第1話『学校の日常』
神奈川県にある私立四つ葉音楽高等学校――音楽に特化したこの学校は、全国から選ばれた才能あふれる学生たちが集まる場所。神識結愛は、音楽学校の1年生として、ようやくその一歩を踏み出したばかり。新しい環境に少し不安を感じながらも、音楽ができる喜びを感じていた。
「おはよう、結愛!」
美野原沙月は、結愛の唯一の友達で、明るくて誰とでもすぐに仲良くなるタイプの女性だ。彼女は結愛を見つけると、いつものように元気よく声をかけてくれる。
「おはよう、紗月!」
美野原沙月が元気よく声をかけてきた。茶色の髪はミディアムなボブヘアー。くりっとした茶色い大きな瞳。体は結愛より小柄。動物で例えるならリスだ。沙月は結愛の唯一の友達で、どんな場面でも元気を振りまくタイプ。いつも誰にでも優しく、初対面の人でもすぐに打ち解けられる。それが、結愛にとってはとても心強く感じられた。沙月はいつも、結愛が気づかないうちに手を差し伸べてくれる存在だ。
「ねえ、見た?」
結愛は、沙月がちょうど視線を向けた先にいた人物を指差した。
その男子は教室の真ん中の席で、スクールバックから机に教科書などをいれていた。彼は長谷川奏斗。彼は、音楽学校の中でも一際目を引く存在で、まさに「イケメン」と呼ばれる部類の男の子だった。身長は高く、引き締まった体格、クールで少し神秘的な雰囲気を醸し出している。彼の髪型は少し長めで、前髪が無造作に流れ、あえてラフにセットされた感じがまた魅力的だった。
見た目だけじゃない。彼はピアニストで、多く音楽コンテストを受賞しており、将来を期待されている。
「うわっ、やっぱりカッコイイね……」沙月は小声で呟く。
結愛は、なぜだかその無表情な顔が気になって仕方がなかった。何度かクラスで顔を合わせたことがあるが、いつも一人でいることが多い奏斗は、結愛にとってちょっと謎めいた存在でもあった。
「うん、カッコイイ……」
結愛は心の中で勝手に想像を膨らませながら、授業の準備を始めた。ピアノの音色を聴くたび、彼を知りたい。そんな思いが湧いてきた。
♪♪♪♪♪
ピアノがある音楽室。
結愛のクラスでピアノを専攻している者は彼女を含め8名いる。
音楽室ではグランドピアノが2台。
先生がお手本を弾き、もう一台は生徒が弾く。
それを残りの生徒はそれを参考にしたり、評価したりする。
「――では、長谷川奏斗さん。弾いて見てください」
奏斗は席から離れ、指定のピアノに座る。
彼はふぅと一呼吸。みんなの注目が集まる。
ピアノを弾き始めた。
その音色が教室に響いた瞬間、結愛はその音楽に吸い寄せられるような感覚を覚えた。まるで、そのメロディが心の中に響き、何かを呼び覚まそうとしているような――。
奏斗の演奏が進むにつれ、結愛は気づいた。彼の音楽には、ただのメロディではない何かが宿っている。それは、普通のピアノの音とは違って、心に深く刻まれるような感覚だ。
その時だった。
奏斗が弾く旋律に合わせて、教室の中がふっと明るくなり、空気が震えるような感覚が広がった。突然、教室の隅に、微かな光が現れる。結愛はその光を見つめながら、冷静にその出来事を受け止めた。
「すごい……」
結愛は小さく呟くと、目の前で現れた光をじっと見つめた。奏斗の演奏に引き寄せられ、精霊が現れるのは特別なことではない。彼女自身も精霊を呼び出す力を持っているので、その現象に驚くことはなかった。
そして、どこからともなく、ふわりと舞い降りるように現れるのは、淡い水色の妖精だった。妖精は、細く透き通った羽を持ち、光の粒がきらきらとその周りに舞っている。
生徒達は感嘆とした表情で、その光景と音楽を浸っていた。
結愛はその妖精を見つめ、にっこりと微笑んだ。
「可愛い!」
彼がどれほど深い音楽の力を持っているのかを実感する。妖精は、奏斗の演奏に反応して、ゆっくりと教室内を舞うように動き始めた。その様子は、まるで音楽に合わせて踊るかのようだった。
「すごい……」結愛は心の中で呟いた。
音楽がこんなにも生きているなんて。
そう、彼も結愛と同様、音楽術師としての才能があるのだ。
妖精は演奏が終わると、静かに姿を消していった。その後、教室には再び静寂が戻り、結愛はその余韻に浸りながら、奏斗のことをじっと見つめていた。
何て素敵なんだろう!
そして、生徒達の歓声と拍手が教室に響いた。