不香の国と春告げの君 -4-
確かこのあたりからだいぶ執筆計画が狂ってた。
あれから。
イーハイらは一度部屋に戻り、そこから行動を開始した。
宣言した通り、ルッツとニックス、それから二人への協力をいつもの身振り手振りで申し出たマキシマは町で聞き込みや関連する文献がないかの捜索に繰り出し、残ったイーハイたちは春那の方へ話を聞きに行く事とし、今、イーハイ、アマノ、おーなーの三人は、夜が近づき少し肌寒くなってきた町の中を歩いていた。
雲間の夕焼け色が街の白を照らす中、イーハイは一応、道行く人の姿を見ていた。
宿の中で春那について聞いた時、仲居の一人がその行方を教えてくれた。
何でも、どうやらイーハイたちが部屋に戻るくらいの頃には仲居たちが使っている部屋から、従業員用の出口の方向へ荷物を持って出ていくのを見たそうで、もし用があるなら今追いかければ間に合うんじゃないか、と聞いた。
しかし、もしも彼女に追いつかなかった場合は困るので、イーハイたちは件の依頼を持ちかけてきた一人である、あの『春那の家の近所に住んでいる』という男性に彼女の家の位置を聞いておくことにした。
あの男性はこの宿には風呂をよく借りに来ている────『福楽亭』の温泉は宿に泊まらなくても、金銭さえ払えば誰でも入る事ができるらしい────らしく、帰っていなければまだ宿の休憩スペースなどで休んでいるだろうとのことだったので、その姿を探して、まだ宿内にたまたま残っていた彼を見つけて聞いておいたのだった。
………そういうわけで、その望月家へ向かいつつ、彼女の姿を探したのだが。
残念ながら、彼女に追いつくということは未だにできていない。
これは家にまで行くことになるかも、とイーハイは思い始めていた。
「………しかしのぅ」
不意に、アマノが呟いた。
「ん? 何? アマノ」
「うむ………よう考えたら変な話じゃ、と思ってな。」
「変な話って?」
「いや、何故『春の巫女』の次代が生まれていないのか、と思ってな。」
「それは………オレも思わないでもなかったけど……そういうのって所謂才能とかで決まる場合もあるから、どうかなって……」
「まー、その辺はルッツたちが調べてくれるっしょ。ってか、そのためにチーム分けたんだしー。」
「それもそうなんじゃがなぁ。……うーむ……」
「ってかさぁ、疑問なんだけど、アマノはこの国に住んでたことあるんでしょ? 『春の巫女』について、一つでも何か知らないの?」
「うむ。真に残念な話じゃが、儂のいた頃にそのような存在がいることを知ることはなかったのぅ。……正確には居たのかも知れんが、その場合は一般の人間には存在を秘匿にしていたとも考えられるがね」
「『春告桜』についてはー?」
「さぁのぅ。じゃが、人間に作用する力を秘めた桜なんぞがあれば、今よりも魔法に理解のない時代じゃと思えば相当な騒ぎになっていたと思うぞ。」
「でも、さっきの人たちの反応を見る限り、『春告桜』については咲く時期と長く咲き続ける事がちょっと不思議、ってくらいで終わってる。………だから、何かあったとして町にはそれが伝わってない……ってなるね。」
「ぴー? そんなんありえないっしょ。人間だよ? 得体のしれないものを怖がって、後世まで解決法を先延ばすのが得意な奴らじゃん」
「君なぁ……」
「ぷーっぴっぴっぴ! ま、人間じゃなくてもどんな形であれ『感じる』やつは『感じる』かー。それが模倣であれ、『感じた』ことからは逃げられないけどー」
「……………何の話?」
「うむ。イーハイ、儂らがこの国に来た時に、儂とおーなーが妙な反応をしたのを覚えているかね?」
「え? ………ああ。てっきり、さっきの話でもしかして二人には元素異常とかが見えてたのかなって思ってたんだけど、違うの?」
「ああ、違う。お主は忘れがちかもしれんが、儂らはこれでも『闇の眷属』に属する種族じゃからな。………つまり、そのようなモノにしか見えぬような、些細な違和感の話じゃよ」
「…………異種族にしか感じないようなもの、ってことか?」
「そういうことじゃの。というか、ぶっちゃけ、アレじゃ。この国にはいわゆる『妖』なるものがいてのぅ。………それが動いていないことに違和感があったんじゃよ」
「って、言ってもその違和感抱くほうが変なんだけどねー。」
「…………………。ああ、なるほど。もしも、『妖』がこの問題に関わっているなら活動が活発になっているはずだし、………逆に、アマノの言うことを取るなら……『静かすぎる』のも変、ってことか」
「そーゆーことー。一重に『ヒト』族と称される奴らとは別で、世界にいる以上は『異種族』も存続している限りは環境に適応したナニかの一種だし。つまり、『静か過ぎる』のはおかしい。」
「さらに違和感なのが、無機物に宿るタイプの『付喪神』共でもこの冬景色をどうにかするために動いておらんことじゃな」
「………ん? 『付喪神』?」
「うむ。奴らは心を糧に……というよりも、物を扱った時の誰かの心の集合体が形を取ったものであってな。………つまり、限りなく心を持つ存在に近い、ある種の模倣体なんじゃよ。」
「…………例えばそれがこの事態を問題視するタイプの人が扱っていた物に宿った『付喪神』なら、なにか解決しようと動く?」
「そういうことじゃの。じゃが、彼らは『沈黙しておる』。」
「そーなると、早い話が、ワイらには『この国には正常に春自体は訪れてるように感じてる』ってことー。」
流石にイーハイは、そこで面食らった。
「…………そうなの?」
「正確には、異種族や無機物には事象そのものよりも『概念的なもの』の方に敏感なの。悪魔だってそう、悪魔たる概念があるから、悪魔はその上に立って生きてる。体に宿った法則的な。それがワイとかみたいなのにとっては『環境への適応』と同じーって感じ」
「あー……えーと……。……それって例えば、今は四月から五月で本来は春だけど、オレたちの目にはどう見ても冬が続いてる……でも、実際的には『春の上に雪か、冬そのものの概念が乗っている』………みたいな?」
「そゆことー。悪魔だって、世界の概念の上に悪魔が乗ってるだけ、ってことだねー」
「…………………それはイマイチ例えが分からない…………」
「んー。『種族』的なものがただ存続できている、というだけで『この世界に適応している』という概念が生まれるわけで、地上にあるものはその上に立ってる、的な。」
「………それって、例えば絶滅したり、途絶えちゃう種族は………」
「『適応しきれなかった』か、『適応した別の種族に何らかの形で淘汰される』ことになるのぅ。対抗手段があったとて、それが手狭すぎれば同じことじゃし、結果は同じじゃな」
「それが世界の仕組みってやつだねー。」
「………………少し二人の言いたいことが分かったかも。まとめていい?」
「うむ」
「出来るんならね」
イーハイは誰にでもなく頷いてから、口を開く。
「…………まず、今この国は冬が続いている状態ではあるけど、それはあくまでも表面上がそう見えるだけ。本来はちゃんと春になっている」
「うん」
「次に、その状態に関しては『基本的に・概念的には』問題が起こっていない。あるとすれば、食料とかの自給的な確保、寒さに対策が必要な種族とかには問題があるくらい」
「うむ」
「…………だとすれば、『誰かが意図的に冬の状態を維持しているように見せかけている』………?」
「………たぶんー?」
「儂らは少なくともそう捉えているな」
「……………………。」
イーハイは考える。
もし、それをできる人間、種族がいるとしたら、……恐らく『冬の巫女』みたいなものが該当するのではないかと。
話では『春の巫女』は居るわけだから、当然、他の季節に該当するそれもいるだろう。
………多少安直すぎる気もするが、いないと言われても解釈に困るので居てほしいというのがイーハイの勝手な思惑である。
しかしながら、それはそれで、『冬の巫女』に何か有利になることがあるのだろうか、という話にもなる。
しかも、ただのヒトとは異なる種族から見れば、春はそのまま訪れていると来ている。
それならば、表面的な『冬の概念』の対象になっているのは、『桜の巫女』そのもの、もしくは……『春告桜』に対してではないか。
そう考えるのが、今の話だけで考えれば自然でもあり………。
「おらぁ!」
「ぶっ!?」
───と、そこでイーハイは何か柔らかいものが頭に激突して思考を切らざるを得なくなった。
黄色いものだったような、とそれが飛んでいった方を見れば、和装の袖を揺らしてぱたぱたと翼をはためかせて飛ぶひよこ……おーなーの姿。
「な、なんで体当りしたの!?」
「いやー、今考えても仕方ないことをずっと考えてそうだったから、つい」
「声かけの選択肢とかないの!?」
「イーハイだし」
「理由になってないからな!?」
まったく……、とイーハイは呟きながら今しがたぶつけられた所を擦る。
しかしながら、おーなーの言うことは最もだ。
ここで考えても仕方のないことを追ったところで何が得られるわけもなく。
「………でも、お陰で少し考えが整ったかも。二人とも、ありがとね」
「うわ何急に怖ッ」
「ほほ、どういたしましてと言っておくかの」
怪訝な目を向けてくるおーなーと、楽しそうに笑うアマノにイーハイは苦笑しつつ、イーハイは足を進める。
そこに、おーなーの「んー」という声が聞こえた。
「…………ところで、あの春那って子、全然見なくない? このままだと本当に家に着きそうじゃん」
「そうだな、もう家にいるのかも」
「うげー、めんどくさ」
「おーなー……依頼なんだから多少のことは我慢してくれ」
「分かってるってー」
「して、そんなことを言うておる間に………アレではないかの?」
「ん? ………ああ、あれが望月さんの家か……?」
「表札見ないとわかんないねー」
ぱたぱたとおーなーが先を飛んでいき、玄関先に下がっている木の札を見に行った。
おーなーはそれをじっと見つめたあと、後を追うように歩いてくるイーハイたちに向き直る。
「ここで合ってるっぽいよ」
「ここの近所には望月って名字は他に居ないらしいからの」
「………誰かいらっしゃるかな?」
そう呟きながらイーハイが腕を伸ばして、家の戸を軽く叩こうとした時だった。
「あのぅ……うちに、何か御用で?」
「へ!?」
控えめな女性の声が彼らの後ろから聞こえてきて、イーハイは慌てて振り向いた。
そこには若々しいが、実際には四十かそこらだろうと思う女性が、荷物を手に立っていた。
恐らくは、買い物帰りなのだろう。
持っているものの中にはそれなりの量の食材が詰められているらしかった。
「あの………すみません、貴方は……望月さんで間違いないですか?」
「はい、如何にも私は望月ですが……あの、何か?」
「用事がありまして、望月春那さんに会いに来たんです。お話したいことというか、お聞きしたいことがありまして」
「まぁ、春那に?」
あらあら、と女性は戸惑う。
「ごめんなさいね、私も今帰ってきたばかりでして、中に春那がいるか分からないんです。……ああ! すみません。私、春那の母です」
そう言って、彼女は頭を下げる。
子を産んでいるほどの年数を生きた女性として、だいぶ落ち着いている印象をイーハイは覚えたが、どこか相手に誠実であろうとして慌ただしくなる様子を見て、イーハイは「春那さんの母親らしいな」と頭の片隅で考えた。
「ちょっと待っていてくださ……いえ、こんな寒い中で外でお待たせするわけにはいきませんね。中へどうぞ、春那がいたら、呼んでまいりますので」
「え、あ、はい。ありがとうございます。………お邪魔させていただきます」
一瞬、イーハイは外で構わないと言おうとしたが飲み込んだ。
相手の好意を無下にする必要もあるまいと思って、戸を開けて中へ促すように手を広げる春那の母を見てから、イーハイは戸をくぐり抜ける。
玄関口に立っても実のところ寒いのは変わらなかったが、風に当たらないだけその分はありがたく、元から寒がりであるおーなーを除いてではあるが、十分に感じた。
「玄関口で申し訳ないのですが、どうぞお座りになってお待ち下さいね。」
「ありがとうございます」
段差になっているところを手で示されて、イーハイが素直に座り込むと、春那の母親は柔らかく微笑んでから、荷物を手に奥へと足早に去っていった。
それを見届けてから、おーなーは羽ばたくのをやめてイーハイの足に乗ると、丸くなった。
「………もしかして、寒いの?」
「………ぷー。………流石に寒かった」
「しょうがないな」
イーハイは言いながら、自分の手でおーなーを包んでやる。
「うわ無駄にあったかい」
「離してやろうか?」
「悪魔か」
「悪魔は君だろ……」
そんな軽口を叩いていると、春那の母親が戻ってきた。
その表情は曇っていて、困惑しているように見える。
「………どうされました?」
「あのう……ごめんなさいね。よく考えたら、この時間はまだ仕事に出ている頃でして、まだ帰ってきていないんですよ。私ったら、すっかり忘れていまして」
「ああ、その事なんですが……実は、春那さん……体調が悪くなったみたいで、帰るように言われていたんです。ですがその後、ちょっと彼女に用事ができてしまった次第でして」
「そうだったんですか!? ………春那が………。…………そう、ですか………」
イーハイは明らかに消沈した母親を見て、「しまった」と思った。
反応から見るに彼女の体調の変化について、おそらくこの女性も春那が【桜の巫女】になってしまったことが原因ではないかを疑っているのでは、と推察できた。
迂闊に体調不良の話をするべきではなかったか、もっと他に言いようがあったのでは、と思ったが、既に伝えてしまったのでどうするべくもない。
「………ちょっと待ってください。……じゃあ、春那は……あの子は、その体調の悪い身体でどこに……? 家に帰ってきてないみたいですし、………そんな……」
「奥さん、……この近くに医者は」
母親の顔色が悪くなっていくのを見て、イーハイは咄嗟にそう聞いていた。
「診療所なら、ここからそう遠くないところに……」
イーハイは母親から正確な場所を聞くと、アマノの方へ目を向ける。
「………アマノ」
「射程圏内じゃ、任せよ」
アマノはそう言うと、外へと足を向ける。
そしてイーハイたちから見える戸口の向こうに立つと、腕を上げた。
そのまま目の辺りに手をやると、アマノの赤い瞳に複雑な文様が浮かんだ。
【魔眼】である。
瞳に浮かぶ文様がちかちかと輝き始めると同時に、アマノは周囲を見渡す。
「………ふむ。」
ややあって、アマノの瞳から文様が消えると、アマノはもう一度戸を潜って戻ってきた。
「春那は診療所には居らんようじゃな」
「え、あの、今のは……」
「まじないじゃ。そういうものと思ってくれて構わんよ、奥方殿」
「アマノ、居ないっていうのは?」
「痕跡がない。もしも【桜の巫女】とやらの能力に伴うことを診察するならば、恐らく精霊や元素の痕跡が残る。……それが儂が視られる範囲にはない」
「…………なるほど」
「…………よく分かりませんが、あの子は診療所にも、この近くにもいないってことですよね……?」
「…………………そう、なりますね。」
「ねー、おかーさん。春那って子が行きそうな場所、心当たりないの?」
おーなーがイーハイの手の中から春那の母親に顔を向ける。
彼女は鳥の姿をしているおーなーが喋ったことに関して一瞬驚いたようだったが、娘への心配の方が勝ったのだろう、真剣な顔で考え始めると、少しもしないうちに弾かれたように顔を上げた。
「もしかしたら、………『春告桜』のところに……!?」
彼女はそう言うと、慌てて玄関の段差を降りて履物を急いで履こうとし始めた。
「待ってください!」
イーハイは片手で彼女の腕を掴んだ。
「………オレたちが見に行きます。あなたは此処で、部屋を暖めて、敷物を用意して待っていてくれませんか。必ず、彼女をここにお帰ししますから」
「で、でも………」
「帰ってきた時に、誰かが迎えてくれたほうが、彼女も安心すると思います。ここは、彼女の家なんですから」
イーハイは、春那の母親をじっと見る。
母親はイーハイの眼差しを受けて、戸惑うように視線を彷徨わせた。
やがて、母親の腕の力が抜けたことがイーハイの手越しに伝わり、イーハイは手を離す。
支える力がなくなって、落ちかけた母親の手は再度力を持って、母親自身の胸元に祈るように当てられる。
「…………………あの子の具合が悪いなら、そうですね。………安心して眠れる場所があるほうが、良いですよね。……分かりました。申し訳ありませんが、…………あの子のこと、よろしくお願いします」
「…………ありがとうございます。………二人とも、行くよ。」
「その前に、じゃ。………奥方、『春告桜』の場所はどっちじゃ?」
アマノの言葉に、母親は三人にここからの道順と場所を伝える。
それを聞いた三人は再度母親に礼を言うと、見送る眼差しを受けながら、戸口から足早にその場を去った。
◇◇◇◇◇
「………階段なっが……」
「いや、君ずっとオレに乗ってたから殆ど疲れてないでしょ……」
「気持ち的に」
「なんじゃそりゃ………」
「というか、よく考えたら儂ら全員飛べるのだから、飛べばよかったのう」
「やめてそれオレも今気がついて悲しい思いしてるから………」
イーハイたちはあれから、急いで教えてもらった『春告桜』の下に行こうと町の中を駆けて、途中で道を聞きながら、何とか『春告桜』があるとても長い階段の前に辿り着いた。
何となくイーハイは「一応神聖な扱いをされているらしい木」という認識ではあったので、何かしらの区域はあるだろうと踏んでいたのだが、現れたのが階段だったので一瞬だけ躊躇ったが、結局、仲間二人を伴ってそれを登りきったのだ。
当然、早足での踏破だった為に流石の彼でも少しだけ声が疲れていた。
………まぁ、その踏破のあとにアマノが言うように、自分たちには何かしらで飛べる能力があるのだから、そもそも空で移動すればよかったのでは……と、気がついたのであるが、後の祭りである。
「…………さて…………。」
イーハイは一つ息を吐くと、目の前にある大きな石造りの鳥居を見る。
この先に件の桜があるのだろう。
イーハイはアマノに目配せし、肩に乗るおーなーの頭を手のひらで撫でてから、歩き出す。
石で舗装された道を奥へ、奥へと進んでいくと、雪で覆われた林の向こうに、開けた場所が現れた。
その開けた場所の奥に、それは……あった。
あまりにも巨大な、桜の木が。
雪をかぶり、全ての蕾が開花を待つように閉じたままの、………あまりにも大きな。
イーハイの斜め後ろに立つアマノの身長が百九十を少し越したくらいであるのだが、それすらこの桜にとっては小動物に見えるだろう。
イーハイは我に返ると、……広場と呼称できるだろう、開けたその場所を見回す。
そして、その広場の中央に。
「…………! 春那さんっ!!」
倒れた春那の姿を見て、イーハイは駆け寄った。
「ちょっと! 死んでないよね!?」
「おーなー! 縁起でもないこと言わない!」
「落ちつかんか、二人とも。よく見よ。彼女の身体は元素化しておらん。生身じゃよ」
「あ、なんだよ。ホントだー。びっくりさせんなよなー」
「おーなー、君なぁ……。……まぁいいか……。……そんなことより………。………春那さん、……春那さん!」
イーハイは春那の身体を揺する。
体にどんな事が起こってるか分からない以上、本来は体を揺するのは良くないのだが、肩を叩いたりしても反応が返ってこないかもしれないと思い、問題ない範囲で、頭を揺らさないように気をつけながら。
「…………ん………」
春那が僅かに身動ぎをしたのを手越しに感じて、イーハイは無意識に息の塊を吐いた。
寒さに白く烟る息が風に流れていくのも気にしないまま、開かれる春那の瞼を見て、彼はもう一度安堵の息を吐く。
「………あれ……、あなたは……。………宿の、お客様……?」
「………春那さん、大丈夫ですか?」
「…………私、…………え………。………ここ、………『春告桜』、の……」
「…………ここで、倒れてたんですよ」
「……………………そんな」
少し青白くなっていた春那の顔が、更に青ざめる。
「私、確かに、真っ直ぐ………家に………」
「『春告桜』の仕業じゃろうな」
「………アマノ!」
「イーハイ。…………取り繕うても意味はないぞ」
「…………………。」
「…………あの………。………お客様は、どうしてここへ…………」
「……………依頼で、来ました。」
イーハイは、春那の問いかけに、静かに答えた。
「………依頼……?」
「オレは、……王都リューンの宿屋『こもれび』の冒険者として、『この国の冬が終わらない原因』について調査の依頼を………先程、請けたんです」
「…………冒険者………」
春那はイーハイの目を見た。
………覚悟とも、不安とも、……決意とも。
なんとも言えない、不思議な目をしている青年だ、と彼女は思った。
だが、彼の放った言葉自体に、嘘はないようだとも思った。
彼は、外の人間でありながら、この国と向き合おうとしているのだ。
しかし、それは、春那自身にとっては────。
「…………ここで詳しいことを話していてもしょうがないので。……戻りましょう、春那さん。」
「………………………、はい……。」
イーハイは春那の体調を優先して、とりあえず家に彼女を帰すことを提案した。
…………のだが、イーハイは突然、あらぬ方向を向いた。
「………あの……?」
「あー……えっと、………うーん」
急に歯切れが悪くなったイーハイを春那は不思議そうに見つめてから、困ったようにおーなーとアマノの方を見るが、春那にはおーなーの表情はわからないし、アマノは掴みどころの無い笑みを浮かべているだけ。
そこに、一つの足音が階段の方から聞こえてきた。
階段を登ってきたのは、ニックスだった。
「………あ? お前ら、来てたのかよ」
「ああ、ニックス。丁度いい所に」
「………………丁度いい?」
「何でもない。………ていうか、君は何でここへ?」
「我らが参謀様が『実物を見てきてくれ』と言ってきたもんでね。そしたら、お前らがいたって感じだな」
「ルッツが? そっか……。ところでニックス、ちょっと頼まれてほしいんだけど」
「? 何だよ」
「この人を……春那さんを家まで送り届けてくれないかな。地図はこれに書いてあるから」
イーハイはそう言いながらニックスに、懐から出した紙を渡す。
ニックスはそれを受け取りながら、怪訝な顔をイーハイに向けた。
「構わねぇけど……何かあったか?」
「………ちょっと、野暮用が出来そうで。ニックスなら、医療の知識もあるだろ? 彼女の容態を家で見てやってほしい」
イーハイは目線だけをある場所に向けた。
端から見ればバツが悪くて目線を逸らしたように見えるような表情で。
ニックスも一瞬だけ彼の目線と同じ方向に自分の目線を向けると、一つ頷いた。
「…………分かった。…………おい、あんた……立てるか?」
ニックスは膝をついて、春那と同じ目線になると、彼女に手を貸した。
ニックスの手を借りて春那は少しばかりよろけながらも立ち上がり、手のひらで埃を払った。
「………あの。ありがとうございます」
「礼はイーハイに言ってくれ。俺は今来たばっかりだからな。………イーハイ、あんま無茶苦茶すんなよ」
「そうならない期待は捨てておいてほしいかな」
「……………はいはい。」
ニックスはため息交じりにそう言うと、まだ困惑している様子の春那をなだめてから、彼女がゆっくり歩き出した後を追って彼女と共に階段を降りていった。
…………その二つの背が小さくなったのを見届けた頃、イーハイは先ほどニックスに示した方を向いて、口を開いた。
「…………そこの人、いつまで覗き見してる感じ?」
「─────ッッだりゃああぁぁぁああーっ!!」
「………ええぇぇぇ!?」
………がきぃん! という、金属音が盛大に鳴り響いた。
イーハイは自分で構えておきながら、意外なほど愚直に、そして鋭く飛び込んできた何かに咄嗟に対応しながらも目を丸くした。
まず、目に飛び込んできたのは己の剣で受け止めた一振りの銀………もとい、刀。
そして、その刃の持ち主は、今しがた飛び込んできた時の風に靡く赤────いや、朱色? ……に近い色の長い髪を持ち、極めつけは、その額に生える────二対の角。
「てンめ〜〜ッ!! あんな挑発しといて驚くたァどういう神経してやがる!? しかも驚いた割にスカした顔で対応しやがってェ!? ムカつく野郎だぜッ!!」
「いやいやいやいやいやちょっとツッコミどころが多すぎるんだけど!? いいや一個ずつツッコむね!! まず気にするとこそこ!? いや待ってコレこのツッコミ合ってる!?」
「………イーハイ、今の空気何もかもがバカなんだけど」
「おーなぁーっ?! こんな空気にしたくてしてるんじゃないからぁ!? この空気になったのこの人のせいだからぁ!?」
「か〜〜〜〜っ!! 何なんだテメェ面倒くせェ!! 勢いで斬られやがれ!!」
「きーーーみーーーは!! 君で!! 面倒くさくしてるのは君なんだよね!? まず君誰で何の何!?」
「ンなもんどうだっていーだろーがっ!! とーにーかーく!! テメェら、は………春那に何かする気じゃねえだろーなっ!? 何かするつもりならただじゃおかねぇからなっ!?」
「………………………………………………………………、………………はい………?」
イーハイは思わず脱力しかけた。
「え、……な、何? 君、春那さんと知り合いの人……?」
その瞬間、目の前の朱色の男が静止した。
イーハイの剣に掛かっていた負荷が消えて、イーハイは余計困惑する。
「……………なんでそこで固まるかな、君……? オレ、特段変なこと聴いてないんだけど……??」
「俺はぁ……、そのぉ………は、春那のぉ……」
歯切れがすこぶる悪い目の前の男に、イーハイはなんとも言えない目線を向けるしかない。
あの勢いで飛び出してきて、無関係な事があるか? と、よく観察してみれば……彼の顔はよくある例として男女の恋慕と考えても青褪めていてそのようには見えず、………照れているようにも全く見えなかった。
むしろ、己のことをなんと呼称していいのかを決めあぐねている……どころか、何であるか分かってなさそう、まであった。
暫く宙をみたまま考え込む朱色の男をぼうっと見ていると、ようやく男は何か思いついたように口を開いた。
「………俺は! ………その、なんだ……認識されてない護衛………? みたいな………?」
「なんで疑問形なの……?」
「認識されてないってことはー? 国から派遣されてる秘密部隊で『桜の巫女』のあの子を守ってるとかー?」
おーなーの野次にも似た言葉に、朱色の男はおーなーの方にばっ、と顔を向ける。
「はぁ!? 俺様は国なんかに興味はねぇ! こちとら鬼だぞ!? 歓迎なんかされるかってんだ!」
「…………つまり、単独ということかの?」
「お、……おうよ! それがなんだってんだよ!?」
「国関係ないならやってることただのストーカーなんじゃないの」
「何だとこのヒヨコ野郎!! 誰が『すとーかー』だ!! ……………『すとーかー』って、何だ?」
イーハイはそこで動いてもないのに何となく地面に転びかけた。
そこにおーなーがぱたぱたと飛んできてイーハイの頭に乗ると、一枚の紙を広げて嘴を開く。
「『ストーカー』、さらっと説明すれば密かな追跡や忍び寄りを行う人のことー。……っていうとカッコいいけど実際には人の尻とかを追いかけ回してる危ない変質者に使われる」
「ほー、そんな言葉があったのか! なるほどな! 一つ勉強になったぜ! ………って!! 俺様は変質者なのか!?」
「今んとこ八割は人にいきなり斬りかかってくるって時点で変質者だよ……」
「人斬り未遂ストーカーでしょ」
「罪が重そうじゃなー」
「だーーーーーーー!! 違う!! 俺は変質者じゃなーーーい!!」
そう言いながら、さり気なく『鬼』と名乗ったその朱色の男は跳躍すると三人から距離をとる。
……着地と同時に、彼は何故かポーズを決めて。
「俺は! ………泣く子も黙る赤鬼の、赤都!! ………てめぇら、覚えておけよーーーーーっっ!!」
と、名乗った瞬間に謎の負け惜しみのような言葉を吐いたまま、林の方に向かって凄い勢いで走り去っていった。
「何だったんだ……??」
「ワイに聞かれても、困るから。」
「見てる分には可哀想に面白い奴だったのぅ」
「………赤鬼って言ってた彼には悪いけど、アマノのコメントのほうが鬼だね………」
「…………して、イーハイよ。………これからどうするかの?」
「うーん……とりあえず春那さんのことが心配だし、望月さんの家に戻ろうか……。最初に見つけた時に倒れていた事も気になるし」
「りょーかーい。………流石に今度は飛んで帰ろー……? 正直さっきのバカ高テンションでなんか疲れた」
「は、ははは………。………うーん、何ていうか、彼、また来そうな感じあるよね……」
「じゃろうなぁ。また、目をつけられてしまったようじゃのう? イーハイ」
「嬉しくなーい……」
彼らは妙な不安と疑問に取り憑かれながら、とりあえず、この場所から離れることにしたのだった。
(続く)
ここから脱落者多そう。




