クライヴ兄様の反対
「彼らに失礼なことは言わないでください。僕ら家族は、大変お世話になっていたんだ」
──実際にお世話になっていたのは、わたくしの一家の方です……。
お父様の事業がここまで発展できたのは、ヘビントン侯爵からの出資と、貴族の顧客を紹介していただけたおかげなのです。
ステイプルトン家は元々地主ではございましたが、お父様が無理な投資をした時期には、食べていくことすら難しかったそうです。
わたくしは幼すぎて覚えておりませんが、本当に貧しかったようで、幼児期のわたくしも発育が危ぶまれるほどガリガリだったのだとか……。
前ヘビントン侯爵は、その貧しい時代に援助を申し出てくださった、恩あるお方だったのです。
幸いにもお父様には先見の明があり、その時期の投資は莫大な利益をステイプルトン家にもたらしました。
それを元手に起業し大成したお父様は、感謝の気持ちを込めて──売りに出されていたヘビントン侯爵家のタウンハウスのひとつ、すなわち現在のステイプルトン家の住まいを、売値の倍の金額で購入されたのです。
こうしてご恩返しとともに、ご近所づきあいが始まりました。
さらにお父様は、事業経営者としての視点から、領地経営や投資先の助言を前ヘビントン侯爵に差し上げていました。
旧家の大貴族と資本家平民という身分差がありながらも、前侯爵はお父様の助言を受け入れてくださったので、二人の間には、確かに対等な友情があったのだと思うのです。
ですから、わたくしの家族だって──ヒューバート様との結婚を、きっと喜んでくれるはず。
「待ちたまえっ!」
その時、クライヴ兄様が顔を真っ赤にして、ヒューバート様に詰め寄りました。
「まだこの子は十五だぞ、子供だ! 婚約なんてとんでもないっ! いつまでもお兄たんの傍に──」
「クライヴ」
ヒューバート様は兄様の肩を抱き、部屋の隅へと引き寄せました。
「大丈夫だ。君の妹を取ろうなんて、これっぽちも思っていない。僕にとっても妹同然なんだからね。彼女には、ちょっと協力してもらっているだけさ」
ヒューバート様は、背後の親族たちに聞こえないよう、兄様にこっそり理由を話しました。
「ほう、それはいいな」
兄様はポンと手を打ちました。
「世の中ロリコンが溢れているからな。婚約者がいれば、結婚適齢期になるまでシンシアは守られる。つまり、これ以上太らせなくても悪い虫は付かないということだものな?」
「え……そういうつもりで、彼女にたくさん食べさせていたのかい?」
「いや、妹が美味しそうに食べるからさ」
「……とにかく、適齢期になれば、優しくて愛情あふれる最高の夫を見つけてやればいい。僕たちのシンシアには、誰よりも幸せになってもらわなければ」
クライヴ兄様の眉がヒュッと下がりました。
「ああ……結婚する年齢になれば、ぐぐっ……いや待て、結婚などしなくても……うぐぐっ……残念だが……彼女が望むなら……ぐすっ……分かった。いつかまあそのうち、完璧な縁談を組んでやろう」
「泣くなよクライヴ、気が早い。だが、よく言った。それでこそ立派な兄だ」
二人の会話は、ところどころ聞こえませんでしたが、ヒューバート様が兄様を宥めて言いくるめたのは、よく分かりました。
「ヒューバート君はああは言っているが、シンシアはいいのかい?」
お父様がおずおずとわたくしに尋ねてきたその時──わたくしの中に、ある策略が生まれました。
ヒューバート様には、まだ「特別」な女性はいらっしゃらない。
それならば、婚約期間中を利用して、わたくしが彼を振り向かせ「特別」な女性になればよいのです。
わたくしは胸を張り、きっぱりと答えていました。
「ええ、わたくしはヒューバート様を愛しております。わたくし、彼のプロポーズを受けたのですわ」
ヒューバート様は力を得たように、今度はわたくしの肩を抱き寄せました。
「ええ、愛ですね。これからの時代、身分差など関係ありません。彼女と結婚前提でお付き合いさせていただきます。さあ、シンシア。婚約契約書にサインを」
まだ後見人が必要な年齢とはいえ、当主となるヒューバート様の決定です。それ以上、親族の方々は何も言えないようでした。




