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不香の国と春告げの君 -9-

この話はずっと幻想〇滸伝の「月夜のテーマ」を流しながら書いてました。



「………飲めるか? 液状にしたから、ゆっくり飲めよ」

 薄暗さが少しだけある、手入れはされているが古いお堂の中の、方丈───方丈と言えど、設楽いわくかなり広いらしいが───で、具合が悪いままの春那をまず布団に寝かせた後、ニックスが薬を作って、彼女の体を支えながらそれを口元に運んだ。

「………ありがとうございます、先生」

 春那は微笑んだ後に、ニックスは頷きながらゆっくりと薬杯を傾ける。

 春那が静かに薬を全て飲み干したのを確認したあと、慎重な手つきで布団に春那の体を横たえて、布団をかける。

「あんた、………雪華さんだっけ。ありがとな。足りなかった薬草貸してくれて助かった」

 ニックスは囲炉裏の傍に陣取る雪華の方を向きながら言った。

 雪華は囲炉裏の火を調節しながら、ちらりとニックスの方へ一度だけ視線をやる。

「……………礼を言われることはしてないよ。……アタシだって、別にその子に死なれたいわけじゃあ、ないんだよ」

 そうとだけ言って、雪華は言葉を切る。

「……な、なぁ。大丈夫なんだよな、春那は……」

 そのタイミングを見計らって、春那が横たわる布団の横に陣取っていた赤都がニックスにそう問いかけた。

 その隣に座る設楽も、しきりに春那の顔色を窺っている。

 ニックスは二人の様子を見ながら、ふっと息を吐いて、口を開いた。

「今のところはな。………でも、今後はあのレベルの無茶は止めたほうが良い。何が起こるのか分かんねぇし、下手すりゃ消滅するぜ」

「…………ごめんなさい、皆さんに心配かけるようなことを、私……」

「あんたが必死なのは皆、分かってる。………だから今は、皆のために休んどけ」

「ニックス先生……。………はい。ありがとうございます」

「…………さて、そろそろ……聞いてもいいかな」

 そこで、イーハイが雪華に向かって声をかけた。

 雪華は静かな表情で顔を上げて、イーハイを見る。

 イーハイの、真剣とも軽薄とも言い難い表情が、雪華の視界に映った。

 ………軽薄な男に見えるのは、見た目か、それともこの男が纏う雰囲気か、それとも言い方か。

 しかしながら、その印象と同じくらい、彼の言葉は真っ直ぐに雪華の心に降りてきた。

 貫くでもなく、自然にストンと投げられた荷物のように、当たり前に自分の下に。

 雪華の見ていたイーハイの目が、囲炉裏の火を反射して、刺すような鋭さと黄金の光を携えて、見返した。

「…………この冬は、君の仕業?」

 イーハイの問いは、剪定のようだった。

 返答によっては、敵になるのも辞さない……やぶさかではない、という意味だと雪華は受け取った。

 この男が向けたのは、そういう目だ。

 この男にはこの国に関する知識がどこまであるのか測り兼ねたが、………そもそもそれは眼中に無いのだろう、と考える。

 もしそれを承知ならば、そしてそれを重んじているならば、そもそも自分の───『冬の巫女』の事など探しには来ないだろう。

「…………さっき、ここに来る前。君は……雪華さんは、『事が起こったのは春の巫女が亡くなった時だ』って言っていたね。………話してもらえるかな、どういうことなのか」

「………………………。正確には、『春の巫女』様は………亡くなったんじゃない。………本当は、殺されたんだ。………得体のしれない、妖魔によって……ね」

「………………え」

 いきなり飛んできた予想外の言葉に、イーハイはさすがに面食らった。

 それは仲間たちや春那たちも同じで、何を言われたのかが分からない顔をしていた。

「………正体不明の妖魔たちに対抗した兵たちも、殆どが食い殺されたような、悲惨な事件だった。………それだけだったら、不幸な話で終わっていた。言い方は悪いけど。」

「終わらなかった……のは、どうして?」

「…………やつらは……妖魔たちは『春の巫女』様に取り憑いたんだ………そしてその身体を汚染した、………らしいんだ。」

「汚染………!?」

「身体を乗っ取られた『春の巫女』様は、さらに妖魔を増やしちまってね。……完全に、死体を悪用されたってわけさ。………当然、犠牲者は増えて……」

 雪華は、そこで言葉を切った。

 思い出したくないことがあるのだろう。

 目を瞑って顔を僅かに背けた。

「……………もしや、貴方の夫………春那さんのお兄さんが亡くなられたのは、その時なのでは?」

 ルッツの問いかけに、びくり、と雪華が体を震わせた。

「……………。…………ああ。………あの人は、乗っ取られた『春の巫女』様が召喚した妖魔に対抗して、………喰い殺された。………跡形も残さないで、その後に、成り代わられて……アタシは、その対処をさせられた。………アタシが、あの人を、手にかけたんだ」

「…………兄さんが、………妖魔に………? そんな、………そんなの、一言も、………国は………」

「言うわけないじゃろうて」

「アマノ!」

「誤魔化せることでもないじゃろう。何の不思議もない。ただの良くある隠蔽じゃよ。胸糞のいい話では全くないがの」

「兄さんの死体は、………破損が酷くて、返せなかったって………」

「そもそも、そんなものすら無かったんじゃろう。残らなかったんじゃよ、そういうものは」

「……………そこの人の言う通り。…………妖魔にされたあの人は、死体すら残らなかった。塵みたいになって、消えちまったのよ」

「………塵、って……」

 イーハイがそこで、何かに気がついたように顔を上げた。

「…………イーハイ、恐らく……雪華さんの言う妖魔とは、【星壊】の魔物たちでしょう。………なら、説明は簡単です。彼らの目的は、この国の四季の概念を破壊すること……だったのでしょうね」

「恐らくそうだろうな。まさか、こんなところに湧いていたなんて……」

「…………しかし、不思議です。【星壊】に対抗するには特殊な加護が必要なはずですが、どうやって対抗なさったんです?」

「ん……? どういう意味だい? ………第一、その【星壊】ってのは何?」

「………………知らないで、対処を?」

「……………体内の『マナ』が汚染されている、っていうのはあったから、療養はしていたけど」

「……………………!!」

「………賢明な判断です。もしそのままにしていたら、今度は貴方がその妖魔になっていたかもしれません」

「な、………………。」

 ルッツの言葉に、雪華は絶句した。

「………………………心当たりが、ないわけじゃないのが………キツイな………」

「雪華さん……。」

「………、話の続きをしよう。………結果的に、ではあるけど………。アタシも、その、恐らく汚染とやらをされて療養せざるを得なくなった。………結果的に、妖魔化した『春の巫女』様を封印する手しか使えなくてね。………今も、その封印を維持している最中さ」

「…………その封印の要になっているのが、もしや貴方ですか?」

「そう。………ただ、そのせいで不具合が起きた。………冬が終わらなくなった。」

「順当に考えりゃ、雪女がその……なんだ、えーと……」

「ぴー。赤都ー、口出すんなら頭にちゃんと浮かべてからのほうがいいよー? 赤都が聞きたかったのは、雪華さんが『冬の巫女』の力を使って封印をしてるから、冬が明けなくなったんじゃないか、でしょー?」

「おう、それそれ! やるじゃねぇか、クソヒヨコ!」

「褒められてる気がイチミリもしねー…」

「…………一応、半分正解、……半分不正解としとこうか。………まず、アタシの力……『冬の巫女』の力で封印を維持してるのは本当。………問題なのは、封印してる対象が『春の巫女』様……つまり、『春』そのものの封印になっちまってるって話さ」

「………なるほど、そういうことですか。概ね理解しました。次代の『春の巫女』が生まれなかったのは、そもそも先代の『春の巫女』が完全に死んだと認識されていないから、だったわけですね。………そして、封印が起こした二次的な作用として、『春告桜』が起動してしまった。………その流れで、春那さんが『桜の巫女』になってしまったと……」

「………………………」

「………ほんなら……ほんなら、どうすればいいんです? これじゃ、雪華はんも、……春那ちゃんも……どうしたらええか分からないやないですか………」

 ルッツの言葉に沈黙した雪華を見て、設楽が困惑した声を上げながら周りの人間達を見た。

 その視線を受けたルッツが、彼をまっすぐ見ながら、口を開く。

「話は簡単です。『春の巫女』はもはやヒトではない。斃せば良い話です」

「待って!! そんな事をしたら、……………」

「分かっていますよ、雪華さん。春那さんが、『桜の巫女』として消える……でしょう?」

「……………………………」

「貴方が冬を維持していたのは、封印がどうこう以前に『桜の巫女』が春を齎す者の代替として機能し、消えてしまう可能性があるから。本来は、問題なく次代が生まれるか、先ほど封印したとは仰ってましたが、話を統合する限り、封印をしても春の概念が生きているなら、問題なく封印を維持したまま春は訪れるはずだった。ですが、バグ……不具合が生じて、『冬の概念』の継続を感じ取ってしまい、それを『春の巫女の不在』として代替を行った。………それを知った貴方は、慌てて更に『冬の概念』の力を強めて、実際に冬を継続させたままにした。………これが真相ですね?」

「……………なるほどのぅ。それで、『春』の概念の上に『冬』の概念が乗っているような、不思議な光景になっていたんじゃの」

「………………それで、アンタたちは………これからどうしようっていうんだい。……アタシは、………出来うることなら、このまま何もせずに帰ってほしい。……冬に閉ざされていたとして、これが今できる最善だと……アタシは思ってる。………現状の維持が、………最善なんだよ」

「──────それは、違うよ。雪華さん」

 春那の弱々しくも、確かな声が聞こえた。

「春那…………」

「確かにね、今を変えないほうが誰も何も失わなくて済むし、みんなで冬を越える方法を探せば、なんとかなるかもしれない。何も変わらないかもしれない。それは分かってる。でも、…………それも、上手くいく話じゃないと思う。」

 彼女は重い体を動かして、雪華を見る。

「夏も、秋も、このままだと無くならなきゃいけない。そうして騙し騙し生きられるかもしれない。でも、……その下で、いったい何人が飢えるか分からないんだよ。私たちは四季に合わせた生活をして、そこでやりくりして、手を取り合って生きてきた。それを突然変えて、すぐにどうにかできるわけじゃない。」

「それは………それは、そうだけど………春那、アンタ……そういうことじゃない、そんな言葉でアンタの死を納得しろって? ……アタシの愛したあの人の家族を、そんな言葉で失うのを納得しろって………!?」

「……………死ぬのは、怖いよ。雪華さんが、私を思って、この命を繋いでくれたのも………今の話で、全部分かった。それを無駄にはしたくない、生きて返したいもの、兄さんがあなたに渡せなかったもの、………たくさんある。私にも、雪華さんとの思い出があるし、これからもたくさんそれは重ねたい。そう思うけど………」

 春那は、笑ってみせた。

「…………私一人のために、皆が我慢しなきゃいけないのは、嫌なんだ。………それにあやかって生きる自分の姿も、私はきっといつか許せなくなるから。だから、今私にできることは、この国に、もう一度春を齎して、……皆に生活を返してあげることだよ。それが今、私の望みで、私の希望なの」

「でもその生活に、アンタは居ないじゃない……! それは、不平等でしかないだろ!?」

「そうだね。………そうだけど。……同じ後悔をするなら、私は自分が思うことを成し遂げて、生ききってみたいな、って思う。………変な言葉だけど。」

「…………春那………アンタって、子は……本当に…………」

「…………雪華さん。………『春の巫女』の御一行を襲ったのは『星壊』……そして今、それに成り代わっているのもその存在と考えてる。………それなら、オレたちが討伐出来る」

 イーハイの言葉掛けに、雪華は頷く。

「………そうね。アンタたちの言葉が本当なら……ってのと、事情を知ってるなら対処ができるんだろうことは分かる。…………でも、ちょっと待ってくれないかい。………アタシも、正直気持ちが追いついてないんだよ」

「構わないよ。………あなたがオレたちを追い返そうとした理由も、今はわかる。…………結果的に、あなたの心を踏みにじりに来たようなものでもあるし」

「……………アンタ、ちょっと馬鹿正直過ぎないかい? いつか損するよ」

「して然るべき損なら、甘んじて受けるよ」

「……………変な男に引っ掛かったねぇ、春那」

「そう? 私は、そこがイーハイさんの良いところだと思う」

「………そう言われりゃあ、そうかもね」

 何気なく、雪華は口元を綻ばせた。

 それをきっかけに、張り詰めていた空気が緩んだ気が、イーハイはしていた。

 あくまでも個人の体感ではあったが、彼女たちの空気は、少なくとも緊張から解き放たれたように思ったのだ。

「………では、次の目標は『星壊』と化した『春の巫女』の討伐……ということで方針を決めましょう、イーハイ。」

「ああ。………雪華さん、もし……その、辛くなければだけど、『春の巫女』についてもう少し詳しく聞かせてもらっても?」

「構わないよ。………そんなにヤワな女じゃないさ。覚悟が決まっているあの子の気持ちを、無下にするほど弱くある方が恥ってもんよ」

「ありがとう。……それなら、オレたちからも、『星壊』についての情報を提供するよ。そのほうが話し合わせもしやすいだろうし」

「そうしてもらえると助かるね。……アンタの事、なんて呼べばいい?」

「イーハイでいいよ。」

「………分かった。………その、宜しく、イーハイ」

「こちらこそ、雪華さん」

「イーハイ、ここだと春那さんが休むのに邪魔になる。何人かは看病に残って、他は作戦会議に回したほうがいい。出来るなら、食事係も分けたほうがいいな」

 ニックスの提案に、イーハイが頷く。

「ん。そうだね。それなら……オレは固定しないとして……ルッツとニックスには作戦会議に集中してほしい。ニックスは春那さんに何かあったら、看病係に代わって。おーなーは食事係。得意だろ?」

「ルッツほどじゃないけどねー。でも、一人は流石に大変だから誰か手伝ってー」

「ほんなら、私が手伝いますわ。これでも宿の亭主です。腕には自信があります」

「じゃあ、設楽さんにおーなーのお手伝いを………いいんですか?」

「春那ちゃんに精のあるもの食べてほしいんでね」

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「任しといてくださいな」

「アマノとマキシマ……それから赤都は春那さんの看病をお願いしていいかな?」

「へ? 俺様?」

「………そこ疑問に思う?」

「………………する!! 看病するに決まってんだろ!!」

 イーハイの視界の端で、赤都の勢いに目を丸くする春那が見えたが、イーハイは苦笑いで返した。

「アタシは作戦会議に出りゃ良いんだね?」

「うん。宜しく頼むよ」

「分かった。………台所はあっち。材料は好きに使いな。どうせ国の連中が置きに来た食料で溢れかえってる。昨日物を変えたばっかりだから、食うには大丈夫なはずだよ。………それから、作戦会議とやらなら本堂でも使えばいいよ。案内したげるから、付いてきな。」

「ありがとう、助かるよ」

「それじゃ、皆の衆。また後での」

 アマノの声を皮切りに、彼らは各々行動を開始するために立ち上がった。






 ◇◇◇◇◇







「………おお、イーハイ。どうかしたかの?」

 イーハイが方丈の襖を開けると、アマノがそれに気がついて顔を上げた。

「会議が一段落ついたから。………もう何か食べたの?」

「うむ、一足先に夕餉を頂いたぞい。設楽の料理なぞ、さすが宿を経営してる御仁じゃ、味噌汁が特に絶品じゃったわい」

「へぇ、アマノが言うなら本当に美味しいんだろうな。オレも後で頂こうかな。」

「………あ……、イーハイさん」

「あ、春那さん、ごめんなさい。起こしちゃったかな」

「大丈夫です、ちょうど、ちょっと目が覚めてしまっただけですから」

「………具合はどうですか?」

「さっきよりは、元気になりました。ご飯もしっかり食べれましたし……本当に、皆さんには頭を上げられません」

「良いんですよ。普通のことですから」

「………イーハイさん………ありがとうございます」

「………んが。」

「………こっちは気持ちよさそうに寝てるなぁ」

「こやつ、春那さんが寝てからというもの、様子を見るといって座っておったんじゃが……この有様じゃわい」

「赤都らしいと言えば、赤都らしい…かな?」

「イーハイ、フォローになっとらんぞ」

 彼らは笑い合う。

「……あれ、マキシマは?」

 イーハイは一人、影がないことに気がついて部屋を見渡す。

 すると、呼びかけられたことに気がついたのか、置いてあった衝立の向こうからマキシマが顔を出した。

 彼は一度顔を引っ込めると、何かを持って衝立の向こうから歩いてきて、彼らの前で正座をすると、何かを春那に向かって差し出した。

「………私に?」

 春那がマキシマに問いかけると、マキシマは数度、首を縦に振る。

 春那が差し出されたそれを静かに受け取ると、それはスズランの絵が描かれた小さな栞だった。

「スズランだ……可愛い絵ですね」

「ほう、粋なことをするではないか、マキシマ。スズランとはな」

「スズランに何かあるのか?」

「スズランの花言葉を意識したんじゃろ? ……スズランの花言葉は、『再び、幸福が訪れる』……じゃよ」

「再び、幸福が訪れる………」

 春那はアマノに教えてもらった花言葉を復唱しながら、目を瞑って小さな栞を胸に当てた。

 そして再び目を開くと、マキシマの方を向く。

「ありがとう、マキシマさん。……すっごく素敵な贈り物で、びっくりしちゃった。………大切にしますね、意味も、あなたの心遣いも……」

 春那の言葉に、マキシマは一瞬背筋を伸ばすと、頭を掻くような仕草をした。

「………んごが……、ば? ………あ…? あ?? あぁ!? 春那起きてるじゃねーか!! 大丈夫か!? 身体は大丈夫なんだろーな!? オイ!?」

「………起きたら起きたで騒がしいやつじゃのぅ。赤都、もう少し静かにせんか」

「おぶぶぶ……! ………………。……すまねぇ。………それで、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。………それより、赤都。………さっきは、ゆっくり話せなかったよね。………えっと………変な質問だけど、元気、だった?」

「………ああ。この通りな。」

「………………なんて、………知ってたよ。………私のこと、ずっと見守ってくれてた、よね。」

「………………………………、………………………………………………ほァ!?!?」

「気づいてたんだ、ホントは。ずっと、本当は、初めて会った日からずっと、私のことを見てくれてたこと」

「は………え?? …………え?? …………俺様、………バレ……、え??」

「………春那さん、鬼の子にはあの後会ってないって……あ、………そういうこと??」

 イーハイがあることに合点がいって頷くと、春那は申し訳なさそうにしつつも、悪戯っぽく笑ってみせた。

「えへ………。実は、会ってないのはある意味、言葉の綾です。………実際に、あの日以来一度も言葉は交わしていないので……」

「見つけてたのに声を掛けなかったのは……種族の違いとかを考えたから、ですか?」

「そうですね。………『鬼』と『ヒト』はやっぱり、違いますから……もしかしたら、向こうにも気軽に声をかけてはいけない、って話もあるのかなって……そこは、昨日お話した通りですね」

「あー…………。………そういうことだったのか。だ、そうだよ赤都、………あれ、フリーズしてる」

「脳の受け皿が足りんかったようじゃのう」

 アマノが呆れたように笑う横で完全に呆けたまま固まってしまった赤都と、マキシマが慌てながら春那と赤都を交互に見ているのを、イーハイはどんな気持ちで見るかを決めあぐねた。

「………赤都ー?」

 イーハイはとりあえず、赤都の前で片手を振ってみると、赤都はようやく我に返ったようで、「はぁっ!?」と声を上げた。

「──────いやいやいやいやいや、ちょっと待てって、ちょっと待てって、じゃあ俺様十年以上追っかけやっ……いや追っかけじゃなくてそう、すとーかー……いやこれ外国だと犯罪なんだったか!? 駄目じゃねーか!! えっとそうじゃなくてあのそのこの」

「赤都」

「ピャイ!!!!」

「………私は嬉しかったよ、忘れないでいてくれたこと、遠くても傍に居てくれたこと。………あの日、私が『桜の巫女』になってしまった時も、……町の人に助けを呼びに行ってくれたの……赤都だったんだよね?」

「………………………、………………………。…………でも、よ。………俺ァ、………あの時、もっと早く異変に気づいてりゃ……お前を、巫女にしちまうことも、………無かったんだよ………俺は、お前を見守っておきながら、肝心な時、………何にもしてやれなかったんだ………………。………情けなくて、どうしようもねぇ。これだったら、犯罪でしょっ引かれたほうが、何倍もマシだ」

「赤都のせいじゃない」

「…………………そんなこたぁ……」

「赤都。………それであなたに何かあったら、あなたの後悔は私のものだったんだよ。………もし、あなたが死んじゃってたら、私、立ち直れてたか分からない。笑って生きてたか分かんない。そんな私を見て、あなたは大丈夫でいられるの?」

「!! ………それは、…………無理だ。死んでも死にきれねぇ………」

「…………それは、私もそう。………何の覚悟も、決意も、………きっと何も知らないまま、死ぬことってヒトは出来ないんだよ。………いつだって、ヒトはいつか死ぬことが頭にあるわけじゃないけど、それでも、いつか終わるときの為に、後悔をしない為に、たくさんのことを知りたがるの」

「……………………………。でも、それを、………分かっちまったら……今、生きてるお前を諦めなきゃいけなくなるんじゃねぇのか。………それは、………良いことじゃねぇだろ…………」

「……………それは、そうかもしれない。………だから、赤都。今、いっぱい話さない? ………たくさん、後悔のないように、話がしたい。……私にも、あなたにも、きっと足りないものがたくさんあるだろうから。」

「何言ってんだよ、………どうやったって、後悔はするもんだろ。………でも、俺が……お前の言葉を聞けば、お前は、後悔がなくなるのか?」

「無くなるよ。あなたが覚えていてくれれば」

「……………………………。……………わーったよ!! 何でも俺様が聞いてやる!! だから、俺が納得するまで、お前も何でも話すんだぞ!! 一から十までな!! 分かってるよな!?」

「ふふ、勿論! 話したいこと、聞きたいこと、たくさんあるんだから。」

 そう話す二人を観ながら、イーハイ、アマノ、マキシマはそっとその場から離れて、方丈の襖を開けて外に出た。

 二人の話し声を聞きながら、彼らは微笑んでみせる。

「ここから先は、二人の話じゃな」

「馬に蹴られるのは勘弁、って言う仲間の気持ちがちょっとわかったよ」

「良い気付きじゃの、イーハイ」

「……………。…………ところで、二人はこれからどうする? 一応、オレたち用に雪華さんが寝床も用意してくれたけど」

「うーむ、一応病人を任されておるからの、儂はここに残るぞ。……なぁに、これでも合成獣の身体じゃ、ここで待機しようと元より寒さなど殆ど感じておらん。適任じゃろ?」

「分かった。無理はしないようにね。………マキシマは?」

 マキシマに目を向けると、マキシマは両手を使って眠るような仕草をした。

 寝たいらしい。

「ん、わかった。じゃあ、オレはマキシマを寝床に案内してから、他のメンバーも見てくるよ。」

「うむ。それじゃあの。………マキシマ、おやすみじゃ」

 アマノが片手を上げながら言うと、マキシマはお辞儀をする。

「それじゃ……アマノ、また明日……って言っとくよ。ある程度のところで、中に入れてもらって休みなよ」

「うむ。そうしよう。……また明日、じゃ」






 ◇◇◇◇◇







「ここが、借りた部屋だよ。……中に布団が敷いてあるから、好きに使ってね」

 イーハイは、マキシマを雪華が用意してくれた寝床になっている部屋まで送り届けた。

 マキシマはイーハイをじっと見たまま、動こうとしなかったので、イーハイは疑問に思って首を傾げた。

「………どうかした?」

 マキシマは、イーハイの声かけに頭を下げた。

 しかし、すぐに意を決したようにもう一度イーハイを見る。

 すると、イーハイの懐から赤い光が漏れた。

「何だ……? ………これ、『通信魔導器』……?」

 この国に来る前にリョウから渡された『通信魔導器』の宝玉部分が淡い光を放っている。

 イーハイがそれとマキシマを交互に見ていると───。

『イーハイ サン キコエル?』

「………え!?」

『トツゼン ゴメンナサイ ドウサ デ ツタエラレル キ ガ シナクテ……』

「………もしかして、これ、君の声?」

『ソウ ボク マキシマ デス』

「………君、喋れたんだ」

『ツウシン ソウチ ノ ギジテキ ナ キノウ デハ アルンデス ガ シャベレ マス。』

「そうなんだ………。………伝えたいことって、何かな。不安なこと、何かあった?」

『……… フアン ト イワレレバ フアン デハ アリマス。 ボク ミナサン ノ オヤク ニ タテテ マスカ?』

「どうしたの、急に。」

『ハルナ サン ミテ オモッタ ノデス ……… ボク、 ナニモ デキテナイ ソンナ キ ガ シテ……』

「そんなことないさ。君はルッツの調べものをたくさん手伝ってくれたり、ニックスとアマノがやっていた実験にアイディアを出してくれたり、……さっきだって、君の力を使って、オレたちのことを守ってくれただろ?」

『………』

「それに………マキシマの力はさ、ただそういう知識や純粋な力だけじゃない。ふとした時に、気遣ってくれて、寄り添ってくれることだと思う」

『……… ソレ ハ ヒト ノ チカラ ニ ナッテ イマスカ?』

「なるよ。少なくとも、オレは……隣に立とうと頑張ってくれる君の事を頼りにしてる、それは、君が持つ力だと思う」

『……… アリガトウ ゴザイマス イーハイ サン。…… ボク、アノトキ ユウキ ダシテ リョウ ニ アナタ ニ ツイテ イキタイ ッテ ツタエテ ヨカッタ』

「オレこそ、君を仲間にして良かったと思ってる」

 イーハイがそう言うと、通信機の赤い光が収まって、いつものマキシマがそこにいた。

 照れて頭をかく仕草をするマキシマ。

 イーハイはそんな彼を見て、微笑んでみせた。

 マキシマはイーハイをじっと見つめると、お辞儀をして、寝床の部屋の戸を開けた。

 そこに入っていくと、もう一度イーハイに向かって頭を下げる。

「おやすみ、マキシマ」

 マキシマはその声を聞いてから、ゆっくりと戸を閉めた。

 イーハイは息を吐くと笑みを浮かべてから、廊下を静かに戻っていった。






 ◇◇◇◇◇







「おっ、イーハイじゃん。どった?」

「ああ。イーハイさん。お腹、空かれません? 食べるんなら今温めますよ?」

 台所にやってきたイーハイを目敏く見つけたのはおーなーだった。

 おーなーの言葉に戸口を振り返った設楽も、柔らかい笑みを浮かべながら、イーハイに向かってお玉を掲げてみせた。

「頂こうかな。流石にお腹空いちゃって」

「はいはい、ちょっとお待ちくださいなぁ。温めますわ」

「っーたくしょうがないなー。ワイたちって親切ー。」

「ありがとう、二人とも」

 設楽とおーなーはそれぞれ調理場に向かうと、鍋の下の火をつけたり、イーハイ用のお盆や食器を用意したりとし始めた。

 イーハイは近くの手頃な椅子をつかんで、二人の邪魔にならないところに陣取って座り、何となしにあくせくと料理に相対する二人を見る。

「………なぁ、イーハイさん」

 火をつけ終わり、鍋の様子を見始めた設楽が不意に、イーハイを呼んだ。

「なんです?」

「……変な話なんですけどね。………私、今の状況、ちょっと楽しんでるんですわ」

「…………実は言うと、オレもです」

「イーハイさんも、ですか。」

「ええ、まあ。冒険者の性分というか、何というか……いや、オレの場合は、元からこういう状況に対してこうなのかもですけど」

「なんや、分かる気はしますわ。火事場の野次馬にしちゃあ、首を突っ込みなはりまくるお人ですけど」

「ぶっは、設楽さん上手いこと言うじゃーん? そーそー、首突っ込むタイプの野次馬だよねー、イーハイってー」

「どう考えても褒め言葉じゃあないね……二人とも……」

「すみませんね、正直に言うてしまいましたわ」

「否定ができないから反論ができない……」

「だろーね」

「ぐぬぬ……」

「………でも、その突っ込み根性が今を生んでいるというのも、否定はできないことですわ。……縁も、物事も。誰かが動いて初めて成立する。考えたら当たり前のことですけど、今、実感としてあるんです。今、この時間は私の、買いたい価値そのものなんですわ。」

「………設楽さん……」

「言いましたやろ、取らぬ狸は皮算用。価値と思わんことに必死になれる人間じゃございません。そう思えば、今……私が必死なんは、私にとって商売をするのと同じ、価値を勝ち取りたいんですわ、自分自身の、ね」

「ぷーっぴっぴっぴ! 分からなくもなーい! やっぱ創作にするなら自分が価値に思うことが一番、商売も宣伝するなら自分が価値を分からなくっちゃーね。だから売り買いってのは成立するんだもんねー。そこの基準を作ったところは人間を評価してやらんこともない」

「君はどこの立場なんだよ……おーなー……」

「んー……創作者?」

「多方面からちょっと怒られそう」

「ちょっとってなんだよ」

「ふふ、本当に変わったお人らですわ、イーハイさんも、そのお仲間の方々も」

「え………、そう……?」

「ちょっとー、イーハイと一緒にしないでよねー! ワイ悪魔だけどここまで壊れてなーい!」

「いよいよどういう意味だよ!?」

「自覚しろー! ばーかばーか!」

「あっ!? こら、言いながら料理に塩と胡椒アホみたいにかけるな!?」

「ちゃんと食えよー、粗末にするなよー」

「しない!! しないけど!! あああ、粉まみれなんだけど!!」

「塩分過多ですなぁ、身体には気をつけてくださいよ? イーハイさん」

「設楽さんんん!? もう少し強く止めて!?」

「精のあっるもの〜♪ 精のあっるもの〜♪」

「それは食材の話で香辛料ではたぶんない!! いや、一部ではあるかもしれないけどなんていうかこの場合は違う気が!?」

「まぁまぁ、イーハイさん。………食べてから考えたらどうでっしゃろ」

「食べるけど!! 食べるけども!? 設楽さんちょっと楽しんでないか!?」

「気の所為ですわ」

「設楽さんんんん!?」

「ぷーーーっきゃっきゃっきゃっきゃ! やっぱ『仮初探偵事務所』はこういう空気でなくっちゃね!」

「いや、どういう空気だよ!?」

 彼らはそんなふうに談笑し始めた。

 その後、厨房を出るときのイーハイの手には温かな夕餉の乗せられた盆があったのだが……メインとなる魚はどういうわけか黒かった。






 ◇◇◇◇◇







「…………まだ口の中がしょっぱい」

「そりゃあ、あれだけ胡椒がかかってるものを食べたらそうなりますよ」

「うう」

 イーハイは今度は本堂に来ていた。

 その手を夕餉を持って佇む彼に気がついたルッツは彼を本堂の中へ迎え入れ、隣で自分の夫が手にしていたものを覗き込んでみたのだが、そこには明らかに香辛料まみれになった魚がメインの料理としてそこにあった。

 これは果たして本人のリクエストなのか、とルッツが聞いてみたところ、イーハイはおーなーが普通に自分の食べようとしていた魚とその魚をなんだかんだ取り替えようとしていたのを止めて、結局香辛料まみれになった方を貰ってそのまま夕餉のメインにしたのだった。

 代わりに白米をこれでもかと盛ってもらい、それと一緒に掻き込んだものの、しょっぱいものはしょっぱかったのである。

「やっぱりおとなしくおーなーに食べさせておくんだった……」

「変なところでそういう稀有な気遣いをするのは、貴方らしいと思えば貴方らしいですけどね」

「ルッツ…………一ミリもフォローになってないよ………」

「おや」

 ルッツは短く応えつつも、イーハイに一杯の茶を差し出した。

「…………えっと、ありがとう………?」

「少しは口直しになると思いますよ」

「口直し………。…………香辛料の量は多かったけど、美味しいは美味しかったな。どっちが作ったかとか聞いてなかったけど……おーなーは人の料理を台無しにしたりはしないし、おーなーの料理だったのかな」

「実際、そうらしいですよ。地球で一人暮らしをされているころによく作っていたものだそうです。……今より味覚がかなり薄かったらしいので、話に聞く限りその時の再現料理としてはイーハイのものが近いのでしょうけど」

「……………よく体壊さなかったな………?」

「既に壊れていたのかもしれませんよ?」

「うーん、何とも言えない」

「言ってもフォローにはなりませんよ」

「それもそうか……」

「ところで、本題をお話しても?」

「え? ……ああ。……明日の。」

「ええ。明日の。」

 ルッツは近くに積んでいた紙の一枚を手に取ると、イーハイの前に広げて見せた。

 紙には簡易的な地図と、注釈のようなものがいくつか書かれている。

「明日の『春の巫女』の討伐について、貴方にも最初の概要はお話させていただきましたね。………改めて、そこの部分を含めて方針をお話致します」

「分かった」

「………と言っても、事は簡単そのものです。雪華さんに封印を解いて頂き、そこを叩くという単純明快なもので、それ以上の目的はありません。ですが、封印を解くに当たり、ある程度のリスクについては考える必要が当然あります」

「そこについては俺が話すよ」

「ニックス。………ええ、頼みます」

 何処かに物を取りに行っていたらしいニックスが、ちょうど何かを片手に持ったまま、本堂に戻ってきた。

 その後ろには雪華もおり、彼を彼女がこのお堂の中を案内したのだろうとイーハイは何となく推測する。

 ニックスと雪華は床に広げられた紙を見ると、イーハイとルッツを含めてそれを囲む形になるように、円陣を組むような位置に座る。

 そこに、ニックスが持ってきた道具を置いた。

 じゃらり、と音を立てて紙の端に置かれたそれを見てみると、それは小さな杭のようなものにイーハイには見えた。

「……まず、『春の巫女』を解放するということは、『春の概念』そのものを解放することになる。それ自体は元々は問題はないが、その時に懸念されることとしては『元素過剰』が想定されることだ」

 ニックスは杭のようなものの一つを手に取りながらそう言った。

「『元素過剰』について、知ってるやつは知ってるとは思うが、認識の確認のためにも面倒くせぇけどちゃんと話しておくぜ。」

 ニックスは全員の顔を見渡しながら、一度言葉を区切り、他の人物たちの視線が自分のほうを向いているのを確認してから、再び口を開く。

「『元素過剰』については、まぁ字面の通りだ。大気中に『元素』の通常の濃度を越して、基準としては魔力を持たない、もしくは魔法適性の低い種族、体質をもつ奴らにも『元素』が見えるような状態のことを指す。まぁ、目に見えた基準ってやつだな。」

「『元素』が目に見える、ということはその元素が持つ『属性』が起こす現象が具現化しやすい────例えば、『水』の元素が目に見えるほど大量にあった場合、突然それが川の氾濫や、局地的な豪雨繋がる、という危険性がありますね」

 ルッツの補足的な言葉に、ニックスは頷く。

「ああ。その通り。………んで、肝心の『春』に関わる元素についてだな。これに関しては、『春』そのものの元素は存在しねぇ。これは、複数の属性の元素が集まって起こしている現象で、特定の単一の『元素』が集まって出来るものじゃねぇ。」

「皆さんも既にご存知だと思いますが、現状『東極国』は『春の概念』に『冬の概念』が覆いかぶさっている状態になっています。それは、裏を返せば『春』に関わる元素を『冬』に関わる元素で押さえつけている、という状態です。」

「………そこまでなら問題はねぇんだが、そこで厄介になるのは『春の巫女』の実際の性質……体質みてぇなもんでもあるんだが、要は巫女の体……その能力の本質は『元素の誘導灯と通り道』……誘導管みてぇなもんなんだ。つまり、その巫女を起こすと一気に元素が流れ込んでくる可能性がある」

「………そこで、雪華さんにお聞きして、持ってきて頂いたのがこちらです」

 ルッツがニックスたちが持ってきた杭を指差した。

「『春の巫女』をある場所まで誘導し、その場に繋ぎ止める方針です。この杭は、そのための道具。これで雪華さん、ニックスで巫女を閉じ込める結界を生成して頂きます」

「俺はそもそも奴を出さないための物理的な錬金術での結界を展開する、雪華さんには元素噴出を抑えるための結界を展開してもらうっていう二重結界の構築にするつもりだ。」

「杭はその結界の場所の目印と補助ですね。………そして、肝心の杭を打つ場所についてですが……」

「………場所は『春告桜』の前、あの広場にするつもりだぜ。理由としては『春告桜』が現状、元素の通り道としての役割を肩代わりしているような状態だからな。別の場所でやることも考えたが、『春の巫女』の齎す作用によっては『春告桜』からも元素が噴き出す可能性が普通にある。」

「………………………。元素の噴出までの導管になるものを媒介に、万が一があってもそこで抑えられるようにってことだね」

 それまで二人の話を聞いていたイーハイが聞くと、二人は頷いて肯定する。

「作戦の大まかな概要は以上です。………もう一つ話さなければならないこととして、戦闘対象について。『春の巫女』の姿をした【星壊】。奴らの持つ侵食能力はある特殊な能力がなければ防ぐことは不可能です。私たちはそれを持つ方々から加護を得ていますのて対応は可能……ですが」

 ルッツはちらり、と目線を雪華の方に向けた。

「………悪いけど、ここまで戦わないなんて選択肢は取る気はないからね。アンタたちに今のやり方を止められたんだ、当然だろ?」

「………と、このような意見でして。少なくとも、現状体調の崩れやすい春那さんはともかく、赤都さんたちも明日、戦う気でいるでしょう」

「そうだろうね」

「イーハイ……そうだろうね、でどうにかできる問題じゃねぇぞ、流石に」

「分かってるよ、ニックス。でも、手はあるだろ?」

「………え?」

「これだよ」

 イーハイは、自分の腰に下げていた『剣』をベルトから離して、鞘ごと掲げてみせた。

「…………『聖剣』ですか」

「結構忘れがちなんだけど、一応そう」

「……………いや、どうやったら忘れんのよ、そんなもん!?」

 雪華が呆れながら驚くのを見て、イーハイは苦笑いを浮かべる。

「あんまり意識してなくて……一応意志を持つ剣でもあるから、剣自体と喋れたりもするんだけど、気が向いた時にしか喋ってくれないから、どうにも……」

「………………そんな子供の夢壊すような事言われても困るんだけど……」

「え?」

「な、何でもないわよ! …………それで、それが何だってんだい」

「オレはこの剣を通して『星魔法』を展開する。それによる補助魔法での保護で、解決できると思う」

「『星魔法』? 『占星術』とは違うのかい?」

「うん、星そのものから力を引っ張ってくる魔法に該当する。これを応用して、オレの持つ加護を他の人に伝搬させる、この方法が確実かなって」

「ちょいと待ってくれ、………わざわざ話に出すんだ、まさかそれで解決、なんて美味い話あるわけないだろう?」

「鋭いね、雪華さん。………一応そのとおり。オレの加護は他の人に一時的に貸す以上、その分薄まることになるけど……どのみち完全な加護じゃないのは貸す人が多い以上はみんな同じだから」

「………………アンタはそれでいいの? アンタが戦う時に不利になるだけなんじゃ……」

「他の人に多大なリスクがあることのほうがオレにとっては嫌なことだから」

「……………、分かった。アンタの力を遠慮なく借りさせて貰うよ」

「…………では、加護についてはその通りに。他に話しておきたいことはありませんか、皆さん」

「俺は無いな」

「アタシも特に」

「んー……オレも特にないかな」

「分かりました。私は明日、他の皆さんにも作戦を伝える必要がありますので、話し合った内容を纏めてから休むことにします」

「ん。頼むよ」

「ええ、任せてください」

 イーハイはルッツが頷くのを見て微笑んでみせると、立ち上がる。

 ニックスは近くに置いてあった錬金術用の道具のようなものに手を伸ばし、何らかの作業を再開したようだった。

 ルッツは紙の束を整えると、内容をもう一度確認するつもりなのか、そこに書かれていることに目を通し始めた。

 二人が完全に集中し始めたのを見て、イーハイは心の中で労わりながら、視線を雪華の方へ向ける。

 すると、彼女は何故か、イーハイの方を見ていた。

 形容しがたい表情で、しかし真剣な眼差しで。

「────ちょいとアンタ……、顔を貸してくれないかい」

 彼女は静かな声でそう言った。

 イーハイは頷くと、本堂から廊下に出る。

 雪華もそれに続いた。

 彼らの姿を月が照らし、雪の解けない程の寒さが彼らの肌を撫でる。

 イーハイは隣に立った雪華を見た。

 雪華は改めてイーハイを見ると、黙ったままイーハイを見つめていた。

 何と言って良いのかわからない、という表情ではなく、言う事自体は決まっているようだったが、言うタイミングを伺っているようだ……と、イーハイは考えたが、あえて彼女の話すタイミングを待った。

 ここで彼女の話すタイミングを促すのは違う、そう思ったからだった。

 決して短くない時間が流れていく。

 それでも、イーハイは待った。

 『冬の巫女』である雪華にはこの寒さが何とも無いかもしれないが、イーハイは違う。

 イーハイは人よりかは寒がりではないが、人体は自身が感じているほどに強くないのもままあることだ。

 それでも、彼女の言葉のほうが大事だ。

 イーハイはそう考えて、自身に纏わりつく寒さを一切感じないように遮断した。

 そうしていると、ようやく、雪華は口を開いた。

「…………………。アタシは、まだアンタたちを完全に信用したわけじゃないからね」

 雪華は、イーハイを真っ直ぐ見ながら、そう言った。

「なんだ、そんなことか」

「………そんなことって、アンタ……」

「それで構わないよ。君はオレ達を利用して、やりたいことをやればいい。どのみち、この戦いで、オレ達は君の守りたかったものを消してしまうかもしれないんだよ? そんなの、信用するも何も、する必要がないだろ」

「………………………………」

 雪華は絶句した。

 …………何を言っているのだ、この男は。

 イーハイのあっけらかんとして、即答に近い返答は、彼女の想像と理解の範疇を超えていた。

 なんてことはないように、すぐに答えてみせたということは彼はそもそもそういう考えの人間なのだと推測するしか彼女にはない。

 信用する必要がない。でも利用するのは構わない。

 …………それでいいじゃないかと。

 彼は自分からそう言ったのだ。

「…………悪いけど、アタシはそんなふうに卑しくできる人間じゃあないよ」

「言っといて酷いとは思うけど、そうだろうね。じゃなかったら、わざわざ『信用してない』なんて伝えるために呼び出したりしないだろ」

「そりゃあ…………。………はぁ。本当に、調子の狂う男。」

「そう? ……でも、よく言われる。変なこと言うやつだってさ」

「だろうね。今、嫌なくらい体感してる」

「………そんなに?」

「結構なほど。」

「……………そうかなぁ……」

「アンタの仲間は相当苦労してそうね、こりやあ……」

「う………それは………」

「何だい、そこは否定しないで自覚してんのかい? つくづく腹立つ男ね」

「うう、これでも結構気をつけてるんだけど……」

「………それ、お仲間には言わないほうがいいと思うんだけど。袋叩きに遭うんじゃないかい」

「……………………。…………想像に全く堅くない………」

 情けなく目を逸らすイーハイの横顔を、雪華は肩をすくめながら見た。

 ………心の底から変な男だと思う。

 自分は先程、この男と敵として相対していたのだと思い出す。

 話している分には、そしてこうして見ている分には、何とも見た目と口調も相まって、軽薄そうにすら見える。

 しかしながら、刃を交えた自分だからこそ分かることがある。

 あの時、この男は自分を殺さないつもりで、こちらが避けることを出来るような隙を作りつつも本気で刃を振るっていたのだ。

 絶妙な加減、それでいてこちらが害する気を持っていたら直ぐに反撃出来るような力加減を込めた一撃。

 ただの並の戦士なら、全力で振るう以外の選択肢をまず取らない。そもそも、そのような加減ができる力量や心の余裕が持てないからだ。

 ………雪華とて、別に彼のように剣士や戦士の類いではないので、あくまでも半分は想像の範疇ではあったのだが、それでも、一つの妙な確信があった。

 彼の、敵を目にした時の眼差しは、似ていたのだ。

 彼女のかつて愛した、……夫の、戦場に赴く時の眼差しに。

 覚悟と誇りあるもののそれに、あまりにも似ていた。

 夫は最後までそれを守って、死んだ。

 その喪失体験は、彼女に重く伸し掛かっていた。

 どれだけの決意を目にしても、それは戦うものの持つものであり、残されるものに納得として本当に伝わるものではないのだ。

「……………なぁ、イーハイ」

「ん?」

「………誰も死なすなよ。……アンタ自身も」

「………保証はできないな。オレ、別に万能じゃないし」

「…………………そうね。無理を言っちまった」

「いや、それくらいの気持ちと覚悟でいなきゃ、何もできないさ。むしろ、言ってくれたほうが気が引き締まる」

「…………ホント、アンタって変なやつ」

「その変なら、甘んじて変でいるさ。人の決意の仕方なんて、その人次第だしね」

「………ああ、本当に……そうだな」

 雪華はそこで初めて、自分の肩の力が抜けたことを自覚した。

 文句の一つでも、あるいはこの男を揺るがす弱音の一つでも吐いてやろうかと考えていたことは彼女の頭からとうに消え去っていた。

 言った所で、この男には出鼻を挫かれて終わりかねないだろう。

 出会って数時間ではある、言葉を交わしたのも片手で余る。

 それでもこの男の言葉は、雪華にとっては一言一言を重く捉えざるを得なかった。

 その後ろにあるものとして雪華自身の経験があり、その経験の中には、雪華ではないものが辿った運命と、………心があった。

 それをぶつけて何をしようというのか。

 雪華は息を零した。

「…………アタシってやつは、器量ってのが狭い女なのかもねぇ。………春那の決意を煽ったアンタのこと、一生恨んでも文句言うなよ」

「そんなこともできなくて、ここに居るってことはないよ」

「ああ言えばこう言う……まさにこの事ね」

「無責任なお節介だから、変な所で気が回るんだ」

「本当、気を回すならもっと恨めるようにしとくれよ」

「不器用だから手が回ってない」

「…………馬鹿正直な男」

「嘘を付くのが下手くそって言ってくんない?」

「口説くのが下手、って言っておくわ」

「………………………それはそうかも」

「そこを納得されてもアタシが困る」

「それはごめん」

 二人は何となしに、揃って昇る月を見る。

 自分たちを照らす、白く柔らかい光が冷たくも温かく、不思議な感覚が包んでいた。

 イーハイは、何となく満足感に包まれていた。

 何も終わってはいない、まだこれからが本番であるのだが、それでも、言葉を交わしあった充足感だけで、彼はそれを感じていた。

 そしてそれは、明日の為に残しておこう。

 イーハイは、体を包む眠気と疲れに、少しずつ身を預け始めたのだった。





(続く)

憧れるよね…決戦前夜の語らい……(ただの幻〇ファン)

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