1 父親の再婚
ティアは歴史も古い公爵家に産まれた一人娘である。
母親のララは体が弱く、二人目の子供を授かることなく、ティアが子供の頃に亡くなってしまった。
それからは公爵家に婿にきた父親ダンテルが、ティアが成人して公爵を引き継ぐまでの中継ぎとして公爵家を支えていた。
元は伯爵の三男坊でしかなかったダンテルが、妻を亡くした悲しみの中、公爵家を切り盛りするのは大変だったろう。
ティアは子供ながらにダンテルの大変さがよく分かっていた。
だから早く父親の荷を軽くすべく、ティアも必死で勉強した。
それから何年も経ち、ティアが15才になった頃、ティアは父親の異変に気がつく。
これまで父としても中継ぎの公爵としても頑張ってきたダンテルは、ティアの前では母が亡くなる前と同じように優しい父親でいてくれたが、それ以外ではどこか張り詰めたような空気をまとっていた。
それがここ最近薄れ、空気が柔らかくなり、以前より明らかに笑う回数も増えたのだ。
父を尊敬しているティアとしては嬉しいことではあるのだが、父の心境にいったいどんな変化が起こったのかと首を捻っていた。
そんなある日のこと、公爵家にティアの祖父母で前公爵夫妻がやってきた。
いつも定期的に様子を窺いに来てくれるティアの祖父母だが、今回はどうやら父に話があると言われ訪ねてきたようだ。
ダンテルは自分から出向くつもりだったようだが、祖父母はついでにティアや屋敷の様子も見たいからと足を運んだよう。
その話の場にはティアも呼ばれた。
祖父母もティアもなんの話かと待っているが、ダンテルはいっこうに話し始めない。
なにやら躊躇っている様子が窺えて、ティアは祖父母と目を合わせ、父が話し始めるのを根気よく待った。
少ししてようやく決心がついたのであろう。
口を開いたダンテルが最初に発したのは謝罪の言葉だった。
「申し訳ありません!」
勢い良く頭を下げるダンテルに、ティアも祖父母も目を丸くする。
「お父様?」
「待ちなさい、ダンテル。突然謝られても何が何やら分からないではないか」
当惑するティアと待ったをかける祖父に、ダンテルは我に返って顔を上げる。
「そ、そうですよね。申し訳ありません」
「謝ることではないが、珍しいな。お前がそのように取り乱すなど」
「本当にねぇ」
祖父母はそろってびっくりしている。それはティアも同じだ。
「お父様。なにか謝るようなことをなさったの?」
ティアの素直な疑問に、ダンテルはばつが悪そうにする。
「いや、私にとっては悪いことではなくて、むしろ喜ばしいことで。……だが、それをティアやお義父様とお義母様は悪いことと感じられるかもしれない」
「お父様、何かあったんですか?」
「実は……」
言いづらそうにダンテルは話し始めた。
「気になっている人がいるんだ。結婚をしたいと思っている」
「えっ!?」
「まあ!」
「ほお」
ダンテルの発言にティアと祖父母は驚きを隠せない。
何せ、ダンテルにはこれまで幾度となく再婚話が持ち上がったにも関わらず、妻を愛しているからと断ってきたのである。
そんな父に結婚したい相手ができた。
ティアは素直に喜ばしいと感じた。
けれど、ダンテルは違ったようで、ひどく罪悪感に襲われている様子で頭を下げる。
「お義父様とお義母様には本当に申し訳ありません。ララという人がいながら別の女性に懸想するなど。けれど、私は彼女を諦めきれないのです」
「何を言っておるのだ。ララが亡くなってずいぶん経つ。君がずっと頑張ってきたことを私達はよく分かっているよ。むしろ君に良縁がないかとずっと気をもんでいたんだ」
「そうですよ。なんておめでたいのかしら」
ダンテルにとっては予想外だったのか、歓迎する祖父母の言葉に驚いていた。
そして、ティアに視線を向ける。
「ティア。ティアはどう思う?」
問われたティアは満面の笑顔を浮かべた。
確かに母以外に大切な人ができたと聞いて複雑なのはどうしようもない。
けれど、これまで自分を犠牲にするような勢いで領地のために頑張ってきた父の幸せを祝わない親不孝者にはなりたくなかった。
だからこそ、ティアが言うべき言葉は決まっている。
「おめでとうございます。お父様」
こうして、ダンテルの再婚が決まったのだった。