ヒューバート様の提案
彼はしばらく口をつぐんだまま、言葉を選んでいるようでした。
それから、意を決したように顔を上げ、わたくしを見据えました。
「聞いてくれる?」
もちろんですわ!
わたくしは胸を高鳴らせながら、心の準備を整えました。
たとえ今日が彼のご両親の葬儀の日であろうと、プロポーズならいつでも受ける覚悟が──。
「僕、昔から女性が苦手って言ってたよね」
……え?
戸惑いながらも、わたくしは頷きました。
「ええ、存じておりますわ」
ですが、ヒューバート様はそんな素振りなど微塵も見せず、すべての女性に平等に優しく、社交的に振る舞っておられます。
なぜなら、貴公子の中の貴公子だから。
今あえてそれを持ち出すということは──まさか。
嫌な予感がしました。これって、プロポーズではなく……カミングアウトでは?
「もしや、男色家だとおっしゃりたいのでは──」
「ああ、違うよ。そうじゃない」
ヒューバート様は苦笑なさいます。
「同性に恋愛感情は持ったことがない」
わたくしは安堵のあまり、泣きそうになりました。良かった!
ならば、わたくしヒューバート様と結婚できますわね!
──と思ったのも束の間、また別の嫌な予感が頭をもたげてきました。
「まさか、妹しか愛せないとか」
ヒューバート様は特にシスコンというわけではございません。ですが、わたくしの兄クライヴはとんでもなく妹を溺愛してくるので、よもや彼も?? と思ったのです。
「ミラベルを? やめてくれよ、気持ち悪い。ついでにクライヴのシスコンも気持ち悪いよ」
「それについては、わたくしも同意いたしますわ」
可愛がってくれるのは嬉しいのですが……。
「妹が可愛すぎて結婚させたくない? ばっかじゃないの?」と、ミラベルからも突っ込まれておりますもの。ちなみに、クライヴ兄様とミラベルは犬猿の仲なのです。
「そうじゃなくて、僕って古い血筋の大貴族だろ? しかも長男で」
「ええ」
「それに──」
ヒューバート様は前髪を掻き上げ、アンニュイなため息をつかれました。
「容姿端麗で、フェンシング仕込みの腹筋はきれいに八つに割れている。学問も武芸もそつなくこなし、色が混ざり合うヘイゼルの瞳は艶やかで、地代収入もペンサー公爵家に引けを取らない。誰もが手の届かない『高嶺の令息』だって言うよ」
罪な男だよね、とヒューバート様は呟かれました。わたくし、すっかり忘れておりました。
「ヒューバート様、まさかご自分しか愛せないとかいう、アレでございますか?」
彼は昔からナルシストなのでございます。青ざめるわたくしに、彼はまた苦笑を向けます。
「違うよ、シンシア」
そして、すっと笑みを引っ込めました。
「僕はね、物心ついた頃──まだ四歳くらいから、令嬢たちに狙われてた。たぶん親御さんがけしかけていたんだと思うけど……お菓子を大量に口に詰め込まれたり、窒息しかけるほどチュウされたり、僕の取り合いで幼女同士が血まみれの殴り合いになったり……ずっと大変だったんだ」
「分かりますわ」
近くで見てきましたから。わたくし、おそろしくて間に入っていけませんでした。
「学院にいた頃なんて、上履きも制服も何度盗まれたか分からない。つけ回されたこともあるし、薬を盛られて、暗い場所に連れ込まれかけたことさえあった」
そ、そんなことまで!? ……初耳ですわ! 考えてみれば、わたくしが入学する頃には、もう卒業されていましたものね。きっと心配させまいと、わたくしにもおっしゃらなかったのだわ。
「今さら、そんな鮫のような令嬢たちの中から結婚相手を見つけろって言われても……」
ヒューバート様は深々と息をつかれました。わたくしはウンウンと頷きながら、彼の頭を撫でました。
大丈夫ですわ。わたくしがおりますから。あと一年ほど待っていただければ、結婚できる年齢ですからね。
「今日の葬儀で、うちの親族は父の知り合いの貴族から、お見合い写真を山ほど押しつけられたらしい。さすがに喪主の僕に直接は来なかったけど……泣いてるミラベルにまでだよ? 本当に、何だと思ってるんだか」
優しいヒューバート様が、怒りのこもった言葉を吐かれました。穏やかな彼にしては、すごく珍しいことです。
たしかに、両親を亡くして悲しんでいる娘に、兄のお見合い写真を渡すなんて最低ですわ。
「僕はまるで皿に載ったローストビーフさ。これだけ結婚を迫られれば、逃げたくなる気持ちも分かってくれるだろう?」
ええ……まあ。
「そこで相談なんだけど」
ヒューバート様はわたくしの太腿から頭を浮かせ、本題に入りました。
「シンシア、僕と婚約してくれないか?」
「ええ、もちろ──」
「僕はまだ結婚したくない。シンシア、協力してもらえないだろうか。僕が『特別』な女性を見つけられるまで……いや、せめて妥協できる女性を見つけられるまで、僕の婚約者になっていてくれないかな?」




