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8:庭先の師弟

それからは、穏やかなものだった。

しかし心はまだ落ち着かない。本当に落ち着けるのは、この場を離れた瞬間のみ。

虚勢を張ったツケが来たらしく、生まれたての子鹿のように足が震えだした。


「エレナ、向こうの木陰で休んでいて。食事は私が持ってくるから」

「悪いよそんなの」

「色々あったから疲れているでしょう?それに、ゲストを持てなすのもホストの役目。私に任せて!」


そんな私を見たシエットは、木陰の椅子に私を案内してくれる。

私の肩を押す笑顔の中に、何故か圧を感じた気がしたが…気のせいだと思いたい。


木陰でのんびり休んでいると、ふらりと誰かがやってくる。

この特徴的なピンクのふりふりは…ミーシャだ。


「緊張が解けたか。足の震え方、子鹿バンビみたいだな…こんな震え方をする人間はそうそういないぞ」

「…バンビ?」

「知らないのか?子鹿だよ。肉は…珍しい代物だが、手に入れたら食わせてやろう」

「えっ…鹿肉をですか」

「抵抗感があるのか?淡泊で美味いぞ?」


鹿肉は前世でも食べたことがない。

むしろ食べる機会がある人の方が、現代では珍しいと思う。

食文化の差はあると思っていたが、こんなところで判明してくるとは…。


牛とか豚、鶏も存在はしているけれど…ここでは食べられるのだろうか。

できれば馴染みがあるものが、抵抗感がなくて楽なのだが…。


「…じ、実はお肉を食べる機会がほとんど無くて。この国には、鹿以外にどんなお肉を食べているんですか?」

「ああ、そうか…肉が珍しいのか。いいだろう。この国では、鹿、鶏、猪に…兎を食用にしているな。猪は癖が強いが、他三つは癖が無くて食べやすい」


よかった。鶏肉は存在しているらしい。

…孤児院では、物心ついた時から見たことがないが、将来的に食べられる機会は出てくるだろう。


一通り話した後、ミーシャは食事が並べられたテーブルを一瞥し…ため息を吐いた。


「今日の食事には…肉が使用されていないな。マシューの奴め。自分が肉嫌いだからってテーブルにすら出さないのはどうかと思うぞ…」

「どうされました?」

「偏食の家主がいる家庭に居候をしていると、大変だなという話さ。エレナ、子鹿は時間がかかるが、それ以外なら一週間以内に食べさせることはできるぞ」

「つまり?」

「兎とか猪とか、食べてみたい肉があれば、近くの山で狩ってくるが…」


「いいんですか?」

「まあ、なんだ。今回、ビビらせた詫びとか、そういう感じに思ってくれたら、いいから…」


試す目的とはいえ、脅し行為に関しては彼女も気にしているようだ。


「じゃあ、ミーシャ先生のおすすめで」

「なぜ私に振る!?」

「食べたことが無いものが大半なので…」

「そうだった。じゃあ、一通り揃えるから…一週間後、待っているといい」

「ありがとうございます、ミーシャ先生。楽しみにしています」

「ご期待に添えるように頑張るまでさ」


ミーシャは瞬時に銃を出し、キメ顔でそれを構えてくる。

瞬きをする間に出現している銃。どこを見ても隠せるスペースは見当たらない。

本当にどこから出しているのだろうか…。


「じぃ…」

「…ドレスをじっと見て、そうだよな。お洒落とかにも興味が」

「じ〜」

「…稽古も大事だが、シエットに話題を助言する力を養うって名目で色々と連れ回すか。うん、そうしよう。エレナ」

「じっ…」

「エレナ」

「ひゃ!はい、なんでしょう!」

「後で着ている服のサイズを申告しろ」

「なぜ、でしょうか…」

「…稽古は過酷だからな。孤児院で支給された服をダメにするのは流石に良心が痛む。だから、私が身につける衣服や道具を支給する。上官の役目だ。遠慮はするな」

「は、はい…。ありがとうございます」


なんだろう、ミーシャの表情が非常に険しい。

何かしてしまっただろうか…。態度が悪かったとか…。

鋭い眼光を私に向ける彼女の視線を受けていないふりをしつつ、シエットが戻るのを待つ。

ミーシャは私をじっと見つめたまま。

このままでは気まずい。何か話題を…。

そういえば、奇妙な事を言っていたな。


「あの、ミーシャ先生」

「なんだ?」

「先程、居候と仰っていましたが…」

「ああ。今、私はピステル家に居候という形で滞在している。弟の家にな」

「弟?」

「マシュー」


マシューが弟で、ミーシャが姉。

しかも、義理ではなく実の姉弟らしい。


「あいつは私の弟。アルステン家の六男。ちなみに私は三女だ」

「へー…」


つまり、ミーシャはシエットの伯母に当たるらしい。

世間というのは狭いんだな…。

しかし、そうなるとマシューも軍人家系の出身になるのでは…。


「不思議そうな顔をしているな。私達は似ていないか?両親は一緒なんだが…」

「いえ、アルステン家って軍人家系、なんですよね。マシュー様はなぜ」

「元々、私を含めて子供は五男と四女までの九人とも揃って軍人になり…母上は私達の心配をしすぎて倒れ、父上としても「一人ぐらい別の道に進む事を想定していたんだが…なんで全員私の背を追っているんだ?」と思っていたようでな…」

「あぁ…」


親というものは、子供が独り立ちをしても安否を常に気にしている存在だ。

アルステン夫人は夫だけでなく、子供達…それも九人も軍人をしているのだ。不安で不安でたまらなかったのだろう。

…大変そうだ。


「マシューは末っ子だったから、好きにさせられていたよ」

「放任された結果が、娘大好きパパ上ですか」

「我が弟ながら恥ずかしいよ…ま、あいつも色々と苦労して、リーシェ殿に絆された口だからなぁ。リーシェ殿そっくりなシエットを溺愛する気持ちもわからないことはないんだ」


「リーシェというのは…」

「リーシェ・ピステル。私はあまり関わったことがないから詳しくは知らないな。よく知る人物に聞いた方がいいと思うんだが…どう考える、シエット?」


ミーシャが声をかけた先にいたのは、お皿の上にこんもりと乗った小皿を抱えたシエット。

彼女は私の側へささっと寄り添い、お皿の上に積み重ねられた食事が落ちないよう、私に手渡してくれた。


「…もう少し盛り付けを考えるんだ、シエット。これではみっともない」

「今はマナーとか関係ないもん。エレナにいっぱい食べてほしいもん」

「その気持ちは分かるが…全く、お前ら親子ときたら、気に入った相手には一途。それに関わることは絶対に意見を曲げない。何を言っても無駄だからこれ以上は言わないが…外ではやるなよ」

「わかっています」


ちょっとだけ不機嫌なシエットは、私の腕に自分の身を寄せて、ぼんやりとミーシャに返事をする。


「で、シエット。エレナに自分の母親のこと…」

「エレナと予め約束していた、お庭のお散歩の時に話します。お母様のことは、お庭を見ながらの方がいいので!」


いつものシエットからは聞けない声。

ほんのりと語気が強くて、その眉間には皺が寄せられていた。


「…ご機嫌斜めか。わかったよ。私は戻るから、後は二人でゆっくりな。稽古はマシュー経由で開始日を連絡させる」

「お願いします」

「それじゃあ、また」


軽い足取りでミーシャは立ち去り、再び二人きりへ。

シエットが持ってきてくれた食事を摂ってしばらく。

私達は当初の予定通り、庭の探索をすることにした。



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