第3話『女神様の言葉』
放課後の音楽室に残るのは、結愛と女神アリア。
教室の片隅に舞う花の香りと、アリアの優雅な微笑みが、まるで時間を止めたかのように、結愛の心を締め付ける。
「まさか、本当に女神を呼び出してしまうなんて……」
結愛は呆然としながら、ピアノの前に座り直した。
女神アリアは結愛の不安そうな様子に気づくと、優しく肩に手を置いた。
「心配することはない。お主の音楽には力がある。ただ、それをどう使うかを学ばなければならないだけじゃ」
結愛は無意識にピアノの鍵盤を軽く叩く。音が空気を震わせると、女神アリアは微笑んだ。
「その音楽は、ただの音符ではない。お主の心が込められているからこそ、わしを呼び寄せることができたじゃ」
結愛はその言葉に反応して、もう一度、深呼吸をした。心か……。
「それにしても、恋愛って……?」
結愛はアリアの言葉に戸惑いながらも、つい問いかけてしまう。女神アリアは少し考えた後、穏やかに言った。
「お主にはまだ、恋愛の力が不足している。それを手に入れなければ、私の力を完全に引き出すことはできない」
女神アリアの声はいつも穏やかだが、結愛にはその言葉が重く響く。恋愛、というものが自分にはまだ遠い世界の話のように感じられた。
「恋愛……」結愛はその言葉を心の中で繰り返す。その時、ふと思い出したのは、昨日の授業で見た長谷川奏斗の姿だった。彼のピアノ演奏は、ただの音楽とは違って、何か深い力を感じさせるものだった。
「……まさか、私、彼に恋を?」結愛は驚く自分に気づくが、その思いが心の中で広がる感覚を感じていた。いや、そんなことはまだ分からない。しかし、彼を異性として意識し始めた自分に、少し戸惑いを覚えていた。
「そうか、その心を大切に育てるのだ。愛情こそ、音楽の力を引き出す源なのじゃ」女神アリアの言葉が、さらに結愛の心に響く。恋愛の力が音楽にどんな影響を与えるのか、まだよくわからないけれど、確かに何かが自分の中で変わりつつあるような気がした。
「おっと、誰かが来たかの」女神アリアが言うと、シュンとまるで瞬間移動のように姿を消した。音楽室の扉が開く音がした。
「結愛、いる?」その声は、沙月のものだった。
結愛は少し慌てて振り向く。
「あ、沙月! どうしたの?」
沙月はにっこりと微笑んで教室に入ってきた。
「部活が終わって、ちょっと寄っただけ。今日はどうだった?」
結愛は少し戸惑いながらも、普段通りに沙月に答える。
「うん、まぁ、大丈夫だよ」
沙月はにやりと笑って、結愛の顔をじっと見つめた。
「あれ、なんか顔が赤くない?」
結愛は慌てて顔を手で覆い、「な、なに言ってるの!」と慌てて笑った。
沙月はその様子を見て、さらに、ニヤニヤと笑う。
「ほんとに? あの長谷川奏斗が気になるんじゃないの?」
結愛は赤面しながらも、必死で否定する。
「ち、違うよ!」
沙月はその答えに少し笑って、「あんまり隠しすぎても、逆に怪しくなるよ?」とからかうように言った。
「でも、もし何かあるなら、ちゃんと応援するからね!」
沙月は笑顔で答える。
「だから、そうじゃないよ!」
結愛は顔を真っ赤にして、沙月をポコポコ叩いた。心の中で長谷川奏斗のことを考えると、どうしても顔が熱くなる自分に気づきながらも、まだそれを認めたくない自分もいた。