第8話『神の癒やし』
それから一週間後。
休日、結愛は県立白羽病院に向った。
病院の静かな空気が、少しずつ緊張感を帯びていった。
結愛は奏斗と陽菜が待つ音楽室の扉をゆっくりと開けると、目の前に広がったのは、明るく広々とした音楽室だった。
大きなグランドピアノが部屋の中央に位置し、近くには、車椅子に座る陽菜ちゃんと、彼女の側で立っている奏斗の姿が見えた。
「神織、待ってたよ」
奏斗が静かに声をかけ、結愛を迎え入れる。
陽菜は穏やかな笑顔で結愛を見つめていた。彼女は車椅子に座っているが、その目はどこか期待を抱いているようにも見える。
「こんにちは、陽菜ちゃん」
結愛は微笑みながら近づき、陽菜に声をかけた。
「……こんにちは」
陽菜は優しく答え、結愛に感謝の気持ちを込めて小さく頷いた。
結愛はピアノの前に座り、深呼吸をひとつ。鍵盤に手を置いた瞬間、静寂の中に集中力が高まり、胸の中で音楽が響き始めた。
結愛が弾き始めたのは、音楽術師が作曲したといわれる曲『神の癒やし』だった。聴いた者が、心身ともに癒やされ、病気が治るとされている、名曲だ。
最初のメロディーが静かに響くと、陽菜ちゃんの表情が柔らかくなり、奏斗も目を閉じてその音楽に身を委ねる。
音楽が流れる中、病室の空気がゆっくりと変わり始める。結愛は、心の中で陽菜ちゃんを想いながら、その旋律を一音一音、丁寧に弾いていった。ピアノの音は柔らかく、包み込むように響き、どこか神聖な雰囲気が漂う。
その時、突如として、音楽室の空気が微妙に変わった。結愛は不思議な感覚を覚え、演奏の手を少し止める。すると、目の前の空間がゆっくりと光り始め、白い花びらが舞い散り始めた。
「え……?」
結愛は驚きながらも、その光景に引き寄せられるように再び演奏を続けた。
白い花びらが舞う中から、ひときわ明るい光が現れ、その光の中に神が現れた。
彼はまるで神々しい存在のようで、まばゆい光を放ちながら、ゆっくりと足を踏み入れた。神として現れたのは医学の神アスクレーピオス。その神は、光り輝く真っ白な白衣をまとい、威厳のある佇まいであった。
奏斗と陽菜ちゃんは目を見開き、その光景に驚きながらも、目を離せない様子で見守っていた。
「もしかして、神様……!」
奏斗が驚きの表情でつぶやく。
結愛は少し戸惑い、演奏を止めてしまった。
医学の神アスクレーピオスは優しげに微笑む。
「さあ、音楽を奏でよ、神織結愛」
神であるアスクレーピオスは両手を広げる。
結愛は頷き、再び奏でる。アスクレーピオスはそれに合わせ、歌い出す。
アスクレーピオスは声は低く、心地よい美声だ。
「すごい……!」
「そうだな……!」
陽菜と奏斗は、感動し、つぶやく。
結愛は心身ともに、癒やされ、気分が良くなる。
陽菜と奏斗は神様の歌声に圧倒されながら、目を離さなかった。
結愛の演奏は、まるでその全てを包み込むかのように優しく、あらゆるものを癒やす。
そして、最後の音が静かに響き渡り、演奏が終わる。
「すごいよ!」
「ああ、すごいかったな!」
陽菜と奏斗が拍手する。
医学の神アスクレーピオスはゆっくりと結愛の近くに歩み寄り、彼女に微笑みかける。
「素晴らしい、演奏であった。結愛よ」
「ありがとうございます!」
結愛は席から立ち上がり、笑顔で言った。
もしかして、この人、神様??
神様は結愛の心を読み、
「いかにも、わたしは、医学の神アスクレーピオスだ」
結愛は慌てて頭を下げ、それから顔を上げる。
「神様! そのお願いがあります!」