プロローグ――柄違いのロイヤルなストレート
十二人の男子生徒達が、理不尽な死のゲームを乗り越えるために剣や魔法等でモンスターを倒して行く、異世界バトル物青春小説です。
「でやぁ!」
叫び声一閃、学生服姿の真堂衛人が振り下ろした白銀の騎士剣は、人型をしたのっぺらぼうの怪物『マネキン』を両断した。
左右に断ち割れたマネキンが、両の切断面から紫色の体液をまるで吊り橋のように滴ら
せながら倒れ込んで行く。それを見届ける間も無く、衛人は更に二体のマネキンを斬り伏せる。
次の敵を見定めようと顔を上げると、およそ百メートル先にマネキンと同系統の人型の怪物達が犇めき合い、両腕を伸ばしてこちらに近付いて来ているのが見えた。その動きはさながら映画に登場するゾンビそのものだが、伸ばされた両腕の先にあるものは、鋭利で長い硬質の爪だ。
ざっと見て、その数は軽く五十体はいるだろうか。
最初マネキンを見た時は自分の目を疑い、騎士剣を構えて対峙した時は膝が笑い出すぐらいに恐怖したものだが、今では倒すべき敵と認識している。
地面に転がっている斬り捨てたマネキンを跨ぐと、衛人は騎士剣を腰だめに構える。
数回呼吸を繰り返すと、前方のマネキン達の群れを見据えて、駆け出した。
と、その横を両刃の戦斧を携えた黒ジャージ姿の深町浩太が追走して来た。更にその隣には、三叉に分かれた槍を手にYOUROU HIGH SCHOOLの文字がアーチ上に縫い込まれている濃紺のウィンドブレーカーを羽織った緒方光圀がいた。
二人の得物も、衛人と同様に山葡萄を塗り付けたような真紫色に染まっていた。
「割とせっかちなんだな、お前」
走りながら浩太が、柔道で鍛え上げた逞しい体格に相応しい豪快な笑みを浮かべる。
「単独行動は危険、だぞ」
光圀も、長距離ランナーとして絞り込まれた体躯同様の、ふ、と口元にストイックな笑みを浮かべて見せる。
諌められた筈の衛人だったが、思わず顔を綻ばせていた。
衛人、浩太、光圀の三人は互いに顔を見合わせた後、揃って正面を見据えた。
目指すは、マネキン達の集団。
その時、衛人と浩太と光圀の頭上をひゅるひゅるひゅる、とやや間の抜けた音を上げて飛んで行くものがあった。
急に影が差したので顔を上げた三人はそれを見て、もう一度顔を見合わせて急制動を駆ける。
同時に、
「おーい! 今、ボクの凄んごい魔法が完成したから、ちょっと避けてねー」
衛人達の後方から、ひょろりと背の高い姫川一が姿を現し、先端部に填められた水晶がきらきらと光る魔法杖をぶんぶんと振ってみせる。
「ま、待て! ふざけるな!」
「タイミング考えろよ、姫バカ!」
「緊急停止、だ」
三者三様に叫び(一人は呟き)、それぞれがスニーカーの靴底が熱く感じる程の急ブレーキをかける。
そして、衛人達の上を通過していった火の魔法、燃え盛る巨大な炎の塊がマネキン達の集団に向かって落下した。
どぉぉぉん、と腹の底に響くような爆発音と共に、日曜朝の子供向け戦隊物番組でしかお目にかかれないような盛大な火柱が上がる。同時に相当量の熱気と爆風が押し寄せて来て、衛人は騎士剣を地に突き刺して片方の手で顔を覆った。
火の魔法の着弾とその衝撃で吹き飛んだ土塊がぱらぱらとにわか雨のように降り注ぎ、ようやくそれが止んだ頃に衛人は手を下ろした。
衛人の視線の先では、直径十メートルはあろうかというクレーターがぽっかりと口を開けており、十体以上いたはずのマネキン達の殆どがその原型を留めずに千切れ飛んでいた。
「凄え威力だな。これが魔法かよ」
浩太が、戦斧の柄を肩に担ぐようにして呟いた。光圀も、無言のままクレーターの方を見詰めている。
「これでもう、今日の分は終わったんじゃないのか?」
浩太が同意を求めるように、こちらを向いた。
衛人は地に刺していた騎士剣を引き抜くと、肯定のつもりで頷こうとした時、近くの草むらが、がさりと音を立てた。
思わず身構えた三人の前に、浩太と同じ黒ジャージ姿の櫛崎勇馬が現れ、
「まだだ。本陣が来る」
そう言って、背中に括り付けていた弓を外して弓手に構え、同じく背負っていた矢筒から一本を引き抜く。
「本陣?」
衛人の言葉に、勇馬が矢を弓の弦に乗せながら頷く。
勇馬が鋭い目付きで見詰める先を、衛人も見る。
そこには、先程一瞬で消し飛んだマネキンの集団の五倍はあろうかという大集団が、ぞろぞろとまさに人海と呼べるような様相を呈してこちらに迫って来ていた。
「こりゃ、姫バカの魔法が本格的に必要だな」
「呼んでこよう」
言い様、光圀が風のように後方へと駆け出して行った。
「それなりに数を減らしたつもりだったんだがな」
皮肉そうに呟く勇馬だったが、見れば朝にはたっぷり矢が詰まっていたはずの矢筒が、もう数本しか残っていない。
「後ろに下がってくれ。疲れているだろうし、無理をする必要はないさ」
「いや、戦いには最後まで加わりたいんだ。矢が尽きても、氷室に作ってもらった石ナイフがある」
「でも……」
口ごもる衛人。
「良いんじゃねえのか、衛人」
明るい口調に、衛人は声のした方を振り返る。
そこには浩太が、にかっと白い歯を見せて笑っていた。
「浩太……、だけどもしもの事があったら」
「心配性でもあるんだな、お前。だけどな、ここには俺がいるし、姫バカと、姫バカを呼びに言った光圀だっている。そもそも、五人全員が生き残る、誰一人死なない。そのための人員配置だったろう。それに、今回の俺達は柄こそ揃わなかったがロイヤルのストレートだった。さっさとマネキン共を倒して、全員一緒にエリュシオン砦に帰ろうぜ」
エリュシオン砦。
浩太が口にしたその言葉が、衛人の胸に不思議な重みを持って受け止められた。
皆が待っている砦。
そう思うだけで、自然と力が湧いてくるようだった。
衛人は騎士剣を握り直すと、決然とした眼差しでゆっくりとだが確実に迫り寄る怪物達の大集団を睨み据えた。