不香の国と春告げの君 -10-
やっと戦闘シーンまでこぎつけた話
御託が長すぎた
「おはようございます、イーハイ」
「ん。おはよ、ルッツ。」
朝。
イーハイは寝所から本堂に来ていた。
何人かも既に起床しており、本堂の中で準備を進めている。
「ニックス、おーなー、アマノ、設楽さんについては既に動いて頂いています。近隣住民への声かけと、結界用の杭の設置に当たって頂いています。特に、【星壊】の誘導に使う道については、結界を張るとはいえ絶対安全ではありません。近隣住民については退避勧告を行い、設楽さんには退避者の受け入れをしてくださる場所を早急に募って頂いています。」
イーハイが今ここにいる面々を確認するよりも先に、ルッツがそのように申告してきた。
イーハイは今言われた采配について考え、咀嚼してから頷いた。
「分かった。……おーなーとアマノは設楽さんの足として……ってところかな?」
「ええ。あとは結界に問題がないかのチェックもお任せしています。少なくとも、彼らの目が入れば十分でしょう」
「ああ。他のメンバーは?」
「雪華さんとマキシマは封印解除の段取りについて確認しています。春那さんについては、………そうですね、彼女も戦線に立ちたいと」
「え!? ………それは、駄目だろ。春那の体調は万全じゃない。」
「………ええ。私も再三お話したのですが、『僅かな命なのだから、最後まで自分のやれることがしたい』と……。勇気と無謀は違うともお話しましたが、それでも、と。」
「…………ルッツの弁が立たなかったんじゃ、誰にも説得は出来ないだろうね。」
「勿論、条件付きでの参加ということは認めて頂きました。条件は二つ。一つは『春の巫女の力が春那さんの人体に作用した場合はその場から直ぐに離れること』。もう一つは『力の暴走などが見られた場合は即刻結界の外へ退避すること』。この二つは必ず守って頂かないと、余計な死人が出ます、とお伝えしました。どのみちそうなったら彼女は動けませんので、実行していただくのは赤都さんですが」
「うん。それでいい。ありがとね。………ちょっとキツめに伝えてくれたんだな」
「後ろ盾としてや、戦闘に関して幾らこちらが場離れしているとはいえ、他者を気にかけていられるほど戦いの場は甘くありませんから」
「それに関しては同意。納得するしないじゃなくて、してもらわないと困る」
「ええ。とりあえず、現在は春那さんには赤都さんの監視の下、ギリギリまで療養して頂いています」
「分かった。」
「それから………」
「ん? もう全員分の報告は聞いたけど?」
「いえ、次は貴方です」
「え、オレ?」
「…………朝食がまだでしょう? 何も食べずに出撃することは流石に許しませんからね」
「あ……はい。……というか、普通にオレ、寝坊してない?」
「起きていたら起きていたで気を回してすぐ疲れそうだからと、皆さんが起こさない方針を取りまして」
「否めない……」
「貴方には戦いそのものに集中していただかないと困りますから。……朝食、用意致しますのでお待ち下さいね」
「ありがとう。頼むよ」
「皆さんが問題なく再度ここに集合次第、状況確認を行い作戦開始に移ります。………向こうからの接触がない分、こちらから自由に時間は取れます。万全に挑みましょう」
「ああ。」
短く応えたイーハイに、ルッツは表情を和らげる。
それ以上何もイーハイからは言われなかったことを確認した彼は、恐らく厨房へ向かうのだろう、イーハイの横を通り過ぎると本堂を出ていった。
イーハイはそれを目線で追うと、ルッツの手によって閉められた本堂の扉をじっとしばし見つめて、息を吐く。
彼はなんとなく、朝餉を待つ間は素振りでもしてようかと考えたが、先程のルッツの言葉を聞いて、やめた。
変わりに、ルッツが使っていたのであろう茶器に魔法で湯を注ぐと、使われていない湯飲みを手にとって、茶を入れた。
イーハイはルッツが飲みかけて残していったらしい湯呑みに、自分の湯呑みを近づけると、グラスを合わせるように、チン、とそれ同士を合わせて鳴らした。
──────温かな湯が、イーハイの喉を潤した。
◇◇◇◇◇
「皆さん、揃いましたね」
約、一時間後。
本堂には役割を終えた者たちと、休養を取っていた者たちが一同に揃っていた。
ルッツは彼らの顔ぶれを確認すると、一つ頷いてみせる。
「各々、先ほど報告は頂きました。この後の役割については、皆さんに私から最初に指示した通りになります。各々、準備が出来次第、配置に付いてください。確認したいことがあれば、この場で聞いていくこと。戦闘時の伝達については基本、お渡しした小型通信装置でのやりとりになります。長いやり取りは自ずと出来なくなりますので、それ以外の懸念はここで解消してください。以上」
一瞬の張り詰めた空気の後、彼らはそれぞれのタイミングで頷くと散って行き、自然と役割を共にする者の場所に身を寄せて話し始める。
それはこの場でリーダーの扱いをされているイーハイも例外ではなく、彼はルッツの側に寄る。
「イーハイ、何か?」
「いや、説明を任せてしまってすまないな、と」
「構いません。今更ですから」
「……ありがとう。………」
イーハイは他の仲間を見る。
打ち合わせか、互いへの激励か、何事かを交わす彼らの姿を、イーハイは静かに見守る。
「ルッツ、ちょっと良いかの?」
「はい。アマノ、どうしました?」
「儂らの待機場所は中間で良いのであったな?」
「ええ、山から【星壊】を誘導する赤都さん達から引き継いで街の中から『春告桜』の境内まで……」
イーハイは二人のやり取りを聞きながら、自分の手を何となしに見つめた。
そこに、近づいてくる者たちの姿があった。
「イーハイさん」
「! ………春那さん。………身体は?」
「大丈夫です。ゆっくり休ませていただきましたから」
「なら良かった。……最初の誘導班にいるみたいですね」
「はい。………多大な迷惑をかけるのは承知で、ルッツさんに無理を言って参加させて頂きました。……凄く厳しいことも言われましたけど、自業自得かなって……」
春那は隣や後ろに立つものたちに目を向ける。
春那と共に行動するものたち────設楽、雪華、そして赤都の姿がそこに在る。
雪華がその視線を受けて、真っ先に溜め息を吐いてみせた。
「……全く、妙なところが頑固なところはあの人そっくりだね。……それを放っておけないアタシも難儀ではあるけど。」
「まぁまぁ、雪華はん。難儀なんは、正直ここにいる皆さん色々と難儀だと思いますよ。………皆、ただ、この現状を変えたいだけの難儀者がここに我儘に集ってはるんですよ」
設楽が微笑みながらしっかりとした口調で言うと、雪華は二、三度瞬きをしてから目線を逸らした。
設楽と春那が雪華を微笑ましく見ている間、赤都だけがイーハイの顔をじっと見つめたまま、何とも言えない表情を浮かべていた。
彼は数歩だけ前にでて、イーハイの前に立つ。
「…………オイ、スカし野郎」
「何? 赤都」
「…………その、なんだ。…………あ……、ありがとよ」
「………え?」
「…………………あー!! やっぱ何でもねぇッ!! いーか、絶対お前、ヘマすんじゃねえぞ、生きて帰るからな、俺たちは!! 分かってるよなァ!?」
「何? 突然……でも、それについては当たり前だよ。君こそ、変なヘマして死んだら、オレだって許さないからな」
「お……?? ………お、おう! 俺様がそんなヘマするかってんだ! てめえこそそのスカし面ァそのままにしとけよ!!」
「スカし顔なのは良いのかな……?」
「やっぱ腹立つから一発殴らせろ」
「これから戦うのにいきなり怪我の危機出てどうすんの!? しかも味方から!?」
「うるせぇ、バーカ!!」
「もう、赤都!! イーハイさんに迷惑かけないの!」
「赤都はん、ないわー。野蛮ですわー。」
「ちょっとは落ち着いたらどうだい、アンタってやつは」
「なんで俺が悪いみたいになってんだ、チクショー!!」
彼らは笑い合う。
イーハイも同じく彼らの笑いに釣られながら、戦いの前だというのに小さな幸福を掴み取っていた。
これが、戦う理由で良いのだと。
彼らの笑顔を見て思う。
「……さて、そろそろ行きましょか、皆さん」
「……そうですね。イーハイさん、私たちは持ち場に行こうと思います」
「現地での準備もある。アタシには封印解除の役割もあるしね」
「………うん。皆、頼んだよ。オレは『春告桜』の境内で待ってる」
「………イーハイさん、……その、今、言っておきますね。……本当に、ありがとうございました。あなたがこの国に来てくださったから、それをえらんでくださったから、私はこうして、ここにいる人たちと立つことが出来ました。………私は、これで、……最後かもしれないので……また言葉を交わせたら、その時は、もう一度あなたに挨拶をさせてください」
「………春那さん……。………うん、オレも、最後くらいはちゃんと挨拶がしたいです。初めて会ったときみたいに」
「………はい! ………それじゃあ、向かいますね!」
「気をつけて」
春那はその言葉を聞いて、頭を下げる。
そして本堂の出口に向かって歩き出した。
それに続いて設楽も小さく頭を下げ、雪華が手を振ってから歩き出し、最後に赤都が続いていく。
しかし赤都は数歩歩いてから、顔を見せない程度にイーハイの方を振り返った。
「………桜の前でな、……イーハイ」
小さな声でそう言うと、大股で三人の後をもう一度追いかけていく。
イーハイは面食らったままその背中を見送ったが、段々とその表情は柔らかさを取り戻した。
「素直じゃないやつじゃなぁ」
「うわ! アマノ! ……話は終わったの?」
「うむ、確認は完了した。この後はおーなーと共に中間となる地点で待機の予定じゃな」
「は〜、まったくルッツも無茶言うよねぇ。三人だけでなるべく『春告桜』に行くまでに【星壊】を削っておいて欲しいとかさー」
おーなーがマキシマの肩に乗ったまま、面倒くさそうに言った。
「ほっほっほ、責任重大じゃからな。儂らがミスをすれば、『春告桜』に辿り着く前に町の方が火の海になるかもしれんのぅ」
「笑えるー、しかもワイらみたいな人外にヒトの命預けてるとか超ウケるー」
「じゃが、相手は存分に好き勝手をして良いものが与えられているぞい。面白いではないか?」
「そーじゃなかったらやらなーい」
「ほほ、そうじゃろう、そうじゃろう。」
「………一生会話が物騒だな、君たち……」
イーハイが苦笑いすると、マキシマが小さく何度か頷いた。
「ってわけで、そろそろワイらも行く予定ー。死んだら恨むからね」
「誰を……?」
「イーハイを」
「オレを!?」
「あったりまえじゃーん、バーカ」
「何かオレさっきも他の人にバカって言われたばっかりなんだけど君たち何か示し合わせてる……??」
「ない。イーハイをバカって言っといたら死なないみたいなジンクスでもあるんじゃない?」
「そんなジンクスあるならいくらでも言って構わないけど絶対無いから意味ないって言わなきゃいけない絶妙に否定しづらい何かやめて!?」
「ばーかばーか」
「言い返せなくなって雑になるのもやめんかい!?」
「ぷーっぴっぴっぴ! あー、やっぱイーハイはからかっておくに限るわー」
「どういうことなの……」
「まぁ、それがお主らの関係性と思って諦めるんじゃなー」
「アマノまで色々雑になってない!?」
「気のせいじゃ。」
「アマノー、マキシマー、とりあえずバ・カのイーハイは放っておいてとっとと行こー?」
「まだ言うかバカと!?」
「ほっほっほ、イーハイがバカかどうかはさておいて、出撃には賛成じゃ。……上手くいくかは保証せんぞ、イーハイ?」
「…………、その時はその時。何事も全部スムーズに、なんてありえないからね」
「うむ。では、征くぞ二人とも」
「はいよー。」
おーなーの返事の後に、マキシマが頷く。
「三人とも、……頼んだよ」
「うむ」
「期待するなよー」
三人はイーハイの言葉を受けながら、本堂の出口に向かう。
マキシマはイーハイにお辞儀をして、二人に続いた。
イーハイはその後ろ姿を見送る。
そこに、ルッツとニックスが近寄ってきた。
「皆さん行きましたか」
「ああ。たぶん時間的に春那さんたちはもう持ち場にいると思う」
「ええ。推察の通り、既に場に到着していると先ほど通信機での連絡がありました。私たちも行きましょう。ニックスに境内の陣を強化する魔法陣の発動を待機してもらわないとですから」
「っつっても、そんな難しいもんじゃねぇからな。準備自体はそんな掛かんねぇよ」
「ええ。強いて言うなら念には念を、ということで最終確認も忘れないで頂きたいので。」
「ったく、相変わらず扱き使ってくれる参謀様だよ」
「頼りにしていますよ、ニックス。」
「ルッツ、ニックス。………色々……ありがとう」
「何だよ、急に改まって」
「いや、結局今回もいろいろ……何ていうか、巻き込んだというか、……起こしちゃったというか、………首突っ込んじゃったっていうか……火事場を大きくしたというか……」
「今更何言ってるんです、いつものことではないですか?」
「っつーか、いつもそれ言って反省した試し無ぇだろ、お前……」
「うっ」
「自覚をするのが遅いですし、したところで次には忘れていますしねぇ」
「後ですげぇ後悔するのに懲りねーし」
「落ち込むのわかっててやりますからねぇ」
「君たち戦う前に俺のこといろんな意味で殺そうとしてない……??」
「気の所為です」
「気の所為だろ」
「示し合わせてるとしか思えない揃った回答なんだけど??」
「そうさせてるのはどこの誰ですか」
「………………スイマセンデシタ。」
「仕方ない人ですねぇ、ホントに」
「ま、それがイーハイらしいわな」
「納得するとこ、そこ……??」
イーハイが苦笑いをすれば、二人は顔を見合わせたが同じく苦笑を返すだけだった。
「………さぁ、話は此処までです、二人とも。私達も配置につきます。………イーハイ、ニックス。…………」
ルッツは一度、目を瞑り。
呼吸を整えると。
「不香の花を咲かせるこの国に、とびきりの春を告げてやりましょう」
確かな声を響かせた。
◇◇◇◇◇
山の中腹。
頂上から降りてくる冷気の風を身に受けながら、春那、赤都、設楽、雪華の四人は立っていた。
春那は護身用に両親から渡された短刀を、赤都は愛用の刀を手にしながら、他の場所に待機する者たちの連絡を待っていた。
四人分の白く烟る息が風に攫われて去っていく。
その時、小さな音が鳴った。
その音は、雪華が耳につけている魔導器────基、通信機が鳴らすものだった。
雪華は耳に手をやる。
『……ルッツです。こちらは配備が終了しています。そちらはどうですか?』
ルッツの静かな声が通信機から聞こえてきた。
「アタシたちも準備できてる。」
『儂らもいつでも良いぞ』
今度はアマノから通信が来た。
雪華はそれで、全員が作戦通りの位置についたことを認識した。
『雪華さん、これからイーハイが貴方がたに星魔法を展開し、イーハイの加護の分配をします。それを皮切りに【星壊】の封印を解除、戦闘を開始してください』
「分かった。………アンタたちも今の言葉、聞こえてたわね?」
雪華が他の三人を見ると、三人は頷いて肯定する。
「…………それじゃあ、頼む」
『了解しました、イーハイに伝達します』
そこで、声は途絶えた。
雪華は手を下ろし、息を吐く。
「…………いよいよ、なんですね」
春那が短刀を握りしめながら、吐き出すように言った。
「【星壊】……。それ以前に、それが『春の巫女』様やと思うと、なんか調子狂いそうですわ」
設楽が頭を掻きながら言う。
「………見ればわかるよ、あれはもう、マトモな心はないよ。巫女だからと言って、情をかけたらアタシたちが死ぬ」
「そーだぞ、タヌキ野郎。俺にもなんだかは何も分かってねぇけど、悪ィもんは悪ィ、それでいいだろ」
「ま……そこは同意するしかありまへんな」
「…………で、あのスカし野郎が撒く加護ってのァ………あ?」
赤都が疑問を口にしようとした時、突如麓のほうが眩い光を放った。
思わず彼らが振り向けば、『春告桜』のある場所────イーハイたちが待機しているはずの場所から、一条の光が立ち昇っていた。
「な、なんだぁありゃあ!?」
赤都が驚きに声を上げている間に、その光と同じ色のものが天から降り注ぎ、四人を包みこんだ。
彼らの身体の中を、温かなものが包み込む。
「もしかして、これが……!」
「たぶんイーハイさんの魔法や!?」
「………これが、加護……」
「………何かわかんねぇけど……燃えてきたぜッ!!」
そして、光が収まる。
彼らの内には、今しがた降り注いだ光の温かさが残っている。
それを頼りに心を奮い立たせると、彼らは、それぞれ得物を構えてみせた。
「────────『仮なる着物 帯びたる骸に 風吹かば 在りし日なる 時晴れがたき』……」
雪華は武器を構えたまま、謡を口にした。
それが、全ての合図だった。
謡の終わりから数秒も経たず────地面が大きく揺れ始めた。
彼らは雪を利用して足を固定して耐え、その揺れの原因に心を持っていく。
「………来るよ、アンタたちッ!!」
雪華の叫びと共に、彼らの前に赤い光が幾つも立ち昇り、何かが雪の中から突き出し始めた。
雪の中から現れたそれは、周囲に蔦を伸ばし始めると、その全容を現す。
………巨大な、人ひとりが入り込めそうな蕾がそこに、鎮座した。
淡い赤色を称えたその蕾は、心臓のような音を響かせて赤い光を放っている。
やがて、その蕾は酷くゆっくりと、赤い光を散らしながら、その身を開き始めた。
花が開いてゆく。
外側から、内の外周が、そのさらに中の一周の花びらが、徐々に、開いて。
その中にいたモノを、曝け出す。
女。
………それは、女、だった。
彼らは、そう認識する。
蹲るように、花の中心で、硬い鎧に身を包んだ、女。
鎧? 鎧なのだろうか。
それすらもわからない。
はっきりと分かるのは、それが纏う何かから覗く肌は、ひび割れた跡のような黒い筋が腕や喉元等に広がっていることくらいで。
それだけなら、魔族の一人の異常なる姿だと、彼らは、その存在のことを知らなければそう判断しただろう。
女が、顔を上げた。
スローモーションのように、女の瞳が開かれる。
黒の瞳孔だ、と最初は思った。
だが、それは間違いだった。
開かれた瞳は、眩い赤と黒のグラデーションを映し込んでいた。
青白いとも言える肌に奔る黒のひび割れのような筋が、唇の引き結びに釣られてわずかに動く。
うなだれていた頭とともに、毛先が赤くなった長い黒髪がするり、するりと上昇していく。
女が、立ち上がった。
足を曲げ、腰を動かし、手を使って、ゆっくりと。
女が、頭を動かして、前を見る。
そしてその赤い光を携えた黒い瞳に、四つの光を見据えた。
己を包んでいた花の下で、刃を手にする、何者か達。
(…………不快だ。
不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ、不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快────────)
女の頭の中を、そんな言葉が駆け巡る。
女は、見た。
あれは、【春】だ。
あれは、【壊さなければ】。
あれは、【私が正さなければ】。
あれは、【冬】だ。
あれは、【終わらせなければ】。
あれは、【私が制さなければ】。
女は、痛みに金切り声をあげた。
「────────ァアアアァアア────────!!!」
春那たちの前に現れたものは、どうしようもなく壊れた【何か】であった。
誰もが思った。
あれは、何か違うものなのだと。
雪華自身も、再認識せざるを得なかった。
あれは、もはや自分の知っているものではないのだと。
「………これが、【星壊】……!」
春那の呟きが、風の中で小さく響く。
「…………何だって構わねぇ!! ぶっ飛ばして、全部終わらせたらァ!」
「って、ここで迎撃はしまへんで!! 誘導開始や、行きますよ!!」
「はい!!」
「あ!! 置いてくなよ!!」
「設楽!! 春那を任せた!! アタシはこのバカ鬼とコイツを足止めしながら行く!!」
「バカじゃねー! 赤鬼だっつーの!!」
「言うとる場合ですか!!」
「設楽さん!! 行きますよ!!」
全員が、【星壊】が足をこちらに向けたのを確認したのと同時に麓に向かって踵を返し、走り出していた。
その彼らの後ろ姿を巨大な花から降りた【星壊】がじっと見つめたかと思うと、徐に両腕を上げた。
僅かな地響きと共に、地面から土と雪を巻き上げて、茨のようなものが這い出てきた。
茨はその身を伸ばし切ると、鋭く尖った先端を四人目がけて高速で伸ばす!
「……っオラァッ!!」
「はぁッ!!」
茨の先端を赤都と雪華の二人が振り返りながら叩き落とす。
雪華は自身の得物である、己の背丈ほどある棒─────これは、一見棍棒のようにも見えるが、実際には魔術用の杖である─────に伸ばされた二撃目の茨をわざと巻き付けると、力任せにそれを引きちぎり、さらに三撃目の茨を引きちぎった時の力の勢いに任せてはたき落とす。
「やるじゃねぇか、雪女! ……おおっとォ!?」
「油断すんじゃないよ!」
「誰がするか! ッだらァッ!!」
赤都は一気に二本飛んできた茨を刀で切り落とす。
「……ふぅ、って、え!? おわぁ!!」
赤都は慌てて目の前に飛び込んできたものを刀で受け止めた。
ガァン! という重い音と共に、身体を揺るがすほどの衝撃が走る。
赤都がその衝撃を与えてきたものの正体を見れば、それが【星壊】であることに気がついた。
「げえッ!?」
「赤都ッ!!」
ドンッ! という音ともに、【星壊】が赤都から見て横に飛んだ。
目にも留まらないというほどでは赤都にはないが、少なくとも遅くはないスピードで振り下ろされた杖が雪の中に突き刺さる。
「行くよ、赤都! ちょっとは時間稼いだだろ! 次にあいつが起き上がる前に!」
「お、おうよ!」
雪に刺さった杖を力任せに引き抜いた雪華が走り出すのを、赤都は慌てて追いかける。
その後ろを、ゆっくりと起き上がった【星壊】が瞳に捉える。
再び、【星壊】の周りに無数の茨が地面から這い出て、その先を地面に再び埋め込み、その身を伸ばしていく。
「きゃあっ!!」
「ひっ!」
地面を抉る音ともに、何本もの茨が設楽と春那を囲うように現れた。
「ホンマ、ふざけてはりますなぁ!! あの【星壊】いうようわからんもんは!」
設楽が構えながらそう叫ぶ。
茨は容赦なく二人を狙い、鋭い先端を二人に向かって伸ばす。
「ふっ!!」
設楽は手に装着した鉤爪を作動させると、腕をふるった勢いのままに先端を切り落としてみせる。
「………し、設楽さんってすごい武器使うんですね……?」
「あ、あー……まぁ、護身用、で……?」
「頼もしいです! ……ちょっと怖いですけど」
「正直すぎひん……? 春那ちゃん……」
「とっ、…とりあえず先に進みましょう! おーなーさんたちと合流しないと!」
「それもそうやな……」
「おいお前らそこで何してんだァァ! 奴が来るぞォォ!!」
「急いで! 直ぐに復帰して追いかけてきてる!!」
雪を掻き分けて赤都と雪華が降りてきたのを、二人は見る。
「急ぎましょう、設楽さん!」
「ああ言われたら、言われなくとも!」
二人は再び麓を目指して走り出す。
「クソーッ!! あいつ、春那たちを直接攻撃してきやがったのか!!」
「それはルッツの想定通りだっただろ! アタシたちは出来うる限りあいつの攻撃をこっちに誘発するしかない!」
「分かってら!! ただムカついただけだっつーの!」
「……ムカつくのは同意したげる!」
そう叫ぶ彼らの前に再び、【星壊】が影を落とす。
巨大な曲刀を掲げて、彼らの頭上に現れていた。
赤都と雪華は振り下ろされるそれを避けるために横に飛ぶ。
続いて、地面に轟音とともに叩きつけられた曲刀から赤く光る花びらが舞ったかと思うと、今度はそれらが彼らに向かって鋭い一閃として飛来していく。
慌てて彼らは獲物を横薙ぎに振るったり、見極めて切り落とすなどをして難を逃れたが、衣服の一部や手の甲などの露出された肌を掠って切り裂かれた跡が残ったところもあった。
「ったく、余計な攻撃しやがって! ……あらっ?」
赤都が悪態をつきながら【星壊】の方を見ると、雪に突き刺さった曲刀が赤い光を撒き散らして消えるところだった。
彼はほぼ直感的に嫌な予感がして飛び退ると、【星壊】が振るったそれが赤都の立っていた場所を凪いだ。
「は、はぁ!?」
【星壊】の手には、曲刀が再び握られていた。
「くっそ! そんなんありかよッ!!」
「赤都!! とにかく今は全員合流するまで走るしかない! とっとと行くよ!」
「チッ!! そうするしかねぇみたいだな!!」
赤都は体勢を立て直すとそのまま麓を目指して走り出す。
【星壊】は再び、彼らの背を追い、雪の上を浮遊して彼らを追う。
その傍らで、また茨が【星壊】の地面の下で蠢き、顔を出しては伸びて、彼らの背を目掛けて地を這い回る。
それと同時に今度は、無数の赤い光を放つ花びらを宙に舞わせていた。
光を伴って現れた花びらも容赦なく赤黒い光の軌跡を描きながら空を裂くように彼らに飛来していく。
「『氷花壁』!!」
迫る小さな赤黒い刃の群れに気がついた雪華が振り向いて氷の魔法を展開させる。
彼女の『力ある言葉』に応えて表れた氷の壁が刃たちの軌跡を阻み、いくつかの茨の先端をも留めてそれを凍りつかせた。
それでも地面を這っていた茨は壁を無視できるので、走る彼らの周りにその身を繰り出して襲いかかる。
「しつこいなぁ、もう!!」
「本当にしつこい野郎だぜッ!!」
迫る茨を、赤都と設楽が切り落としながら前に進む。
「まぁ、ちゃんと追ってきてることはありがたく思ってやらんこともないですわ!」
「ンだそりゃ!? あのクソヒヨコの真似か!?」
「この状況には何か合ってるやろ!」
「ああクソムカつく事になぁ!?」
「二人ともっ!! 雪華さんっ!! マキシマさんが………おーなーさんたちが、あそこに!」
「あれか!! ってなんだあのでっかいやつ!!」
「マキシマさん!? めっちゃ大きいやん!?」
「そんなことより、今はあの子らの横を通り抜けることに集中しな!!」
「わーってるよ!!」
◇◇◇◇◇
「おう、漸く来たのぅ。」
「見る限り生きてんじゃーん? えらいえらーい」
山に続く白い世界を並んで見ていたアマノとおーなーは、そこに浮かんだ四つの点と、それを追っている赤い光を目視した。
やがて、四つの点は大きく膨らむと、人の形になり、その人の形がはっきりしてくる。
間違いなく、春那、赤都、設楽、雪華の四人だった。
その後ろを、赤い光と茨に囲われた異形が追従している。
「うーん、しっかりきっかり【星壊】の反応ー」
「しかもこれまた厄介なタイプじゃのう」
「花型っぽいよねー、【星壊】の中だと強めの」
「うむ、心してかかるぞい」
「めんどくさー、でもやるー。」
彼らは近づいてくる戦いの気配に得物を構えた。
「………ぅおおおい!! クソヒヨコーーー!! ジジイーーー!! でっかいのーーーッ!!」
赤都の大声が近づきながら聞こえてくる。
彼らは雪を蹴り飛ばし、半分縺れ込むようになりながらも、おーなーたちの下へ駆けてくる。
「うーい、おつかれー。」
「よく頑張ったのぅ」
「後はーーー!! 任せたぞーーーーーッッ!!」
「はいはい、バカ鬼含めて先行組さーん、『春告桜』で待っててよねー。………はーい、『白ベタ』!!」
「だーーー!! バカ鬼じゃなくて赤鬼だっつ……おぅ?」
マキシマの横を通り抜けようとした四人を、白い絵の具のようなもの───おーなー曰く修正液らしい───が包みこんだあと、弾けた。
思わず足を止めた彼らは、何が起こったのかと見回す。
気がつくと、彼らの体中についていた傷や衣服の破損が治っていた。
「なーにやってんの、治してやったんだから早く行ってくんない? はい、『トーン貼り』。」
おーなーの『力ある言葉』に答えて、ひらひらと表れた薄い紙がシールのようにぺたり、と四人の手の甲にくっつく。
「え、あの、なんですのんこれ」
「さっきよりは早く楽に走れるようになったはずだからとっとと行って、巻き込むよ」
「………礼は言っとくよ、ヒヨコさん!」
「後でトーン代返してねー」
走り出した彼らに、おーなーは小さな翼を振る。
そこに──────春那たちを追いかけて通り過ぎようとした【星壊】が来て。
………その体躯を、巨大な腕が殴り飛ばした。
元々は戦いを知らないだろう女の細い体。
お世辞にもその存在になるまでも、健康的と称せるようなものではなかったのだろうそれが、弾き飛ばされるようにして今しがた己が通った場所の雪に転がった。
「マキシマなーいす。……ちょっとー、そこの【星壊】さーん? 何、普通に通ろうとしてくれちゃってんのー?」
おーなーが転がったそれに煽るように声を掛ける。
………沈黙の中に冷たい風が吹く。
その中で、無機質な色で赤い光を放つそれが雪の中からむくり、と起き上がる。
それは、赤く光る黒い瞳をおーなーたちに向けた。
じっと、それは彼らを見たまま静止していたかと思うと、地面から茨を喚び出し始めた。
「どうやら、しっかり妨害者として認識してくれたようじゃのう」
アマノは背中に黒い羽を出現させながら、ニヤリと笑ってみせた。
「まぁ、こっち見なかったところで、ボコボコにはするんだけどねー」
おーなーの言葉が終わると同時に、茨が彼らに向かって襲いかかった。
おーなーとアマノは翼を使って空へと飛び上がり、その場から退避する。
地面に茨が突き刺さる寸前で、その茨をマキシマの巨大な両手が包みこみ、そのまま茨を力任せに引きちぎった。
茨は赤い光の粒と塵になって消えていく。
その向こうから、【星壊】が突進を仕掛けてきた。
赤い光の粒が【星壊】の身体に纏わりつく様にうねって散りながら、ぐにゃりと変形する中から歪な鎧の体躯が宙を跳ぶ。
それを再び、マキシマの巨大な手が壁のように受け止めて叩き落す。
今度は【星壊】は学習したのか直ぐに空中で身体を回転させて飛ばされた勢いを殺すと、その勢いのままに出現させた花弁を赤い光の弾幕として射出してくる。
その花弁の弾幕をマキシマはその巨大な体躯で受け止め、【星壊】が弾幕の中を曲刀を掲げて再び突進をしてきたのを掌で征した。
「マキシマ! 十分じゃ、儂らもそろそろ『春告桜』の方へ!」
「そろそろワイらにも出番ちょーだーい!」
アマノとおーなーの声がマキシマに届くと、マキシマはくるり、と身体を町の方に反転させ、町の道に敷かれた結界の中を進んでいく。
その後ろを、アマノとおーなーが空から追いかける。
完全に彼らに敵対意思を持ったらしい【星壊】は彼らの後に続いて宙を駆ける。
その間も、花弁の弾幕を無数に、絶え間なく放つ。
アマノとおーなーは放たれた花弁の弾幕を、アマノは無数の小さな反応を発動した『魔眼』の力で軌跡を読み取り、おーなーは己の小さく小回りの利く体躯を駆使してすり抜けていく。
最初に、アマノが【星壊】に向かって振り返る。
飛行速度が減衰しつつも、後退は止めないままに彼は思いっきり利き手を振り抜いた。
「─────『魔のダーツ』!!」
『力ある言葉』と共に、一条の光がアマノから放たれた。
アマノの手から放たれ、赤い弾幕の中を逆走するように駆けるダーツ型の光は、黒の軌跡を描きながら【星壊】の体躯に突き刺さり、そのまま穴を開けて通り過ぎ、【星壊】の身体を僅かに揺らした。
【星壊】の身体の欠片が、風を受けた砂のように【星壊】の通り過ぎた後方へと塵となって消えていく。
「ペンは剣より強しー。『ライン引き』ー!」
次に、おーなーが振り返り、翼に持った漫画を描くのに使うGペンを踊らせると、Gペンの先が真っ直ぐな黒いインクの線を宙に描き出した。
それは払いまでが描かれると一瞬だけ光を放ち、ぱっと消えたかと思うと、何本もの黒い線がおーなーの周りに現れ、赤い弾幕の中へ射出される。
黒い線はさらに【星壊】の身体を徐々に削り、取っていくが、【星壊】は最初のダーツの一撃の後は全く怯まないままに直進を続けていた。
弾幕の隙間から見える体躯に刻まれたはずの最初の穴は既に塞がっており、おーなーが今しがたつけたばかりの傷も皮膚や鎧の再生を始めている。
「くあー! だと思ったー!」
「想定の範囲じゃの」
おーなーとアマノは口々にそう言いながらも攻撃の手を緩める気は全く無く、二人は次の魔法の準備に入る。
【星壊】も二人が攻撃の動作に入ったのを視認してか、茨を出現させると弾幕の中に交えてそれを伸ばし始めた。
「─────駆けよ、『虹彩幻狼』!!」
アマノの『力ある言葉』が響く。
彼の周囲に、虹色に光る靄が現れたかと思うと、靄は形を成してその姿を現し始める。
やがて虹色の狼の姿を形取ると、数匹の狼は一匹一匹がそれぞれ遠吠えをして、走り出すと弾幕と茨の中を駆け巡り始めた。
虹色の狼たちの一部は茨に喰らいつくとそれを噛みちぎり、さらに奥の茨に噛み付き……を繰り返し、他は真っ直ぐに【星壊】を目指して疾走る。
何匹かは花弁の弾幕に悲鳴を上げながら靄として霧散したが、靄はアマノの下に戻るともう一度狼の姿となって駆けてゆく。
そのうち、一匹が【星壊】の身体に噛み付いた。
【星壊】はそれを無表情で一瞥すると腕を振り回して解く。
振り回した影響で前に突き出た片腕に、もう一匹が噛みつくと腕を捥ぎ取る。
ばきん、というガラスの割れたような音と共に虹色の狼の口から取れた腕が滑り落ちて塵となって消えていった。
しかし、ぱきぱきと直ぐに肘の先が再生していく。
今度は狼が頭に食らいつき、その一部をまた噛みちぎるが、【星壊】は意にも介さず、赤く欠けた顔面と頭部をそのままに攻撃の手を全く緩めない。
「パラパラページ、サラサラ文章〜、サラッと書いて〜、しゅっぱーん! 『書刃光』!」
Gペンから持ち替えた万年筆をくるくると回してみせたおーなーは、何とも気の抜ける影響をしたかと思うと、空中に文字を書きだした。
万年筆の先からこぼれ出た光る文字はおーなーの『力ある言葉』を受けて光の矢の形を取る。
「マキシマー!」
マキシマはおーなーたちから見れば後ろを向いたままであったが、おーなーの呼びかけに応えたらしい。
おーなーが出現させた光の矢に、彼は『最大化』を施したようだ。
彼の身体から淡い光が漏れて、その光と同じ色の光が光の矢を包み込む。
彼の力を受けて光の矢は大柄の男性ほどの太さと長さに肥大化した。
「さんきゅー! そーれっ」
おーなーは己の翼を前に振り下ろした。
それに合わせて光の矢が弾き出されるように発射される。
光の矢は進行方向の花弁の弾幕を蹴散らし、茨を貫き、【星壊】に迫る。
【星壊】は素早く両腕を前にして防御の姿勢を取ったが、光の矢はその腕すら飲み込んで【星壊】の身体を貫いて抉り取った。
腕の先が無くなり、胸から腹が欠ける。
腕に隠されていたはずの【星壊】の赤く光る黒の瞳が、おーなーたちを見据えた。
再びぱきぱきと音を立てて、【星壊】の身体に空いた風穴は塞がり始めるのが、おーなーたちには見える。
端から見れば、どれだけの損傷を与えようと【星壊】には通用していないように見えるだろうが、そもそも奴らの存在は『加護』の力で少しずつ削り取るしかないのだ。
向こうも本来は、その存在だけで人体や心を侵食し、喰らう存在である。
それを、喰らい返す。
おーなーもアマノも、マキシマも、【星壊】自体はこの世界の存在でなく、別の宇宙形態に存在し、本来の『加護』を持つ者たちと日夜戦いを続けていることを聞いている。
イーハイたちですら別の世界の人間であるが故に知り得なかった、さらに遠い次元の存在の脅威をおーなーもアマノも改めて、戦いの場で感じざるを得ない程の、嫌らしく出来上がった知り得ない食物連鎖。
それを彼らは体感する。
皮肉なものだ、むしろこの世界では、おーなーとアマノ自体はヒトを害して何かしらを喰らう側であるはずなのに。
その身が元がただのヒトであったはずでも、彼らが過ごした年月は確実に彼らの生活を違うものにしていった筈なのに、そんなものは関係なくなるほどの暴力と理不尽が、今この戦場を彩り、狂乱と宴を容赦のないほどに自由に開いているのだ。
おーなーもアマノも笑みを零す。
どうせ、自分たちも壊れている。
どうしようもないほどに。
ヒトの社会のあぶれ者。
しかして、ヒトの社会に紛れ込み、生きる者。
食らい尽くす、しゃぶり尽くす、奪い尽くす、それこそが、彼らのヒトとなり。
それが彼らに笑みという表情を与えていた。
だが、─────本物の宴は、これからだ。
「っしゃ! 階段まで引き寄せてやった!」
「マキシマ、登るぞ!」
おーなーとアマノ、マキシマは『春告桜』の境内に続く階段の前に辿り着く。
マキシマは二人の言葉に頷いてみせると、その身体を宙に浮かせる。
それに合わせて、三人は同時に階段の上を飛行していく。
その後ろを、【星壊】が身体を再生する光を纏いながら飛び駆ける。
◇◇◇◇◇
「………来ます。イーハイ、ニックス、準備は宜しいですね」
「ああ、勿論」
「待ちくたびれそうになったぜ」
「………貴方達も、少しは休めましたか?」
「………これくらいでバテて溜まるかよォ、俺様が」
「何いってんだい、アンタは辿り着いた瞬間、真っ先に倒れ込んでたじゃないか」
「オイ雪女それを言うなァ!?」
「情けないわなぁ、赤都。私より先に倒れてまうのは戦士としてどうかと思いますわぁ」
「ンだともういっぺん言ってみろこのタヌキ!!」
「もういっぺん言われたいんか……?」
「やだ!!」
「アホですやん……」
「あ、あはは……赤都、あの、……頼りにしてるからね」
「は、春那……お、おうよ! 大船に乗った気持ちで居ろよ!!」
「でっかい泥舟じゃないとよろしおすなぁ」
「てめーは余計なことしか言えねーのかタヌキ!!」
「戦闘前とは思えないほど賑やかですね」
「………ルッツ、オレはこれくらいのほうが逆にやりやすいよ」
「ふふ、そうですね。士気が下がっていては意味がありませんから。……さぁ、」
ルッツの視線が階段の方へ向く。
「いらっしゃいますよ」
ルッツの宣言とともに、黒い翼を持つ影と、黄色の小さな影と、それに続いて巨躯の影が階段下から飛び出した。
「待たせたのぅ!!」
「イーハイー!! 働け働けー!!」
その影たちはアマノ、おーなー、マキシマであった。
彼らはイーハイたちの下に飛んでくると、イーハイたちと同じように階段の方を向き、陣取るように配置についた。
「大丈夫? このまま戦える?」
「儂らを何じゃと思うておるんじゃ、イーハイ? 当然じゃよ。こんな面白いことを途中で降りるなんぞ、あり得んことじゃよ」
「そーそー、そんなことしてほしいなら契約違反で命もらうよ」
「シンプルに物騒で安心する返答でありがとね………」
「それお礼になってんのか……?」
彼らのやりとりにニックスが苦笑いする。
「これくらいのほうが、『仮初探偵事務所』─────オレたちらしいだろ?」
「………それもそうだな」
………そんな彼らの前に、花を纏う赤い光の異形が、現れる。
階段の下から、花弁を風に遊ばせて。
段差に茨を絡ませて、這わせて、抉らせて。
日常を、空気を、人の営みを、貪るかのように、歴史あるそれを削り取りながら、それが彼らの前に立ち塞がる。
「ここで、最期だ……! 追いかけっこは楽しかったかい、この野郎!」
イーハイが、剣を構えてそう宣言する。
赤く光る瞳が、イーハイを捉えた。
【星壊】の前に立ちふさがる、邪魔者たち。
在るべき概念に従わない、愚か者達。
【星壊】にはそのようにしか見えない、宇宙の星のあぶれ者の群れ。
それが、何かを喚いている。
排除しなければ、従えない者たちを。
この世に必要ない、理を壊す者たちなど。
【星壊】は腕を掲げる。
わたしは、【春】のイドラ。
名を、【爛漫】。
【星壊】の頭には、それしか最早ないのだ。
空に赤い光が点々と星のように広がる。
それは一つ一つの刃の花弁。
散々その光景を見た赤都たちとおーなーたちはそれを睨みつけ、イーハイたちはそれが攻撃の予兆であることを察知する。
【爛漫】がその手に曲刀を握ると────無数の赤い星々と共にそれが地上へ、イーハイたちに向かって落下を始めた。
その脆く儚いヒトの形の体躯を壊さんが為に。
赤い光線が大地に降り注ぎ、小さなひび割れをいくつも作り込んで、突き刺さる。
魔法での防御が可能なものは魔法の盾を展開し、剣を持つものは己の技術と勘を頼りにそれをいなし、【爛漫】の落下先を見ようと何人かは首を巡らせる。
「────!! 春那、雪女ァッ!!」
真っ先に声を上げたのは赤都だった。
イーハイが自分に飛来した花弁のいくつかを剣で振り払った後に春那たちの方を見れば、春那と雪華がいる方へ飛び掛かる【爛漫】の姿があった。
その【爛漫】の前に、赤都が躍り出て、【爛漫】に向かって刀を勢いのままに振り抜く。
ガンッ! という音が鳴り響いた。
イーハイはその音を聞きながら疾走り出す。
その後ろで、ルッツが『雷魔法』の詠唱を開始し、ニックスが大剣を手にイーハイに追従するように走り出す。
「赤都ッ!!」
設楽の鋭い声が発せられ、設楽が横から飛び出して鉤爪の一撃を【爛漫】に食らわす。
鈍い金属音のあとに【爛漫】の頭部の一部が削れるが、【爛漫】はやはり意にも介さず力のままに赤都を曲刀で押し返して弾き飛ばし、空いた腕を設楽に叩きつけて彼の身体を後方に吹き飛ばした。
その【爛漫】の後ろ姿を目掛けて、イーハイとニックスが刃の先を突き出して貫く。
背から二本の刃に貫かれて一度身体を衝撃に揺らして動きを止めた【爛漫】は首だけを後ろに向けて彼らを一瞥すると、身体を回転させようと足に力を込める動作をする。
イーハイとニックスはほぼ同時にそれを察知して相手の体から刃を引き抜くと、後方に飛んだ。
【爛漫】の回し蹴りが空を切ったところに、雷撃とダーツ、光の矢の一撃が迸った。
【爛漫】の足にダーツが突き刺さり、光の矢がダーツの開けた穴を広げ、雷撃がそこに直撃してもろとも砕く。
片足を失った【爛漫】の身体が傾いで倒れかけているところに影が差した。
影を伴って迫る巨大な手。
マキシマの手が、傾いで倒れ込みそうなその体躯を横っ面を叩くようにして弾き飛ばした。
【爛漫】の身体は為す術なく浮かび上がると錐揉み回転をしながら雪の上を何度も跳ねて転がる。
その間に、広場の地面が隆起して、幾重もの茨がイーハイたちを取り囲むように、また、それ以上の追撃を阻むように伸びてきた。
マキシマは彼らの頭上すら覆おうとする茨を両腕で受け止めると、伸びては囲おうとするそれを力任せに次々に引き千切り、霧散させていく。
それを手伝うかのように、雪華の氷魔法、アマノのダーツの魔法、おーなーの漫画技法魔法、ルッツの雷魔法がマキシマの体に絡みつこうとする茨を退けた。
地上では、イーハイ、ニックス、赤都がそれぞれ己の剣を活用して自分たちを阻む茨を切り除いている。
茨のいくつかは依然として春那を狙っており、その防衛のためか赤都はその場から動くのが難しいようなのを、イーハイとニックスは感じ取っていた。
イーハイとニックスは顔を見合わせると、【爛漫】のいるだろう方向の茨を切り拓いていく。
茨の間、隙間から赤い光が飛来する。
あの花弁の弾幕だ。
花の刃はイーハイの頬を掠り、手の甲や腕に傷を作っていくが、彼の傷は瞬く間に水の波紋のようなものに包まれて塞がっていく。
しかし、ニックスはその限りではなく、体中に赤い筋ができていく。
「ウンディーネッ!!」
イーハイは短く鋭く、水の精霊の名を叫ぶ。
すぐさま彼の後方には水を携えた美しい女の姿をした精霊が浮かび上がる。
「ウンディーネ、オレの光の力を抜き取っていい、ニックスの傷を!」
『分かりました』
ウンディーネは頷くと、ニックスに近づき、手を掲げた。
ニックスの身体は『命を持たない』。
彼の身体は過去に彼自身が行った禁断の錬金術による副作用で、通常の回復魔法を一切受け付けることができない。
それはウンディーネの使う精霊魔法も例外ではない。
しかし、イーハイが以前、どこからか得てきた光の魔法だけは、違っていた。
それだけは確かに、ニックスの身体に刻まれた傷を跡形もなく直してみせたのだ。
その力さえ彼の中から引き出せれば、彼と繋がりのあるウンディーネの力も、ニックスの身体を癒せる魔法へと変容させられる。
イーハイの思惑と願い通り、ニックスの身体に付けられた小さな傷がみるみるうちにウンディーネの魔法によって塞がっていく。
彼らはそのまま、茨の先へと進んでいった。
そうして進んだその先に、開けた場所に出た。
そこには足を再生させたばかりの【爛漫】の姿があった。
ゆらり、とその顔がイーハイとニックスを見やる。
そのまま、【爛漫】は突進を仕掛けてきた。
イーハイと【爛漫】の刃が交わる。
重い金属音を響かせたそれは同じタイミングで払われ、次にニックスの放った一閃が【爛漫】の二撃目を受け流して弾く。
三撃目、イーハイの隙を突いた一撃が届きそうなところで【爛漫】に止められる。
イーハイが退いたところにニックスが四撃目に入るが、腕でいなされて終わる。
五撃目、イーハイとニックスが同時に左右から攻撃を仕掛ける。
イーハイの一撃は曲刀に、ニックスの一撃は【爛漫】の手に堰き止められ、届かなかった。
しかし、彼らは自らの腕にありったけの力を込めて押し返す。
イーハイの刃がガリガリと音を立てて【爛漫】の曲刀に罅を入れ始め、ニックスの刃が【爛漫】の指の間に食い込み始める。
震えるほどに込められた力が、【爛漫】の両側に負荷として掛かりかけている。
「く……っ、う、……!!」
イーハイが身体を震わせながら、腕の震えをなんとかしようと足に力を込める。
足の先が雪と地面を削り、ずり、と音を立てるのを聞きながら、彼は目の前の破壊者を睨みつける。
手の中に現れた汗で剣の柄が滑りそうになるのすら、今のイーハイには煩わしい程で、集中力が散漫になりそうになりながらも、耐えた。
そうしているうちに、さらに食い込ませた刃が進む。
僅かに、興味のなさそうな【爛漫】の顔がイーハイの方に向けられた。
イーハイの目に、無機質が映り込む。
苛立ちになりそうだった。
しかし、次の瞬間、辺りの空気が一変した。
「────おっ……りゃあああああああ────ッ!!!」
一陣の赤が、この戦場に飛び込んできたのである。
その隣に【春】を伴って。
赤い髪を風の中に靡かせて、それが真っ直ぐに【爛漫】に向かって駆けてくる。
イーハイは見た。
それは、その正体は赤い鬼と、春を告げる少女だった。
赤都と春那。
二人が、一振りの刀を共に前に掲げ、雪を蹴散らし────駆けていた。
そして────彼らの掲げた刃が、【爛漫】の胸を貫いた。
「………ッ、オイ! イーハイ! ニックス!! こっからどーすりゃいーんだッ!? 何回叩いてもコイツ、再生しちまうんだろ!! なんとかなーんねーのか、コンチクショー!!」
「イーハイさんっ……! ニックス先生っ! お願いしますっ! 方法は、何か、ありますかッ!?」
とても近くから、赤都の言葉が、春那の叫びが、イーハイに届く。
「………、このまま、こいつを叩き切ったら、ニックスと君たちは下がって!!」
「イーハイ!?」
「そんでお前はどうすんだよ!」
「イーハイさん……!」
「大丈夫、……やれることを、やるだけさ!!」
イーハイの宣言に、彼らは少しの間沈黙したあと、頷く。
彼らは自分たちが持つ刃に一層力を込めて。
「………っらぁああッ!!」
「────おらぁぁぁッ!!」
「はぁあああッ!!」
四人同時に、刃を振り下ろした。
【爛漫】の持つ曲刀がそれを持つ腕ごと砕け散り、身体は胸の下まで二つに裂かれ、もう片腕は肩までを抉られて落とされる。
バランスを失い、崩れ落ちる四体から、四人はほぼ同時に後ろに飛んで離れた。
イーハイはそれを確認すると、剣を天高く掲げる。
青い刀身が光を照り返す瞬間、それ自体が眩い輝きを宿す。
天を貫く光の柱が立ち上り、イーハイを包みこんでいく。
【爛漫】はその光を見たのだろう。
茨を展開してイーハイを狙うが、光の柱に触れた茨は赤い光を散らして霧散し、光の柱の中に消えていく。
再生しつつある身体を無理やり起こそうとしながら藻掻くそれを、イーハイは静かに見下ろした。
光の柱は徐々に収束を見せると、白い輝きとなって、イーハイの剣に宿る。
イーハイは、そのまま【爛漫】に向かって剣を降ろす。
光の刃が迸り、【爛漫】の体に当たると、それは凄まじい光の奔流を作り出し────呑み込んだ。
光の中で【爛漫】の体が徐々に削られ、形を崩して塵になって消えていく。
やがて、光が収まり始めた頃には、その姿はもはや赤い光しか残さず。
それも白い光の中に紛れるようにして、消えていった。
辺りを取り囲んでいた茨すらも、この場には存在しなかったかのように消え失せて。
抉られ、掘り返された地面だけが、戦いの存在の痕跡を残していたのだった。
(エピローグへ)
2万ちかい文字があるらしい
なんで?




