽がロビーの彼らの輪の中に入っていた。

 そこに、アマノとニックス、マキシマもやってくる。

「何じゃ、皆揃っておったのか」

「…………何でイーハイ、土下座してんだ?」

 アマノとニックスが他の面々の顔を見て、それぞれ思ったことを口にする。

「おや。貴方達、今までどちらにいらっしゃったんです?」

「俺の質問は無視かよ……。まぁ、いいか。……ちょっと設楽さんに話があるって呼ばれてな。あることを手伝ってたんだよ」

「ほほ、なかなか悪くない話じゃったぞ。のう、マキシマ?」

 アマノの言葉に、マキシマは勢いよく頷いてみせる。

「悪くない話、ですか。どんなお話です? 設楽さん」

「あ、お話する前に……ちょいと、おーなーはん、これ見ていただけません?」

「んー? 何?」

 設楽はおーなーに向かって、手に持っていた二枚の紙を差し出した。

 おーなーはそれを見ようと飛翔し、彼の持つ紙の前まで飛んできて、その内容を確認していく。

「ぴーー!? 『業務提携書』ーー!?」

「その通りですわ! おーなーはん、確か宿屋『こもれび』の、文字通りのオーナーさんなんやろ? どうでっしゃろ、第二の拠点としてウチを使いません?」

「………メリットは?」

「ウチの宿の売上の一部を回すのと温泉入り放題でどうでっしゃろ、代わりに客の呼び込みとか宣伝等をして貰えればと。それか仕事としてこちらの宿の手伝いなどして頂ければ」

「乗った」

「よっしゃ! 早速契約しましょか!」

「…………悪くない話とは、そういうことですか。さしずめ、貴方達を最初に設楽さんが呼んだのは『転移装置』の設置の相談か何かですね?」

「まぁ、そういうこった。……っつーのも、設楽にもちょっと考えがあるらしくてな」

「概ね、想像はつきます。イーハイをそろそろ復帰させたほうが良さそうですね」

「さすが、ルッツじゃのう。頭の回転が速いわい」

「ここまで来ると、誰でも想像は固くないかと。………イーハイ、いい加減頭を上げましょう」

「…………そー言われても罪悪感がすごくてあの……」

「もう、イーハイ。貴方のやること成すことは今に始まった話じゃありませんし、今更止めもしませんが、と何度も言っている通りですよ。………今やるべきことは落ち込むことではないでしょう?」

「………ルッツ、さっきまで凄く怒ってなかった……?」

「今も怒ってますよ」

「うっ」

「でも、胸を張れる所はちゃんと張ってください、貴方のお陰で、今新しい縁があるのですから」

 ルッツは視線を、イーハイから逸らして赤都と雪華、設楽、春那を見る。

 彼らは、イーハイの選択した道の先にいた者たちで、イーハイの選択した未来に根を下ろすことができた者たちである。

「…………そういうわけですわ、イーハイさん。………『提携契約』も済みましたんでね! 私、設楽の運営するこの『福楽亭』共々、これからも宜しゅうお願い致しますわ! あ、勿論私も冒険にたまには連れてってくださいなぁ、イーハイさんらが見る風景、私も見てみたくなりましたんで!」

 設楽が笑顔でおーなーのサインが書かれた『業務提携』の同意書を掲げながら、そう言う。

「わ、私も! ………イーハイさんが私を精霊にしてくださったなら、……イーハイさんが私の契約者、なんですよね?」

 春那の言葉に、イーハイは瞬きをした。

「………あ。………確かに……?」

「何で忘れてたんです、イーハイ……?」

 ルッツが呆れたようにイーハイを見る。

「いやあの、あまりにも普通に暮らしてるのを見て安心しちゃって……」

「し、正直私も、忘れそうになっていたのでおあいこです! ……イーハイさんに、私まだ、何もお返しできていないので、私の力がもし、使えるなら、呼んでください! ………なったばかりで、ちゃんとお応えできるか不安ではありますけど……!」

「春那さん……」

「…………ご迷惑、ですか……?」

「………いや。これからも、宜しくね。春那さん」

「! はい!!」

「おい、スカし野郎!! ………春那に無茶させたら、俺が真っ先にてめえを叩き斬ってやるからな!?」

「赤都……それはさすがに気をつけるって」

「ホントかぁーーーーー????」

「赤都ー、騙されるなよー、イーハイだぞー」

「おーなー! 変なこと言わない!! 流石にしないって!!」

「どうだかねー、今のうち斬っとけばー? 赤都ー」

「言われてみればクソヒヨコの言うとおりかもしれねぇ!? よっしゃ覚悟しろスカし野郎!!」

「よっしゃとかいうテンションで決めることじゃないからね!? ああああ!? こら!! 刀抜こうとするなーー!!」

 騒がしくなる『福楽亭』のロビーは、笑いに包まれていた。

 彼らは、さらに新しい『仮初探偵事務所』の形をこの場に作り出していたのである。






 ◇◇◇◇◇







「………それじゃあ、向こうから『転送装置』を繋いだときに、また。」

「ええ、今から楽しみにしてますわ。」

 さらに、数日後。

 イーハイ達が『東極国』に来た時に利用した桟橋の上で、イーハイと設楽は言葉を交わしていた。

 諸々の今後の話と、帰国の為の荷造りをしていたら結構な時間がかかったものだ、とイーハイは内心思っていたが、そのどれもがイーハイにとっては充実した時間であった。

 慰安のために訪れたはずのこの国。

 最初に訪れた時には、雪に覆われ、冷たい空気を運んでいた町からの風は、今や心地よく温かな風となってイーハイの肌や服を撫でて通る。

 別の桟橋で活気づく漁師たちの声を聞きながら、イーハイは笑みを浮かべた。

「そろそろ出航しますよー! お客さーん!」

 船の上から荷物を持つイーハイの姿を見た船乗りの一人が、イーハイに向かって声を張り上げた。

「じゃあ、行きますね」

「ええ、いい船旅やと良いですね。」

「ありがとう。」

 設楽は、小さく手を振る。

 イーハイもそれに振り返し、船に乗り込んでいった。

 イーハイが乗り込んでまもなく、乗船口がしまわれ、錨の上がる音が聞こえる。

 イーハイは船の上から、また最後に設楽を見た。

 『こもれび』に着き、『転送装置』を起動させることができれば、すぐに会うことが出来る、新たな仲間。

 その存在に、イーハイは小さく心を躍らせていた。

 船がゆっくりと、海原に向けて動き出す。

 イーハイは、満足して甲板の方へ向かった。


 彼が甲板まで歩いてくると、船首のほうに最早見慣れた長く赤い髪の、一人の鬼が立っているのを見つけた。

 彼はその背に近づく。


「赤都」

「あん? ……なんだ。スカし野郎か。………なんか用かよ」

「いや、何してるのかなって」

「別に何もしてねーよ」

「そっか。」

「何だよ」

「ん? ………あー、……赤都はさ」

「んあ?」

「『転送装置』が繋がったら、真っ先に春那さんに会いに行く?」

「バッ……………、…………し、知らねーよ! そんなこと!」

「決めてないの?」

「どっちだっていーだろが、そんなもん!」

「そうだね、変な質問した。ごめん」

「お、おう。………何だよ調子狂うやつだなぁ、ったく」

 赤都は頭を掻く。

「……赤都、」

「今度は何だよ!?」

「これからも、よろしくな」

「………………。おうよ、スカし野郎」


 彼らは、それ以上の言葉なく、無意識に拳をぶつけ合った。






 ◇◇◇◇◇







 少女は祈りを捧げていた。

 彼女の目の前には満開の大きな桜の木が、一つ。

 花弁を広場に満遍なく散らし、生き生きと、咲き誇り。

 ただただ、そこにあった。


 少女はその桜の前で、手を合わせていた。

 優しく、穏やかに、健やかに。

 

 そこに、一人の赤い、鬼が現れた。

 花弁の向こうから、土を踏む音を響かせて。

 少女が、その音に振り向いた。


「………よう、春那。」


 鬼が、笑みを浮かべて、そう言った。

 少女は、その声に、破顔して。


「─────赤都!」


 鬼の名を、愛おしそうに呼んだ。




〔不香の国と春告げの君 -終-〕

なんで春那生かしちゃったんですかねぇ

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