不香の国と春告げの君 -5-
前半全部予定になかった話なのでもうライブ感で描いてたまである。
ほんとごめんなさい回
「おや、イーハイ」
「ルッツ、マキシマ。二人とも来てたのか」
「ニックスから連絡を頂きまして。………何か、面倒事が増えたようですね?」
「ぐ………それは後で話すよ。あんまり関係あるかとか分かんない事だから……」
イーハイ、おーなー、アマノの三人が一先ず望月の家の前まで戻ってくると、そこにはルッツとマキシマが立っていた。
丁度家の戸を叩くところだったようで、ルッツはその手を下げるとゆっくりとイーハイに近づく。
イーハイはルッツとマキシマを交互に見ながら、再び口を開いた。
「…………それで、そっちはどうだった?」
「大方、調べはつきました。『春告桜』が何なのか、どういうものなのかについて、確証を得た……と言っていいでしょう。後程、お話致しますね」
「分かった。………流石だね」
「いえ。………それよりも。春那さんのことなのですが」
「………何かあったのか?」
「ニックスの話だと、……それほど容態は良くない、と」
イーハイはその言葉に顔を顰めた。
ルッツの静かな眼差しが、イーハイの目を見る。
「…………………とりあえず、中に入らせて頂こうか。彼女がどうなってるのか、気になる」
「分かりました」
ルッツは再び、望月の家の戸の前に立つと、手を上げてそれを叩いた。
程なくして中から応答があり、春那の母が戸を開けると五人の来客に驚いたものの、イーハイの姿を見ると、「ああ! あなたは……!」と叫んですかさず深く頭を下げた。
「あの、ありがとうございました!! 春那を見つけてくださった上、お医者様まで……! 本当にありがとうございます!」
「無事……までは言いづらいですが……春那さんが戻られてよかったです。……今は、どうされているんですか?」
「一緒に帰ってきてくださったお医者様に診て頂きながら、横になっています。……酷く疲れているみたいで……」
イーハイには、春奈の母親も酷く疲れているように見えたが、それは口に出すべきではないとして口を引き結んだ。
彼自身には本当の親というものがどのような感情を子に持つものなのかは計りかねるものではあったが、想像をするのにはそれほどの乖離を感じるものでもないだろうと、考えていた。
春奈の母親はそのイーハイの沈黙をどのように受け取ったのかは分からないが、一呼吸を置くと中を手で指す。
「あの……もう日も落ちて寒くなりますから、お茶くらい出させてくださいまし。お仲間の方々も。どうぞ中へ……」
「ありがとうございます。………お邪魔致します」
イーハイは再び、望月の家の戸をくぐった。
中へ入ると、最初に訪れた時と違い、温かな空気が玄関口を満たしていて、イーハイは無意識に少しだけ肩の力を抜いた。
中を案内され、それほど長くない廊下を歩き、通されたのは、恐らくこの人数が入ればそれなりに窮屈さを感じるだろう広さを持つ居間だった。
中央に置かれたちゃぶ台と、その周りに置かれた座布団の一つには、春那の母親とそう変わらない年に見える男性が一人、座っていたのだが、その男性は開いた襖の向こうの妻の姿と、その後ろに立つ来客者の姿に面食らっていた。
「あなた、この方々ですよ。今日、春那を見つけてくださったのは」
「………………ああ!」
男性───もしかしなくとも、春那の父親だろうその人は、反射的に立ち上がり、服の乱れを正しながらイーハイたちの近くに来ると、頭を下げた。
「本当にありがとうごさいます……。医者までつけてくださったみたいで……。……おい、母さん、この方々にお茶をお出しして差し上げてくれ」
「ええ、勿論。少々、お待ち下さいね」
「…………ささ、冒険者殿。こちらへどうぞ」
「…………ありがとうございます」
春那の母親がおそらく台所がある方へと行ったのを見てから、父親の饗しに従って居間に入る。
春那の容態についてイーハイは気にしていたが、先ほどから二人が発している医者という言葉から察するにニックスのことだろう、彼が今、春那の様子を見ているようだから、大丈夫だろうとイーハイは考えた。
ちらり、とイーハイが父親の方を見ると、父親は自分が先ほど座っていた座布団の横に立ち、イーハイ達を見ていた。
こちらが座るまでは自分が座る気はないのだろう、太ももあたりに手を置き、少しだけ肩と頭を下げた姿勢───お辞儀をする直前のような───で立ったままである。
それならば、と、イーハイは敷いてある座布団の上に、おーなーを自分の肩に座らせながら正座をする。
来客者が全員座ったことで安堵したのだろう、父親は見えないくらいの動作で息をつくと、自分も座布団の上に座った。
「はい、お待たせしました。」
そこに、ちょうど春那の母親が湯気の立つ湯呑みを盆に乗せて居間に戻ってきた。
イーハイは丁寧な動作でちゃぶ台の上に置かれる湯呑みを見てから、母親の方に向かって小さく頭を下げた。
………おーなーの分もちゃんと置かれたのを見て、少々驚きはしたが。
「………飲む?」
「飲まいでか」
「はいはい」
イーハイはおーなーの為に用意された湯呑みを持ち上げて、彼の乗る肩口に持っていってやると、嘴でつんつんと水面をつついて波紋を作りながら飲み始めた。
「熱くておいし」
「まだ飲む?」
「また後で」
「分かった」
彼はおーなーの言葉を受けておーなーの分の湯呑みを置く。
「私も、お手前を頂戴いたします」
今度は自分の分の湯呑みを手にとって、懐かしい作法に則って飲む。
その動作に、イーハイを異国の人間だと思っていた春那の両親は目を開いて驚いていたが、本題はそこではないので、彼らはイーハイが湯呑みの中身を飲み干して、元の位置に戻すまでを静かに見守った。
「………美味しく頂戴いたしました」
イーハイは一言、そのように言って頭を下げると、すっ、と父親と母親の背が伸びた。
「お口にお合いしたなら、良かったです。」
「はい。……それから、大変申し遅れました。私は、ルビー大陸の王都リューンより来ました、宿屋『こもれび』の冒険者の、イーハイ=トーヴと申します。ここにいる面々と、春那さんを診させて頂いている者は、私の仲間になります。若輩者ではありますが、この者たちを取りまとめさせていただいているものです」
「ああ、これはどうもご丁寧に……あたしは、望月時史と申します」
イーハイに向かって、父親が頭を下げる。
「私は望月里子と申します。………ええと、なんとお呼びすれば?」
今度は母親のほうが頭を下げてから、身を少しだけ乗り出してイーハイに尋ねた。
「イーハイ、で構いません。そちらの文化に則るなら、トーヴでも。」
「では、トーヴさんと呼ばせていただきます。……トーヴさん、………娘に、用があるとのお話でしたね。………どういった用でございますか?」
父親の問いかけに、イーハイはゆっくりと頷く。
「不躾ではありますが、結論から先にお伝えします。娘さんに関することで、私共は今、ある依頼を受けています。………ですが、その依頼を遂行するのに、ご本人の意思が分からないまま進めるのはこちらとしても避けたいところでして。………ご本人の体調不良も含め、確認をと思い、ここに。」
「その、依頼っていうのは……もしかして、『桜の巫女』に……関係することでしょうか……?」
「はい。町の方々から、『もし彼女が死んでしまう可能性があるなら、それを阻止してほしい』、彼女に何か……この冬を終わらせるのに命に関わる何かがあるなら、別の方法を探してほしい……と。」
「………町の、皆が……。………………………そうですか。」
時史と里子は同時に下を向いた。
イーハイには、二人が酷く辛そうな顔をしているように見えていた。
……というよりも、何か、凄く重いものを持たされた時のような、それでいて、人の言葉をどう受け止めて然るべきか悩む人のような。
そのような顔を二人はしている、とイーハイは薄々感じ取っていた。
「……………………トーヴさん、あたしたちの話をしても……良いでしょうか。」
「聞かせてください。」
「………ありがとうございます。………あの日は、朝から酷く冷え込んでいた日でした。……………昼を越えて、日が真上に昇っても、とても寒い日で……。…………その日、あんまりにも春那が帰ってくるのが遅くて…………あたしらは、働いてる宿に行ったりして、町を駆けずり回って、あの子を探したんです………」
時史は、宙を見つめながらぽつりぽつりと、順序立てて話を進めた。
「結局、春那はたまたま夜の巡回をしていた人に見つけられまして……。………それが、『春告桜』の前だったそうです」
「…………もしかして、その時に『巫女』に……?」
「…………ええ。『春告桜』の前に、誰かの羽織が被せられたまま、倒れていたらしく………すぐに、あの子は医者の下に運ばれたそうで………。………あたしたちは、その医者のところに来て初めて、ようやく春那の姿を見たのです。………その時には………」
時史はそこで目線を下げて、自分の前に置かれている湯呑みから立つ、揺れる湯気を見た。
遠い何かを見るように。
「………あの子の胸には、桜の文様が……。そして、医者の話では、『春告桜』の元素があの子の体に同調していると………。………あたしたちには、そんなことを言われても、全く意味がわかりませんでした。………あの子がなにか、別の物になってしまったのかと医者の胸ぐらを掴みそうになるほど、あたしたちにはあの子に何があったのか、理解できなかったのです。………それを理解できるだけのものが、あたしたちにはなかった。」
「……………失礼を承知で言いますが、この国には、あまり魔法や精霊への知識の普及がない様に感じますから、………無理もない話かと思います」
「…………そう言っていただけると……。…………最初は、もしかしたら『春の巫女』様が亡くなられてからのことだったので、町の人を含め、春那が次代の『春の巫女』になったのかと……騒然となりました。………ですが、………国から言われた『春の儀』を……あの子にやらせても……。……………」
時史はそこで、言葉を詰まらせた。
言われなくとも分かる。……それ以前に、それを聞いて今まで痛いほどその結果を見ている。
『春の巫女』が行う『春の儀』は、効力なしとして失敗したのだと。
「…………町の人は、春那を責めはしませんでした。………あの子をよく、知ってくれている人たちですから。……冬が来ないくらい、気にするなと……。言ってくださっています……」
「……………聡明な方々ですね」
「はい………。本当に………。」
時史の言葉を隣で聞いていた里子が、無言で固く目を瞑り、下を向いたのを、イーハイは見た。
時史に言葉を任せている彼女も、同じ思いなのだろう。
イーハイはそう考えた。
「……………その後、……その話を受けて、国からの話がありました。………春那が『桜の巫女』であり『春の巫女』ではないことと、いずれ『春の巫女』の力が強まって、春が来るかもしれないこと………その二つだけを伝えられました。」
「………それ以外は、何も?」
「ええ、何も。……何も、話されませんでした。」
しん、と居間が静まり返った。
何の音もしないほど。
彼らは皆、沈黙をしたまま、頭だけを動かしていた。
イーハイは、この国について考えた。
(………魔法や精霊への理解の薄さ……これを利用して、この国は『宗教』として取り扱っているんだろうな。………学問ではなく……。………医者が中途半端に知識があるのも、あくまで原理的なところだけで、それ以外は……)
イーハイはそこまで考えると、ルッツの方を向いた。
ルッツはイーハイが振り向くのが分かって、イーハイと目線を合わせる。
そして、ルッツはイーハイに向かって頷いて見せると、時史と里子に向かってその口を開いた。
「────一つ、私からお話させていただいても?」
ルッツの声に、時史と里子の顔が上がった。
二人はルッツを見ると、何を話されるのかと身構えるような身動ぎをした。
「…………先に申し上げますね。……私はルッツ=トゥループと申します。……そうですね、イーハイの元で、補佐のようなものをしているものです。…………先ほどの、『桜の巫女』の件について、具体的な話がこれまで出ていません。………この国では、そもそも『春の巫女』がどのようなものかすら、市井にはまともに伝えられていない状態ですから。………そこのお話を、と。」
「…………! もしや、あなたにはそれが分かると!?」
「分かる、とは断言できません。私も先程、仲間の人間と古い文献を漁ってようやく道筋を掴んだ……という程度です。間違っているかもしれませんし、そもそも文献自体に嘘が書かれていることも少なくはありません。………必ずしも、真実でないことを承知の上でお聞き頂けますか?」
「勿論です! ……少しでもあの子の事が分かるなら、……あの子の支えになってあげられるかもしれないので……! 何でも、教えてください!」
「…………分かりました。では……。」
ルッツは言いながら、持っていた荷物袋から一冊の古い書物を取り出し、それをちゃぶ台の上に置いてみせた。
「………これは?」
「図書の貸し出しをしている店でお借りしてきました。……『桜の巫女』について書かれている文献です」
「……………………」
時臣と里子がその書物をじっと見る。
ルッツはそれを見てから、あくまでも淡々と続けた。
「そこに書かれていたこととしてはまず……結論を先に言いますと、まず、皆さんが考えていた通り……『桜の巫女』は『春の巫女』の代わりに現れる存在です。………その役割は、『春告桜』が与えます。……そこまでは良いですね?」
ルッツが周りを見渡しながら確認すると、周りの者たちはそれぞれタイミングは違えども、ルッツに向かって頷いてみせた。
ルッツは一呼吸置くと、書物に手を置いて、続ける。
「さて……では、先に……『春の巫女』についてお話しましょう。……『春の巫女』、という存在は予め、『春』に関係する元素を集められる術式……言わば、管のようなものを、身体の中に持ったまま生まれてくる存在……だそうです。元より、そのような体質の身体を持っている、と考えてください。」
「管、ですか……」
「はい。………そうですね、分かりやすく言うなら……植物が、根から水分を吸収し、葉まで行き渡らせる道管というものを持っているのですが、それと同じようなものと考えていただけると。」
「『巫女』様が、『春』を持ってくるために何かしらを吸い上げている、……ような?」
「はい、そうです。その認識で構いません。」
ルッツは頷いて、一呼吸を置いてさらに続ける。
「『春の巫女』は精霊が落とす元素の中から、先ほども言ったように『春』の草花の芽吹きだったり、気温だったり、それに関係するものだけを集めて、国に行き渡らせることができるのです。それを行うのが、『春の儀』……に、なるのでしょうね」
「植物が土から栄養を水と一緒に吸い上げて、葉に行き渡らせるのと同じようなことでしょうか?」
「ええ。それが国全体の規模だと思ってください」
「………今までぼんやりとすごいと思っていただけでしたが、そう聞くととんでもない方に思えます」
「実際に、とんでもない方だと思いますよ。この国特有の体質の持ち主でしょうから」
「……………………。」
時史と里子が顔を見合わせた。
再び二人がルッツの方に向き直るのを待ってから、ルッツは続きを話す。
「ここからが本題です。………昔の人間は、万が一、四季を司る次代の巫女が生まれなかった場合を想定し始めました。……まぁ、当然でしょう。必ずその体質を持つ子供が生まれてくる保証はどこにもありませんから。そこで、彼らは代替案を考えることになりました。」
「……………それが、『桜の巫女』……ですか?」
「はい。………というよりは、『春告桜』そのものが彼らの作った代替案でした。………過去形なのは、『春告桜』には欠陥があったのです。その欠陥が原因で、あれは完全なる代替案にはなりませんでした」
ルッツは書物に置いた自分の手を見つめる。
「…………『春告桜』には、端的に言うと……意思がないのです。つまり、思惑通りには動かない…………。………いえ、言葉としてはあまり適切ではないですね。……動物は、お腹が空いたら餌を求めるでしょう? 植物も、生存本能の原理としては同じことをします。……それこそ、さっき言った通りに、です。」
「…………! ………お言葉を借りるなら、『春告桜』は……その、『元素』というやつを……無尽蔵に吸い始めた、ということですか……?」
「ご推察のとおりです。『春告桜』は、元はただの桜でしたが、そこに無理矢理、『春の巫女』が持って生まれるような、『元素を集める』術式を施したのです。……結果は、際限なく周囲から元素をかき集めてしまい、他の生物や植物等に多大な影響を与え始めたのです」
ルッツの言葉を聞きながら、イーハイは凡そその後に何が起こったのかが推測出来てきて、顔を顰めた。
時史と里子がこのあとに続くだろう言葉に対してどのように考えるのか、と、イーハイは身構えるしかできないまま、ルッツが続きを話すのを見守る。
「最終的に、『春告桜』には別で、無尽蔵に元素を吸い取ってしまうことのないように抑制……蓋のようなものをするしか無くなりました。しかし、それではいけない。…………そこで考えたのが、適性のある人間を選定し、『春告桜』の制御の核として取り込む方法でした」
ルッツからその言葉が紡がれた瞬間、ひゅっ、という誰かの息の音がして、場が凍りついた。
火鉢などで温められているはずの部屋が、一瞬にして氷山の一角になったような、体の芯が冷え込むような空気。
ルッツの言葉を飲み込もうとする時史と里子は、その空気に呼応するかのようにその顔を青褪めさせていく。
「………………。しかしながら、その方法が確立された頃は、問題なく『春の巫女』は何かしらがあっても代変わりを行えていたのです。………昔の人間の、悪いところです。彼らは今問題が起こっているわけではないとして、『春告桜』に付けた機能をそのままに、蓋をしたまま放置することにしたのです。………蓋をしておけば、そして『春の巫女』が生まれ続ければ、そもそも桜の機能に頼らなくとも、問題なく春は訪れる。………その結果、禄にその存在が伝えられないまま、現在に至る……ということです」
────沈黙。
息遣いしか聞こえない空間がこの場にできた。
イーハイは、時史の青褪めた顔が苦痛を訴える人のようにみるみる歪んでいくのを見た。
それを見ても、続くルッツの声色は淡々として変わらない。
「『桜の巫女』の正体は、……『春告桜』が『春の巫女』の代わりとして選定した、言わば人柱です。人の意志を喰らい、それを己の意志……『春をもたらすための制御装置』として使おうとしている。……春那さんの体調不良は、町の人の推測が半分は当たっていたのですよ。」
「そんな………そんな、恐ろしいものを……蓋をすれば何もないからと、国は放置していたと……!?」
「何もない、どころか……国は春那さん一人を『崇高な犠牲者』として『春告桜』に差し出したようですけどね」
「──────そんな……………国が、春那を、あの子を見捨てたっていうんですか……」
「結果としても、そうなります。……そう考えたほうが、妥当と言う方が正しいですが」
「…………、…………っ」
ぐっ、と里子の身体に力が入る。
拳を握り、歯軋りをして、体を震わせていた。
………彼女は、力の行き場所のない足を奮い立たせると、ルッツの元まで勢いのままに歩き出し、彼の服を掴んで。
「────────っ、何とか……ならないのですか!? あの子がどんなものになろうと、関係ありません!! あの子にも、私たちにも、この町にも!! あの子が………ただ、懸命にこの国の土を踏み、暮らしているだけの、あの子が……何をしたって言うんですか!? あの子はこの国の子では無いのですか!? この国は、子の屍の上で、私たちに笑って暮らせと!? 春那の笑顔を奪った上で!! そんな馬鹿な話を黙って通そうとしていたと!? 何が国ですか!! 何が四季ですか!! 馬鹿馬鹿しい!! そんなものに付き合わされて、私たちは、この身よりも大切な命を失わなくてはならないのですか!? 何のために!?」
叫ぶ。勢いのままに。
だが、それを受けても、ルッツは眉一つ動かすことはなかった。
真っ直ぐに見つめ返す彼の紫の瞳に里子が気がつけば、それは恐ろしいほどに何も映していないようにすら見えるほど澄んでいた。
いや、何も映していないのではない。
何もかもが見えているように見えるからこその空虚。
底なしの沼を見た気分すら覚えるほどのそれに、里子は次第に冷静さを取り戻す。
「…………落ち着かれましたか?」
「……………は、………はい………。………取り乱して、申し訳ありません………」
「いえ。………続きをお話しても?」
「……………お願い、します。」
「……………。春那さんについて、現状……どうにかできる術は、推測上のものしかありません。実行するにしても、この国自体への影響がどのようになるか………想定しか出来ませんし、はっきり言いますが、『試せば良い』で済む話ではありません。私共にその責任は取ることができませんし、それは春那さんや貴方がたにも同様でしょう」
「それは、………どういう?」
「例えば、春那さんから『桜の巫女』に関わる要素を外して、仮に春那さん自身が無事だったとしても、この国には大きな影響を及ぼすかもしれない、という話です。冬に閉ざされたままになるかもしれないし、文献によればしっかりと他の季節に該当する巫女もいらっしゃいます。……冬が終わらないということは、『冬の巫女』の力や身体がどうなっているのかわからない状態でもあるということです。その均衡がどうなるかの一切を、ここにいる誰も保証できないのですよ………この国も、です。」
「…………それじゃあ、どうしようもないと?」
「ルッツ、ちょっといいか」
そこで、イーハイが口を挟んだ。
「どうかしましたか?」
「そのことについてなんだが、……アマノとおーなーが言うには、今の『東極国』は、概念的には『春の訪れている大地に冬の概念が乗っている』状態らしいんだ。……何かの参考にならないか?」
「! …………………。……………ええ……。なります。」
イーハイは、そう応えるルッツが瞳を伏せたのを見た。
イーハイは自分の喉が人知れず、くっ、と鳴ったのを自覚したが、何も言わないでおくことにした。
恐らく彼の今の『態度』を追求するのは、良くないことを時史と里子に伝えなくてはならなくなる状況を増やすだけだ、と考えたからだ。
彼が今浮かべたと思われる思考の内容を聞くのは、後で自分が聞いてからではないと、駄目な気がしたのだ。
ルッツはイーハイが閉口したのを確認すると、何事もなかったように時史と里子の方へ向き直る。
「今のイーハイの言葉を説明するのには骨が折れるところですので、お二人には端的に、我々が今後にできる方針のみをお伝えします。今の話を適用するならば………私達にこれからできることは『冬の巫女』に何らかの形で接触することのみ、……に、限ります。冬を司るものが、暴走しているのか……それとも意図的か。これの確認と、………出来うるなら新たな情報の確保です。」
「『冬の巫女』様に会う……? そんな事が可能なのですか?」
「…………可能とは断言できませんが、無理とは言えないのですよ。」
ルッツはそこで初めて柔らかく微笑むと、己の仲間たちを見やった。
風体だけ見れば半分ほどは人ですらない者たちの集まり。
時史と里子は娘への心配のあまり、最初こそほとんど気にも留めて居なかったが、彼らは改めて見ると……というか、どう見ても異様な集団だ。
主格であるらしいイーハイという青年は……まぁ、この国では珍しい金髪と金色の瞳と……はっきり言って整いすぎた顔立ちをしていること以外は普通の青年に見えるし、今まで淡々と話すだけだったルッツという人も、年齢よりも落ち着いているように見えることと、やはりこの国では珍しい肌の色というくらい。
強いてルッツの容姿で一番目を引くと言えば、女性に見紛うほどの顔立ちも、入るには入るが。
………問題はそれ以外で、後ろにいる長く赤い髪の男は心配になるほど細い体をしているが、浮かべている笑みには何処か、イーハイたちより年上ではあろうとは思うが『それ以上』を思わせる、………余裕のようなものがある。
あくまでそう見えるだけではあるが、勘がそれなりに良い里子には少し身震いをするような目と雰囲気の男である。
次に、その隣に丁寧に座る、……金属の体を持つ何者か。………絡繰り? が静かに鎮座したまま、頭部の赤い宝玉のようなものをこちらに向けて、皆を見守っている。
そして、イーハイの方に留まるひよこ。
どう見ても、ひよこ。
何故か着物を着ているが、殊勝にも眼鏡をかけて、何となく必要かと考えて出した粗茶すら飲んでみせた、ひよこ。
改めて見れば、………彼らは何なのだ?
今更ながらに、時史と里子は彼らを凝視するしかない。
彼らは、『知らないものを持ち、知らないものを見てきた』何者かなのだと。
時史と里子は理解するしかないのだ。
金色を称える青年が、口を開く。
「─────改めて、お聞かせください。………私達に、………オレたちに、あなた方は……町の人と同じ事を求めますか?」
「………………………………。」
「先程も、仲間が申し上げた通り……オレ達には命の責任までは取ることができません。お預かりをするにしても、最低限のことをするだけしか、出来ません。力があっても、何もかもを、自分の存在でさえも取りこぼすのが、………あり得ることです。そんな人間が、誰かを必ず救えるなどと驕る気は全くありません」
金色の瞳が時史と里子を捉える。
「冒険者は酔狂と気まぐれと、好奇心だけで日夜の金銭を稼ぐならず者でしかありません。………それでも良ければ、………依頼を遂行させていただきます」
イーハイの言葉に、里子は身を正し、時史は口を引き結んだ。
じっと、時史はイーハイを見据えて。
やがて、時史と里子は揃うようにして、ゆっくりと頭を下げた。
「──────娘を、………よろしくお願いします。………冒険者……イーハイ=トーヴ殿。あの子の、言葉を聞いてやってください」
「分かりました。………ご決断を、ありがとうございます。時史さん、里子さん」
「ふぅ、よーやく話終わった? お茶冷めちゃってるんだけど。」
おーなーが翼でイーハイの頬をぺしぺしと叩く。
「ごめんごめん。でも、大事なことだし……。………お茶飲む?」
「飲む。」
「えっ、あの、淹れ直しますよ?」
「いーのいーの。出されたものを下げさせるなんてお茶に失礼でしょ」
「…………そこは出してくださった里子さんに失礼、でしょ………」
「ぷー? 何が?」
「……………駄目だこりゃ」
「お茶を頂いたら、ニックスを呼んでお暇しましょう。流石に長居をし過ぎていますから」
「うむ。そうじゃな。………『冬の巫女』についても話し合わねばならんしな」
「マキシマ、頷きすぎると首取れるぞー」
「おーなー、怖いこと言わない!」
先ほどの空気はどこへやら、わいわいと騒がしくなる冒険者達を見て、時史と里子はお互いを見やった。
「…………不思議な人たちだな、この人たちは。………さっきまで、あんな張りつめた空気だったのに」
「冒険者さんってのは、そういうものなんでしょう。………私たちよりも、ずっと、死の隣り合わせと共に……酔狂を生きているのよ、きっと」
そのように二人が話していると、イーハイがおーなーにお茶を飲ませながら、二人の方に振り向いた。
「あの、………帰る前に春那さんの様子を見させていただいても? ニックス……仲間にも合流させていただきたいので」
「ええ、構いません。狭い我が家ですけども、後ほど、案内させていただきますね。」
◇◇◇◇◇
「春那、入っていいかしら。あなたにお客さんよ。」
「………お母さん? お客様? ………大丈夫だから、入っていただいて。」
す、と障子が開けられる。
春那が見た障子の向こうにいたのは、母である里子と、宿に泊まりに来ていて、『春告桜』の下に自分を迎えに来た、あの金の髪の青年だった。
里子は青年に向かって頭を下げると、そのまま廊下を歩いて去っていった。
青年もまた、里子に礼を言うと、改めて春那の方へ向く。
「上がらせていただいても?」
「! はい、……どうぞ。」」
ゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた青年は、春那の隣に座る男に目配せをしつつ、春那から少し離れた位置に座り、彼女と目線を同じにしたあと、頭を下げた。
「お具合の悪いところにすみません。………あの後の様子を伺いたかったもので。応対して頂いて、ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ、何度もお客様にはご迷惑を……本当に、色々ありがとうございます……。それに、お医者様まで……お陰様で、少し楽になりました。」
「………まぁ、俺の本業は医者じゃねぇんだけど」
春那の隣に座る男────ニックスは春那の言葉に苦笑した。
「それでも、その腕は本物だと思います。だって、こんなに楽になりましたから……! いつもよりも、体調がいいんです。本当に、ありがとうございます! ニックス先生!」
「せ、先生は勘弁してくれねぇかな……」
助けを求めるように、ニックスの目が金の髪の男に向けられる。
「良いじゃないか、ニックス。オレも君の医療知識には何度も助けられてるし、彼女の言い分も分かるよ」
「……………あーもう、お前までそんなこと………。………まぁ、いいか。……春那さん、この人がさっき話した、俺が所属するチームのリーダーのイーハイだ。ま、何度か顔は合わせてるし、チラッとは名前聞いてたと思うけど、改めて……な。」
「はい。…………その、えっと、なんてお呼びしたら……?」
「イーハイ、で良いですよ」
「ええと、分かりました。……では、イーハイさん。………あの、本当に何度も、ありがとうございました。お礼を何度お伝えしても、足りないくらいで……」
「十分ですよ。大したことは全くしていませんから。………それで、ニックス。専門的な方で話を聞いていいかな、彼女の体調について」
「………さっき、春那さんが自分で体調は良好とは言ってたが、………あくまでそれは表の話だな。『内側』は『変わらず』だ。………正直、飲み薬になってる方の『エーテル』で誤魔化す以外にやりようがねぇ。………それくらい、身体はやられてる」
「…………………」
春那は既にニックスからそのように説明を受けていたのだろう、イーハイに曖昧な笑みを浮かべてみせた。
イーハイはその笑顔を見て、少しだけ目を逸らしてから、もう一度ニックスの方を見た。
「……………今しがた、ご両親とは話をさせて頂いたよ。」
「そうか。………こっちも、本人にはあらかたこっちで調べたことは話してある。依頼のこともな。」
「………………分かった。……ニックス、まだ彼女の治療はある?」
「…………いや、これ以上は。………薬を飲んでもらって、万が一には頓服で様子見するくらいしかやれることはねぇ。そこは本人とご両親任せになるな」
「……………了解。………それなら、先に戻ってルッツたちから今後について話を聞いておいて貰えるかな。オレも帰ったら把握するから」
「…………………。…………分かった、あんま患者に無理させんなよ。点滴と同じで、今は余剰に力が戻ってるように錯覚してるだけだからな」
「ん。気をつける。」
「…………じゃ、春那さん。お大事に」
「え、あの、………ありがとうございました、先生……」
淡々と自分たちで話を進めて、するりと帰り始めたニックスを見た春那は多少驚きはしていたが、しっかりと小さく頭を下げてその背を見送っていた。
ニックスが去ったあと、行灯の柔らかい光が彼らを包む中、二人きりになった彼らはしばしの間沈黙する。
先に口を開いたのは、春那だった。
「………ニックス先生から聞きました。………私のことで、町の皆さんが依頼をしてくださったことも、イーハイさん達がそれを受けてくださったことも、………私に起こってることも、…………全部。」
行灯の中の光が揺れている。
隙間から吹く、僅かな風で。
部屋の明かりが、身じろぐ蛍の光のように揺らめいている。
「ううん。………全部っていうのは、………違うかな。………私は、違うと思ってるんです。きっと、その全部は……『私に言える事』として全部だったんじゃないかと、思ってるんです。」
春那の目が、揺れながらイーハイを見る。
「イーハイさん。………本当のことを教えてください。………私、もう、………『手遅れ』、なんですよね………?」
ああ────、とイーハイは心の中で溜息を吐く。
彼女は、聡明であった。
この町の人の勘に近い聡明さよりも、ずっと鋭くて、旺盛で、残酷なほどに強く。
彼女は答えに辿り着いている。
それは、イーハイが先ほどルッツにアマノたちが見た『世界の認識のズレ』を伝えたときに考えたものと同じものと、推測できる。
………ただ、そこまで考えなくとも、彼女はそもそも、【当事者】なのだ。
分からない、訳が無い。
よっぽどの、考え無しでもない限り。
自覚せざるを得なくなるのは当然だ。
「………………。…………断言は、しません。でも、………そう考えることは、オレが知っていることなら、………出来ます。」
イーハイは、慎重に言葉を紡いでも意味がないことを知りながら、静かにそう言った。
「…………すみません。」
イーハイは次を言えずに、謝罪を口にしていた。
そんなイーハイに、彼女は首を横に振る。
「良いんです。自分のことだから、……よく、分かっちゃうんです。………イーハイさん………私、
────もう、死んでるんですよね?」
日常会話のような心地の声色で、それは告げられた。
(続く)
ガチギレお母さん




