戻る道すがら
衛人達の周囲を覆う濃密な白い霧の一箇所が、まるで出口を示すように晴れて行く。
五人の足は、自然とそちらに向かって行った。
「畜生……、あの女の思い通りって感じがするのが、全くもって気に入らねぇぜ」
無言に耐え切れなくなったのか、浩太が吐き捨てるように呟く。
「そうは言っても、現実その通りだしな。待つしかないだろ、今は」
勇馬が浩太の言葉に応え、続けようとした時、
「お腹、減ったぁ!」
一が、子どものように喚いた。
絶句する四人。
「うっせ姫バカ! 子どもかお前は!」
浩太が苛立たしげに言うが、一が意に介した様子はなかった。
「だって朝にユリの球根みたいなのを食べただけなんだよ。ボクが肉弾キャラじゃないから運動してないように見えてるみたいだけど、魔法を使うととっても疲れるんだよ!」
「こっちだって疲れてるし腹も減ってるんだよ! お前だけじゃねえんだから、一々喚くんじゃねえよ!」
「何だよこの筋肉バカ! 大体、今回の戦いで一番敵を倒したのは、このボクなんだよ。誰のお陰で勝てたと思ってるの!?」
「……お前、自分だけの手柄だと思ってんのか? いい加減にしろよ!」
怒気も露わに浩太が一に掴み掛かろうとする。
「ま、待てよ二人とも!」
思わず衛人が浩太と一の間に割って入る。
浩太の身長は衛人とあまり変わらないが、全身筋肉の塊のようで肩幅が段違いだった。
相対すると、その迫力にたじろぎそうになる。
「黙ってろ衛人! こいつには、一回分からせてやった方が」
浩太が衛人を半ば力付くで横に退けようとした時、
「姫川の言葉、一理ある」
静かな口調で光圀が言った。
「な?! 光圀お前!」
浩太が驚いたような顔で光圀の方を振り向く。一も、まさか自分の援護がされるとは思っていなかったらしく、ファイティングポーズを取ったまま両眼をぱちくりさせている。
「空腹は、良くない」
光圀が、何時も通りの無感情のまま言葉を紡いだ。
一瞬の沈黙の後、笑い声が上がった。勇馬だった。
「そうだそうだその通り。深町も姫川も、二人して折角のカロリーを無駄に消費させるなよな。第一俺達には、今すぐやらなきゃならない事があるだろう」
勇馬はそう言うと、そこだけ空間が開いてトンネルのようになっている霧の先を指差す。
待っている者達がいるのだ。衛人達の帰りを待つ、同じ境遇の七人のクラスメートが。
「……ああ。そうだった。砦で待ってる連中も気が気じゃないだろうしな。早く帰って安心させてやるか」
浩太が首をごきごきと鳴らすと、衛人の方を向いて、
「衛人、さっきは言葉が悪かった。すまねえ」
そう言って頭を下げてから晴れ行く霧の向こうへ駆け出して行った。
「あ! この脳筋、一番はこのボクだ!」
何を勘違いしたのか、一が浩太の後を追いかけて行く。長い足を駆使したストライド走法であっと言う間に浩太に追いつきそうになるが、
「追っ掛けて来るんじゃねえよ! 気味悪いだろうがてめえ!」
一に向かって怒鳴ると、若き熱血柔道家は追いつかれまいと更に加速して行く。
「何やってんだか、あいつらは。……しかし、疲れてるって言ってたくせに凄い体力だな。柔道部とバスケ部の練習って、そんなにハードなのか?」
突然の勇馬の質問に、帰宅部の衛人は答えられずに光圀の方を見る。
光圀はす、と視線を上に向けて何かを思い出しているようだったが、
「屋内の部活動だから、良くは知らない。だが、陽楼の柔道部もバスケットボール部も、常に県大会で入賞している」
衛人もその事は知っていた。
陽楼高校は学力においては県内で中堅に位置する県立高だが、創立は古くその当時から文武両道を掲げている。そのため各運動部の大会が行われる度に、優勝を果たした部活動の名や、上位入賞した生徒の名を記した垂れ幕が校舎に下がっているのが常だった。
「成る程。体力の程は、察して余りあるって所か」
「櫛崎の集中力も、凄いと思う。大会の前に、教えて欲しいぐらいだ」
急に自分が褒められた事に、勇馬は苦笑する。
「弓道部員のこの俺が、まさかこういう所で活躍するとは思ってもみなかったけどな。もっとも、和弓だったら尚良かったんだが。……それに、俺の事を言うよりも先にまず真堂だろう?」
いきなり自分の話になったので、衛人は驚いた顔になる。
光圀も「そうだな」と言って、小さく頷く。
「俺は、別に……ただの帰宅部だから」
「違う違う。別に部活の事を言ってるんじゃない。三連続だろ、このゲームに参加したのは」
「それは、俺のカードが良かったから」
「それだ。カード運の良さだよ」
勇馬は言葉を続けた。
「確かに深町や姫川の体力はずば抜けてる。だけど、カード運にバラつきがあるんだ。これは、本当にポーカーなんだよ。トランプカードが武器になってモンスターと戦う無茶をやらされているけど、そんなのは副次的な物に過ぎないんだ」
そこで一旦言葉を区切ると、先に行ってしまった二人の方を眺め遣ってから衛人の顔を向いて、
「良いか? どんなに腕力に自信があろうが足が速かろうが、ポーカーの役にならなきゃ意味がないんだ。それも、絶対にあの女に勝つ役じゃないとな。その点、真堂には抜群の引きがある。正直、三連続キングは凄いぜ? それと」
勇馬は、ぽんと衛人の肩を叩いた。
「深町を、良く止めてくれたな」
「あ、いや、あれは……」
「ああいうのは、咄嗟に出来るもんじゃないぜ。まあ、姫川の我が侭っぷりも度を越してるが……やっぱり、リーダーに向いてるよ。真堂は」
勇馬はそう告げると、すたすたと霧の向こうへと歩いて行った。
突然の勇馬の言葉に戸惑う衛人。
と、その横を無言のまま光圀が通り過ぎて行く。一瞬、衛人と眼が合うと僅かに頷いただけで、歩みを緩める事はなかった。
一人取り残されたような形になった衛人だが、高揚と不安が入り混じった複雑な感情を抱えながら、先を行く四人を追いかけた。