不香の国と春告げの君 -8-
やっと動いたンゴ
「おはようございます! イーハイさん!」
「あ……おはよう、春那さん。………これからお仕事?」
翌朝。
イーハイは部屋で仲間たちと朝食を取ったあと、一人で『福楽亭』の一階まで来ていた。
仲間のうちおーなーとアマノとマキシマは、温泉に入ったことがないと言う赤都を(半ば引きずるように)連れて朝の温泉に洒落込んだらしく、どうせ後で合流するならと、宿の中に備え付けられた土産物屋でも物色しようかとのんびりしていた。
そこに通りがかったのが、春那だった。
彼女は昨日よりは顔色も良く、笑顔も見られて、イーハイは何気なくほっとする。
「はい! この後お昼の仕込みを手伝って、お部屋の掃除等をするところです!」
「そっか。………体の方は大丈夫なんですか?」
「ニックス先生のおかげで、凄く! 今、元気なんです! いつも少し体調が悪かったのも殆ど感じないので……! 後で、またお礼を言わせていただかないと」
「ははは、ニックスは照れて逃げるかもしれませんよ。お礼は言われ慣れてないタイプなので」
「? そうなんですか? うーん、お世話になったのは本当ですし……気にかけてくださった方にお礼を言うのは普通な気がするんですが……」
「是非、そうしてください。オレも未だに、慣れてくれなくてちょっと困ってるくらいなんで」
「ふふ、そうします。でも、先生を困らせない程度に留めておきますね。………その、イーハイさんは……今日は、『冬の巫女』様を探しに………?」
「そのつもりです。何か新しい事でも見つかるといいんですけど……。………春那さんも、ニックスから処方された薬があるとは言え、無理しないでくださいね」
「ありがとうございます! ………イーハイさんも、どうかお気をつけて。……それじゃあ、私も仕事があるので、これで失礼します! ………ごゆるりとお過ごしくださいませ!」
「こちらこそ。ありがとうごさいます。………それじゃ。」
春那はお辞儀をして、イーハイが小さく頭を下げて応答したのを確認すると、イーハイに笑顔を見せてから、ぱたぱたと足音を立てて仕事に戻っていった。
その姿は、『桜の巫女』でも、使命を背負った少女でも何でもなく。
一人のただ生きる人にイーハイには見えたし、そう見ていた。
その感覚に、イーハイは少しの安心感を覚えていた。
「イーハイさん、おはようございます。」
そこに、次に設楽がやってきた。
彼はイーハイの姿を見つけると、ゆっくりとした動作でイーハイに寄ってきた。
「ああ、設楽さん。おはようございます。」
「夕べはよう眠れました?」
「お陰様で。」
「それなら良かったですわ。………ところでなんですけど」
「ん? なんでしょう?」
「………実は、今日お休みいただいたんですわ、私。急ではあるんですけどね」
「え、そうなんですか?」
「ええ。なんで、今日はただの狸ですわ」
「ただの狸って……」
「宿の亭主の仮面剥いだら、私とて何の変哲もない狸獣人ですやん? 何も間違ってないですやろ」
「あー……えっと……そう……かな……?」
「歯切れ悪いですなぁ。………まぁ、ええですわ。………というわけで、イーハイさんにお願いがあってきたんです」
「お願い……ですか?」
「ええ。お願いというのは他でもないです」
設楽はそこで、すぅっと息を吸った。
「………私も、『冬の巫女』探しに同行させてもらえませんやろか」
「え!?」
「元は種族的にも山の出身なんですわ。元々迷いやすい山でもありますし、その上で雪もあってろくに目印なんぞ土地勘のない方には見つけられたもんじゃないでしょうし。………なんで、そういう意味でお役に立ちたいのと……。………私も、……雪華はんには、会っておきたいんですわ。」
「……………それは、どうしてですか?」
「春那ちゃんのことを、今どう思っとるのか聞いておきたいんですよ。………自分のためにも、明日の納得のためにも」
「…………自分の身を守る心得は?」
「冒険者の方々ほどではないですが、多少の嗜み程度なら」
「分かりました。ただ、危険があればすぐこちらの指示で引き返していただくのが条件です。それなら、同行は構いません」
「ありがとうございます。恩に着ます、イーハイさん」
「……イーハイ、お待たせしました。………設楽さん? おはようございます。」
「ああ、宿屋の……おはようございます」
ルッツとニックスの声がしたので、イーハイが声のした方に振り向くとルッツとニックスが支度を終えて一階に降りてきていたようで、彼らはイーハイの近くに歩いてきていた。
設楽の姿を見た二人は、荷物を抱え直しながら設楽に挨拶をする。
設楽もその言葉に小さく頭を下げて。
「おはようございます、ルッツさん、ニックスさん。」
「二人とも、設楽さんがこのあと同行することになったから。土地勘があるらしいから、北の山を案内してくれるそうだ。」
「それは助かります。よろしくお願い致しますね。」
「こっちも地図はないわけじゃねぇが、雪だらけで上手く行かなそうではあったからな。」
「ぷいーーー! 堪能した〜〜〜! やっぱ温泉だよ、温泉〜!」
今度は、おーなーの声が聞こえてきたと思えば、イーハイの前にぱたぱたと羽ばたいて来て、そのままちょこんと頭の上に陣取った。
おーなーの飛んできた方を見れば、アマノとマキシマ、赤都が温泉に続く廊下から歩いてくるのが目に入った。
「ほっほっほ、いい湯じゃったわい、のう、マキシマ、赤都?」
「…………まぁ、気持ちよかったけどよぉ………」
「なんで不満そうなんじゃ? 入ってる間は上機嫌だったではないか、赤都?」
「うっ、うるせーー!! 言うな!!」
そんな二人を見てオロオロするマキシマも見つつ、イーハイは仲間たちを見回す。
「…………これで、全員揃ったかな?」
「うむ。荷物はすでにおーなーに預けておる。こちらも準備は万全じゃ」
「ぷーっぴっぴっぴ! こういうとき四次元なんちゃらかんちゃらって便利だよねぇー」
「なんちゃらかんちゃらって……分かってないのかよ……」
「ニックスー? 野暮なこと言わない。世の中は便利であればいいんだよ」
「イーハイ、だいぶ大所帯になりましたが……」
「大丈夫だろ。万が一何かあったら、人員を少しだけ割いて町に戻ってもらえばいいわけだし」
「そうですね。」
「あーーーー!? てめえ、タヌキ野郎!! 何でここにいんだよ!?」
「なんや別にええやろ。赤都はんかて同行させてもらう身やろ、もう少し謙虚にできませんのん?」
「はあ!? おいおいおいおい、イーハイ!? お前正気かぁ!? アイツ連れてくとかマジか!?」
「断る理由もあんまりないかなぁと」
「かーーーっ!! マジかよぉ!?」
「よろしゅうなぁ、あ・ほ・お・に・はん♡」
「アホじゃねぇ赤だ、馬鹿野郎!!」
「あーはいはい、喧嘩はそこまでね。………そろそろ、向かおう。少なくとも正午を過ぎる迄には、『冬の巫女』様とやらを見つけないと危なそうだし」
「そうじゃのぅ。生命感知系の魔法も惜しみなくは使うつもりじゃが……さて、どれほどかかるかの」
「行ってからのお楽しみだね」
「そうこなくてはのぅ」
イーハイは改めて仲間たちと同行者の顔ぶれをみてから、頷いてみせると、彼らもそれぞれのタイミングで頷いてみせた。
………おーなーはイーハイの頭に乗っていたので、例外ではあったが。
彼らはぞろぞろと順番に『福楽亭』の入り口から出ていく。
最後に、赤都が入り口をくぐろうとして、ふと何となしに振り返った。
「……………………」
ちょうど、廊下から現れた春那の姿があった。
驚いた表情で、彼女は赤都を見ていた。
赤都は一瞬、躊躇うと、そのまま勢いよく外へ出ていった。
「…………今の方………」
春那は呆然としながら、小さく呟いた。
◇◇◇◇◇
そこは、もはや麓ですら雪に覆われていた。
「…………思ったよりも積もってはりまんな」
「見方によっちゃ、『冬の概念』に反応した『雪』の元素がここに集中してるって考えてもよさそうだな」
設楽とニックスが辺りを見回しながら言う。
彼らの足元を覆う雪は、ほぼ膝下ほどの高さまで積もり上がっていた。
幸いにも、皆それなりに身長のある身体をしている為にそれで済んでいるが、そうでなければ進むのはもっと困難を極めただろう。
それでも進みづらいことには代わりはないのだが。
より幸いなのは、今のところは吹雪などの心配がない、快晴ともいえる天気のみである。
「とりあえず……『風の精霊』よ!」
イーハイがシルフィードを喚び出すと、宙に小さな風が起こって、その中から風を纏う少女の姿をした小さな精霊が現れる。
『イーハイ、呼んだ?』
シルフィードは小首を傾げながら、イーハイに尋ねてくる。
それに対してイーハイは頷いて。
「ああ。シルフィード、『生命感知』を頼みたいんだ」
そう言いながら、イーハイは懐から取り出した緑色の宝石をシルフィードの前に掲げてみせた。
『任せて』
シルフィードが宝石に手を翳すと、宝石の中から淡い光が漏れ始める。
『これで、使える。頑張って、イーハイ』
「ん。ありがと、シルフィード」
シルフィードはイーハイににっこりと笑ってみせると、風を起こして虚空に消えた。
イーハイは改めて、シルフィードの力の籠もった宝石を前に掲げる。
そして目を瞑ると、静かに意識を集中した。
………彼の中に、いくつかの命の温かさが点となって主張を始める。
それは確かな熱源の反応のようになって、イーハイにその存在を伝えてくる。
近くの仲間たちの熱源───何人かは、命を持たない個体のために反応はしていないが───と、遠くの方にも、何か熱源がある。
それ以上ははっきりと分からなかった。
少なくとも彼が感じた熱源の正体は近くに立つ仲間たちか、感知できる範囲内の動物くらいのものだった。
「…………さすがに、動物の生命反応が多くて、人がいるかまでは分からないな。冬眠状態なのか、動いてはないみたいだけど」
「………そりゃ、良くねぇな。生態系のサイクルに影響が出てるのと同じだ。このままだと山に住む動物が死に絶えちまうかも……」
「…………捜索を急ごう、ニックス。今そっちのことはどうしようもない」
彼らは歩みを阻むような雪の中を慎重に進み始めた。
設楽の案内とニックスの持つ地図を頼りに社を目指す彼らは、念の為に辺りを確認しながら進んでいく。
イーハイの視界に入った限りの環境の状態としては、山を覆う木々は緑を芽吹かせようとしたまま止まっており、動物の声や気配の一つも感じず、鳥もいないのか近くで姿を見ることすらない。
何もかもが冬に差し掛かった時のまま、止まってしまっているかのような異様さがあった。
町の中であれば、まだ人の息づかいや生活を感じられて、一度家の中に入れば火の温かさに包まれた彩りのある空間を感じ取れる。
まさしくその真逆。
白一色で覆われ、色彩も乏しい空間の中で、自分たちだけが浮くように色とりどりである。
そうして、少しだけ太陽が頂点に向かうために少しだけ昇り始めた頃───体感にして、あれから一時間程度だろうか。
イーハイの持つ『風の宝珠』が少しだけ強く輝いた。
「……?」
イーハイは『生命感知』の力で感じていた熱源の一つが、突如として近くなったのを感じ取った。
「!! その場から退避をッ!!」
──────鋭いルッツの一声が響くと同時に、殆ど反射的に全員が自分が立っていた場所から別の場所に飛び込むようにして退いた。
雪に足を取られ、上手く飛び退けられなかったので、イーハイはそのまま雪の上で受け身を取って、転がるようにして体勢を立て直した。
足が地についた瞬間を見計らって、イーハイは新たに現れた自分たちのものではない熱源の主を見た。
まず視界に入ったのは、自分たちが立っていた場所に突き立てられた、巨大な氷柱。
そして、その先に。
一人の、鮮やかな青の髪の女が宙に浮くようにしてそこにいた。
「─────帰りな。そこの男ども」
女は、冷たい声でそう言った。
「雪華はん!!」
女の姿を見た設楽が、雪に足を取られて縺れさせながらも女の前に躍り出た。
あの女性が、件の……『冬の巫女』らしい。
だが、設楽や赤都がいくら彼女の存在を知っているとしても、殺気の消えない女に対して、イーハイは警戒を解けなかった。
先程の氷柱による攻撃が、本気なのか脅しなのか判断がつかなかったからだ。
「雪華はん! なんでこんな攻撃なんかすんの!? なんでこんなことすんねん!?」
「おい!! そこの雪女!! 何しやがるんだ、死ぬところだっただろーが!! 春那の義理のねーちゃんだか何だか知らねーが、そっちがその気なら、こっちだって容赦しねーぞォ!!」
設楽の叫びに便乗するように、雪を盛大に蹴って今度は赤都が雪華という女性の前に出る。
「…………お黙り」
「!」
低い声が聞こえたあと、雪華の周りを雪の結晶が覆い始める。
イーハイたちは咄嗟に身構えるが、まだ何もしてくる様子がなく、相手のことを観察していた。
「ぴ!? ちょっとイーハイ、空、空、空!!」
先程の回避の時にイーハイの頭から飛んで退避していたおーなーが、イーハイの頬を飛びながら翼でぱしぱしと叩いた。
言われるがままに空を見上げれば、先ほどまで雲も見られないほど晴れていた空が不自然な速さで曇り始めていた。
そして、明らかな広範囲の魔力反応と、浮かび上がり始める水色に近い白の光─────雪の元素!
「っ、《虹彩映射鏡》!!」
ニックスの『力ある言葉』と共に、イーハイたちを虹色の膜が包み込む。
瞬間、その向こうで、何か重いものが激しく叩きつけられた。
いや、重いもの、かどうか。
イーハイはそれをただ音だけで重いものと認識したのが分かった。
………吹雪だ。
吹雪の、風の重圧が自分を守った膜に叩きつけられているのだ。
それも、止めどなく!
「皆!! 聞こえるか!!」
イーハイは声を張り上げて、仲間たちがいる方へと叫んだ。
しかしながら、打ち付けてくる風と雪の音の中に他の者たちの声は聞こえない。
イーハイの近くにいたおかげで、同じ膜の中にいるおーなーだけがイーハイに確認できる無事な仲間だ。
「ぴーーー! イーハイ、これじゃワイの爆薬も使えないんだけど!? イーハイごと吹っ飛ばしていいなら使うけどさぁ!!」
「もういっそそうして欲しいけどっ!」
「ワイも巻き込まれるからヤダーー!!」
「どっちだよ!?」
イーハイはおーなーと問答しながら考える。
火の精霊を呼ぼうにも、元素が見えるほどの密度を持った、雪の元素の充満した空間に自分一人の魔力で、しかも精霊一人で立ち向かうのは無茶だ。
それに、火の元素も近くに見られない状態ではどれだけ精神力を費やしても火は大きくもならない。
さらにいえば、この場は『冬の概念』によって雪の元素が守られている。
これがある限り、たとえ火の元素が大量にあったとして、良くて拮抗、悪ければこちらが消耗するだけで終わる。
雪華という女性はこの場と言葉を形成するものを支配している『概念』とほぼ同等の存在だ。
それと対等に? まず無理だ。
それならば、どうするか。
『─────引き返せ。』
女の声が頭の中に響いた。
「ちょっとなに!? これあの巫女の声!?」
『引き返せ。引き返せ。引き返せ。引き返せ。引き返せ………』
繰り返し、女の声が頭に響く。
「ぷあーーー!! 悪魔に精神攻撃なんていーどきょーかぁ!? 見とけよ見とけよー!?」
「おーなー、何するつもりだ!?」
「見てなって、これでも『屁理屈の悪魔』だぞっ!? とーくと味わってみろーっ!!」
おーなーはぱたぱたと翼をはためかせてイーハイの前に出ると、大きく息を吸って、先ほど女の姿があった方向に向いて。
「やーーい!! 脅すしかできない雪女ーっ! 『引き返せ』だぁ!? 『こんな吹雪を起こしておいて、帰れるやつはいない』ってーの!! ちょっとは考えたらどーですかーっ!?」
「そりゃ屁理屈じゃなくてただの正論じゃねーか!!」
「あり? 確かに」
「凍え死んでやろーか!? 流石に!?」
「それはそれで面白そうだからやって」
「オレに屁理屈を言ってどーするっ!?」
「イーハイ、ここ真面目なシーンだよ? もう少しシリアスになれないの?」
「誰のせいだよ誰の!?」
「しーらない。………っていうか、声聞こえなくなったでしょー?」
「…………。………あ、ホントだ……」
イーハイは思わず自分の耳に片手をやる。
先程まで頭が痛くなりそうな、呪詛のように響いていた女の声が聞こえなくなっていた。
「ぷーっぴっぴっぴ! 精神干渉なら、こっちも味方に精神干渉すれば上書きできるんでね! ワイの声だけ頭に響くようにすれば実質聞こえないって『屁理屈』よ!」
「…………なるほど、考えたな。ありがとう、おーなー」
「ぷきゃきゃ! さて、こっからどーする? 一応あの巫女とやらにも精神干渉はしたけど、やっぱ概念で弾かれたからね。ワイはこれ以上なんにもできないよ」
「…………実は失敗したから対象切り替えたんじゃ……」
「そこ気にしてる場合かアホイーハイ」
「分かってるよ! 少しはふざけてないとオレも冷静になれそうにないんだ」
「そーいうもん? ………って、あ?」
二人がそんな言い合いをしていると、不意に自分たちを包んでいた膜がその範囲を広げ始めた。
「これって……」
イーハイが辺りを見回しながら呟くと、イーハイを包んでいた膜は別の膜とぶつかり合うとさらにその範囲を広げていく。
「イーハイ!」
「な、なんだぁこりゃあ!?」
「これは……」
「………俺の作った結界が広がってる?」
別の膜の下にいて、最初に視認できたのはルッツ、赤都、設楽、ニックスだった。
続けて、アマノ、マキシマの姿が膜の向こうから現れる。
「ほほ、うまく行ったのぅ、マキシマ」
「皆、大丈夫か!? ……もしかして、膜の最大化をマキシマが?」
「儂の魔力を媒介にマキシマの『最大化』の能力を発揮してもらったんじゃよ」
アマノはサングラスの向こうからウィンクしながらそう答えた。
その隣で、マキシマが腕を前に突き出したまま、この広がった結界を維持する魔力を送り込んでいる。
「とりあえず、皆さんが無事で何よりです。……マキシマさんのおかげで合流できたのは喜ぶことの一つではありますが、次は外です」
ルッツは結界の外で吹雪を未だ止める気配のない『冬の巫女』の、雪の粒に隠れた朧気な姿を睨むように見ながらそう言った。
「ってったって、相手は概念の干渉者だよー。いくらここにいる全員の魔力ぶつけたところで、何が起こるやらって感じー」
「ええ。そこはおーなーの言う通りです。………普通ならこういう場合、魔力の綻びとなるような点が存在するのでそこを突けば……ということもあるのですが、………残念ながら相手は同じ理由で干渉自体が困難です」
「つまり穴がなくて詰んでるってことー」
「…………そうなりますね」
「はあ!? お前らそれじゃどうしようもねぇじゃねぇか!! なんかねぇのかよ、なんか!! 今の結論じゃ何もできねーってことで終わりじゃねーか!! 俺様でも分かるぞ!!」
ルッツとおーなーが出した結論に、赤都がルッツとおーなーを指差しながら怒り出す。
その少し隣に立っていたニックスが、自分の掌を見つめていた。
「…………俺の錬金術なら……」
「ニックス……。…………。………使おうとしてるのは、アレだろ? ………やめた方が良い、何が起こるか保証できない。オレは許可しない」
「………悪ぃ、そうだよな」
ニックスの提案を、イーハイは止めた。
他の仲間に見られないように小さく、申し訳なさそうにするニックスを見ながら思い留まってくれたことにイーハイは一度息を吐く。
彼が使おうとしていたのはおそらく、『永遠否定』という、概念レベルに干渉できる錬金術だろう。
ありとあらゆる『永遠』もしくは何かしらで持続的に存続できる何かなどに干渉し、それそのものを停止したり破壊することができる……と言われている錬金術だ。
ニックスがある時偶然使えるようになってしまったそれだが、何から何へ作用するかが、あまりにも資料が少ないためにはっきりせず、彼自身にもそれを扱うのには負担が大きいようなもの。
今ここでそれを使おうものなら、いくら制御をしたところで思惑通りにうまくいくとも限らない。
そんなことになれば、誰のためどころか、彼の為にもならないだろう。
イーハイはそう考えたのだ。
(…………だけど、そしたら、この状況で何ができる……?)
イーハイは考えをさらに巡らせる。
純粋な魔力勝負では勝ち目がない。
おーなーたちのようなヒトではない種族の特性も概念までは覆せない。むしろ彼らは、概念に従うからこそ形作られる者たちだ。
なら、精霊? 先ほども言ったように、自分一人と一人の精霊だけでは限界がある。
ぐるぐると、思考が一辺通りになっていき、堂々巡りになっていくのをイーハイは感じていた。
(…………いや。純粋な魔力押し……? それに勝てない………そう、だったら。)
………これしかないんじゃないか?
「─────イーハイッ!?」
イーハイは思考が弾けた瞬間、走り出していた。
自分を呼ぶルッツの声を背中に受けながら、イーハイは自分たちを守る結界の膜に向かって、走りながら剣を抜いた。
「………っ、はぁぁぁああっ!!」
イーハイの体が膜の境界を抜けた瞬間、彼は雪の地を思いっきり蹴り上げて。
白い粒が視界と身体を覆い尽くす中で僅かにその存在を見せている『冬の巫女』に向かって跳躍した。
「な──────────!?」
『冬の巫女』のものらしい、僅かな動揺のような声がイーハイの耳に届くが、意に介さないまま、彼は気力を込めて己の背に虹色の羽根を出現させると、剣を前に構えた姿のまま飛翔─────否、『冬の巫女』に向けて突進する!
「う、あっ!?」
『冬の巫女』の悲鳴が、聞こえた。
イーハイの剣が『冬の巫女』の真横を捉えるようにして突き出される。
剣を避けた影響で、『冬の巫女』の身体が宙で傾いだ。
………吹雪が、弱まる。
視界が少しだけ鮮明になり、体を打ちつけていた暴風は僅かに和らぎ、イーハイはその隙を狙って剣を更に振るう。
『冬の巫女』はそれを避けるために後ろに後退した。
そこに、もう一撃、イーハイの剣が追うように振るわれる。
(思った通り──────!)
イーハイは一瞬の確信のままに、剣をさらに振るう。
概念が関わっているとは言え、彼女の本質的な力は『現象の具現化』と『物体化・物質化』を意味する『魔法』でしかない。
火を起こす魔法が、『火』という現象そのものを起こすものである限り、彼女が起こす雪や吹雪も、彼女の魔力の起こす具現化。
そこに、『物理的な力』の拮抗は存在しないのだ。
加えて、彼女は巫女だ。
偏見ではあるが、魔法や戦いの心得が多少あるようには見えても、イーハイのように剣士を兼任できるような心得のようなものがあるようには見えない。
つまり、彼女は『物理的手段』について防衛しようとすれば魔法による攻撃しか使用できない──────物理的なものに対して、物理的なもので避ける、という手段しか取れない。
そのような、もろくて単純な暴論と実際の暴力だけで、イーハイは彼女に対して一杯を食わせて見せたのだ。
そのことに気がついた、イーハイの猛攻をぼうっと見ていたおーなーはあくびすらしながら、
「…………相手がまほーが得意だから殴ればいーって単純が通るって、つまんねー屁理屈ー
。たーいくつ」
……などと言っていた。
「それでも、あの猛吹雪の中を突破しようと思うのはイーハイくらいだと思いますが」
「飛ばされたり対処されてたらどうする気だったのかのぅ?」
「さぁ? イーハイですから、考えていないかと。ですが、突進したのは本人ですから、その場で対処していただくくらいでないと困ります。」
「手厳しいのぅ、参謀殿」
徐々に弱まっていく吹雪を見ながら、ルッツとアマノはそう評した。
「どのみち、これ以上は限界です。『概念』が働いている以上、魔法分の威力は削れてもそれ以上にはなりません。」
「所謂気逸らし、じゃな。………儂らが帰る選択をするまで、巫女殿も退かんじゃろうし」
「…………じゃあ、雪華はんの、最初の一撃はなんだったんですの……?」
ルッツとアマノの言葉を聞いていた設楽が、複雑な表情で彼らに問いかける。
「殺す気ではあったんでしょうね。そのほうが、むしろ吹っ切れられますから。でも、失敗した。それだけでしょう」
「何で、そんな……」
「そればっかりは聞いてみないと分からんのぅ」
「………だーーーーーっ!! どいつもこいつもごちゃごちゃ細けぇことを!! おい、雪女ぁ!! てめえは春那の何だったんだ!! 春那を苦しめるような真似して、何がしてぇんだよ!!」
赤都の声が響いた瞬間、雪華の動きがぴたり、と止まった。
イーハイも剣を振るおうとしたのを止めて、……しかし横に構えたままに雪華を見る。
雪華は────ゆっくりと、機械的な動きで、赤都を見た。
「……………苦しめる? ………苦しめてんのは、アンタたちだろう……?」
低い女の声が、沈むように響く。
「はぁ!? 何言ってやがんだ、もう明白だろ、冬が終わらないのはてめえの仕業、だから春那がああなった、それでこっちの話は終わってんだよ!!」
「……………何も知らないくせに………」
「あァ!? 喋りもしねぇで引きこもってるやつのことを誰が知るってんだ、俺だって、隠れてたからあいつは俺のことなんざ、知りゃしねぇよ、それとおんなじだろーが!!」
「………………黙れ、」
「黙らいでか!! てめえから自白するまで俺らは引く気はねぇからなァ!!」
「………うるさいッ!! 」
雪華は手を払うようにしながら、その手に魔力を込み始める。
イーハイがそれに気づいて阻止しようとした瞬間。
「──────やめてください、雪華さん!!」
遠くから声を張り上げるように響いた女の声の後、辺りを薄い桃色の光が包みこんだ。
その光は弱まっていた吹雪を吹き飛ばし、止ませた。
全員がその光の出処である麓に続く道を振り返ると、そこには肩で息をしている春那が、両手を突き出した姿勢のまま立っていた。
「………春那さん!?」
イーハイが驚愕してその名を呼ぶが、春那はその場に力をなくして膝をついた。
「春那……ッ!!」
「春那ちゃん!!」
誰よりも早く、赤都と設楽が飛び出すように自分が立っていた場所から駆け出して、彼女の側に行く。
青い顔で息を吐く春那に、二人は一瞬顔を見合わせた。
「………大丈夫、です……!」
春那は笑って、立とうとする。
足に力が入っていないのが、誰の目にも明らかで、設楽と赤都はほぼ同時に、無意識に彼女に向かって手を差し出していた。
春那は素直にそれを掴むと、彼らの力を借りて立ち上がる。
そして彼女は、赤都を見た。
「……………ああ、やっぱり。………あなた、赤都……だね。………私のこと、覚えててくれたんだ」
「…………………。忘れるかよ、恩人の事を忘れるなんて、鬼の名が廃らぁ」
「……………変わらないね、あなたは………。………赤都、設楽さん、もう大丈夫、です。ありがとうございます」
彼女は言いながら、一人で立って見せて……足に力を入れて、一歩ずつ雪に足を沈めて進む。
「雪華さん……!」
自分を見つめる、雪華を見据えて。
「アンタ……どうして………」
「駄目だと思ったんです、……やっぱり、誰かに頼って、『冬の巫女』様に聞きに行ってもらって、私はそれを待っているだけって、……何か、違う気がして………。…………雪華さん、だったんですね、『冬の巫女』様は………。全然、知らなかった。」
「………………………………」
「教えてください、雪華さん。………なんでこの国は冬に閉ざされたままなんですか……? まさか、本当に、あなたが……春を止めているんですか?」
「………………アンタは知らなくていい事よ。………もう、帰りな。何も見なかったことにして、帰るんだよ、アンタも、設楽も、………そこの赤鬼も。…………もう、山を降りるんだ」
「それで納得できるんなら、私らここに来てないんですよ、雪華はん……。もう、そんな段階はとっくに過ぎとるんです。………それ、分かってへんかったら言えないですよね? 『帰れ』だなんて」
「………設楽……」
「さっきからごちゃごちゃうるせーんだよ、てめえは。さっさと吐きやがれ、意地張って解決すんなら俺だって、まずてめえをぶん殴って話を終わらせてえんだよ」
「………………………………」
雪華は目を固く瞑って俯いた。
「………………。……………事の起こりは、『春の巫女』様が亡くなられた時の事………。………その話は、知ってるのね?」
雪華がゆっくりと話し始めた内容に、彼らは頷いてみせる。
雪華はそれを見て、構えを解いてみせた。
その後に居住まいを正すのを見て、イーハイも息を吐いてから剣を納めて、彼女の方へ向き直る。
終息していく戦いの気配に、他の仲間たちも彼らの下に集まった。
「………………この先に、『冬の巫女』が使えるお堂がある。………春那を休ませる場所が必要だろう? ………そこで話す」
雪華はそう言うと、踵を返して自分が指を差した方向へ歩き始める。
イーハイと仲間たちは顔を見合わせ、頷き合う。
「………春那は俺が連れて行く」
「赤都………? 大丈夫だよ」
「それは一人で立ってから言え」
「…………ごめん。」
「赤都はん、頼んだわ」
青白い顔をして明らかに体調の悪い春那を赤都が抱えたのを見てから、イーハイは改めて仲間たちを見回して、雪華の後に続いて雪の中を再び歩き始めた。
(続く)
もっと早く雪華出したかったと後から後悔した話




