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第1話「潮風に混ざる毒」
潮の匂いは、常に真実の周辺にいる──。
港市メルリオンの埠頭に、私は小さな薬車を押して歩く。紺野さら、二十歳前後の移動薬師だ。今日も、港の風に混ざる塩気と魚の匂いの中で、妙な匂いを嗅ぎ分けながら人々の悩みを解く。
「さらさん! また港の商人が倒れたって!」
見習いのユナが駆け寄る。手には真っ青になった商人の手首の写真がある。
「ふむ……匂いは……」
私は鼻先に手をかざし、薬車から取り出した小瓶に目を落とす。小瓶の中で淡い青色の液体が揺れる。匂い──いや、微妙な違和感がある。これは……食中毒か、あるいは……。
埠頭では、船乗りたちの話が錯綜していた。誰も倒れた理由を知らず、噂だけが跳ね回る。「港に呪いか?」なんて、馬鹿げた話も混ざる。
「とりあえず現場に行きましょう」
私は薬車を押し、リアム巡察官のいる現場へ向かう。冷静な彼は、何も語らず、ただ私を見た。情報の混乱と匂いの混ざり合う港。今日も、解毒のための小さな戦いが始まる──。
船の潮風、薬の香り、そして人の弱さが渦巻く港町で、私の推理は走り出す。